第六妖怪、懐く
「・・・また・・・」
河童の貢物は、だんだんと秋を感じさせてくれるようになってきた。
きゅうり一辺倒だったのが、山栗、アケビ、山葡萄にまたたびと、数も種類も豊富。
さつまいもとかぼちゃが鎮座してた時は、かーさんがほくほくした顔で抱えて行った。
でも起きぬけのダイイングメッセージは御免こうむりたい。
朝起きて真っ先に目に入る、天井から滴る真っ赤な手形って(←河泥)なんの罰ゲームなんだろう。
枕もとのラインナップに脱力しつつ、俺は右脇を見た。
・・・うん。これにも、もう慣れた。慣れるしかなかった。
子供に睡眠は大事だよな。安眠妨害だけはいかんよな、俺。
初めのころは毎朝、わらしさまの安眠を妨害しちゃったからなぁ。
反省はしてるんだ。
・・・けど、腕枕は寝辛いだろうと準備したわらしさま専用枕は今日も明後日の方に飛んでいた。
使ってくれよ。主に俺の精神の安定のために。
「ああ、またこんな寒そうな格好して・・・」
女子供が腹を冷やしたらダメじゃないかー、と布団を首までかけてやる。見てないぞ。へそが出そうな短い白の下着なんか。・・・これいわゆるべびぃどぉるってヤツじゃないでしょか。いやいや、俺は見てない。見てないぞ。
今度ユニクロのふわもこインナー買ってやろう。そうしよう。
それから右腕を引き抜いて、半身を起こそうと肘を突いたら、<きゅ?>と声がして、小首をかしげた狛犬と目が合った。
肘を付いたままの姿勢で、しばらくお見合いをしてしまった。つぶらな瞳の狛犬と。
・・・貴様なぜ、俺の腹の上にいる。
**********
・・・狛犬はこの三日、わらしさま直々に人界の掟を叩き込まれていた。
(人の世に迷惑をかけてはあやかしの名が廃ります。お前には人との距離についてじっくりと教えて置きたいと思います)
青い着物の袖をたすき掛けにしたわらしさまが、なぎなたを手にまよいがの中庭に立つ。匂い立つように艶やかだ。なぎなたの剣先を狛犬に向けて、真剣な顔で懇々と説教を始めた。
わらしさまの前には神妙な顔の狛犬が鎮座している。律儀に<きゅん>と声を返した。
(まいりますよ、さ、・・・お手!)
<きゅ!>
差し出された右手に空かさず左手を乗せる。
(おかわり!)
<きゅ!>
間髪いれず差し出された左手に右手を乗せた。
(まて!)
<きゅ!>
鼻先に突き出された手のひらに、狛犬の腰がその場に落ちる。
(ふせ!)
<きゅ!>
手が下げられれば、それにあわせて、上半身を伏せる。
(よーし、とってこーい!)
<きゅんきゅ~~~ん!>
大きく振りかぶって投げられた鞠に向かって、狛犬が駆けていった。気持ちを示す尻尾が激しく振られていたから、きっと楽しんでいるのは間違いない。間違いないのだが・・・。
「・・・わらしさま、あざやかすぎる・・・」
もう犬。まさに犬。
人の手に慣れた飼い犬のようだった。わらしさま、すげえ。
そいつが何を間違ったか、鞠を咥えて俺の所まで走ってきたんだ。足元に転がされた艶やかな鞠と、遊んで遊んでと訴えかける、期待に満ちた眼差し。
可愛く足元にじゃれ付いてさ、こう、見上げてくるわけよ。
濡れた子犬の眼差しで、見上げられたらどうする?
見た目は子犬だぜ? つい手を出しちまうよな?
もふもふ好きの獣好きなら判るだろ? あの有無を言わさぬかまって光線。高速で振られるちまっとした尻尾。
なでたいよな?
もふもふして、ぐりぐりして、わふわふして草原で転げまわって遊びたいよな? フリスビー犬ってあこがれるよなぁっ!
・・・俺は自分の欲望に抗えなかった。
(あ! ぬしさま! お待ち下さい、まだ、調教が終わっておりません!)
わらしさまがいやに必死にとめるなぁとも思ったさ。
よーし、とってこ~~い、で放り投げた鞠を追いかけ、駆けていく狛犬を微笑ましい目で見送った。
鞠を咥えて戻ってきた時は感動した! 駆けて来る勢い そのまま、狛犬を抱きとめて――――――――アバラ三本もって行かれた。
マジで息が止まった。
狛犬は、あやかしになっても質感も重量も狛犬らしい狛犬だった。・・・つまり、石。
そんな狛犬のコマが、俺の腹の上でビクター犬のポーズ。固まる。
懐かれたなぁとは思っていた。拾ってきた雪女の嗚雪さんより、一緒にいる時間が多い。もちろん一番はわらしさまだろうけど、わらしさまの場合はどっちかというと・・・。
(新参者が、分をわきまえよ・・・のけ)
<きゅ?きゅきゅ~?>
(ぬしさまの腹の上に乗って良いのはわたくしだけだ!)
