100円の奇跡(ハリウッド・エディション)
100円の奇跡
100円の奇跡
2006年3月、1級自動車整備士の国家試験会場。
決戦の地を前に誰もが緊張する中、完全に浮いている男がいた。
主人公の一郎である。
カバンすら持たない、文字通りの「手ぶら」だった。
「……おい、一郎。筆記用具と電卓は持ってきたんだろうな?」
担任のななし先生が、今にもはち切れんばかりに心配そうな顔で声をかけてきた。
「はい、もちろん」
一郎がポケットから筆記用具を見せると、ななし先生は「よし」と頷く。
「……じゃあ、電卓は?」
一郎がもう一方のポケットから取り出したのは、小さなプラスチック製の電卓だった。
「はい! 100円ショップの電卓です!」
爽やかな笑顔の一郎とは対照的に、周囲の先生たちの顔から一斉に血の気が引いた。
ななし先生、ななし先生、ななし先生、ななし先生、研究科のななし先生。
引率の教員団がまるで怪談でも聞いたかのように青ざめていく。
「お、おい一郎! これを使え!」
見かねた親切な先生が予備の電卓を差し出したが、一郎は丁寧に断った。
「試験の規定には『機能のないシンプルな電卓』とありますから。100円ショップので十分ですよ」
先生たちの顔はまだ青い。
ななし先生が震える手で電卓をひっくり返し、ソーラーだけでなく電池も入っていることを確認してよう
やく少しだけ安心した。
先生方があんまり青ざめるので一郎も不安になってきたが、一応納得してくれたので心を落ち着かせて教
室へ向かった。
キーンコーンカーンコーン。
非情なチャイムとともに試験が始まった。
1問目は無難にクリア。しかし、2問目に目を落とした瞬間、一郎の思考がフリーズした。過去問のどこ
にも載っていない、例のない超難問だ。
冷や汗が背中を伝う。
机の上のチープな相棒を見つめ、猛烈な後悔が一郎を襲った。(やっぱり、人生がかかった大事な受験で
ケチるんじゃなかった……!)しかし時間は止まらない。
一郎はゴクリと唾を飲み込み、考えを切り替えた。(いや、信じるしかない。やるぞ!)カタカタカタ、
カタカタカタ。
シンプルな電卓は、一郎の指先の猛追に必死に食らいついていった。
あまりの超高速連打に、液晶画面が一瞬火花を散らしたような気がした。
試験が終わり、帰りの送迎バスの中。
「よし、今から答え合わせをするぞ」
ななし先生が正解を読み上げ、一郎の計算問題の採点に差し掛かった瞬間、その手がピタリと止まった。
「……え? 嘘だろ。一郎……お前、計算問題、全問パーフェクトだぞ……!」
「えっ、マジで?」
一郎が答えた瞬間だった。
彼がポケットに入れていた100円電卓が、すべての計算を限界突破で処理し終えた負荷に耐えかねたの
か、突如「ちゅどーん!!」と派手な音を立てて大爆発した。
ポケットから吹き出す激しい白煙と炎。
静まり返っていた車内が、次の瞬間ドッと沸いた。
「おいおいマジかよ! 電卓が爆発したぞ!」
「あの100円電卓、頭脳が追いつかなくて自爆したのかよ!」
「一郎、お前強者かよ!」
クラスメイトたちの爆笑と称賛の声が響き渡る。
一郎は煙まみれの顔で照れくさそうに笑いながら、文字通り「燃え尽きた」相棒の破片を見つめ、心の中
でその健闘を称えるのだった。
(おわり)
気楽に読んで。




