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第二第三同居人ニアミス!

 まよいがを抜けるととたんに喧騒が戻ってくる。


 マンションの正面から外に出ると太陽が、肌を焦がした。歩く真人を後から何人も追い抜いていく。


 小学生が寝坊したのか、慌てたように駆けて行く。その中の一人が真人に声をかけた。


 「学童おわったら、にいちゃん家にいっていい?」

 「春子さん、遅番か。いいぜ」

 「うん! いってきます!」

 「おー」


 そのまま走り去った男の子は、同じマンションの住人で、かーさんの後輩の看護師がひとりで育てている男の子だ。成沢 かいという。


 同じ境遇からかーさんが春子さんに手を差し伸べて、春子さんが遅番の日は俺が海の面倒を見ていた。


 「ぁ。海のことわらしさまに言ってなかった・・・」

 わらしさまに海を認証してもらわなきゃ。今の自分のマンションのセキュリティがすごい事忘れてたよ。


 わらしさまがいるからか、今マンション付近はセコムも真っ青な鉄壁の守りになっていた。


 空き巣、強盗、押し売りは、近所をうろついた段階で警察に目をつけられ御用になっている。


 ひったくりの常習犯は、一時間の逃走の末、マンションの鼻先でバイクが転倒。大怪我をして救急車ならぬパトカーで病院に行ったらしい。


 連行する警察官がしきりに不思議がっていたのを思い出す。


 ・・・その代わりといっちゃなんだけど、河童や小豆洗いや枕返しに子泣き爺が、マンションに出入りしているケド。・・・今のところ大きな混乱もない。


 (わしゃしゃ)

 「あ。すまん。お前もいたな」

 胸ポケットに黒い煤玉お化けが一匹(?

 まよいがで懐かれたお掃除大好きお化けだ。ポケットに潜んで学校へ一緒に登校しては、教室の隅っこを掃除している。学校で授業始まりから終了まで、嬉々として掃除しまくっている可愛いやつだ。


 「お前わらしさまに一言言っておいてくれないか? 俺が帰る前に海が家に来るかもしれないし、今日は子供を預かるから夕飯は作らなくて良いよって」

 海を預かる日はいつも、二人でご飯を作って二人で食べた。

 宿題を見てやってテレビで馬鹿笑いをして、二人で風呂に入って、二人で寝る。

 かーさんが急患の時や、春子さんが遅番の日はずっとそうだ。


 (わしゃ!)


 「たのむな。授業終わったらすぐ帰るから」

 胸ポケットに向けて囁いたら、黒い煤玉がぼしゅっと消えた。


 ・・・そして俺は学校へと向かった。


 授業を受けて、昼時。弁当抱えて現れたわらしさまに、ひっつかまり、衆目の中羞恥プレイをこなした。羞恥プレイの内容?・・・聞くな。



 *******



 学校帰りに学童保育を行っている小学校へ顔を出した。俺もお世話になったところだ。

 「あぁ、真人君!」

 「先生、海はいる?」

 なじみの先生が俺の顔を見て見るからにほっとした表情をした。

 先生が対応していた相手は、四十半ばの男性だ。

 「ああ。上がって迎えにいってあげて」

 「うん」

 勝手知ったるなんとやら、で、俺は靴を脱いで教室に入った。軽く男に頭を下げ、それから海に声をかけた。


 先生とその男性が小声で海のことを話していたのは知っていた。


 「・・・申し訳ありませんが、規定で、親とその承諾を得た方以外に子供を引き渡すことは出来ません」


 (・・・やれやれ、ここでも未成年者略取かよ)

 学童保育は子供を預けて働く母親の為の制度だ。だから離婚して子供の親権を争う親がこうして顔を出すのも珍しくはない。

 

 男が海を見ていることに真人は気がついていた。


 (父親か)

