第9話
「じゃあ僕はそろそろ図書館に行くことにするよ」
急にタカの声がした。タカは椅子から立ち上がると羽を少し震わせて、顔をこちらに向けた。羽を震わせたとき、光が粒となってチラチラと舞っているように見えた。舞った光の粒は、床に落ちる前にどこかへ消えていった。
ところでどうしてだろう。何か借りたい本でもあったのだろうか。だったらさっき図書館で借りておけばいいものを。
「どうしてなんだい?」
「あぁ…。僕も今年試験を受けようと思っていたんだ」
「あ、そうなのか」
試験とはさっきタカに説明してもらった、いわゆる受かれば生き返ることのできる試験。僕の問いに答えるのに少し間があった。
タカは
「じゃあ」
と言うと軽く右手を上げて、部屋から出て行った。
一人部屋に取り残された僕は、ベッドに座ったまま足をブラブラと揺らしていた。何かやることはないものかと思案していたが、一向に思いつかない。タカと一緒に図書館に行っていればよかったと今更ながら少し後悔した。
ふと脳裏に、白い世界に浮かぶ黒い大きな物体がよぎった。あ……思い出した。雲テレビだ。自分の過去や未来を見ることのできるテレビ。他の人のものは見れるかどうか定かではなかったが、タカの過去が気になる。どんな人だったのか、すごく知りたくなってきた。
僕はベッドから勢いよく降りると、部屋を飛び出し、雲テレビに向かって走って行った。光は僕を照りつけるかのように、サンサンと未だ降り注いでいた。
雲テレビに着くと、小さな看板が目に入った。「お前が目にしたいと望むものを、小さく口で呟いてみよ」と、達筆で伸びやかな毛筆で書かれていた。僕の他にここにいるものは誰もいない。僕は小さく呟いた。
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教室らしき場所の椅子の一つに、小学4年生ぐらいの男の子が座っている。本を読んでいるので顔はあまり見えない。少し俯いているようにも見える。教室には彼一人だけしかいない。窓の外では、その男の子と同年代ぐらいの子供たちがはしゃいで騒いでいる。校庭なのかもしれない。もしかすると、その男の子が座っている場所は小学校の教室なのだと僕は思った。ガラッと急に音がして、一人の大柄な男の子と、長身の男の子が教室のドアを思い切り開けて入ってきた。その大柄な男の子と長身の男の子は自分の机の横に掛けてある袋を手に取って中身を見た後、二人ともくすくすと笑いながら耳打ちをし、本を読んでいる男の子に向かって吐き捨てるように何かを言い、教室のドアを閉めずに走って出て行った。本を読んでいた男の子は、本から顔を上げた。貴紘だった。貴紘はふぅっと微かに息を洩らすと、本を机に置き、しばらくジッと黒板を見ていた。貴紘は何の音も立てずに泣いていた。頬を静かに濡らして泣いていた。貴紘はタカであり、タカは貴紘であった。
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雲テレビはブっと音を鳴らすと、元通りの黒い画面になった。タカが貴紘だったと知った僕は、困惑と驚きと切なさで胸がいっぱいだった。僕の目から涙が止めどなく溢れ出てきた。タカは、貴紘は本当に悲しそうで、つらそうだった。僕と一緒に遊んでいた、あの頃の笑顔とはまったく違っていた。僕は膝から崩れ落ち、拳を目に当てて泣いた。
突然、僕の視界に白い靴が飛び込んできた。貴紘だった。貴紘は茫然と黒い画面を見ていた。目は赤く血走っている。すると急に
「うわああああああああああああああああ」
と叫び声を上げて頭を抱えて泣きだした。膝立ちのまま頭を抱えて、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
貴紘の叫び声は、青い空を切り裂くように深く響き、僕の泣き声は貴紘の叫び声を撫でるように響いていた。
とうとうタカの本当の姿がわかりましたね。貴紘は本当につらい思いをしてきたんだと思います。物話の柱となる部分です。




