第四、第五妖怪ニアミス!
「・・・何とかしてくれ、弟よ」
「・・・俺に泣きつくな」
「そんな事を言わないでくれ!ここで君にまで見放されたら、俺は俺は・・・」
目の前で情けなく眉を寄せる色男。
本来なら典型的勝ち組で、恋愛に対する悩みなんか無いだろうに、何で俺に相談を持ちかけるかな。
「春子と海の信頼を勝ち取っているからじゃないか!」
「俺は極普通におとなりさん、してるだけだ!」
それに信頼って言うのなら、それはかーさんの人徳だ!
・・・あれから、再開した二人の恋が盛り上がって燃え上がるのか、と、なかばやさぐれながら傍観していたら、春子さんの強烈な拒絶にあって、逝け面男子、孝明さんはざっくり落ち込んでいた。
高校生の目の前で膝を抱える、御曹司ってどうよ。蹴りたくなるぜ。
金も名誉も地位もあるいい大人が、女一人に泣かされてるって・・・・
・・・・・・あ、やべ、楽しい!もっとやれ。
「春子は、もう私を好きではないのだろうか・・・」
「・・・・・・・いや、そうではないんじゃぁ・・・ナイカナ?」
孝明さんにきつく当たった後、海と連れ立って歩きながら、その顔が百面相していたのを知ってる。
多分、春子さんは迷っているだけだ。孝明さんの手を取っていいのかどうか、自問しているのだと思う。
「・・・愛されてるって信じきれないんじゃないのかな。・・・だってさ、あんた、一度春子さんを捨てたんだろ?」
現在一緒に住んでないし、なによりも、姓が違うってそういうことだよな?
「捨てたんじゃない! 春子を誰よりも愛してるんだ。愛しているから・・・」
がばっと顔を上げて、孝明さんは叫んだ。その眼差しの真剣さに、じゃあ、捨てられたの、こっち?と思ったら、そんな簡単な事情じゃなかったらしい。
うつむいた孝明さんが、搾り出すように話し出した。
「・・・あの女に、春子には思いあった男がいると何度も吹き込まれたんだ。もちろんあの女のことだから嘘だと思っていたさ。でもある日、男が、俺の前にやってきたんだ。春子を帰してくれ。俺のために好きでもない男と結婚しようとしているんだ、と目の前で泣きやがった。誠実そうな、色男でもなんでもない、ただの男だった。あの頃、春子に出会うまで俺は誠実とは言いがたい男だったからな。春子が欲しかった。でも、男の言うとおりだったらどうする? 春子が好きだ。春子を愛している。でも、春子の気持ちが俺に無いなら、独りよがりにしかならない。春子が幸せなら、それで良いと思って・・・あれから、八年もたってしまった」
「・・・なんでその男の話を信じたんだよ。何で春子さんに聞かなかったんだ?」
「・・・弟よ、お前はまだ本気の恋をしたことがないだろう?」
「・・・悪ぃかよ」
「・・・怖かったんだ。わたしは・・・思いあっていると信じていた。でも、それが違うと、春子本人に言われたら、きっと立ち直れない。だから私は、自分の心を殺す前に、手を離したんだ」
結果、間違いだったと知れるまで三年もかかってしまった。
その間に春子は住む場所を変えて、海を生みたった一人で育てていた。取り戻したいんだ。三人の時間を。
後悔の念は果てがない。
「・・・一度信用を失った身だ。信頼を取り戻すのは大変だとも知っている。でも、何度でも言うつもりだ。・・・愛していると」
「・・・わかった。わかったから、それ、俺の手を取って言う言葉じゃないからな」
ぶんぶんとつかまれた両手を上下に振るが、離れない。
「・・・もう泣かせない?」
「誓う」
・・・仕方ねえなぁ。
まぁ、俺が言えた義理はないんだけどさ。
「毎年かーさんと春子さん同じ日に休みとるんだよね。・・・今年は熱海で温泉とマリンスポーツで盛り上がる予定なんだ」
「運転手でもポーターでも便利に使ってくれ!」
「・・・そんな卑屈にならなくても」
なんか俺もいい加減、かわいそうになってきた。藁にも縋るってこういうことかな。
「ありがとう、弟よ!」
「うぎゃあああああああっ!」
だから、ハグ付き笑顔爆弾は春子さんに使え。男に抱き付かれても嬉しくもなんともないわっ!
*********
・・・と、言う事で。
やってきました。熱海! 青い海! 白い砂浜! 香る潮風、浜焼きの匂い!
「いか焼き、んまいねー」
と、海。
「ホタテ焼きもうまいなー」
と、俺。
「あら、すずきの塩焼きもなかなか」
と、春子さん。
「海老の塩焼きが泣けるほど美味い・・・」
と、かーさん。
んまんまもぐもぐ。
せっせ、せっせと食べる俺達の横で、これまたせっせせっせと火を熾し、海産物を焼く孝明さん。意外に結構アウトドア。
もぐもぐする俺達の前は、見事なオーシャンビュー。
背後に立ち並ぶリゾート感満載の別荘の数々。
孝明さんの後ろには、これまた洗練された執事・・・ちゃうちゃうリゾートマンションのコンシェルジュの皆様がずらり。黒服ですね、機能性重視ですね、萌え要素を求めちゃだめですかね。
当初予定していたリゾートホテルプラン「海鮮三昧・温泉三昧コース」は、孝明さん参加の結果、ホテル側の意図により強制回避イベントが発生した。
べっくらこいた。
ポーターよろしく荷物を担いだ孝明さんの顔を見た、ホテルのドアマンが顔色変えて叫んだんだ。
「――――社長!?」
・・・て。
そしたらもう。プライベートビーチ完備でコンシェルジュ常駐。電話一本であらゆるものが届くという、いたれりつくせりの別荘街の瀟洒な一角に放り込まれた。問答無用だったよ。
ああ、俺の海鮮三昧・温泉三昧・・・!
