第2話「夜の逃走」
──西来路邸、深夜二時。
長い廊下の灯りが、優雅の背を細く照らしている。
手には車のキー。
ネクタイを緩め、ゆっくりと玄関へ向かっていた。
「……若様」
背後から聞こえた声に、優雅は足を止める。
振り返ると、執事・渡辺が控えめに立っていた。
「どちらへ行かれるのです?」
「ちょっと、風に当たってくる」
「……長めの風でしょうね」
渡辺の眼差しは、全てを見抜いている。
優雅は苦笑した。
「俺の行き先、聞いてもいいのか?」
「ええ。聞いたところで止められませんので」
玄関の自動扉が静かに開く。
外は月明かりが滲む湿った夜。
庭に停められたリムジンのボディが、鈍く光っていた。
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「若様…私も同行致します。」
「おいおい、こっちはハズレくじだぞ?」
「それも覚悟の上でございます」
優雅は目を細め、
まるで少年のような笑みを浮かべた。
「……お前、ほんっとバカだな」
「若様に仕えるのは、バカの仕事です」
二人はリムジンに乗り込む。
夜の都心を抜けて、湾岸へ向かう。
信号の赤が、フロントガラスを淡く染めた。
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「で、これからどちらへ?」
「さぁな。まずはこの車を売る」
「……は?」
渡辺は一瞬、理解が追いつかずに固まる。
優雅は窓の外を眺めながら、軽く笑った。
「金がなきゃ自由は買えない。
“家出”ってのは、資金繰りから始まるんだよ」
「まさか、リムジンを……?」
「“西来路”の持ち物を一つずつ現金に換える。
それで初めて、俺の人生になる」
渡辺は苦笑しながら、ハンドルを握り直す。
「若様、本気で狂っておられますね」
「いいだろ? たまには狂ってみたいんだ」
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高級住宅街を抜けるころには、
遠くに朝の気配が滲み始めていた。
西来路優雅と執事・渡辺。
二人の奇妙な“逃走劇”が、静かに始まった。




