第一妖怪発見!
活動報告の小噺打ち直しです。少し長くなりました。
さわ、と木が風に揺れた。
さわ。さわ。さわ。
大樹の木陰に少女がいた。赤い着物に身を包み、色鮮やかな手毬を抱えている。手の中で鞠を転がしながら、少女は大樹を見上げ、目を細めた。
少女の肩に木漏れ日がおちる。鳥もまた、肩で戯れている。
少女の口元が小さく動く。まるで揺れる梢と話をしているようだった。
ざわ、と木が揺れる。
少女は顔をあげ、遠く空を見上げた。誰かを探す眼差しで、遠く耳を澄ましている。
やがて諦めた様に目を伏せて、少女は手毬を空へ放り投げた。
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「あんたのじーさんの遺産を処分するんだってさー」
「は?」
滝沢真人はいつもマイペースなかーさんの台詞に、間抜けな声を上げた。
そのかーさんは、ソファにどっかり座ったまま、手紙の束をめくっていた。
「今度の休日に里へ戻れってさー。引く手数多の女医捕まえて、ナニ言ってんだか・・・」
「・・・ちょっと待て。田舎なんかあったのか」
「おー。嫉み強い親戚と、嫌味好きの親族と、本家筋の血しか誇れない親戚が守ってる田舎だけどねー」
「うわあ」
・・・なにそれ。行きたくない。真人はとっさにそう思った。しかも顔に出てたらしい。真人の表情を見たかーさんは、ふ、と笑って困ったように眉をひそめた。
「・・・ま、あたしらが屋敷に招かれるはずもないし。あいつら、あざ笑うつもりなんだろうけど、この際、ちゃんと相続放棄しておこうかと。後々面倒だから、一気に手続きしちゃおう」
ため息吐きつつかーさんが続けた。
「・・・相続放棄が大前提なのか?」
同じくため息吐きつつかーさんに続いた。
「だってそう言う事でしょ。カビの生えた遺産なんかいるの?」
ばさばさと届いた手紙を振る。それに、と続けた言葉に俺は笑った。
「・・・あいつらと会うのもこれきりだと思えば、少し位いやな目にあっても、御の字さ」
―――――あれから二週間。
休みをもぎ取ったかーさんと俺は、すすけて小さい家の門前に、いた。草ぼうぼうの荒野に建つ一軒家だ。
「・・・ぃ家?」
荒廃しきったそれは傾いて、とてもじゃないが人が住んでいるようには見えなかった。
(雨漏りしてそう)
そんな事を考えながら見上げた俺を、変な気合の入ったかーさんが門から押し出した。
「真人! なんも言わず逝って来い!」
「のわっ!」
一向に動かなかった俺の尻を、かーさんがげしっと蹴り込んだ。
「い、てぇ! なにすんだよ、かーさん!」
もんどりうって二歩、三歩。
大きくたたらを踏んで何とか体制を持ち直した。
じゃり、と踏みしめた土の感触で、門の内側に入った事を知った。かーさんを振り返る。
まん丸に見開かれた目に、俺のほうが驚いた。なにをそんなに驚いているんだか。
声も無く立ち尽くすかーさんを尻目に、俺は薄暗い日本家屋を見渡した。遠めで見た時はすごく小さくて、薄汚れた家に見えたけど、なんだか――――――。
「・・・ぁれ?」
こんなに、でかかったっけ?
引き戸はさして力を入れなくてもからりと開いた。
古い家特有のすえた匂いがする。土間には古い竈が設えてあり、ぐるりを見れば水屋には井戸と手押しポンプまであった。
正面の上がり口に、広いたたきがあり、奥に続く居間の中央には囲炉裏が切られている。鉄瓶がかけられ、灰の中、埋め火が赤く光っていた。
それにしても暗かった。
「・・・雨戸か」
暗さを嫌って、雪見障子を開け、雨戸も開け放つ。
さん、と光が目に入り、中庭の大きな木が薄く開いた目に入る。注連縄をされているところを見れば、ご神木なのだろう。
立派な大樹だった。その脇に小さな石でできた祠がある。祠には何か丸いものが供えられていた。
光さす中、改めて屋敷の中を見渡した。
中庭に面した縁側の廊下は黒光りしていて、ひんやりして気持ちがよかった。
見上げれば太い梁は、年月と煤でいぶされて黒い。
畳は鮮やかな若草色で、イグサの香りが鼻に届く。
丹精込めて設えた、清潔感あふれる日本家屋がそこにあった。
左右に畳敷きの広い部屋が続いている。一部屋が大きく、間のふすまを開け放ったら大広間になるのだろう。
「・・・これっていわゆる豪農屋敷ってヤツなんじゃないか?」
正面から見た印象だけだと、農家の一軒家みたいだったけど、この奥行きは圧巻だ。
床の間の梁や、鴨居の透かし彫りを見て、年月がもたらす無言の威圧感を感じた。
中庭から望めば、遠くに蔵まである。
「かーさんのじーさんって何者?」
かたん、と小さな音が聞こえた。
