第一妖怪爆発する
買い物に出ると、その時々で売り場の模様替えがあることを知った。
長い引きこもりは世間とのずれをもたらしたようだ。
顕著だったのはその年の暮れ。
黒髑髏ととオレンジ色の見慣れぬかぼちゃが溢れたかと思うと、あっという間に赤と緑の派手な色彩が目に痛かった。赤い服を着た太った御仁に出会い、もしや七福神のお一人ではなかろうかと懐かしさのまま問いかければ、慌てた面持ちのぬしさまに抱き上げられて、うやむやとなった。←真人脱兎
あとでぬしさまが教えてくれたがはろうぃんという西洋のお盆の催しと、くりすますという西洋の神を崇める祭りなのだと言う。しかしなぜ、そこに七福神が絡むのか、いまだに分からぬまま。
日本人はいつから宗旨替えをしたのでしょうと、ぬしさまに伺えば、ぬしさまは困ったように微笑んだ。
日本には古来から八百万の神がおられるのに、信仰が薄れたのでしょうかと伺えば、またも困ったように微笑まれる。
「ハロウィンはお祭りとして定着してて、クリスマスはもう、定例行事扱いだね。それでも七五三では神社におまいりに行くし、初詣も行くよ? 受験が近ければ菅原様に神頼みするし、信仰が薄れたわけでも節操ないわけでもなくて、その時々をいろんな神様にお守りしてもらうって、感じなのかな?」
(・・・なるほど、私を縛る力が弱まったはずですね)
千年。長いか短いか。
「堅苦しく考えなくていいんだと思うよ? ハロウィン楽しかっただろ?」
(道を歩くだけでおば様方からお菓子を頂きました)
まるで花祭りの稚児行列のよう。花の代わりに菓子が舞う。
「(精一杯おしゃれした幼女にしか見えなかったもんなー)クリスマスもわくわくしたろ?」
(・・・生まれて始めてぷれぜんとなるものを頂きました)
ぶっきらぼうに差し出されたきれいな箱と、ほんのりとほほ染めるぬしさまの対比がいとおしく感じられました。←さり気なく惚気。
「///(てれてれ)いっつも貰ってばっかだったからな」
頂いた美しい硝子細工の珠は、神棚に飾ってあります。朝日と共に禊をしてから手に取るようにしております。うっかり魅入ると四半時程過ぎ行くので、注意が必要かと思われます。いつか、あの珠の中の風景のように、ぬしさまとふたり、溶け込みたいと願うばかりです。
(今年こそは、はろうぃんもくりすますもぬしさまに何かお返しいたします)
「俺ももっと考えるな、すげー楽しかったし! わらしさまの驚いた顔なんて滅多に拝めないからね!」
(ではぬしさま、後学のためにも、これより後のいべんとを教えていただきとうございます。まずは・・・節分)
カレンダーを見上げながら、ぬしさまに尋ねる。
「昔どおりだよ? いり豆まいて鬼は外福は内。あとは最近流行の恵方巻きかな?」
騒々しい西洋のお祭りが過ぎると一気に馴染んだ色彩と、かぎなれた藁の香りに心が和んだ。
その年も、いつもと同じように、しかしいつもよりも腕によりをかけてお節料理を作り上げた。
三が日は静かにすごすものと思っていたのに、世間のあわただしさ、騒々しさには辟易した。
まさか元日その日に開いている商店があるなど、考えもしなかった。
(・・・では新たに加わったいべんとはございませんか?)
「二月かー・・・あー・・・」
ぬしさまの顔色が悪くなった。
(ぬしさま?)
「うー・・・ぬううううう、いやだめだ!」
何か、葛藤されているようでございます。
「わらしさまは節分の準備よろしくな! 一年はカレンダー通りで、新規イベントはハロウインとクリスマスぐらいだから。後は俺が教えてやる」
(よろしいので?)
