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第一妖怪怒る

 翌朝、味噌汁の香りで目が覚めた。


 ああ、いーなあ。ふわりとねぎの匂い。ご飯の炊ける匂いと絡まると、向かう所敵なし。

 焼き海苔をあぶる、こうばしい香りと、油揚げのこんがり焼いた匂いがする。

 焼き魚は鮭か。煮物と佃煮があったら嬉しさ万倍。漬物は・・・。


 (ぬしさま、朝餉の準備ができました)


 「はあ」


 (漬物は大根のゆず漬けとからし漬けがございます。梅は干したものと漬けたものとどちらに?)


 「からし漬けがいいなー。梅漬けは漬けた物を、佃煮はぁ・・・」


 (あさりとしいたけ、ちりめん山椒がございます)


 「わー・・・。わあああああっ?」


 布団から身を起こせば、広い和室の真ん中に、大きめのちゃぶ台。


 ちゃぶ台の前に割烹着を着て姐さん被りをした少女が、茶碗としゃもじを持ってこちらを見つめていた。木の飯櫃は、磨きこまれた箍が光っていた。


 「・・・夢、じゃない」

 ってか、俺あの後熟睡してたのか。


 (おはようございます。ぬしさま)

 「お、おはよー・・・」


 洗面台の場所を聞いて、顔を洗ってご不浄にも行った。

 途中、きゃわきゃわと足元をもふもふの毛玉が埃を吸い取りながら駆け回っていた。よく見れば、自動掃除機ル○バ並に働いている。こいつらがいるから隅から隅まできれいなのかー。


 「・・・ご苦労様」

 脇を通り抜けざま、呟いたら、なんか懐かれたようだ。きゃわきゃわと後を付いて来る。おおお、廊下がぴかぴかだ。一匹・・・?欲しいと切実に思った。


 部屋に戻ると少女が心得たように、お絞りとお茶を手渡してくれた。


 至れり尽くせりってこういうことを言うのだろう。


 焼き鮭。炭を仕込んで卓上で炙る、焼き海苔箱。厚焼き玉子。筑前煮に佃煮三種、漬物各種。


 ほかほかの釜炊きご飯。・・・土間の竈にかけられた羽釜なんて始めてみた。その隣に土鍋がかけてあって、味噌汁が湯気を立てていた。


 (ぬしさま、冷めないうちに召し上がれ)


 にっこりとほほえみながら、差し出されたつやつやのご飯。


 思わず「はい」と返事したのは仕方がないことだろう。


 ちゃぶ台の前までいざり寄って、座布団に正座した。


 どうぞ、とばかりに出された茶碗を受け取り、小さく頂きますとつぶやくと少女はさらににこやかに微笑む。


 小さな少女の着物は、今日は緋色の花模様だった。




*******




 「ぬしさま」なんていわれて見上げられると(身長差五十センチ位かな)正直どうしていいか、困ってしまう。

 そんな嬉しそうに微笑んでくれて、飯ウマーで立ち居ふるまいなんか、モロ嫁・・・いやいやいや、俺ロリの気はない。ないったらないから、さらに困るのだ。


 (ぬしさま)

 「うわ、はい!」

 (お湯の準備が整いました。こちらへ)

 「は、はい」

 朝風呂は、なんと五右衛門風呂だった。

 直火で湯を沸かし、火傷しないように木蓋に体重乗せつつお湯に入るあれだ。


 (ぬしさま、お湯加減はいかがですか)

 なんか、小さい子にお世話させて、居たたまれなくなってしまった。

 「・・・ありがとう。でも、次は俺がお湯を沸かしてあげるね」

 そう呟くと、少女はころころと笑った。



 (ぬしさま、だれかまいります)

 風呂上りに冷たい麦茶を飲みながら、髪を拭いていた俺に少女が囁いた。

 「かーさんだろ?」

 やれやれ、やっと帰って来たか。丸々一日寛いじゃったじゃないか。

 (ぬしさま、かーさんさまを招きますか)

 「・・・そりゃ、かーさんだからな」

 大体はじめは一泊するつもりもなかったのだ。


 ・・・なのに、なんかくつろいじゃって、俺ってもー。


 (他の方はどうなさいますか)

 「他の?・・・誰か用があるから来たんだろ?・・・かーさんも親戚位いるならいるって教えてくれればよかったのにさー・・・」

 こんなところに家土地完備で、理想の田舎があったなんてさ。もっと、そう。

 「餓鬼のころ来て遊びたかったなあああ・・・」

 これだけ奥まっていれば虫取り、川遊び、木登り、バーベキューなんかも楽しそうだ。理想の夏休みじゃね?


 (・・・では、ぬしさま啓きます)

 「あ? ああ、」

 門でも開きに行くのか? それって男手が必要じゃないか?

