陽炎型の生き残り 雪風
今回は何となくで書いてみました。
雪風はどのような思いで、戦闘を行っていたのか。それを想像しながら書いてみました。
上手い文章ではない上、それほど長くはありませんが読んでいただければ幸いです。
「死神と一緒とはな。俺たちもこれで終わりかもな」
そう言って遺書を書き始める兵士達。
私の名は雪風。
あだ名は死神。
私と一緒に作戦を行う艦船はみんな沈むんだって。
いつから言われるようになったんだろう? もう忘れちゃったな。
最初は仲間が死んでいくのは悲しかったし、辛かった。でも、もう慣れちゃった。何度も何度も何度も目の前で沈んでいく艦を見た。それはお姉ちゃんだったり、妹だったり、はたまた守らなくちゃいけない輸送船だったり。
多くの仲間を看取っていくうちに私は死に慣れてしまったんだ。
もう泣き疲れた。何回も泣いて叫んで、喚いて、死なないでって言ってもみんな死んだ。
ミッドウェー、ソロモン、レイテ。
殆どの激戦には参加したな。その度に仲間はどんどん死んだ。
昔は呉の雪風、佐世保の時雨なんて言われて幸運艦の代表格みたいに言われたけど、その時雨も死んじゃった。
いつの戦いだっけ?
う~ん、よく覚えていない。どっかで死んだんだよ。私の生きている内に。
あ、さっきの兵士達、爪切って手紙の中に入れている。そう言えば、今回の作戦は何でも大和さんの護衛に行くんだっけ。それも沖縄へ向けて片道特攻だとか。
今回は磯風と浜風も一緒。妹も彼女らと天津風の三人が生きている。まだ死ぬわけにはいかないね!
でも辛いな。私は沈む瞬間を見すぎた。だから、もう泣くことは出来なくなった。涙が涸れるって本当にあるんだね。泣きたいのに泣けないのって、とっても辛いんだよ。
でも、いつまでも悲観的にはいられない。もう少しで出撃の準備に入る。さて、最期の準備か。
雪風、機関始動せよ!
今、江田島の沖合を通過中。
江田島の桜が綺麗だな。
あ、磯風が凄い喜んでる。浜風は相変わらず大人だな。静かに磯風を見て笑ってるよ。まあ、こんな光景も今日で見納め時、明日には沈んでいるだろうしね。
ああ、沈むときは潔く桜のようにパッと散る。これが今の目標かな。
目の前で大和さんが黒煙の塊となって沈んでいった。
既に妹の浜風は私をおいて逝ってしまった。手の届かぬ所へと。
「姉さんは最後まで生きて、何としても生きて……」
妹の最後の念話がそう言っていた。何と惨い呪いなんだろう。姉妹の殆どが沈んで私だけ生き残って。なのに沈むなって。勝手すぎるよ、みんな。
沈む直前の大和さんから最後の打電が来た。
「皆さん、生きて日本へ帰りなさい」
任務も果たせずに変える駆逐艦の身にもなってほしいもの。だけど私は死ぬわけにはいかない。
妹の一人、磯風はまだ息がある。体はぼろぼろだけど、この子をなんとしても本土へ連れて帰るんだ。そしてもう一度、あの大喜びしていた江田島の桜を見るんだ!
「雪風、磯風を放しなさい」
え、どういうこと? 曳航のために縄を一生懸命縛ったのに、それを解いてどうしろというの?
「古村司令官からの命令です。磯風を……、沈めなさい」
気付けば私は拳銃を磯風へ向けていた。
なぜ、妹を撃たなくちゃならないの?
嫌だ撃ちたくない! 嫌! 嫌あああ!!!
