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第一同居人子ども扱いに反発するも和む

 ライフをわらしさまに削られまくった俺は、もう自分の家に帰る気力を失った。・・・たかが、三部屋、されど三部屋。廊下、歩きたくねえ。


 仕方なく布団にもぐると、当たり前のようにわらしさまも入ってきた。おおーい!

 「わらしさま、まった!」

 (ぬしさま?)

 当たり前のように俺の胸に手を置いて小首傾げた。上目遣いで。

 引っぺがすために掴んだ肩は、華奢なそれ。繊細なつくりに愕然とした。


 「~~~ううう、兄ちゃんなんか嫌いだぁっ」

 言葉もなく布団の中で見詰め合って(←凝固)いたら、海のヤツが真っ赤な顔で睨んできた。

 ・・・すまん。


 がばっと布団をかぶって不貞寝する海を横目に、わらしさまの肩を掴んでいた手を下ろした。

 暑いとは言え、夜風は体に毒だ。まして小さな子供、風邪を引いたら大変だ。

 薄手のタオルケットをわらしさまの体にかけてやる。

 それからその隣に寝転んで、右手で頬杖ついてわらしさまを覗き込んだ。


 タオルケットから顔だけ出してこちらを見上げる美少女。萌えとはきっとこういう事を言うのだろうが・・・やっぱし子供は子供。


 ひっついてないと眠れないなんて、夜が怖いガキの証拠だ。

 ただそのガキが、ちんまりしてて美少女で、スキンシップが大好きだってのが問題なだけなんだよ。


 てーことは、あれだ。

 俺の理性が試されている・・・!

 ふむ。座敷わらしが仕える「ぬしさま」の適正見極めの試練とか? 人間性の確認とか?・・・下半身に理性を求められても困るだけだけどなっ!

 

 だが、童貞を舐めんなよ!

 ちまいガキの世話はお手のもんだぜ!


 「おし、寝るぞ」

 わらしさまの背中をぽんぽんしながら、目を閉じた。


 もぞもぞと動いていたわらしさまも、一向に動かない俺に観念したのか静かになった。


 

 ・・・眠りについていた俺の意識が浮上する。呼び出し音が聞こえる。

 電話だ。


 「・・・もしもし?」

 「真人! 海君いる?」

 「ぅわっと、いるよ。いる。どうしたのさ?」

 すごい剣幕で叫ばれて、思わず携帯を耳から離した。恐る恐る、もう一度耳に当てて、尋ねれば。

 「海君連れて病院に来て! 春が、」

 「――――すぐ行く。西口の救急で良い?」

 「早くね!」


 俺のかーさんは滅多なことでは慌てない。そりゃそうだ。仕事柄慌てたところで始まらない。縫ったり切ったりの仕事だから、血にも強い。そのかーさんが取り乱す。


 ――――春子さんに何かあった。


 「海。着替えろ。病院に行くぞ」

 俺の低い声に、海は心細い顔で従った。



 *******



 運よく拾ったタクシーは信号にも引っかからず、最短距離で病院へ着いた。


 俺達を待っていたのは、真っ白な病室に横たわる春子さんだ。どう見ても息をしていない。


 「うそだ、なんで・・・!」

 海がぐっと握り締めたシーツがずれて、色を失った顔が見えた。

 「かーちゃん、かーちゃん? 起きて。目ぇ覚ましてよ・・・」

 海が春子さんの体を揺さぶった。呆然とした小さな声が、だんだんと大きく、切ない泣き声になっていく。

 「かーちゃんっ! いやだぁっ!」

 叫んで海が春子さんに縋りついた。


 ふらり、と後ずさって壁に背中を付く。それから、ずるり、とへたり込んだ。海の声が、頭の芯で木霊する。俺は、足の間に頭を入れて、病院の床を見つめていた。


 どれぐらい時間がたったのだろう? ぼんやりとした視界に、白のナースサンダルが入り込んだ。 

 

 白いナース用のサンダルだ。すらりとした足が続いて、膝下15センチのスカート。エプロンのスカート部分は、小児科にヘルプにも行けるよう、猿のキャラクターがアップリケされている。胸のポケットにはペンが山ほどと、病院内限定の携帯電話。ネックストラップは、めでたい紅白にハートマーク。


 徐々に視界を上げると、細面の綺麗というより可愛い横顔がみえた。茶色のくせっ毛を団子にしている。昔はここにナースキャップかぶってたけど、数年前から病院の看護婦のナースキャップは廃止された。


 ・・・いつの間にか涙は引っ込んでいた。


 この人を知っている。俺がまだ小さかった頃から、顔を合わせるためにしゃがんで目線を合わせてくれた優しい人だ。

 かーさんがいない時は海と一緒に面倒を見てくれた。


 「・・・うそ・・・」


 ベッドに横たわる春子さんと、目の前で泣き崩れる春子さんのふたり。


 片方はどうにも透けて見えた。



 *******



 何かを一生懸命、海に向かって叫んでいた春子さんは、泣きながら今度はかーさんに詰め寄った。


 すかっと通り抜けて、春子さんは、眠る自分を見下ろした。

 無視しようのない現実に打ちのめされた横顔。

 目の前に自分の遺体があるんだから、混乱しているのかもしれない。


 両手を目の前に持ってきて、握ったり開いたりをしている。


 それからもう一度、青白い顔で海に何かを叫んでいた。

 ・・・伝わらないどころか、顔を向けてもくれない。聞こえない、という事実に打ちのめされて、とうとう春子さんは掲げた手のひらに顔をうめた。


 「・・・はるこさん」

 思わず声をかけた。でもそれは、死んでしまった人に向ける、問いかけのようで、誰も気に止める人はいなかった。

 かーさんすら、目の前の春子さんの死に泣いている。


 みんな、眠る春子さんに釘付けだった。


 *******

 

 重苦しい病室を抜け出し、ベンチに座って、顔を上げた。


 「・・・わらしさま、いる?」

 (ここに)

 ひょいと何でもないように、わらしさまが空間から顔を出した。からり、と下駄が音を立てる。

 その足を見て、春子さんの姿を思い返した。幽霊、なのだろう。でも。

 「・・・足があっても幽霊なのかな・・・」

 ぽつり、とつぶやいた。日本幽霊らしく、足がないのが当たり前だと思うけど、ポジティブシンキングの春子さんは、自分の足でどこまでも歩きそうだった。海を見ていくつもりなのかな、と小さく笑った。


 幽霊でも、良いじゃないか。そう思っていたら。

 (あれは、生御魂いきみたまですから、まだ幽霊ではありません。ぬしさま。でもこのままでは黄泉堕ちいたします。心残りもあるようですし、荒御霊あらみたまとなれば、地獄行きかと)

 俺はがばりと顔を上げ、わらし様を見た。

 わらしさまがすっきりした眼差しで、見つめてくる。その言葉の意味を反芻して、わかったこと。


 「・・・春子さん、まだ、死んでないの?」

 (はい。ぬしさま。限りなく死者に近い生御霊です)


 わらしさまの言葉に俺の頭は真っ白になった。


 

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