第12話
「はっ……!」
僕の視界に真っ先に飛び込んできたのは、絵の具で塗られたような真っ白な天井をバックにした、妹のぐしゃぐしゃに泣き崩れた顔だった。顔はリンゴのように赤く、僕の手をぎゅっと握りしめていた。
僕が目を覚ましたのに気付くと、妹は病室に響き渡るほど大きな声で
「お兄ちゃん!!」
と叫び、僕の全身にしがみついてきた。それと同時に激痛が襲う。
「ちょっ……痛いよ」
僕は激痛に耐えながらも、力を振り絞って妹の小さな頭を優しく撫でた。すると妹は安心したのか、僕の全身にしがみつくのを止め、再び手を握って、いひひっという声と共ににんまりと笑った。
妹の声に気付いた両親が、バタバタと病室の廊下を忙しなく走ってくる音が聞こえた。
病室に着いた両親の顔はしばらく見ないうちに痩せていて、僕の顔を見た瞬間にぽろぽろと母親は泣き出し、父親は僕の頭を思いっきりくしゃくしゃと撫でた。父親はさすがに泣かないものの、目にはたくさんの涙が溜まっていた。
「父さん、母さん……ごめん」
と僕が微かな声で言うと、父親と母親は同時に首を大きく振り、
「いいのよ」
「いいんだ」
と同時に言った。二人は顔を見合すと、恥ずかしそうに笑った。
「医者を呼んでくる」
そう言うと、父親はまたもや病室の廊下を走って行った。途中、看護師に叱られていたが。
母親はというと、用意していたらしく、リンゴをそそくさと剥き始めた。よく見ると、ウサギになっている。それを見た妹は母親の元に行き、ぱくりとつまみ食いをしていた。母親は気付いていないらしい。
病室の窓から微かな風が入り込み、僕の前髪を軽く揺らす。蝉は相変わらずうるさく鳴き、外の温度をより一層高くしているかのようだ。
母親が急にあれっと声を上げた。両手には僕が事故に遭った日に履いていた半ズボン。
「これ、何かしら?」
母親の片手にはカードがあった。光に反射し、キラキラと七色に光っている。
「見せて」
僕がそう言うと、母親は不思議そうにカードを渡した。カードは僕の手に触れた瞬間、さらに七色に輝く。
僕の脳裏にふっと貴紘の顔がよぎった。寂しそうに笑っているのではなく、本当に嬉しそうに笑っている顔が、鮮明に僕の脳に映し出された。
「貴……紘」
そうだ、僕は天国にいたんだ。生き返ったんだ。閻魔大王、鬼、佐藤さん、慶子さん、そして天国で会った人達の顔が一気に思い出された。短かったけれど、優しく迎い入れてくれたみんな。そして、別れるときは自分達のことのように喜び、盛大に祝ってくれたみんな。僕は懐かしさと、温かさで鼻の奥がツンッとした。
僕はカードを握り締めると、貴紘合格、貴紘合格と何度も呟いた。耳が良い妹は、首を傾げていた。
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僕は飛躍的な回復をし、すぐに退院できた。今日は事故に遭った日から初めての登校だった。教室に着いた途端、仲が良い友達が集まって来て
「心配したんだぞ」
とみんなそれぞれ言っていた。
先生も相当心配していたらしく、急に僕に抱きついたかと思うと、男だというのにいきなり泣き始めた。それを見たクラスメートはみんな大爆笑していた。先生は思いっきり泣き、気が済んだのか、おっほんと咳払いをすると
「おーい、席に着けぇ!」
と教室中に響き渡る声で言った。案の定、みんなは耳を傾けようともしない。
「今日は転校生が来ているんだ、座りなさい」
そう先生が静かに言うと、みんなはそそくさと座り始めた。もしかすると、もしかすると貴紘かもしれない。いや、絶対そうに違いない。僕の直感はけっこう当たるんだ……!
持ち前のテストで発揮される僕の直感を頼りにして、貴紘であることを願った。すると、クラスのムードメーカーである一人の男の子が
「先生!その子の性別は?」
と元気に質問した。きっと男子だ、貴紘だ。
先生は教卓に手を付くと一息に言った。
「女子だ!」
言った傍から、クラスの女子の嬉しそうな声が上がった。僕は信じられなかった。貴紘じゃない?不合格?もう一生……会えないのか?僕の心が泥沼に沈んでいくかのようだった。悲しみがどっと押し寄せて来て、椅子に身体が重く沈んでいく。
「はい、静かに!あぁそうそう、男子もいるよ。今日は二人だ!みんなやったな!」
僕の耳に貫かれる声は、矢のように暗闇を裂いて行った。男子ってことはもしかして……
「じゃあそろそろ入ってもらいましょう。みんな拍手!」
パチパチと拍手の中で登場してきたのは、長い黒髪の女の子と
「貴紘!」
僕は大きく叫んで、椅子から思いっきり身体を離し、貴紘の傍に駆け寄った。貴紘は僕の顔に驚き、しばらくすると、ふわりと笑った。
「お、二人は知り合いなのか~」
先生の嬉しそうな間延びした声。貴紘は
「はい」
と言い、僕の顔を見てふっと笑った。その顔は本当に嬉しそうでもあり、どこか自慢気だった。貴紘は何か思い出したのか、僕の耳に口を寄せ
「例のあれ、言わなくちゃ」
と得意そうに言った。僕は頷くと、貴紘と向き直り、背筋をピンっと伸ばして大きな声で高らかに、例のあれを発した。
「Heaven!!」
教室の窓から風が勢いよく吹き込み、二人の髪をいたずらっぽく乱した。なんだかその風は、閻魔大王の手が二人の頭を乱暴に撫でているかのようだった。
今日は最高気温を記録した夏日だった。
政流と貴紘!本当に再会できてよかったですね。私自身嬉しさで顔が思わず緩んでしまいます(笑)次回で完結です。




