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第一同居人の独り言

 思い返すのは、深い藍色の着物を好んで着ていたあの方。


 すっと通った鼻筋、端麗な口元、ザンバラに切られたまっすぐな黒髪。


 立ち姿はすっきりと、腕を組んでこちらを見つめていた優しい眼差し。少したれたまなじりが、鋭利な雰囲気を柔らかく変えた。


 何度も思い返した面影は、年月に薄れていった。


 記憶に鮮明に残るのは声だけ。


 (・・・君は自由だよ。君は君のまま、望むままに居れば良いんだ)


 耳に残る、ゆったりとやさしい声が、新たな声と重なる。


 (どこへ行こうと君は自由だ。それでもいいなら、お隣さんになろう) 


 千年の孤独を癒してくれたのは、あの方とは似ても似つかぬ平凡ななりの青年で、でも幽かに同じ匂いを感じ取れるひとりだった。


 この土地に執着したのはあの方が眠る場所だから。この場を守り盛りたてたのは、あの方が愛した場所だから。他のあやかしにこの地を奪われないように、妖気を高め他妖を屈服し、制圧した。


 けれど時の流れは残酷で、あの方の気配が薄れ行く一方で、もたらした栄華に奢る者どもの、希求はもはや限りなく、あがめ奉られていてもその魂の腐臭が鼻についた。


 敬虔な心持は消えうせる。欲におごり、濁り澱んだ彼らに、愛想はつきた。


 いっそ、朽ちてしまおうかと感じていた自分を揺り起こした凛とした気配。


 遠くから近づいてきた気配。たった一歩、この土地に踏み込んだだけで、よどんだ空気が変化した。


 風がふいたのだ。


 凡庸な風体の、若い男だった。

 けれどもその心根の傍らにありたいと、素直にそう思えた。寄り添って、支えて生きたいと思える人間にまた出会えた僥倖に、身が震えた。


 ひさびさに門を啓いたのは彼を招く為。

 彼に私の存在を知って欲しかったからだ。

 けれどもきっと彼は自分が囚われたとは知らないだろう。

 彼は自由だ。いつも自由だ。

 そして彼も、私がそうあれと望んでいる。


 だから私も。

 思う通りに参りましょう。


 血筋ではなく、はじめて「憑きたい」と思わせた、あなたのために。


 わたくしはこの全力で、あなたに栄華をもたらせましょう。


 (まずは、ぬしさまの信頼(=胃袋)を勝ち取ることが肝要か)


 いそいそと座敷わらしは重箱を抱えた。


 


 *********




 残り少ない高校生活を妨げたのは、夏休みからこっち奇妙な同居生活をしている「座敷わらし」・・・・・・・・・ではなく。


 「・・・こりねぇなぁ・・・」

 校門の前に陣取る、はた迷惑な親戚だった。


 「真人くん! 覚えているだろう、あの時会った君の大叔父の、滝田 栄だ!」


 「・・・ああ。人の母親をあばずれ呼ばわりした偉そうな人。馬の骨になんか、用ないでしょ」


 サックリ返して脇を通り抜けようとしたのに、滝田某が俺の腕を取りなおも喚いた。しつこい。


 「ま、まってくれ! あの時は言い過ぎた! 謝罪に来たんだ。あの時は頭に血が上っていて、君たちに失礼な事を言ってしまったと、反省しているんだ」

 太った体をゆさゆささせて、汗を拭き拭き滝田某が言いつのる。


 「謝れば許してもらえると思っている方の薄っぺらい謝罪なんかいりません」

 ええ。謝罪を受ける気も、許す気も微塵もありませんよ?

 だから、その手を離せ。


 「き、君が怒るのももっともだ。それだけの暴言を吐いた私が全面的に悪い。だから、言いすぎてしまったお詫びをしたいんだ」


 うわ、汗で湿ってるよ、この手。やだやだやだ。

 「聞けよ。人の話。謝罪なんかいらねーって言ってるだろ? 大体俺はあんた達を許すつもりはないんだから!」


 「真人君! だが、それでは、わらし様がお困りになるだろう! わらし様だって、新たな主人の君とわたし達が仲違していることに心痛めているはずだ!」


 「――――――それはあんた達の言い分だろ!」

 

 「君はわらしさまをどう祀ればいいか知らないだろう! 祀り方を間違えて怒らせてしまえば、わらし様がいなくなってしまうのだぞ!」


 「・・・現に怒らせたくせによく言うよ」


 「あれは! 今まで本家以外の人間の前に現れることなどなかったから混乱したんだ! 君を当主として認めよう。わらしさまがそう言っておられるのだから、君は安心して里に入ればいい。それに、あの女一人では不自由も多かっただろう? 聞けば母親の変わりに家のことをやっているというじゃないか。学業と合わせてやるには荷が重いだろう? だからわたし達を後見人としてわらしさまに・・・」


