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10.リンカーネーション

「は〜い、じゃあね、こんどのにちようびはなんの日かしってるひと、手をあげて〜」

……まただ……またこんな質問なんだ……


「お花はかいた絵のみぎがわ、みぎがわどっちだっけ?そう!おはしもつほうでーす。みぎがわの上のほうにはりつけてくださーい」

……くるな…僕のところへくるな…僕の画用紙を見ないで……


「じゃあ、おじいちゃん、かこうか?」

……こうしてやるッ!……黒!黒!黒!黒!ぜーんぶ黒ッ!


「まお君の絵は、先生、あずかっとくからね、じゃあ、みんな、おかえりのお歌でーす!はい!♪おもしろかった、おもしろかった……」


……面白いだと……ふざけるな!


 少年の目に映る無遠慮な大人たちの薄汚れた感謝。それは学校に、ショッピングセンターに、そして人々の話題にあふれて、行き場のない寂しい魂は安らぎの胎を求めて、見えない涙を流しながら彷徨い続けるのです。マオは黄ばんだ、かろうじて読める字で書いてあるお手伝い券を、そっとデスクの引き出しに片付けました。さすがにもういじける年でもないけれど、それでもマオの心にはずっとあの時の感情が救われないままに凝固しているのでした。

「酷い世界だな……未だにさ……」

大きく息をして、マオはベッドに横になりました。外から小鳥のさえずりにまじって、セリエの話す声が聞こえて来ます。マオはその声に背を向けて、不機嫌そうにいうのでした。

「チビめ……余計なことを……」


 草のなくなったまっさらの花壇で、セリエは地面に耳を当てて何やら土の中と話しています。何度も場所をかえてはぶつぶつ、ちょっと掘ってみてはぶつぶつ……あらら、また顔がまっくろですね。

「ねえセリエ!どうしよう……マオくんなんだかすごく悲しそうなんだ」

花壇にしゃがみこんでいるセリエに、自称マオの守護天使エリシャが相談しにきました。新米ながらなかなか仕事熱心です。

「『マオくん』なんてきやすくよばないでよ!ごしゅじんさまっていいなさい!」

「なんでそんなこと言われなきゃいけないのよ!自分だって『おにーちゃん』っていってるくせに!」

「セリエはほんとのおにーちゃんだからいいのッ!」

「ウソつき〜!天使はウソつけないの知っててそんなこと言うんだから!ずるーい!そんなのナシだよッ!」

「あるのッ!」

「ないッ!」

ほらほら言い争ってる場合じゃないでしょ!……でもセリエ、なんだか楽しそう……いいよね!お友達って……

「あ、おしえてエリシャ、かねしょってなまえのお花ってあるの?」

「か……ね……しょ……?」

「ここの根っこさん、だれにきいても『かねしょ』っていうの。なんなのかなぁ、かねしょ……」

セリエは鼻をこすりながら聞きました。セリエ!おててまっくろだよ!……ってもう手遅れのようです。エリシャはそのまぬけな顔に思わず吹き出してしまいました。ほんとにこの子は!……でもマオに関係ありそうなことなので、ちょっと張り切っちゃうエリシャなのでした。

「ちょっとまって……か……か、ねえ……」

今度は緑色のおおきな本でさがしもの、どうやらこれは百科辞典のようですね。セリエも横にきてのぞいてみましたが、あまりにも小さな難しい字で書いてあるのでげんなりしてしまいました。

「ふえぇ……セリエ、やっぱりご本キライッ!」

「わかった!きっとこれだよ!カーネーション!」

「かーねーしょん?」

エリシャはその項をセリエに示すと、得意げに読みはじめました。

「カーネーション、ナデシコ科ナデシコ属の多年草、母の日におくる花として知られる……」

「ははの日?おかーさんの日かぁ……へへっ、そうなんだ……」

セリエのなにかありそうな笑顔に気がついたエリシャは、あさっての方を見つめてこそこそひとりごとを言っているセリエに問いかけました。

「ねえ、ここにカーネーションの根っこがあるの?」

「ウン!ここのかだん、ぜーんぶカーネーションなんだ!セリエ、お花だいすきなおにーちゃんに見せたい!ねえエリシャ、この子たちをカーネーションにしてあげられないかなぁ!」

セリエは胸ポケットにしまった輝く球を取り出すと、エリシャに差し出しました。

「そうねぇ……この球から出してあげられればできるかも知れないけど……」

「どうやるの?どうやったら出してあげられるの?」

セリエはわくわくしながらエリシャにたずねました。でもエリシャは小さくため息をつくと緑色の本を閉じました。

「……わかんない」

「えーそんなのヤダ!エリシャ、いじわるしないでおしえてよー!」

「知ってたらちゃんと言うよ!私だってマオくんの役に立ちたいもん!私だって……」

エリシャは言葉につまってしまいました。いつもなら豊富な知識で簡単にやっつけてしまうのですが、さすがに本にも載ってない、ましてややった事もないような術のことなんか見当もつきません。エリシャは肝心な時に役立てない自分に気がついて、すっかり元気がなくなってしまいました。

「……あんなえらそうなこと言っちゃったけど、ほんとはね、自信ないんだ……セリエも、マオくんも、草の子たちも、みんな幸せにしてあげたいんだ……でもね……」

セリエはしゅんとなってるエリシャを見て、自分が彼女になんでも抱え込ませてしまっていることに気がつきました。天使とはいってもまだなりたて、セリエと同じでまだまだ遊びたいのをこらえて務めをはたそうとしているエリシャにくらべて、自分はなんてわがままで何も知らないんだろうと思うと、セリエはそんな自分が許せなくなってくるのでした。