 真人の中に父親に該当する人の記憶はない。恋しいと思わないとは言わないが、いざ出てこられたら困惑するだろう。

 「おまたせ!」

 海が出てきた頃には、男の姿はなかった。

 ほっとした顔の先生が見送る中、海と並んで家路に着いた。


 玄関はいると、嫁よろしく三つ指ついてお出迎えしたわらしさまに、案の定、海が目を白黒させた。


 (ぬしさまのご友人の海さま。ぬしさまのわらしにございます。これからよろしくお願いいたします)

 「あ、え・・・ど、ども」

 (ぬしさま、食材の準備は出来ておりますが)

 「ありがとう。今日は海の家で飯作ろう。明日の昼ごろまで春子さんが仕事だから、春子さんの分も作らなきゃね」

 鞄を置いて海の家へと移動する。

 わらしさまも、楚々と後ろをついてきた。

 海がしきりにわらしさまを見つめている。涼やかな美少女、年も近いし気になるのだろう。ちらちらと盗み見ては真っ赤になっていた。


 涼しげに歩む。わらしさまの装いは夏らしく、白地の絽の着物だ。右肩から清流の模様がはいり、胸元と腰、足首に赤い金魚が描かれている。金魚と言えば幼稚園児の浴衣を思い起こすが、わらしさまの絽のひとえは幼すぎない意匠だった。なにより、すっきりと粋に着こなしている彼女は、凛として美しかった。


 「・・・さて、わらし様、たまには俺の腕前も見てくれよ。ごちそうするから」

 ま、そうは言っても男の料理だけどさ。

 繊細さはないけど豪快だよ、と笑って腕をまくった。

 

 「まず米を研ぐから、海は・・・」

 (あずき とぎましょ しゃっきしゃきしゃき もひとつ とぎましょ しゃっかしゃかしゃか)


 いやに薄暗い海の家の台所で、こもを背負った小柄なじいさんが歌を歌いながら米を研いでいた。腰で拍子を取っているのか、リズミカルに腰が左右に振られてる。

 妖怪出現ステイタスで台所はいきなり夕暮れだ。・・・黄昏は妖怪にとって、必須らしい。


 「・・・にいちゃん、なに、この歌。それに何で台所こんなに薄暗いの?」

 「なんでもないっ! なんでもないってっ!」

 海がぴょこぴょこ後で飛び跳ねるが、自分家の怪奇現象を見せるわけにはいかなくて、必死で視線をさえぎった。―――――どうでもいいが、何でふんどし一丁なんだっ! しかも、振るなけつ。


 米の水加減をみた小豆洗いが、俺を振り返ると満足そうないい笑顔を見せて・・・消えた。


 「こ・・・米とぎ終了っ! さて次!」

 ざっくりライフ削られてる気がするのは気のせいじゃないな。恐るべし、小豆洗い。だが、くじけちゃダメだ、俺!

 次の仕事だ・・・と、海を振り返れば、海が困った顔で俺を見上げた。


 「にいちゃん、テーブルの上になんかあるんだけど」

 「は?」

 

 テーブルを見れば鮎の甘露煮が大皿に盛り込まれていた。つやつやのあめ色だ。

 鮎の隣に大盛りに盛られたきゅうりもある。


 「さっき見たときはこんなのなかったよね・・・」

 海は困惑極まった顔。俺は冷や汗だーらだら。


 テーブルには、べったりと水かきの跡が。

 ・・・ものすごく見覚えがあった。犯人も知っている。


 (・・・河童ああああああッッ! あれほどダイイングメッセージ残すなと言ったのにぃぃっ!)


 川底の砂の色だと言われても、怖気を誘う赤茶色の水かきスタンプは、血の色にしか見えない。もはや、トラウマ。大体毎朝起きると枕元に、大量のお供え物と共に水かきスタンプが押されているんだぜ?


 「きゅうり、すぐ食べられるように、おかーさんが置いといてくれたのかなぁ・・・?でもこの跡ってなんだろー」

 「~~~味噌っ!味噌が良いな! 蛇腹に切ってラー油とめんつゆでもうまいぞっ!」

 海の興味をダイイングメッセージから引く為に、俺は叫んだ。決して、泣いてないぞ!


