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「秋風に吹かれて佇む城の外。思い思うは城の中。後悔すれども入城叶わず」

 秋晴れの空の元、拍子にのせて歌う男がいた。銀髪のその男は、目の前にそびえるようにして佇む鉄扉を見上げる。男の名はテンリ・ノマオシュロナ。目の前にある城に仕える騎士の一人である。


 バンワンソ子爵といえば、爵位こそそれほど高くないが、その治世の様は大陸の端に響き渡るほどの名君で知られている。しかし、子爵領の民たちの子爵への評価は低い。その理由は、バンワンソ子爵の代名詞ともなっている鉄壁城にある。

 バンワンソ子爵の居城である鉄壁城は、その名の通り、城の四周を鉄壁で囲った堅牢なものだ。その謳い文句は、近距離から大砲を何発撃ち込まれても消して崩れず、たとえ星が落ちてこようとも城を守りきる騎士の中の騎士。というもの。領民が評価を下げる理由は、バンワンソ子爵がその鉄壁の外側になかなか顔を出さないためだ。そのため、口の過ぎる領民の中には、バンワンソ子爵の正体は鉄壁そのもので、実はバンワンソ子爵など存在しないのだ、と嘯くものもいる始末だ。

 ・・・・・・そして、笑い話のつもりでいった冗談が正鵠を射る、ということが間々あるのがこの世の恐ろしいところだ。


「子爵。そろそろ部屋の中に入られてはどうか」

 数々の煌めく調度品に囲まれた部屋がある。その部屋の中にまるでそぐわない恰好の男が壁に向かって話しかけていた。否、壁ではない。少なくとも、男が話しかけている壁には凹凸があり、時折思い出したかのように上下に動いていた。

「・・・・・・あぁぁ・・・・・・」

 男に子爵、と呼ばれたその壁の一部こそ、まさにこの領地の主人であるバンワンソ子爵その人である。もっとも、今この場に壁に話しかけている男以外の人がいれば、それを人と呼ぶのは躊躇うだろう。

 なにしろそこにはおよそ人と呼んでいい器官がない。動くことがなければまさに壁そのものであり、赤錆色の体はまるで長い間風雨にさらされた鉄のようだ。

 バンワンソ子爵は、いったいどこから声を出しているのか、男の方を向きうめき声のようなものを上げる。

「はいはい。わかりましたから。今日もいい天気ですとも。ちなみに明日は雨だそうですよ。せっかくメイドたちが明日は庭の草刈りをしようと言っていたのに、残念なことです。子爵の力で明日の天気どうにかならないんですか」

「・・・・・・あぁぁうぅあ。うぅぅああぁ」

「え、なんのことです。別にメイラは関係ありませんよ。確かに今日の夕食は一緒に食べる予定でしたけど。今ここにいるのは俺の意思ですし。当直の奴と交代したのだって他意なんてありませんよ!えぇ!ありませんとも!!あいつも司祭の仕事が忙しいんでしょうし?最近は会うたびに仕事が楽しいとか、今日は近くの子供が可愛かったとか、明日は査問会で憂鬱だとか仕事の話ばっかりでそんな弱音を吐くあいつも可愛いな、とか思ってませんよ畜生め!!」

「ああぁう・・・・・・」

 バルコニーで風に吹かれていた子爵が部屋の中に入ってきながらどこか同情しているように聞こえる声を上げた。壁のくせにそんな声を上げるんじゃねぇや、と心の中で怒鳴りつける。すると『それ、不敬罪だから』と睨まれている方の心を芯から震えさせるような視線で、幼馴染の司祭が告げてきたような気がした。

 そもそも、テンリはもともと騎士になるつもりなどなかった。では、今司祭になっている幼馴染を追って騎士になったのか、と聞かれるといや、違う。と首を振る。それは決して強がりからではない。司祭と言っても別に鉄壁の内側に篭っているわけではないし、一日が終われば鉄壁の内側から出てきて、その鉄壁の外側で暮らしている。幼馴染とは家が近いので、騎士となり、子爵に仕えなくとも日々の中で顔を合わす機会は十分にあった。

 ではなぜいまテンリが騎士として子爵に仕えているかというと、先に起きた隣国の侵略行為がその発端である。説明すれば長くなるが、一言で言ってしまえば、その侵略行為を事前に食い止めてしまったのがテンリであり、その功績を買われて、半ば強制的に騎士として召抱えられることになったのである。

 当時は色々と不満に思い、自分の自由にできる時間が減ったことで一時期はストライキでも起こしてやろうかと画策したこともあったが、それらをすべて見透かしたかのように行動した人物がいた。

 メイラだ。・・・・・・と、なればテンリも多少は嬉しかったのだが、現実はそうはいかない。テンリの行動をすべて見透かしていたのはバンワンソ子爵であり、その指示で動いていたのがメイラだった。

 メイラを動かすことで、メイラに対して格好をつけたいテンリは不満をぶちまけることもできず、駄々をこねることも許されなかった。

 そして不満を抱えたまま日々は過ぎ、いつの間にかその不満にも折り合いがつくようになった。その不満を爆発させることがなかったのは、一重にメイラの手腕だろう。確かにメイラを差し向けたのは子爵だが、テンリの扱いを心得ており、その不満の向かう先を逸らすのがうまかったのは間違いなくメイラの功績だ。

「はぁ・・・・・・。まったく。こんなことになるんだったらあの時ニュラヘイゼ帝国の尖兵どもと遊ぶんじゃなかったなぁ。そしたらこんなところで働くことにならなかったのに」

「あぁぁう・・・・・・?」

 だから、その一言は本心からの言葉ではなかった。一昔前ならともかく、いまは少なからずこの仕事が楽しいと思っているし、同期で入隊した奴らとはうまくやっている。最近は少しメイラとすれ違い気味ではあるが、それも己の努力次第で時間が解決してくれるだろうと思っている。だから、その一言がそんな結果をもたらすとは思っていなかったのだ。




 翌日。

 勤務するために登城したテンリに、当直の兵士はどこか戸惑いながらこう告げた。あなたをお通しするわけにはいきません、と。


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