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妖怪のラッキースケベは命がけ

 「どうしたら元に戻る?」

 わらしさまに尋ねれば、彼女は小首を傾げて俺を見上げてきた。

 上目遣いにどきゅんっと心臓撃ち抜かれ、石○都知事をおもいだし、熱冷ます。

 しばし逡巡していたわらしさまの意識が戻ってくる気配を感じた。


 (・・・御魂が引き出されたきっかけがあるはずです。人はそう簡単に生御魂を抜かれたりしませんから)

 「・・・海の家に戻ろう。今ならまだ間に合うだろう?」

 (あの家にはおかしな気配はありません)

 「・・・わかるの?」

 俺の問いかけに、わらしさまは頷いた。


 (ぬしさまが居られる場所でございますから、土地からじっくり調べて、さらに守護も強化いたしました。あの家も、まんしょんという館も、その周辺に至るすべて、おかしなものが入り込む余地は、欠片もございません)

 「(おそるべし、わらし様セ○ム!)・・・じゃあ、仕事場だな」


 (はい。おかしな気配は掴んでおります。荒御魂・・・怨念です。あのおなごを黄泉へ堕とすつもりなのでしょう)


 わらし様の言葉に俺は奮い立った。足なんか震えていたけど。

 今ならまだ間に合うってわらしさまが教えてくれたんだから!

 だったら、今やるしかないんだ。


 「(俺ホラー苦手なのにぃっ)くそっ、覚悟決めてやらぁっ! わらしさま、どこ!?」


 「この最上階に」


 ********



 ここです。と指差された場所は特別病室ってやつだった。


 「・・・ここ?」

 ここに春子さんを、幽霊未満にした原因があるってことらしい。うろうろしていると病室から出てきた男の人と危うくかち合うところだった。


 「ああ、すまない」

 「いいえ(あれ、このひと、見たことあるぞ。どこでだっけ?)」

 しばらく考え込んで、気がついた。学童保育の場で出会ったあの人だ。


 「わらしさま、あの人が原因?」

 (・・・いいえ。でも近いにおいがします)

 「じゃあ・・・やっぱりこの中の人か」


 俺は覚悟を決めて、彼を引き止めた。


 「すいません!・・・成沢 春子、ご存知ですね?」


 男は、歩みを止め、怪訝な顔で俺を振り返った。


 「・・・誰だ、君は」

 「一回会ってますよね、成沢 海の学童保育で先生に門前払いされてたでしょう?」

 男は合点がいったようで、俺をじっくり見た後、頷いた。


 「時間がないから、単刀直入に聞きます。・・・春子さんを殺したいほど憎んでる人に心当たりありませんか?」

 

 男は俺の言葉に目を見開いた。端正な顔立ちはどことなく、海に似ていると思った。


 「・・・君は、何を知っている?」


 真剣に問いかける声に、俺は少しほっとした。馬鹿にされて去られたって文句はいえない質問だった。でもこの質問をして、話を聞こうとこちらを見てきたんだから。


 敵でも味方でもどっちにしたって、利用する。


 「・・・春子さん、このままだと死にます。そして多分、春子さんをそんな状況に追い込んだのは、この部屋の住人なんです」


 指さした部屋は、さっき男が出てきた病室。


 男は俺と、俺が指差す病室を見て、顔をゆがめた。



 *******



 長くもないのにやけに時間が経った気がした。


 男に促されて入った部屋は、とても病室とは思えないほど豪華だった。

 広さは大部屋二つ分くらいで、テレビ、キッチン、冷蔵庫、ソファまで完備されている。


 「あら孝明たかあきらさん。忘れ物?・・・そちらは?」

 儚げな美女が大きなベッドに横たわっていた。


 「・・・ぐ」

 (ぬしさま、大丈夫ですか?)