 「ごま油と塩とにんにくで、なんちゃって水キムチもいいねぇ」

 海は良い子だ。ちゃんと話を合わせてくれる。


 「油で炒めると上手いって、お隣のハルナおねーさんが教えてくれたな。試してみるか」

 「うん! これだけ新鮮なきゅうりは、はじめてだよ、にいちゃん。とげが痛い!」

 「沢山作って春子さんをびっくりさせような」

 

 テーブルの河童のダイイングメッセージを、さり気なくふき取りながら、料理を始めた。


 要所要所でわらしさまがさり気なく手を貸してくれるので、いつもより早く仕上がった。


 ご飯が炊けて、鮎の甘露煮以外にも鶏南蛮を二人で作った。


 きゅうりの漬物三種に、きゅうり炒めと、食卓もにぎやかだ。


 わらしさまも交えて三人でご飯を食べた。


 食後に茶碗を洗って、片付けてたら、わらしさまが水菓子を出してくれた。


 (桃水にございます)

 「・・・凍った、桃?」

 匙を入れるとしゃりっと音を立てて崩れる。そうっと口に運んだ。キン、と冷たい。

 (完熟した桃を切り分けて、炭酸水とあわせて氷室で冷やします。先ほど室温に置いておきましたので、ちょうど頃合かと)

 「うわ、桃のシャーベットだぁ!」

 海が嬉々として匙を口に運んだ。

 ん~~~っとうなった後、目をパッチリ開いて、海と笑いあう。


 「「―――――んまああああああああいっ!」」

 

 声が、重なった。


 きゃっきゃしながら宿題を見て、笑い転げながら布団も敷いた。・・・春子さんはまだ帰らない。


 「おし。風呂はいって寝ろ」

 「兄ちゃんと入る」

 「そうだな・・・たまには良いか」

 懐かれるのは嫌いじゃない。むしろ頼りにされていると思えて、嬉しいだけだ。


 タオルを掴んで浴室へ行った。


 

 ++++++++



 ・・・今の今まで尊敬の眼差しで俺を見ていてくれたのに、海にきびしい眼差しを向けられて焦ってしまった。


 視線が痛い。


 「か、海、これはだな、」

 「・・・にいちゃんがそんな人だとは知らなかった」


 半眼に座りきった少年のまなざしが痛すぎる。


 なんか刺さってる! ぐッさり刺さってる! がりがりとライフが削られていく。俺、立っていられるかしら。


 「~~~海、誤解だ!俺はロリじゃねぇ!」

 「~~~にいちゃんのすけべ」

 (ぬしさま?)


 二人で入ろうと足を運んだ浴室に、いてはいけないもう一人の声が木霊する。・・・ぃやあ、風呂場って声響くよなぁ・・・。


 「わらしさま! 君もなんか言ってくれよ!」


 聞く耳持たない海にじれて、わらしさまに助け舟を願った。


 (さ、ぬしさま、お背中流します)


 ・・・泥舟だった。


 「にいちゃんのむっつりすけべっ!」

 「か、海!」

 (ぬしさま)

 海が走り去っていくのを、呆然と見つめていたら、そっと肩に手を置かれた。耳元で囁かれいたるところが真っ赤になった。


 「~~~わ、わらしさまも、そんな格好で男湯の中に入ってきちゃだめだろ!」


 大本は、薄い湯着ひとつ纏ったままのわらしさまだ。

 童貞を侮るな。チェリーはいずれ狼になるんだから!


 ・・・なのに、さっと目の前に差し出されたのは奇妙な形の椅子だ。


 (さ、どうぞ。ぬしさま) 


 「わ、わらしさまっ! ひとりではいるからっ! 海の見本にならなきゃいけないんだよ、俺は!」 


 (・・・・・・さよう、で)


 ちっ。と舌打ちが聞こえたような気がしたが。き、きき、気のせい、だよね?


 パニクル頭の片隅で、海の間違った見解をどう晴らすかと、俺は切実に考えた。


  

 (・・・なぜでしょう。女郎蜘蛛の言うとおりにしたのに、ぬしさまはお情けをくださらぬ)


 ・・・根本的に間違っているからな!

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