こらこら、そこ。妙な縄張り争いしない。わらしさま、物騒だから茶扇仕舞って! コマ震えてるじゃないか、怖がってるじゃないか。尻尾が股の下に潜り込んで可愛いじゃないか!(←ただのケモナー)
起きぬけの戦いの前に何かすることあるだろう、着替えるとか着替えるとか着替えるとか! 全体像見ないようにしてた苦労が報われねえ! どっから持ってきたのさ、そんな扇情的な、ネ申☆下着!
・・・朝から童貞を刺激するのはやめてくれ。
**********
「神社へ?」
(はい。狛犬が申しますには、最近、神社に物の怪が住み付き、邪気があふれ出し、神聖な場が汚されつつあるのだと。彼は、助けを求め余人を探し、片割れは神社に留まり、妖威を散らしているのだと。聞けば聞くほど、このまま放置しておくのは危険かと判断いたしました)
・・・で、狛犬を鍛えると称して、ドッグスクール状態になってたのね・・・。
(今宵は満月。あやかしにとって力漲るよい夜にございます。相手も充実しておりましょうが、わたくしも同じこと。ですので、今宵狛犬とその妖威を蹴散らして参ろうかと)
「・・・俺に、なにかできることはある?」
なんたって対あやかし戦。人の身ではできる事など数えるほどだ。待っていろというのなら待つけれど、できる事はないのかと尋ねた。
わらしさまは、俺の言葉にふっと頬を緩めると、俺の胸に手を置いた。そのまま、潤んだ瞳に見上げられた。息が詰まる。あれ、アバラ治ったはずなのに(←まよいがで一日寝たら完治)!
(・・・ぬしさま、実はひとつお願いがございます・・・これは、ぬしさまでなければ出来ませぬ)
「な・・・な、何? できることなら何でもするよ」
(・・・戦いの場に共に参じてほしいのです。それが無理ならば赴く前に、気をいただきとうございます。わたくしは、ぬしさまの童神ゆえに、ぬしさまのそばが一番妖気を錬ることが出来ますから。逆に気が感じられぬと遅れをとってしまうのです)
「――――――なんだ、一緒に行っていいの? 行くよ。付いていく」
足手まといだから残れって言われると思ってたよ!
(それと、戦いの前の気の補給も・・・よろしいですか?)
「もちろん!」
力になれることが嬉しくて、頼られている事実が嬉しかった俺は、一も二もなく頷いた。
そして、俺たちは狛犬に誘われ、狛犬の狛犬たる存在意義の場・・・神社へ足を踏み入れた。
神聖なはずの神域が、心凍らせる心霊スポットになってた。
じじじ、と点滅する街頭に照らし出される、古びた社殿。色あせた錦の御旗、御神鏡の鈍い輝き、すすけた神饌棚の奥は光が届かず薄闇に閉ざされている。
翻れば、参道脇の作り棚にくくられた絵馬が風に揺られて甲高い音を立てる。
供えられた風車が、かろかろとうら寂しく回り、どことなくかび臭い匂いが鼻をつく。
進む為に砂利を踏む音にすら、背中を粟立たせた。
どことなく寂れた感が否めない、けれど深々とそこにある恐怖。
これで市松人形が放置されてたら怖気倍増だな。後ろも見ないで逃げ帰ること請け合い。ただそれをしないのは、かろかろと軽やかな下駄の音を響かせるわらしさまが隣にいてくれるからだ。
この、ある種訳のわからないモノに精神をがりがり削られる和製ホラーに比べれば、洋物ホラーは視覚に訴える分、まだ耐えられるな。
口ががばっと広がるゾンビも、遠目で見れば祭りではっちゃけた陽気なゾンビに見えなくもないし、血まみれ吸血鬼も邪なフィルター一枚かませれば、血の欲求と宿命に苦しむ耽美な吸血鬼の出来上がりだ。美形なら尚の事、女子の同情票が集まるだろう。
「・・・でもさ、わらし様。なんで夜なの? 心霊スポット探索は、ぜひ日の高いうちにお願いしたかった・・・」
出そうだ。
むしろ出なくても精神状態が妖しいので揺れる葉っぱさえ、恐ろしいものに誤解できそうだ。
風に揺れる柳の枝が幽霊に思えたように、風にたなびく布が幽霊に化けたように、人の想像力は時折とんでもないものを創り出す。
そうさ、今まさに目の前にある石の残骸でさえ、お化けに見えないこともないかもしれない・・・。
その石にぽっと灯がともった。弱弱しい光だ。
「ひいっ!」
驚いて片足上げた状態で固まった俺の隣を走り抜ける影。
<きゅーん、きゅん>
火の灯った石に向けて、狛犬が走り寄り、おでこを必死に擦り付け、石を舐めている。あんなに必死な狛犬を俺は知らない。
「・・・わ、わらしさま、これ、」
(・・・狛犬の相棒でしょう。おそらくこの神社はもう、妖威に支配されているのでしょう)
毅然と前を見据えたわらしさまの、青い着物のすそが風に揺れてはためいた。