 「・・・離せ」


 腹立たしい気持ちを押さえずに言い切ったら、さすがにこっちの剣幕に驚いたのか、ようやく腕を外した。・・・遅い。


 「・・・あんた達とはとことん話が合わないようだ。良いか、もう一度だけ言う。―――失せろ」


 言い捨てて振り返らず、足を速めた。


 昇降口に入った頃、ようやく気がついたのか、男が何か叫んでいたようだが、聞く耳を持たなかった。


 そして、放課後。  

 帰る準備をしていたら、教頭先生が教室にやって来た。


 「滝沢。お前滝田先生の甥っ子なんだって? あの国会議員の! 今お前を迎えにいらっしゃってるんだ。ほら、早く早く!」

 こちらを手招きする教頭先生に頭を抱えたくなった。


 「警察」

 「・・・は?」

 「警察呼んで、先生。あの人戸籍上は確かに血縁だけど、大叔父だってわかったのなんてホンの一週間前よ。遺産相続でなんか、俺が相続人に認定されたから、躍起になって取り込もうとしてるんだ。無理やり連れて帰って後見人になるつもりなんだよ。つまり誘拐犯」

 まあ、あれも遺産って言えば遺産だ。生きて動いて考える遺産。


 「ほ、本当なのか、滝沢」

 さすがに熱が冷めたのか、教頭先生の顔色が今度は一気に青くなった。


 「保護者で親権者であるかーさん以外に引き渡したら未成年者略取に問われるよ。あの人も何とか俺を丸め込むつもりなんだろうけど聞く気ないし、逆上されても困る。だから警察呼んで」


 「だ、だがあの滝田先生だぞ。議員生活四十年の重鎮の」

 「だからなに? 未成年者を誘拐するつもりなんだよ? しかもその子供って、滝田某が喉から手が出るほど欲しい遺産のたったひとりの相続人なんだよ? 想像してよ、先生。血なまぐさい事になるかもしれないでしょ」

 冷めた目でそう続ければ、教頭先生も目を白黒させる。


 「学校の最大の義務は学ぶ生徒の安全だよね?」

 未成年者略取で誘拐された俺が、監禁されたらどういいわけするの?


 「だ、だが、あの先生がそんなことを・・・」


 「するよ」

 座敷わらしを手元に縛り付けて置くためなら、ね。


 ざ。ざざざぁあと、風が吹いた。髪を嬲りながら吹きぬけていく風に、頑張れと言われているような気がした。


 ・・・親族のひとりに、名の知れた国会議員がいたのが学校の先生をここまで混乱させたのだろう。知名度のある大人は、ある意味厄介だ。


 「だが・・・」

 「先生。弱みでも握られてる? これって犯罪の幇助だからね」

 

 シングルマザーのかーさんが保護責任者として資格がないから、俺を保護するんだと言う居丈高な声がここまで風に乗って聞こえる。よくもまあ、とはらわたが煮えくり返った。

 

 風が乗せてきた言葉に、耳が腐り落ちるかと思ったくらいだ。


 俺はため息をつくと、手の中で携帯を弄くり始めた。


 「・・・あ、110番?」

 「ったきざわあああああああっ!」


 うるさいよ、先生。

 守ってくれない大人なんか、先生として認めてなんかやるもんか。


 ・・・わらしさまが見放した親族の衰退はすさまじいものだった。


 あの場所からいなくなってほんの一週間。


 連日ニュースを賑わしている、収賄疑惑の議員は大叔父、滝田某。

 今日の一面トップになった貸付トラブルを起こして破綻した銀行頭取は伯父らしい。


 不動産関係の仕事をしていた叔父一族は、土地暴落で顧客に詰め寄られているようだ。

 レストランチェーンを経営していた大伯母は、食中毒を出して規模縮小するも、顧客への対応の不味さを叩かれている。

 私立の学校経営していた伯母は、幼稚園の遊具の不備による怪我が元で、生徒数激減。経営圧迫で身売りも近いと言う。


 連日槍玉に上がっている親族達。

 テレビ画面で会うだけなら害はない。


 

 *******



 (ぬしさま、おかわりは?)

 「もらえる? このサトイモの煮っ転がし美味しいね」

 (小豆洗いが丹精込めておりますので。こちらの若鮎の塩焼きはいかがです?)

 「すごく美味い! 鮎の内臓って苦いだけかと思って苦手にしてたんだけど、わらしさまが焼いてくれるとほんのり甘く感じるね)

 (今朝方、河童が沢山奉納しに参ったのでございます。人の寄らぬ清流にすむ鮎ゆえ、格別なのかと) そう言ってほんのりと笑う座敷わらし。

 

 ・・・・・・小豆洗いに河童はスルーしておくか。真人はそう思いながら箸を動かす。人間見なくて良いものは見ないほうが良い。


 「わらしちゃん、お料理上手だね」

 もぐもぐと、豪快に食べているかーさんはご機嫌だ。

 「真人、このきゅうりの漬物、最高だよ!」

 (隠し味にゴマの油を少々)

 「・・・あ。ほんとだ。うまい」


 連日、マンションからわらしの大広間に誘われ、朝食を三人でとっている。かーさんはわらしのご飯にめろめろだ。


 爽やかな高原の風が心地良い。

 都会の喧騒から解き放たれた空間。しばし、都を忘れ去る。


 その日本家屋の正面左。正座していても見渡せる、立派な畑の中に、背中にこもを背負った小柄な爺さんがいることも。


 水屋の井戸のまん前に、しゃがんで何かを洗っている、線の細い髪の長い女性の姿も。


 しばし忘れて、風に身を任せる。

 食後の茶を飲めば、また日常が始まる。


 夏服のネクタイを指で緩め、立ち上がった。

 鞄を持ってわらしが佇む。


 「今日も美味かった。ありがとう。それから、みんなにもありがとう」


 (いってらっしゃいませ)


 「・・・いって、きます」


 光差す扉を抜けて、一歩踏み出した。

 


 

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