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灰色の対極 ~魔法使いの幼馴染を交通事故から助けたら僕も魔法使いになったみたいなんですが~  作者:
第一章 灰色の現実

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1-19 反発する魔法


 首元から血を噴き出した環は、天原くんに向かって、持っていたナイフを懸命に動かそうとするけれど、それはすぐに力をなくして、そうして彼は倒れてしまった。


 天原くんは環から距離をとる。遠くに離れようとしても、勢いよく噴き出した血液は一部分天原くんにかかって、服の一部が赤色に彩られてしまう。それを嫌そうな顔をしている姿が、私には心に痛い。


「ここまで、だね」


 立花先生がそうして模擬戦闘の終了を決定する。ここで終了する、ということはどうしようもないほどに環が負けた、ということだ。これ以上、彼は動くことはない。


 魔法使いは滅多なことでは死ぬことはない。確かに過度に出血をすれば貧血を起こして一時的に行動することはできなくなるだけだ。だから私は、環が負けたとしても、身体無事であることに安堵をする。


「うーん、これじゃあ流石に帰せないな。ちょっくら保健室で輸血キットを持ってくるから、葵ちゃん、後でよろしく頼むよ」


「はい」


 魔法使いの血液を他人に輸血することは、倫理的には凄くいかがわしいことだ。だから、他の魔法使いはそれを他人に行うことをよしとしない。でも、私がそうして彼を魔法使いにしてしまったのだから、私が責任をとらなければいけないだろう。


 立花先生は、すぐさま転移をして、空間からいなくなる。私と明楽くん、そして天音さんも環に近づいて、そうして立花先生が来るのを待った。


「……天原?」


 明楽くんが不安そうな声を出しているので天原くんの方に視線を向ける。彼は特にダメージもなく勝ったのだから、特に心配の必要はないと思うけれど、……そこで見た彼の様子は、普段では見られないような表情になっていた。


 ──恐怖が入り混じる顔。彼の心に何があったのかはわからないけれど、尋常じゃなく彼は震えている。この空間は別に寒いということもないのに、それでも震えて目を泳がせている。その原因がわからない。


「大丈夫か……?……確かに、環のあの行動はびっくりしたけどよ」


「……違う……。そうじゃない……」


 彼は、それっきり言葉を紡がない。


 確かに、環の行動は傍から見れば異常だった。魔法使いとしての戦いでもなく、そして普通の人間であったとしても行わない方法をとって、天原くんに対抗をしようとした。その理由はわからないし、その行動に意味があったのか、私は考えることができない。魔法使いだったらやらない、という考えばかりが頭を占有していて、それ以上に思考は働かない。


 とりあえず、今は環の看病をしなければいけない。輸血キットが来るまで、せめて彼の体を起こしてあげて、準備を整えなければ──。


「──Enos Dies,」


 ──魔法の詠唱が聞こえて、私はその声に視線を向ける。そして、なにか噴き出すような音を認識する。


 ──天原くんが、明らかに手首の動脈を切って、出血をしている。凄い勢いで飛ばされる血液の量。もし、その規模で魔法を発動してしまったのなら、とんでもないことになるくらい想像できるほどに。


 なんで?もう試合は終わったのに?それでも彼は魔法を詠唱するのだろう?


 意味を理解できないまま、彼の指先は私たちの──、環の倒れた身体の方に向く。


 ──これはまずい。そう思考した時には、もう遅かった。


「──Dhict Veiril!!」


 ──そうして発動した魔法は現実を確実に上書きをして、今までに見たことがないくらいの氷の刃を、──氷塊と言えるものをそこに顕現させる。勢いよく発動したその魔法は、その手の行く先にしたがって、真っすぐに速く、環の方へと移動する。


 言葉を発する間もない。対処の仕様もわからない。だが、アレを喰らってしまえば、環の身体は半分に割れて、そうして蘇生の余地もないほどに死んでしまう。


 ──どうすればいい、どうすればいい。ナイフを取り出す暇さえ存在せず、私が覆いかぶさったところであの氷塊を環からかばうことなどできやしない。


 そして、未練が生まれるほどに思考だけを働かせて──。


 ──氷塊は、環の頭部を叩き割ろうとした。




 僕が保健室から空間に転移した時には、そのすべてが終わっていた。


「……これは、どういうことなんだい」


 僕は、そういうことしかできない。事態を認識しようとしても認識できないくらいに、状況がごちゃついている。整理をつかせようとしてくれない。


 そこにあったのは環くんの死んだような身体と、──天原くんが左腕を失った、そんな光景だったのだから。





 氷塊は、環の頭部を叩き割ろうと、その一直線で飛んでくる。


 対策はどうしようもない。炎の魔法を発動できる時間は一瞬もなく、それ以上に行動することもできやしない。だから、私は何もできないまま間近にそれを見届けることしかできない悔しさを噛みしめることしかできなかった。


 だが、私が想像していたはずの光景は、あまりにも不可思議な現象で上書きされる。


 ──確かに、環に氷塊が当たった音がした。でも、それが叩き割る原因にはなりえず、そして氷塊は、──”反発”した。


 元の持ち主に帰るように帰巣本能を働かせた氷塊は、射出された勢いよりも速くなって、そうして──天原くんの腕を、左腕を断ち切った。


 誰も状況が飲み込めない。どうしてそうなるのか、どうして魔法が天原くんへと向かい、そうして腕を断ち切ることになるのか。想像をしても、結局何も片付かず。


 空間には、天原くんの大きな悲鳴だけが果てなく残響した。


 そして、その悲鳴の裏で呟く、天音さんの声。


 あまりにも小声で、私には明確に届かなかったけれど。


 きっと、こう言ったのだ。


「──やっぱり、そうなんだね」


 そう、彼女は言ったのだ。



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