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第六妖怪、頑張る

 彼は怒っていた。


 悔しくて、情けなくて、憤って・・・悲しんでいた。


 彼のいるその場を根こそぎ破壊して、去っていく。


 みんな去っていった。彼一人残して。


 眠りに付くには荒ぶる心がそれを許さなかった。すべてを恨み、すべてに怒り、そして自分を忌避していた。


 ・・・ここがどこかもわからない。


 疲れ果てた彼が目指す場所は遠く、また安寧とした安らぎなど望むべくも無かった。・・・いや、望めるはずもない。


 彼がここにとどまるのがその証拠。彼に安らぎは訪れない。



 ********



 <きゅ、きゅうう、きゅっ>

 (ほう)

 <きゅ、きゅきゅ、きゅう~~~>

 (・・・うむ)


 はたから見れば、美少女と子犬(ただし頑強な石)の微笑ましい語らいだが、時と場所が悪すぎる! 俺は背を怖気が走るのを感じていた。


 ナニコココワイ。


 うっそうと生い茂る森・・・鎮守の森とは名ばかりの、手入れされてない雑木林。

 背景には何か出そうな、出なくても出そうな絶好の心霊スポット・・・裏寂れた神社。

 足元には相棒の狛犬の残骸・・・生きて動くことが判った今これって死体遺棄!殺人!いや殺犬事件!


 なのにわらしさまったら、いたって冷静。いたって普通に狛犬と情報交換。


 狛犬と何やら話し込んでいた彼女が、ひとつ頷き立ち上がった。


 かろん、と下駄が鳴る。凛とした立ち姿のわらし様の右手には、すでに茶扇がにぎられていた。


 朱い古ぼけた大鳥居からはるかを見渡す。社殿は静まり返っていた。


 (何百年も前、一振りの刀が奉納されてから異変が始まったそうです。はじめに当時の神主がその刀で腹をかっさばいて頓死したのだと。次に魂鎮めを行った神主は、首を切り落とされていたそうです。次の代もまた次の代も、同じような経過をなぞらえております)


 「わわわ、お祓いしてもだめだったの?」

 おぞぞ、と背中を走り抜ける悪寒!


 (・・・そのようですね。ただ、ここ数百年は平穏にいられたようです)


 「なんで?」


 (コマが申しますには、神主の家の者が、その・・・花嫁として未婚の女性を捧げていた、と)


 「・・・・・・それってさ、生贄って言うんじゃないの・・・?」


 珍しく歯切れの悪いわらしさまの言葉に、背景を悟った。


 (さようかと。ですが、方法としては間違っておりませぬ。あらぶる妖刀を鎮めるのは何時の世も多数の血か、生娘の肌ですから。閉鎖された社殿の奥のこと、おそらくは鞘にしたのでございましょう)


 「・・・でももうそんな方法も取れない世の中になってしまったね。・・・大きな戦争も遠い昔だ、飢饉もないし、今の世の中じゃ口減らしのために娘を売る親もいないだろう」


 ・・・虐待や育児放棄は確かにある。毎日ニュースで流される事件だ。でも、殺される事を前提とした身売りに頷く親はいないだろう。・・・いないと思いたい。

 俺が囁くように言葉にした残酷な現実に、わらしさまも頷いた。

 尚もコマに聞けば、この数年は、神主の娘を妖刀にあてがっていたようだが、その最後の娘も頓死してとうとう跡継ぎがいなくなったのだという。


 <きゅん、きゅぅぅぅ・・・>

 (焦って、いたと申しております。この社の結界も綻びておりますれば、致し方ないかと。これは、思っていたより厄介にございます。この社の立つ場の異質さ、血臭の濃さ、怨念のよどみ。何より、生贄とされた娘達の無念が渦を巻いておりまする。ぬしさま、この鳥居から中へ入ってはいけませぬぞ。ぬしさまの気の清浄さ、洗練とした微香にあやかしは惹かれてしまいます。鎮めるべき鞘が無い今、ぬしさまの御身は最高の鞘となりましょうから・・・!)


 「串刺しはごめんだ」


 (無論。そのような目にあわせてたまりますか。・・・ぬしさま、お下がりを。風穴あけてまいります!)

 爛々と輝く眼差しをひたり、と社殿に向けて、わらしさまが茶扇を構えた。わらしさまの髪をかきあげていた風の塊が、渦を巻いて参道を駆け抜けていった。その爆風に煽られて、目を細めて顔を腕で防御しながら、そちらをうかがう。


 吹きぬけた風の通り道に、一人の男が立っていた。


 「・・・わらしさま、あれが」


 黒光りする甲冑は、重厚な威圧感を醸し出している。兜には顔あてまでついたフル装備の武士の装いだった。


 (・・・なるほどの。時経て実体までも形作ったか。妖刀ふぜいが)


 『・・・これは、わらべ神どの。なんと、撒き餌はするものですなぁ。こんなにうまそうな餌を連れて帰ってきてくれるとは』


 わらし様を見た甲冑武者が兜の向こうで、俺を見てにたり、と笑う気配がした。


 『・・・東の童神殿に敵対するつもりは毛頭ござらん。だがそこな若造を食らえばまた少し身軽になれよう。この社殿の結界も、わしの妖気に当てられてほころびてきたし・・・わっぱ、ここへ来い。腰でも抜けたか? 女に守ってもらってよしとする腑抜けよ。鳥居を抜けてここへ来い』