私は死神だ。妹の引導すら行うクズみたいな死神だ。
磯風は何としても助けるとそう誓ったのに、なのに私が殺すと言ったとき、彼女は笑って言ったんだよ。
「姉さん、砲撃上手だから。私を一撃で沈めてくれる。だから、感謝はすれど恨みはしない。だって介錯されるって武士みたいでかっこいいじゃん!」
そう言って笑って逝ったんだ。
私はもう死ぬのは見たくない。出来れば今すぐにでも死にたい。でも出来ない。
まだ、妹が一人だけ生きている。天津風。私が死んだら彼女はどうなるの?それこそ私と同じ目を見るわね。なら、生きなくちゃいけないのか。
よし! ならば生き残るために全力を尽くそう!
まずは周囲の乗員救助からだね。頑張って日本へ帰ろう。
日本へどうにか帰ってきた。
だけど、私はちっとも嬉しくはない。何故かって?
最後の妹が、天津風が、先日沈んだって。
本当にひとりぼっちだよ、私は。もう陽炎型十九姉妹は私を残して遠いところへと逝ってしまった。
それでも私は沈むことが許されない。これは呪いか何かかな。
皆が口をそろえてあなたは生きて、日本を頼むわよって無責任じゃない! 勝手に死んで私の子の重荷を背負ってくれる艦はいない!
なんで!
何で私なの! 今回だって死にそうだったのに! 魚雷が当たると思えば、私の下を通過して、ミサイル弾が当たったと思えば、不発で! どういうこと!
もう何もかもが嫌。私は何も感じたくはない。仲間が死ぬのも敵が死ぬのも見たくはない。
もう何も、何も。
気付けば、ラジオの前に立っていた。
「朕、深ク世界ノ大勢ト……」
始まった内容を聞く内に徐々に乗員の兵士が泣いていく。
何故だろう?私には難しくてよく分かんない。でも聞いていく内に何となく意味は聞き取れるようになってきた。
要は戦争に負けたらしい。日本が戦争に、負けた。
言葉は出なかった。もう何も。
ただ悲しみと悔しさと安堵と辛さといろんな感情がごちゃ混ぜになった複雑な気持ちが私の中で回っている。
不思議と戦争では出てこなかった涙が出てきた。
「ウアアア!」
もう何も考えられない。ただ苦しい。もう誰もいない。家族は、いない。
終戦の日から何日くらい経ったのだろう?
私は戦場にいた兵士達を日本本土へ帰す復員輸送艦という船として働いている。もう武装も何もかも取っ払った。
もうあの終戦の日は一日中泣いて泣き疲れて気付いたら甲板の上で寝ていた。
でも、そのおかげか気分は晴れた。もちろん悲しみは消えていないけど、でも死んだ家族のために生きようと思った。生きて、精一杯人生を楽しむんだ。
だから、今はこの職務を全うすることに専念する。このお仕事は私は家族はいないけど別の家族のいる人達を日本に送り届ける大切なお仕事。これをやり遂げることに今は専念する。
私の運命が決まった。
軍艦というのは負けると廃艦になる場合もあれば、海外に受け渡される場合もあるんだって。
私は後者のようだ。中華民国とかいう隣の国への引き渡しが決まった。どうも戦争中は陸軍と戦っていた軍隊らしい。どちらにせよ敵であったことには変わりないが、でももう負けたなら負けた身として潔くその国に報いるよう精一杯働こう。それが軍艦であり、帝国海軍一の駆逐艦の役目だから。
さらば、大日本帝国よ。
最近はもう殆ど足も動かない有様だ。
日本から中国へ来てから早二十年以上。戦闘も経験したし、いろんな事をやった。
でも、とうとう自分も最期が近いらしい。最近直撃した台風の影響で、艦内に浸水が起きている。もう直すだけの艦でもないだろう。おそらくは自分はこのまま解体されるはずだ。
建造から三十年。
あの戦争から二十五年。
そろそろ潮時かな。
とうとう解体が始まった。
解体は痛いものではなくまるで全身が解きほぐされているかのように気持ちの良いものだ。
そろそろ最期の解体が近い。もう体は半透明になっており、消えるのは時間の問題だろう。
ああ。姉さんたち、妹たち。
もうすぐ、そこへ……。
今日も雪風の解体後に残った舵輪と錨は江田島の桜の元で静かに佇んでいる。
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