 そう思って腰を上げたけど、少女は正座したまま微動だにしない。

 あれ、おかしいな、と思ったけど差し向かいで微笑む少女に毒気を抜かれた。


 (・・・ぬしさま、ひらきます)


 正面玄関の中央の土間のたたきを仰ぎ見た。

 右手に竈、左手奥に手押し井戸と、水屋がある。

 入り口を開け放てば、門まで遮るものは何もない。


 その門から、ひょいと顔を出した母がにやり、と笑って俺に手を振った。


 ひらひらと手を振る、にこやかに笑う母の後ろに。


 ・・・ぽかんとした表情を晒す人垣が、あった。




 *******



 (ふううん。あれが)

 かーさんがさんざ会いたくないと言っていた親戚一同か・・・。


 その中で一際えらそうな男が、はっと表情を引き締めると。


 ぶわっとその場に土下座して、叫んだ。


 「わらし様! これは何かの間違いでございます! この者はどこの馬の骨とも知れぬ、本家筋から外れた、はぐれもの! なにとぞ、なにとぞ、わが息子の前にご尊顔を拝したく、お姿を顕現してくださいませ!」


 がつっがつっと土に額を打ち付ける音が響く。あっけにとられていると、今度はその男にそっくりな着物姿の男が、同じように土下座して同じように口説き始めた。


 それからは、男女問わず立派な身なりの男女が皆ひざまずき、何度も何度も頭を下げるのだ。正直、引いた。


 ゆらありと目線をめぐらせ、母にあわせる。


 ナニコレ。


 目で尋ねれば、母は苦く笑って肩をすくめた。


 説明しろよ、かーさん。


 「だから、言ったのにねぇ・・・」

 そう呟いた母の言葉に、偉そうな男がギッと母を睨みつけ、ゆるりと立ち上がった。額から流れ落ちた血が顔を彩っている。


 「・・・貴様、貴様のような、うす汚れた血の力も矜持も持たぬものが、なぜ選ばれたのだ!」

 血走った目で睨みつけられて、むっとしたのは仕方がない。


 「分家も分家、末端のあばずれが産んだ子が選ばれるなど何かの間違いよ!」

 男に追随するように、けばけばしい女が金切り声を上げた。


 口々にかーさんの、それから多分ばーさんの悪口を募らせる大人たちによりいっそう、眉が寄った。

 

 ・・・あばずれ、ね。


 目線が半眼に座るのを止める気も起きなかった。


 (ぬしさま、排除しますか)

 「うん、その前に」


 ずらりと睨みつけてくる男女を見渡し、一人として柔らかいまなざしが無いのを確認した。

 うん。

 こんなのが親戚だなんて、口が裂けても言いたくない。血の繋がりがあるなら尚のこと、認めたくない。


 つまり、かーさんの判断は正解だと言う事だ。俺だって自分の母親を悪し様に言うやつを親戚だなんて思いたくない。


 「・・・母はあなた方のことを悪し様に申した事などありませんよ」

 ・・・と言うか、教えてももらってないけどな!


 「あ・・・あたりまえだ! 分家の末端を汚すだけの女に、本家に口出す資格などないわ!」

 俺の反論に、男が口角から泡吹きながら叫んだ。きたねえな。


 「・・・母が何がしかの金銭援助を願っていたならその言葉黙って受けますがね、俺の母があなた方を頼ったことがありますか?」


 無いだろう。あのかーさんが、頭を下げて無心なんぞするはずが無い。第一今回のことがなかったら、きっとあんた達のコトだって口に上るはずもなかったんだから。


 小さい頃から俺はかーさんについて一緒に病院に行ってた。かーさんの職場は保育所完備の病院だったんだ。

 

 俺のかーさんは言っちゃ何だがバリキャリだ。確立した眼窩手術の腕前を買われてあめーりかからもお誘いがあるくらいの腕を持ってる。・・・そう、実力でたっているんだ。


 多分、狭い世の中のものさしで見ているだろうこの男には、わからない事柄だろう。


 「・・・どこの馬の骨とも付かぬ男の種が!」

 「女手ひとつで立派に育った馬の骨ですが、なにか? 男に縋って情けを請う女しかご存じないんじゃ仕方ありませんが、俺の母と同一視しないでいただきたい」

 腕組んで毒づく。

 「下種が! どうやってわらしさまに取り入った!」

 「穿った見方しか出来ないお方だ。あなたが考えていられるようなことでないことだけは確かですよ」

 「貴様ぁっ! そこになおれ!」

 憤怒で真っ赤になった顔で、男が叫んだ。

 

 (ぬしさま。敵認証しました。排除します)

 「・・・は?」

 排除って?

 頭に上っていた血が一気に冷めた。


 立派な立派な日本家屋。

 日本家屋につき物なのは、鎧に兜に剣に長槍。なんせ、豪農屋敷ってのは、地域の米蔵だったから、武装した農民が寝ずの番をしたものなのさー・・・。


 そうさ、鴨居に勇壮な長槍がかかってたさ。


 かかってたけど・・・。


 ふわりと鴨居を外れて浮かんだ長槍が、青空の下一瞬で無数の槍になってさー・・・。


 きらりと日の光を弾いた無数の刃。


 きり、きり、きり、と刃先が動く。


 刃先の先に、嫌味な奴ら。


 「え・・・」

 「うわあああああ!!!」

 一気に場が騒然となった。

 「わらしさま!おゆるしください、わらしさま!」

 「たす、たすけてええええええ!」

 逃げ惑う嫌味な男女に降り注ぐ銀の刃。硬質な音だけが場を支配する。


 ・・・いや、少し場違いな声も混ざってた。


 「あはははは、やっちゃえ、やっちゃえ~~~!」

 ほがらかに槍を煽る、かーさんの嬉しそうな声と。


 「うわ、うわあああああっ、ポルターガイストオオオオ!」

 頭抱えてうずくまる俺の、情けない悲鳴。


 ・・・エクソシストとシャイニングは一生のトラウマです。



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