第1章 「初配信、心臓バックバク事件やけん!」 第1話 『うち、ほんとに大丈夫と…?』
夜22時47分。
部屋のドアには「入らんで」の紙。
机の上には中古のノートパソコン。
リングライトは少し傾いとる。
花咲みらいは、両手をぎゅっと握っとった。
「……心臓うるさすぎやろ」
ドクン、ドクン。
画面の中には、ピンク髪でキラキラ目の女の子。
元気いっぱい、理想の自分。
――星乃みらい☆
「現実のみらい」とは、まるで別人。
「……今日から、うちがこの子やけん」
深呼吸。
配信ソフトの「配信開始」ボタンが赤く光る。
カーソルを合わせる。
指が震える。
「……いくばい」
カチッ。
LIVE
「こ、こんみらーいっ……!」
声、裏返る。
イヤホン越しに自分の声が返ってきて、さらに緊張。
同時接続数:0
「……まぁ、最初やしね」
笑ってみせる。
アバターは完璧な笑顔。
現実のみらいは、冷や汗だらだら。
30秒後。
同時接続数:1
「え!?1!?」
画面に表示された数字に、心臓が跳ねる。
「だ、誰かおる!?ほんとに!?」
コメントがぽつん。
《テスト?》
「テストじゃなかよ!本気やけん!」
さらにコメント。
《声ちっさ》
《BGMでかい》
《震えとる?》
「え!?震えとらんもん!」
その瞬間――
ゴンッ
マイクに額ぶつける。
ガタン!!
スタンド倒れる。
「ぎゃーーーーー!!!」
配信画面がぐらっと揺れる。
コメント欄爆発。
《草》
《初回から事故》
《おもろすぎる》
《推せる》
みらい、固まる。
「……終わった」
指が「配信終了」に近づく。
“やっぱ無理やった”
“向いとらん”
頭の中に、昼間のクラスの笑い声がよみがえる。
“花咲また噛んだw”
胸がきゅっと締まる。
「……やっぱ、うちには無理とかな」
目が潤む。
その時、コメントが流れる。
《大丈夫?》
《初々しくて好き》
《そのままでいい》
「……え?」
スクロールを止める。
《なんか応援したくなる》
《笑ったw元気出た》
胸の奥が、じわっと熱くなる。
“元気出た”
その言葉。
あの夜、自分が救われた時と同じ。
みらいはゆっくり顔を上げる。
「……うちは、笑わせに来たとよね」
深呼吸。
アバターが、もう一度にこっと笑う。
「えー、改めまして!」
少しだけ、声が安定する。
「星乃みらいですっ!
バーチャル界に愛と笑いば届けるけん!
失敗も込みで応援してくれたら嬉しかっ!」
コメントが一気に増える。
同接:3 → 7 → 15
「え、増えとる!?」
《頑張れ》
《可愛い》
《博多弁いいね》
《チャンネル登録した》
「え、登録!?うそやろ!?」
慌てて確認。
登録者数:5
「5人!?うちの家族より多い!」
《家族に失礼w》
《草》
笑いがこぼれる。
自然な笑い。
作っとらん。
「なんか……不思議やね」
画面の向こうに人がおる。
顔は見えん。
ばってん、確かに“繋がっとる”。
「今日、学校で失敗してさ」
思わず本音が出る。
「発表、また噛んで。笑われて。
向いとらんって思ったと」
少し沈黙。
コメントがゆっくり流れる。
《それでも挑戦してるのすごい》
《今ここにいるじゃん》
《もう向いてるよ》
涙がぽろっと落ちる。
「あ、ちょ、泣いとらんけんね!」
慌てて拭く。
「うち、強くなるけん。
ここで、ちゃんと笑える人になるけん」
同接:21
「え……21?」
開始30分。
フォロワー:32人。
みらいは小さくつぶやく。
「……ありがとう」
その声は、最初よりずっと柔らかかった。
配信終了ボタンを押した後、
部屋は静かに戻る。
でも胸の中は――
あったかい。
スマホに通知。
「登録しました」
「次も来るけん」
みらいはベッドに倒れこむ。
「……うち、やれるかもしれん」
天井を見つめる。
もう、さっきまでの自分じゃない。
たった32人。
ばってん――
その32人が、
みらいの最初の“世界”になった。
小さな星が、静かに灯った夜やった。




