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おやすみ前の短いお話

愛を注いで

作者: 夕月ねむ
掲載日:2025/09/21

 我が子の代わりと思えるほどの年の差はないとはいえ、愛を注いで慈しんで、大事に大事に育てたはずの弟子だった。


 あんまり器用な子ではなくて、足りない才能を努力で補うことで、誰からも『優秀』と言われるようになった自慢の弟子。

 その子が魔王になったという話を、私は牢獄の中で聞いた。


 魔王は魔族の長だ。しかし、本人の出自が魔族である必要はないらしい。元が人間だろうがエルフだろうが、とにかく魔族に認められれば魔王になれる。


 あの子が魔王になろうと思うような何かがあったとしたら……それはおそらく私が理由だ。自惚れでなければ、私が牢獄に入れられた、そのことがきっかけに違いなかった。


 私が投獄されたのはとある薬のせいだった。それはエルフの秘宝と呼ばれる特別な花を調合に使った霊薬で、使用した者に不老長寿をもたらすという。元々は、長命なエルフたちが短命な他種族を伴侶に迎える時に使用することがある薬らしい。


 私はこれまでに沢山の薬を作ってきた。魔法使いとして薬師として、賢者という呼び名が恥ずかしくないくらいには力があると自負している。


 確かに私はその霊薬の作り方を知っていたし、作ることができた。けれど、まさかただの人間に必要な素材を全て揃えられるとは思っていなかった。この国の王の若さや生への執着を甘く見ていたのだ。


 国王のための不老長寿の霊薬なんてものを、作るわけにはいかなかった。国の最高権力者が長生きしすぎることが、周囲にどんな影響を与えるか……


 より良い国を作ってくれるなどと信頼することはできない相手だった。むしろとんでもない暴君になりかねない。もし、言われるがまま薬を作ってしまったら……


 王位簒奪のためのクーデターが起きかねない。それとも内乱だろうか。そんなことになれば、庶民はどれほど迷惑するだろう。


 薬は作れないと言った。国王はそれを許してはくれなかった。私はわざと調合に失敗し、希少な素材を無駄にしたという理由で拘束され、投獄された。そのまま三年ほど、牢の中で命令に従って薬を作り続ける日々が続いていた。


 すぐに処刑されずに済んだのは、私が作る薬の有用性が高いから。不老長寿の霊薬ももう一度材料を揃えようとしているようだった。


 しかし、魔王がこの国を攻撃しようとしているということで、それどころではなくなったらしい。


「賢者殿には魔王討伐の勇者に同行してもらうことになった」

 鉄格子の外で騎士が言った。


「あの魔王は元はあなたの弟子。あなたが相手であれば油断もするだろう。勇者一行のための回復薬の作成もするようにとのことだ」

 そして私は牢から出された。


 勇者たちとの旅は居心地が悪く、私が魔王側に寝返るのではないかと常に疑われていることは、誰に聞かなくてもわかっていた。


 薬の作成以外の私の役目が、魔王に対する囮……人質であることも。私には見張り兼護衛の騎士がつけられ、薬の調合以外、魔力を使うことは禁じられていた。


 そんな状態で誰が魔王討伐に力を貸そうと思うだろう。少なくとも私は、勇者とあの子ならあの子を選ぶ。


 だから、魔王になって魔族と化したあの子が目の前に現れた時、私は見張りの騎士の制止をどうにか振り切り、勇者の声も無視して魔族の方へと駆け寄った。


「お師匠様!!」

 私は魔封じの腕輪を着けられていた。私を抱きとめた魔王は、いとも簡単にそれを壊した。そして配下の魔族たちに宣言した。

「帰るぞ。俺はこの人を迎えに来たんだ。他の奴らはどうでもいい」


 軽々と私を抱え上げた魔王は、あっさりと勇者に背を向けた。

「……あの、大丈夫?」

 背後から刺されるかもしれないけれど。


 私が聞くと、魔王は面倒くさそうに言った。

「本当はあの国王をどうにかしたいんですけどね。それをしたら新しい人間の王が必要でしょう。国民に罪はありません。それとも、お師匠様は国が欲しいですか?」

「え、要らないけど」

「なら、俺も要りませんよ」


「待て!!」

 案の定、勇者が追撃してきて……でもその攻撃は魔王に届くことなく弾かれた。結界だ。それもかなり高度な。この子には使えなかったはずのもの。


 魔王が勇者を睨んだ。

「国ごと滅ぼしても良いものを、この人ひとりで見逃してやろうというのに」

 風魔法でも使ったのか、魔王が軽く腕を振ると、それだけで勇者が吹き飛ばされた。


「行きますよ、お師匠様。ちゃんと掴まって」

 魔王の服の胸元を掴んだ。強いめまいのような感覚があって、目の前から勇者も騎士も消え失せる。転移魔法だ。次の瞬間には、どこかの知らない部屋の中にいた。


「魔王城にようこそ」

「ここが?」

 じゃあ、さっきまでいたのは……

「ああ。人間たちがここまで攻めてくると鬱陶しいので、ダミーの城があるんです」


 私は改めて、自分の弟子と向き合った。魔族になったといっても、人間だった頃の雰囲気が強く残っている。ちょっと耳が尖って、額の左右に小さな角が二対四本生えただけで、肌が緑になったわけでも目が真っ赤になったわけでもない。


「……お師匠様は、角のある俺は嫌いですか」

「そんなことはないけど」

 随分強くなったみたいだね、と言えば「頑張りました」と返事が返ってきた。やはりこの子の一番の才能は『努力ができる』ことだろう。


「また一緒に暮らしてくれますか」

 愛弟子に聞かれて、ほんの一瞬、返事に詰まった。


 魔族が嫌なわけではない。自分の元の住処に残してきたものが気になったからだ。厳重な結界で隠した書斎の中のものは、持ち去られてはいないと思うのだけれど。


「あの……私の本とか、研究途中の薬とか」

「後で取りに行きましょう。任せてください。魔族になってできることが増えたので、収納魔法で全部運べます」

「そういうことなら」


 どうせ今頃、私は人間たちの間ではお尋ね者にされているだろう。なら、魔王のお抱え薬師になるのも、悪くないかもしれない。まずは人間と魔族の違いを研究させてもらわなくては。






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