「よろしいのです!(だって男のプライドよ)」
ぬしさまの後ろでこちらを伺っていたかーさんさまが、腹を抱えて笑っておられた。
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そして節分。
もくもくと太巻きを齧るぬしさまを見ていたら、口元の太巻きが一層愛しく感じられて仕方が・・・早く喉奥まで迎え入れたいものです。
そんな願いこめて、ぬしさまを上目遣いで見上げつつ黙々と食べました。
ぬしさまが、挙動不審になっておりましたが、女郎蜘蛛の姐様の仰るとおりにした甲斐がありました。
豆まきのさい、ぬしさまが「煩悩は外、煩悩は外」と仰ってましたが、ぬしさま、さすがお優しい。
鬼を祓わず邪を祓うのでございますね。たしかに、ぬしさまの中に同居する時雨は、神剣でありながら一時鬼となり果てましたものなぁ・・・。
それに、まよいがに居ったころも、節分において、祓ったものは邪のみ。日本中から追い払われる鬼を受け入れて、粗食を与えておりました。
なにしろ鬼は隣に住んでおりましたから。ご近所付き合いは大事なものです。
それでは次の行事はひな祭りか、と雛飾りを出していたら。
「わらし様、今日、二月十四日はね、バレンタインデーっていうんだよ。好きな人にチョコレートを贈る日なんだ」
そう言って
ぬしさまが
ちょこれーとを
くれました。
「わらしさま?」
両掌の上に、四角い箱がございます。
金色の下地にとりどりの花が舞っております。
ぬしさまがくださいました。
「わらしさま?」
ああ、お礼を言わねば。
ぬしさまに、一言、御礼を。
そのとき、きゃああっとも、うわっとも沢山の人の声が上がった。どよどよと広がる戸惑いの声。声。
「・・・わらしさま、」
ぬしさまの吐息が耳元にかかって。
『真人おおおおおっ! なんぞ、すごいぞっ!』
「にーちゃん、すげー!すげーよ!」
雪女と海の声がマンションの回廊に響きましたが、わたくしは微動だにできませんでした。なぜなら、なぜなら・・・。
「その・・・いつもありがとう。わらしさま」
ぼひゅっとどこかがぶちきれる音がいたしました。
「のわわわわ、わらしさま!?」
ぬしさまの思いを両手の中に、ぬしさまの唇の感触を頬に受け、わたくしは、わたくしは―――――。
ただ一人と決めたお方の腕の中に、身を投げ出したのでございます。
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『~~~中継、繋がりますか、駒沢さん?』
『はい、こちら駒沢です。今日は駅前商店街の紹介予定でしたが、なんとたった今、さくらが満開になったという情報が入りまして・・・雪ですよ!? 皆さんご存知のとおり、都心に雪が降りしきる今日、この日に・・・えっちょっと、中継繋がってるンだって!(ごそごそがさがさ) えっ・・・し・・・失礼いたしました、新しい情報ですが、この界隈で次々と花が咲き誇っているそうなんです!未確認情報ですがさくらだけでなく、梅も桃も連翹もつつじも、もう咲いてない花はないんじゃないかってくらい、咲き誇っていると・・・』
『えー・・・駒沢さん、詳しいことが分かりましたらお知らせくださいね。ちょっと現場混乱しているようですので、いったんスタジオへ戻ります・・・では、気象予報士の○○さん、一体全体どうしっちゃったんでしょうね?』
『今年は例年に比べ雪が多いですからねー。花も混乱しているのかもしれませんね・・・』
※いいえ、ただのリア充が爆発しただけです。
わらしさまぽつり。
―――――頬、洗いたくない・・・。
しかし西洋の聖者殿。いい仕事しておるではないか。骸骨とかぼちゃのお化けを見たときはいかれていると思ったが、誠心誠意崇めようではないか。さあ、さあ、遠慮せず近くへ来た折には、まよひがへ寄られよ!
・・・ちなみに、初春というには早い時期の開花にも拘らず、その時に咲いた花々は遅れて咲いた花たちよりも長く咲き誇っていたそうだ。