 病室に一歩入ったとたんに体を襲った怖気。吐き気。悪寒。背中を虫酸が走りまわる。がんがんと頭で警報が鳴り響いた。

 「・・・だいじょう、ぶ」

 ぐっと親指突き出して、わらしさまににっかりと笑いかけた。・・・ぐえっとえずきそうになって、涙目になった。

 「け、けど・・・(なんなんだよ、この腐臭)」

 (魂の腐った匂いにございます。ぬしさま。あのおなご、もうすでに人ではございません)

 淡々としたわらし様の言葉に、俺は目を見張った。


 視線の先にベッドに横たわる清楚な美女。その女と、孝明と呼ばれた男。

 一見すると病床の恋人を見舞う恋人同士に見える。

 ・・・が、男の嫌悪に満ちたまなざしが、その甘い考えを打ち破った。

 しかも、だ。


 男が、苦々しく口にした最初の言葉は。


 「お義母さん」


 だった。


 (おかあさん? お母さんって、あの若さでこの年の男の母親!?ありえねえええっ!)

 俺としては恋人同士ってのを想像していただけに、これはきつい。


 「・・・そんなに春子が憎いのですか」

 男は淡々と呟いた。

 

 「孝明さん、あなたの口からあの女の名など聞きたくないわ。それよりも、ここへいらっしゃって? もう一度お茶を入れましょう」


 病床に伏した、美貌の人の細い腕が男をいざなうのを見て、なぜか俺は怖気を走らせた。

 綺麗な人なのに、なんでこうも、汚らわしく見えるのだろう?

 背中を粟立たせた俺を気遣ってくれたのか、わらしさまがそっと手を伸べてくれた。それに少しほっとする。


 「いい加減にしてくれ、お義母さん。もともとあなたは親父の後妻として家に入った、私とは赤の他人。本来なら私の婚姻に口を出す権利などない」


 男の言葉にようやく、おかあさん=お義母さん、と脳内で自己完結した。

 なんか納得したけれど、ではこの女の目が怖いのはなぜなのだろうか、と思い立った。

 燃え上がるような情念は、義理の息子であるこの男に向けるべき視線ではないだろう。


 「孝明さん? またあの女に会いに行ったのね?」


 女はにっこり笑ったままだった。でもそれが仮面なのだと俺は分かってしまった。

 ぴたり、と張り付いたままの笑顔。

 その皮膚の下でどんな思いが駆け巡っているのか。


 「私は春子を愛している。散々あなたは彼女を売女呼ばわりしてくれたが、わたしは春子を信じている。あなたの言いがかりに振り回されるのはもう、うんざりだ」


 「・・・あの女に騙されているのよ、孝明さん。財産目当ての卑しい女! 大体あの子供だってあなたの子だなんてわからないのよ! あの女の言うとおり結婚したら、思う壺じゃない。あなたにはもっとふさわしい人がいるわ!」


 「お義母さん! もうやめてくれ。海は私の子だ。春子はそんな汚い打算で動く女じゃない」


 「孝明さん、わたしはあなたのためをおもって・・・」


 「では、もう二度と私たちの間を引き裂かないでくれ! 知っているんだ、お義母さん。あなたが、春子を追い詰めるために、私との仲を示唆して誤解させた事も、海を流産させる為に医者を買収した事も!」

 ・・・海まで狙ってたのか、このおばさん。

 でも、彼女は後妻で、父親の奥さんだろう?でも、春子さんに誤解させる為に、仲を示唆したって何の? と首を傾げていたら。

 (あの男が義母と不倫関係にあるとでも、言ったのでしょう)

 ・・・わらしさまがあっさり看破してくれた。

 

 げ。

 でもそれって、まったくの横恋慕じゃね?