 甲冑武者の嘲り声に、コマが低い姿勢で唸り声を上げた。その姿に動じる事も無く、男はコマを見て、さらに笑った。


 『ふ、ふふ、お前は実に好い撒き餌だったな。聞き分けの無い片割れはうるさかったので食らってしまったが、見逃しておいてよかったわ』


 (・・・コマ)

 <ぎゅうっ!>


 わらしさまは甲冑武者を見据えたまま、狛犬のコマに声をかけた。コマは悔しそうに武者を見上げると、傍らに崩れたままの相棒の残骸の前に立った。

 コマと足並みをそろえたわらし様が、扇で甲冑武者を指し示した。


 (コマ。―――――――とってこい。貴様の相方の敵だ。獲って、こい!)

 <きゅんっ!>


 わらしさまの号令と共にコマが両手足を踏ん張って、落ち武者相手に飛び掛かった。


 がすっと鈍い音が響き渡った。


 がろん、と音が響く。


 がろん、がろ、がろろろ、と。


 『き・・・貴様ああああああああッッッ!』

 「うわああああああああっっ!」


 あ、ごめん。まじ悲鳴あげちゃった。


 わらしさまの言葉と共に飛び出したコマは、勢い殺さず甲冑武者の頭に頭突きを食らわせた。そのまま、軽く身体をひねりながら着地して、さらに隙をうかがって身を低く構え唸り声をあげていた。


 コマの渾身の一撃は、甲冑武者の頭部を弾き飛ばした。


 コマ。誰も頭をとって来いとは言ってないよ・・・。


 首から上を失った甲冑武者が、両手を前に出して左右しながら、確実に近づいてくる。

 かくん、がくん、と足を運ぶその姿。

 あの往年の曲が頭をよぎった。赤黒の踊る人か、井戸から這い出す女の人か。でも迫る恐怖はどっちも同じ。


 焦った俺は、何をトチ狂ったか足元に転がってきた兜(中身イン☆)を引っつかみ――――――――。


 「・・・あっちいけええええええええええっっ!!!」


 ぶん投げた。


 ・・・・・・(しつこいけど)頭部を。


 がっちゃんっと激しく打ち合う音が鳴り響いて、辺りを押し包んでいた闇が、さあっと晴れていった。


 (―――――ぬしさま、お見事!)


 わらしさまが手放しで褒めてくれたけど、右手に生首の感触が残ってる気がして、ばたばた手を振ってしまった。


 

 **********



 『離せ、離さんかあああああッ! 貴様ごときにぃっ』


 威勢よく叫ぶのは頭部。

 狛犬のコマが兜の首紐を咥えてぶら下げているから逆さまだ。叫ぶたびコマがうるさげに振りかぶるのでぐるんぐるんだ。

 あやかしに顔色云々は言って好いのかどうなのか判らないけど、多分、気分は最悪だろう。


 これから決戦って時に、飼い犬に(飼ってないけど)反撃され、あげく一介の男子高校生に、頭ぶん投げられて脳震盪起こして、気絶。


 気がついたら気がついたで、格下だと思っていた狛犬に咥えられたまま、頭振り回されてる状態じゃあ、他に何を言えと。


 身体の方はわらしさまが、取り出したしめ縄で、ぐるぐる巻きにされている。


 何やら護符に筆でさらりと書いていたわらしさまが、甲冑の胸にぺたりと張れば。


 『あっ!』


 ざら、と砂となって崩れ落ちる、身体。


 後に残るは、一振りの刀と――――――――頭部。


 (コマ)

 <きゅん>

 『うおっ!』


 ぶんっと顔を上げた拍子に、ぶらーんと大きく揺れる頭部。


 その額に、わらしさまが同じく何かを書き連ねた護符札を貼り付けようと右手を出した。


 (・・・・・・ぬしさま?)


 「あ」


 不思議そうに見上げてくるわらしさまの顔を見て、俺は自分の失態を知った。


 ・・・護符を持つわらし様の手を、止めていた。


 「あ、ごめん。ただ・・・罰する前に理由が知りたいと思ったんだ」


 (わけに、ございますか)


 「何人もの血を吸い取ってきた妖刀の化身なんだろう? 人が生み出したんだ。人なら恨み辛みがこもって怨念と化すのだろうけど、あんた、刀だったんだろ? 人の怨念に踊らされているだけじゃないのか?・・・これが本当にやりたいことだったのか?」


 春子さんを襲ったあやかしの女は、欲に凝り固まっていた。

 親戚のおっさんは、自分の事しか考えていなかった。

 わらしさまや雪女はあやかしだけど、


 『若造が。知ったような口を利く』


 「あやかしと顔見知りだからな。悪いやつばかりじゃないって知っているんだ。人の悪意のほうがよほど怖いぞ。・・・この場所がひどい有様なのも、何人もの無念がここに溢れているのも、元は人の、人の悪意だ。お前は意思はあるけど刀だ。始まりはお前じゃない。だから、このまま消してしまう前に。知りたいんだ。大本を消さなきゃ悪意は散らない。そうだろう、わらしさま?」


 こいつを消して、この渦巻くような悪意が消えるのか。

 上手く言えないけど、渦を巻く嫌な気持ちに眉を寄せ、苦い顔でわらしさまを見た。


 


  

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