だって知るかよ、予約しておいたホテルの経営者が目の前の人だなんてさ。
絶景の大海原を望む展望露天風呂に未練を残してたら、コンシェルジュのおじ様が、車回してくれるって約束してくれたけどさ。
そしてなんだか孝明さんは一本どっか逝っちゃってる。精悍な顔をうれしそうに緩ませながら、春子さんと海の世話をしているのだ。幸せそうだから放っておく。
マンションから同行してきたわらしさまと、新鮮魚介を前に作戦会議だ。そして担当を決めた。炭火焼き担当の孝明さんと、炭火で焼くもの以外をわらしさまが受け持った。
(ぬしさま、海坊主が銛で突いたばかりの活魚ですが、こちらは刺身にいたしましょうね)
きりりとたすきがけしたわらしさまが、潮風に髪を靡かせて微笑んんだ。白地に、青いてっせん模様の着物が青い空に映える。
いつもお世話になってるからってかーさんが贈った単衣だ。
柳包丁前に、たすきをかける姿は、なんかもう粋!
「うわ、刺身も作れるの?」
(はい。半身は刺身でたれは二種、半身はあらいで酢味噌で・・・こちらの鰹はたたきにいたしましょう。生のままと、炙ってたたいたものを酢醤油とにんにく醤油で召し上がっていただけます)
「うわ、うまそう。んじゃ俺、にんにくスライスして、生姜摩り下ろすわ」
腕をまくってアウトドアな板場に足を踏み入れた。すかさずコンシェルジュの影が、エプロンを差し出してくる。それを腰高に締めて、にんにくを手に取った。ふふん。俺だって伊達に主夫歴短くないのさ。
リズミカルににんにくスライスを作り始めた。
********
(もおし、そこなお方)
「んん~?」
手伝いながら、もちろん出来立てを食べて、時折孝明さんと焼き方を変わったり、ビール片手に浜を駆けるかーさんを捕獲に走ったり、春子さんの泣き上戸に付き合って孝明さんに睨まれたり、海に話しかけようとして何を話せばいいか判らない様子の孝明さんに呆れたり、海といか焼きと海老塩焼きはどっちが正義か議論したり、有意義な時間を消費していた。
・・・ちなみにいか焼きVS海老焼きはとうもろこし焼きVSじゃがバタ焼きくらい決着がつかなかった。
腹は満腹、波の音は耳に心地良く、そろそろお開きにして大人には大人の時間を提供するかー、とかーさんと海とわらしさまを誘って部屋に帰ろうと思っていた頃、その声は届いた。
・・・いや、空耳か?
(もぉし、そこなお方・・・東のわらしさまのお身内と存じる。すまないが・・・)
空耳じゃないな。しかも、わらしさまをわらしさまと知っている声だ。
「・・・で、どこにいるのさ?」
声以外、妖怪の姿は見えなかった。
右見ても左見ても、妖怪の影も形もない。
(すまぬなぁ、足元じゃ・・・)
「足元?」
水溜りがあるだけだ。
(あいすまぬ。溶けてしもうたのよ。助けてくれんかのぅ)
「・・・溶け・・・た?」
砂浜に結構な水溜り。
(そうじゃ。わらわは、嗚雪。雪女じゃぁ)
「―――――今、夏だぞっ!」
雪女が出没して良い時期じゃ、ない!
**********
特大のクーラーボックスに入っていた、飲み物(主にビール)を全部出して、足元の水溜りを掬って入れた。
(おお・・・おおお、冷える。冷える・・・生き返るのぅ・・・)
あれだ。
水を注ぐとむくむく増えるお菓子だ。
冷えたクーラーボックスの氷を抱きしめ、水だった自称雪女が、ぐんぐん体積を増やしてく。
さらり、と白い髪をたらした白い顔の美しい女。見上げて微笑んだ瞳が赤い。
むくむく成長した身体は、白の紗の着物に包まれ、腰高に結ばれた帯に上げられる形で盛り上がる胸の美しい形に釘付けになった。
「うむぅ。生き返った!恩に着る」
「・・・なんであんなとこで、水になってたのさ」
「うむ! ビッグウェーブが来るとの情報をもらったからじゃの!」
「サーフィンかい!」
「いやあ、助かった。沖でうっかり溶けてしまってのぅ。何とか波に乗って浜に上がったものの、スライム状から水になってしもうて・・・」
どうにもならんが焦った焦った。と笑い飛ばす雪女、嗚雪が、ひとしきり笑った後、視線をわらしさまに据えた。
「・・・おや匂いだけかと思うていたのだが、まさかご尊顔を拝することが出来るとは、重畳重畳。東の座敷わらしさまとお見受けする。これなるは、富士の嗚雪。氷雪の乙女にございます」
(・・・よろしくするつもりは無い。動けるようになったのなら、去ね)
つん。
あさってのほうを向いて顔を合わせようともしないわらしさまに。
俺は目をむいた。
「わらしさま、どうしたのさ?」
(・・・・・・なんでも、ございませぬ)
「わらしさま?」
(・・・・・・口惜しい)
「え?」
さっと顔色を変えたわらしさまを、一人にはして置けなくて、さっと抱き上げた。
じいいっと俺の目を見つめてわらしさまはふっと唇を緩めた。
(ぬしさま・・・)
そのまま首筋に顔を埋められ、俺は固まった。
わらしさま ぽつり
(乳か・・・乳なのか・・・)