 だってあの男の人、どう見たって病床の彼女を見る目じゃないもんね。どちらかというと・・・敵を射る目だ。軽蔑しきって近寄りたくないって言ってる目だ。


 「だめよ、孝明さん。あなたは私の物なのよ・・・。あなたはわたしの、」


 「いいかげんにしてくれ! あなたは父の女であって、私の母ではない!」

 

 それは、決別の言葉だった。

 男にとっては、母親という名の女の呪縛からの。

 女にとっては、「にんげん」からの。


 かた。かた かた かた かた。かたたたたたたた。


 地鳴りがした。差し込んでいた光が遠ざかり、一足飛びに黄昏がやってくる。


 「わらしさま?」

 (ぬしさま、おさがりください)


 墨を撒いたかのように、暗くなる。黄昏時はあやかしの時間。


 「あナ アな あナ あなタ は ワ た し ノ もノ・・・・・・・・・・・・あなたはわたしのものよおおおおおおおっっ!!!」

 美しく整っていた微笑がからくり人形のようにかくん、と動いた。

 

 男を抱きしめようと開かれた両手から、咄嗟に男を引っ張って、俺は大きく後退した。壁が遠い。


 「な、」

 「呆けてる場合じゃねえってっ!」


 逃げた男を捜しているのか、胴がぐりん、と回転しこちらを見た。はだけられた病着から、豊満な胸がこぼれる。

 ラッキースケベを喜ぶ暇はなかった。

 儚げに微笑を讃えていた唇が、一気に裂け、ずろりと黄色い乱杭歯がむき出しになった。

 さらさらと美しい髪は振り乱され、細い首がびきびきと音を立てて、節目立っていく。


 恋情に身を焦がす鬼女の姿があった。


 「アガ アガガ あ ぁアぁぁあ あだくし が 好き なのは だかあぎらァ アなダ アなダ あなた を あい 愛し 愛し ぁ愛あぃしぃぃいデ る ノ。あなだ ノ おどうざま なんで あい 愛ジデなンか い いな、イナ、いな、イナ・・・・・・・・・・・愛しているのはあなただけ」


 最後の言葉を言い放つと同時に首がぎゅン、と伸び孝明の、極限まで見開かれた目の前で止まった。

 美しかった顔は下半分が大きく崩れ、がちがちとなる牙の音がうるさかった。

 それでも尚、義母・・・いや、おんなの独白は続いた。


 「あなたが好き。あなたが好きよ。孝明さん。息子だなんて思えなかった。だって血の繋がりなんかないのだもの、何で我慢しなきゃならないの? 毎日あなたのお父様に抱かれながら、これがあなただったらどんなに幸せかと思ったわ。早まったと思ったの。いくら、お金の為とは言え、あんな男に嫁ぐ前にあなたの存在に気付いていれば。そう、そうよ。いずれあとを継ぐのはあなただもの。もう少し時期を待って、あなたを誘惑しようと思っていたのに・・・」


 優しく頬をなでていく手のひらが、最後に男の頬に爪を立てた。


 ぎり。ぎり。ぎり。


 「あんな、なんてことない女にうばわれるなんて」


 つぅと伝った血が、頬から滑り落ちた。


 おんなの目線が血を追って下がる。

 恍惚とした眼差しで血が滴る頬を見つめ、耳まで裂けた口から、先の尖った舌を出して、舌なめずる。

 「・・・ああ・・・。ナンテ いいカオリ。・・・あの女、私の孝明さんに近づいて、結婚の約束するなんて。なんて浅ましいの、なんて汚らわしいの。私の孝明さんの子を孕むなんて、なんてなんて・・・ウラヤマシイ。・・・ああぁ、チのカオリ。ワタしの わタシ の・・・・・・・・・わたしのものだ」


 がばり と口が後頭部まで裂け、大きく開いた頤に男の上半身が噛み砕かれる―――――。


 「・・・あっぶね~~~・・・」


 ふぃ~っと、俺は額に浮かぶ汗を腕でぬぐった。

 ・・・がちんと喰われる寸前、咄嗟にそばにあったパイプ椅子を頤と男の間に差し込んだ。


 化け物はがちがちとパイプ椅子に噛み付いている。奮闘しているが、上手く差し込んだので吐き出せないようだ。 

 (ぬしさま。いかがなさいます)

 「もちろん排除するさ。そうすれば、春子さんの魂も何とかなるんだろう?」

 (・・・ええ。おまかせを)


 ふわり、と着物の裾を靡かせて、俺と女の前に立つわらしさま。


 その後姿に姐御を感じた。

 なんか、かっこいいぞ!




 

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