目を向けると、ながい廊下の先で赤いものが翻るのを見た。
ぱたぱたぱた
かるい足音。残像は黒髪の小さな
「・・・女の子?」
*******
「ああ、座敷わらしよ」
「はあ?」
母はこともなげに口にした。
玄関のたたきで、門の外にいるかーさんを手招いたのに、かーさんはそこを動こうとしなかった。
「何で家に入らないの」
「資格が無いからねー」
「はあ?」
門前の石灯篭の崩れた土台に腰掛けたまま、かーさんはため息を吐いて、頭を抱えた。
「・・・なんだ、本家も分家もだめらしいから、てっきり家を捨てたのかと思ってたわー」
「・・・なんのことだよ」
雲行きが怪しい。自然眉が寄り、険しい顔になってしまった。
「傍系すべて試してダメだったから、最後の最後、やけっぱちで声かけたんだろうけど。それだってきっとやつらの嫌がらせなのにね」
「・・・なんだよ。どう言う意味だよ、かーさん」
「はは、まさかねぇ。さんざこき下ろした相手に、あーあ」
意を決したように立ち上がると、スカートの裾を払って、かーさんはまっすぐ俺を見た。
「・・・ちょっとでてくるから、夜はそこの庭続きの部屋に寝てくれる?」
「かーさんはどこに行くのさ?」
「あー・・・本家」
行きたくないなーとぶつぶつ呟いている。
「庭続き・・・ここでいいか。ええと、布団・・・」
一歩入ったそこは百畳はあろうかと言う大広間だった。
足を踏み入れたとたん、一斉に行灯に火がともった。
「かーさん!どーやったの!?」
びびった! しかも、なんていいタイミングなんだ!
「なに言ってるのよ、やあねえ。あたしここから動いてないわよー」
かーさんが火を灯したと思って叫んだのに、かーさんののん気な声は玄関先から聞こえた。
「か・・・かーさん?」
「入ってないわよ。あら、布団も敷いてあるみたいだし、ほらほら早く寝なさい」
門の外から紛れもない母の声。
確かに門から足を踏み入れてもいないようだ。そして目の前には炎に照らされた一組の布団。
・・・だれがこの布団、敷いたのさ。
ざわざわざわ、と背中を冷たいものが這い登っていった。いやあ、地味にホラー。
「か・・・かかか。かーさんってば! 寝れるかよ、八時だよ!お、おおお、おれっ」
言外に一人にしないで! 一緒に連れて行って!と叫んでみた。
「いーから。ちょっと行ってくるね」
どこへ!
ってか、ひとりにしないでえええええ!
声を上げようとした途端、すた、スタン!と音を立てて障子がしまった。
外と切り離された空間で、頼みは声だけ。背中があわ立った。
「か!かーさん! 誰かいるみたいなんですけどぉおぉぉっ!」
「だーかーらー、座敷わらしだって!」
「かーさん! 俺ホラーダメだって知ってるだろおおおおお!」
「やあねえ、男は度胸よー」
たん、ぱたん、とふすまが(母でもなく俺でもない誰かに)閉められて、ひとり取り残された。
行灯に照らされて出来た影が揺れ、次の瞬間、その灯りさえ消えて。
―――――暗闇が訪れた。
(ひえええええええええええ!)
目をつぶってふすまに手をかけるも。開かない。
自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。
(ま、ままま、まじ、泣きそう)
・・・って言うか、泣いてた。情けないとか言うな。
娯楽も何もない虫の声だけが唯一の音源に、すくみ上がる。時間だけが通り過ぎ、ここは寝るしかないか、と腹を決めた。
ええい、寝ちまえ! 寝ちまえば悪夢は見るだろうけど、すぐ朝だ!
・・・かーさん恨む!と、俺は布団をかぶった――――――。
むに。
「~~~うわわわわわわわあああああ!」
がばあっと布団を跳ね上げたら、ちょうど布団の半分の位置に少女が、いた。
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赤い着物に散るのは牡丹。帯は金糸の端麗な。白い敷布に散らばる黒髪は絹の艶、閉じたまぶた、まつげが長い。すらりと通った鼻筋は高くもなく低くもなく、赤い唇は艶々と色づいていた。
横たわった少女が身動いて、まつげが揺れた。
ゆっくりと開かれた瞳は、夜の色をしていた。
目線が合わさり、ふわり、と微笑む。
赤い唇が弓月になるのを、呆然と見据えた。
(ぬしさま)
鈴の鳴るような軽やかな、声。
じん、と頭の芯を痺れさせる。
そして、俺の目が限界まで見開かれているまん前で、赤い着物を着込んだ少女は、両手を胸の前で組むと。
(・・・不束者でございますが、幾久しく、可愛がってくださいませ)
頬を染めた。
「・・・・・・は?」
何はともあれ、これが俺と童神との始めての出会いだ。




