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 ほんとにあいつバッカじゃないの!?

 メイラは表面上はいつもの穏やかな笑みを浮かべつつ城内の廊下を歩きつつ、内心では荒れ狂う感情を感情のままに荒ぶらせていた。だって表に出さなければ誰の迷惑にもならないし。

 もっとも、そう思っているのは本人だけであり、その荒ぶる感情はメイラの体を突き抜けてその身を覆っており、すれ違う人すれ違う人皆が皆思わず一歩壁際により道を譲る有様だ。

 両親とただ一人の例外を除けば、メイラのことは穏やかで分別のある女性だと思われている。そのメイラが、まるで悪鬼羅刹戦場帰りの英雄魔王殺しの勇者もかくやとこそ思われる形相で廊下を歩いていくのだから、皆まるで熱した鉄から離れるようにして道を譲ってゆく。

 そのことに終始気がつかず、メイラが足を止めたのはいまメイラが歩いてきた城の主である子爵の私室だ。いつもであれば相手の立場を尊敬し、入室するときはノックするメイラだが、今日は感情の赴くまま、その扉を乱暴に押し開いた。

「・・・・・・あ、これ引き戸だったわ」

 やけに固いな、と思ったのも一瞬。無理やり押し開いたことで、引き戸のその扉は蝶番の部分が無残にも砕け散ってしまった。壊れてしまったことを悔いても仕方がない。どうせ道具がないと直せないのだし、と持ち前の前向きさで扉のことは捨て置く。室内をぐるりと見回し、子爵の姿を探す。

 どうせ今日も壁際で立っているだろう、と思いながら室内を見回せば、案の定、子爵はバルコニーへと続く窓を開け、そこから入ってくる秋風に立ち塞がる仕事に勢を出していた。

 ここに来て、沸点を振り切ったメイラは、荒ぶる足音を消そうともせず、子爵に歩み寄ると、その背面に直蹴りを叩き込んだ。普段でさえ前後にこけやすい子爵だ。そこに背面から直蹴りを叩き込んだのだから、当然子爵は地面に倒れこんだ。

 いつもなら倒れた子爵を見ればその手をとり、起き上がるのを助けるのはメイラの仕事であり、倒れた子爵に鞭打つのは彼女の仕事ではない。・・・・・・が、いつもなら倒れた子爵に鞭を打つ彼がいないのなら、ときには自分が鞭打つのもありだろう。

 メイラは倒れた子爵の背に足を乗せ、子爵が決して立ち上がれないようにする。

「はい、どうしてこんなことをされているのか、子爵様ならわかりますね?」

 この光景をもしもメイラの怒っている原因となっている彼が見れば、俺もそこまでやってねぇよ!!と怒鳴り、メイラを止めるだろう。そもそも、鞭を打つといっても彼の行為はせいぜい倒れた子爵を見て笑い転げる程度のものだ。が、残念ながらここには子爵を足蹴にするメイラを止める存在はいない。当直の兵士もいるにはいるが、突如として入ってきた鬼女を前に戸惑うばかりで何もしない。それでいいのか、と思うが、自分の行為を邪魔しないのだ。よしとする。

「う、ううぅぅぅ」

「ふふ。ちっともわからないわ。地面に唸って何してるの?こんなことになっている原因。わかってるんでしょ?」

「ううう、うぅぅぅぅう」

「・・・・・・ちょっと、なんか喜んでない?」

 足に体重を乗せる度、子爵の声のテンションが少し上がって行く気がする。これ以上はやっても逆効果だ、と足を除け、部屋の隅で震える兵士に手伝わせて子爵を立たせる。

「・・・・・・で?彼を城から追い出したのは何が理由?もともと騎士らしさなんてこれっぽっちもない男よ。振る舞いがなってないから、じゃないんでしょう?」

「ああうぁあ」

「・・・・・・え?彼がそんなことを?」

 メイラは子爵の言葉に思わず動揺する。どうやらこの城で働くことになった原因を悔いているというからだ。それも、この城で働きたくないから、という理由で。確かに、一時期は自分の意思を無視して騎士として働かされることに不満を覚えていたようだが、最近はその気持ちにも整理がついてきたように思えていた。長年の付き合いで彼の心の機微には詳しくなっているつもりだったが、すこし思い上がっていただろうか。

「誰かその時の会話を聞いてた人は他にいないの?この壁じゃ埒があかないわ」

「それが・・・・・・私も今日登城してくるといきなりテンリが除名されたと聞かされたもので・・・・・・。誰もその時の話を聞いてないんです」

「はぁぁ・・・・・・仕方ない。もう一人の当事者に聞くとしましょう」

「大丈夫ですか?本当にテンリが騎士をやめたいと思ってやめることになったんなら、誰にもわからないところに行くか、もうとっくにこの領地から出て行ってますよ?」

「本当にやめたいと思ってたら、除名される前に自分からやめてるわよ」

 なにしろやめようとしているテンリを止めていた、という確かな自信がメイラにはある。

「だから間違いなく領地から出てないわ。もっとも、このままだと領地から出て行くかもしれないけど」

 もともとなにかに執着するようなタイプではなかった。このままでは騎士への未練をなくし、別の領地へ出て行ってしまうかもしれない。こんなことになるなら、仕事よりももう少し彼との時間を大切にすればよかった、と思う。そのことを自覚し、いつも前向きな自分らしくもない、と自嘲の笑みを内心で浮かべる。

「じゃ、私はもう行くから」

 メイラはそれだけ言うと兵士と子爵を部屋に残して城を後にした。


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