表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第4話

階段を上がり始めて、すぐ僕は思った。そういえば、手すりが無いな。


 手すりどころか、階段の左右には壁も無かった。ただ、水色の空が広がっているだけ。所々に雲は浮いているけれど、本当に転々としかなかった。もし上がり疲れてフラッと体が横にでも傾き、その大きな大きな空に吸い込まれるように落ちて行ったなら、どうなる?もしかすると、さっきの空間にまた戻るのか…?いや、空を歩くことができるんじゃないか…?


 そんな疑問が、僕の頭をよぎった。この際、何でも聞いてしまおう。僕もこの世界の仲間入りを果たしたわけだし。しかも、空を歩くことができたら……すごくいいじゃないか。初めてだな、空を歩くなんて。どういう感じなんだろう。滑りやすいとか?


 空を歩けるかもしれないという期待を胸に抱きながら、僕は足を止め、タカに聞くことにした。


「タカ。僕がもし、この階段から落っこちたらどうなるの?もしかしたら、空を歩くことができるの?」


空を歩くってどんな感じなのか、次に聞くはずだった。僕の顔は頬骨が少し上に上がっていた。


 タカは僕の方に振り向き、こう言い放った。


「地獄に行くさ」


え?ちょっと待て…。僕の小さな期待は、まるでシャボン玉がパチンと弾けるように、一瞬にして消え去った。


「悪事を働かせていない人間でも?」


「ああ、そうだ。これが天国に行く時のちょっとした関門なのさ。今までに、この階段から落っこちて地獄に行ってしまった人は何人もいるよ。僕が担当した人間も、含まれている。お年寄りの方がほとんどだったな。」


タカが顔色1つ変えずに言った。なんでそんなひどいことがサラサラと言える?助けたりしなかったのか?僕の心は何かがフツフツと煮え立っていた。


「タカは助けなかったのか?」


僕は少し語尾を強くして言った。どうしても納得がいかなかった。


 タカは静かにこう言った。


「助ける、助けないっていう問題じゃないだろう。僕は君たち人間の前を歩いているんだ」


そうタカが言った瞬間、僕は非常識なことを聞いてしまった自分に気づき、恥ずかしくなった。落ちるなんて一瞬の出来事。もし振り返って手を精一杯伸ばしても、届くわけがない。タカに対して少しでも怒っていた自分にあきれた。とにかく謝らなければいけない。


「あ…、ごめん」


僕は消え入りそうな声で言った。タカは気にも留めていない様子だった。


「別にいいさ」


そう言った後、タカは真剣な顔になって


「君も気を付けた方がいい」


と言い、前を向いて階段を上がり始めた。僕も急いでついて行った。階段の終わりはまだ見えない。ペースを上げて階段を上がっていった。



----------------------



上がり始めて10分ぐらい経ったときだろうか。雲は相変わらずのんびりと空を漂っていて、空はだんだんと青みを帯びていた。上に行けば行くほど、空の色が濃くなっているような気がする。急に前にいたタカが足を止め、階段に座った。今まで僕らが上がってきた階段を見下ろすかのような形で。


「タカ。どうした?」


僕はタカの隣に腰を下ろした。風が吹いてきた。そよそよと肌を撫でるような風だ。タカの黒い前髪も揺れている。


「君に聞きたいことがある」


「聞きたいこと?」


「ああ…、君は…どうしてこの世界に…?」


僕は驚いた。タカから初めて投げかけられた質問だったし、自分がタカに聞こうとしていたことだったからだ。やはり、誰でもこの世界に来た理由が知りたいらしい。


「交通事故だよ。友達と遊ぼうという時に、待ち合わせ時間に間に合いそうになくて、猛スピードで自転車を漕いでいたんだ。そうして横から来たトラックに気付かなくて、自分からぶつかるように。自業自得なんだ」


そういえば、あの日は今年の最高気温を記録したとか何とか、お天気お姉さんが言っていたな。暑い夏の日だった。蝉がうるさくて、太陽はサンサンと降り注いでいたっけ。ずいぶんと前のような気がする。トラックとぶつかったときは一瞬、全身に激痛が走ったけれど、その後はもう意識がなくなっていたんだろう。いつのまにか、あの真っ暗な空間にいた。…そうか。だから頭が痛かったわけか。


「ふーん」


「ところでタカはどうして?」


しばらく沈黙が続いた。なんだ、この沈黙は?そんなに深刻な事情が?


 そうやって僕が思案しているうちに、タカがやっと口を開いた。しかし僕はまだ、そのタカの沈黙がどういう意味を指しているのか、わからないのであった。


「病気だよ。病気で僕は死んだのさ」


「…」


「何1つ悪いことも、人に恨まれることもしていないのに、死んだ」


タカの声は少し荒くなっていた。その言葉は僕の心の奥底を突いた。


 誰だって好き好んで死んでいるわけではない。1人ひとり色々な事情を抱え、色々な苦悩を抱え、死んでいっているのだ。僕だって死にたくなんかなかった。親が共働きをしていて、夜遅く帰ってくるのが当たり前だった。そんな我が家では、夕食を作るのが僕の役目だった。まだ小学1年生という幼い妹のために、頑張って毎日献立を考えた。たまには妹の好物であるものを作った方がいいんじゃないかと思い、ハンバーグに挑戦したことがあった。でも火加減がわからなくて、大部分焦げてしまった。でも妹は美味しい、美味しいと満面の笑みをこぼし、全部平らげてくれた。そんな可愛い妹を残して、僕はいなくなってしまったのだ。僕は妹の親代わりだった。今頃どうしているのだろう。


 僕の心は悲しさで満たされていった。しかし、タカは思い出したのか、信じられないことを言った。


「あ、言っておくけれど、君はまだ死んでいないよ。いや、完全には死んでいない…っていう方が適切かな」


「…え!?どういうこと?」


タカはふぅ…と息を吐き出すと言った。


「まだ君は、生と死の境目にいるってこと」


「じゃあ、僕は生き返る可能性があるのか?」


「そうだよ」


僕は自分の前に拳を引き寄せ、喜んだ。本当に嬉しかった。家族のこともあるけれど、友達と野球がまたできることに対しても、喜ばしいことだった。


 タカが僕の方に顔を向けてこう小さくつぶやいた。


「そんなに生き返りたいか」


その言葉を言ったときのタカの顔は、ひどく沈んでいた。タカ自身はそういう状況に置かれても、生き返りたくないという意思が見えたような気がした。


 タカは急に自分の膝を叩くと


「そろそろ行こうか」


と言って、また階段を上がり始めた。僕は気になったが、あまり聞かない方がいいかもしれないと思い、何も言わずに勢いよく立ちあがり、ペースを上げて階段を上がり始めた。もうすぐで天国に着きそうだ。


 階段のゴールを目指して、2人の足音は空に響いていった。







このシーンは力を入れて書きあげました。タカの性格がよくわかるところだと思います。そして、タカの意味深な言動…。はたしてどうなることやら。次はやっと天国に着きます!長かった(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