第17.5話:『ifの彼方で——それぞれの対話』水島リツの空間:鏡の中の自室
静かに分岐空間へ導かれたタロットたちは、それぞれの“if”——選ばなかった選択肢と対面していた。その空間は一人ひとり異なり、まるで心の奥底を可視化したかのようだった。空も地面も、記憶と後悔と願いで構成された幻影。だが、そこに映っていたのは紛れもなく、彼ら自身の“もうひとつの可能性”だった。
静まり返った部屋。調度品はすべて整っており、空調の音すら心地よく響いている。
水島リツはベッドに腰かけ、手のひらから柔らかな光を放っていた。
それは彼自身の体を癒す魔法。痛みも疲れも、心の微かなささくれさえ、優しく包み込んで消してくれる。
この世界には、誰もいない。
だから、傷つくこともない。争うこともない。誰かの怒りに触れることも、誰かの涙を見ることもない。
それは完璧な“孤独”だった。
「……静かで、平和で、何も起きない。でも……」
リツは鏡に映る自分を見つめた。
そこには整った表情の自分がいる。だが、その目は、どこか空虚だった。
「自分のためだけに癒しを使っても、心はあんまり満たされないんだな」
彼は小さく苦笑し、鏡に手を触れる。
その向こうに、かつて傷つきながらも誰かを支えた日々の記憶が浮かび上がる。仲間たちの声、笑い声、たまにこぼれる愚痴や、感謝の言葉。
「癒しってさ……たぶん“共有”するもんなんだよな。痛みも、喜びも、ぜんぶ含めて」
鏡の表面が波打つ。
リツは躊躇なくその中に一歩を踏み出す。
彼の足元に、かすかに誰かの笑顔の残像が灯る。それは確かに、彼が癒した誰かの記憶——そして、彼自身を癒した時間。
「俺は、また誰かのために魔法を使いたい。……その方が、俺も癒されるからさ」
静かな決意を胸に、リツは鏡の世界を抜け出した。
扉の先には、誰かの小さな痛みが待っていた。
そして——
すべてのifが過ぎ去ったあと。
全員は一つの場所に集い、互いの選ばなかった未来を見送り、それでも“今”の自分を、もう一度見つめ直していた。
そこには、選ばなかったことの意味を携え、今を選んだ“彼ら”がいた。