「もう!セリエのバカ!バカバカバカバカバカバカバカ!」

セリエは我慢できなくなって、自分の頭をぽかぽか叩きはじまました。それを見たエリシャはびっくりしてその手を取り押さえました。

「な……なにやってんのよ!これ以上頭悪くなったら大変じゃない!」

「うぅ……セリエも天使になりたい……エリシャ、しょんぼりちゃんにしちゃうから……」

エリシャはじんじんしているセリエの手をさすってやりながら、自分自身も彼女に癒されていることに気がつきました。な〜にも考えてなくて泣き虫で……だけどセリエといると、何だかすごく幸せな気持ちになれる……エリシャは彼女の「あたたかくておおきな存在」をまぶしく感じつつ、セリエに言いました。

「へへっ……ごめん、じっとしててもダメだよね!とりあえず思いついたこと、どんどんやって見るよ!セリエ、手伝ってくれる?」

セリエはがばっと顔を上げると、満面の笑みでエリシャを見つめました。

「エリシャ……ウン!なんでもやる!みんなのためだもん!」

「じゃあね、お水持って来て!私は、この球を埋める所をさがすから!」

「ハーイッ!」

セリエはぴゅーっとテラスの方へ駈けていきました。エリシャは彼女のゆれるちび羽根を見送りながら、自分の中で願望が確信に変わっていくのを感じていました。

「あの子なら……ほんとにやっちゃいそうな気がする……ふしぎな子……セリエ……」

エリシャは羽ばたいて宙に舞うと、花壇を俯瞰する位置で気の集まる所を探しはじめました。ばかばかしいことなのかもしれないけど、結果が出ないことを恐れちゃいけない……エリシャはあらためて、誰かのためになることの難しさとやりがいを感じるのでした。


「おにーちゃーん!お水だしてよー!」

一方セリエは、じょうろを持って玄関でマオを呼んでいます。その声は半分眠りかけてたマオの頭にびんびん響いてきて、もうとても寝てなんかいられません。マオは不機嫌そうな顔でベットから起き上がりました。

「……中途半端に寝ちまったな……あつつ……頭いてぇ……あいつ、変な時に起こすからッ!」

マオは重い頭を抱えて玄関に出てきました。じょうろを持ったセリエはまたまたまっくろで、マオはあきれ顔で

「毎日毎日汚しやがって……少しは洗う方の身にもなれってんだ」

そういうと花壇の散水用の蛇口の栓をひねりました。セリエはおおはしゃぎで手や足でばしゃばしゃやっています。今までは気ままに寝たい時に寝て、したい事は好きなように出来ていたけれど、セリエとの生活はマオからその自由を奪い去ってしまったのでした。気分がいい日は気にならないけど、今日のような憂鬱な時はことさらその事がマオの気持ちを逆立たせるのでした。マオは怒り出したくなる気持ちを押さえてセリエに聞きました。

「なんだ?水遊びか?もういいだろ」

セリエはうなずくとにま〜っと笑って、もうガマン出来ないって顔で言いました。

「あのねあのね!かだんのカーネーション、さかせてあげるね!」

セリエの言葉に、マオは驚いてしまいました。あの花壇にカーネーションが植えてあったのを知ってるのは、マオの家族と近くの親戚や知人だけのはずでしたから……マオにとってとても大切な、でも今はいちばん触れたくない思い出を呼び覚ます花壇……それをまるでオモチャのように弄ぼうとするセリエに、マオは苛立ちを隠せませんでした。

「いいかげんにしろよ!あれはほっとけ!もう枯れてる!」

セリエはびっくりしてマオの顔を見ました。いい事をしようとしているのになんだか怒られてるみたいで……ひょっとしておにーちゃん、セリエがいたずらしてると思ってるのかな……セリエはじょうろに水をなみなみと満たすと、マオに向かってみえみえな笑顔で、

「えっとね、あのね、お花やさんごっこなの!」

そういうとくるっと後ろを向いて花壇の方へと走っていきました。ふつうの子供なら微笑ましい光景なのですが、もう何回もセリエの不思議な現象を見てきたマオにしてみれば、自らの心の大切な部分を侵食して来かねない、その得体の知れない行動に恐怖と嫌悪感を覚えるのでした。

「あいつ……ほんとに咲かせやがったら……」


 動かない花時計の、ちょうど12時のところには綺麗な珠石で彩られた、ひときわ立派な鉢が設えてあります。花壇の他の所より1段高く、まるでこのお花畑の玉座のような感じさえします。エリシャは輝く球をそこに埋めると、走ってくるセリエを呼びました。

「こっちこっち!ここにしたよっ!」

「わぁ!きれいなところだね……まるでお城みたい!」

息を切らせてきたセリエはうれしそうにそういうと、なみなみと注いできたじょうろをその上にかざしました。そして重くてぷるぷるするのを我慢しながらエリシャの方を見て言いました。

「ねっ!てつだって!いっしょにやろっ!」

「わかったわ!」

エリシャはセリエの横にふわっと降りると、セリエの手の上に自分の手を重ねました。そして二人はじょうろの持ち手をしっかり握って、ゆっくりと水を鉢の中へと注ぎはじめました。想いを込めて、心をあわせて、透明な意志はなめらかに大地へとすいこまれていきます。セリエはなんだか嬉しくて、ちらっととなりのエリシャを見ました。エリシャもなんだか照れくさそうな笑顔でセリエを見ています。言葉はないけれど、二人の想いは今、だれよりもわがままで、そしてだれよりも純粋な気持ちのためにひとつになって、鍵のかかった、暗くて大きな夢のトビラをたたくのでした。

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