画面越しの出入りはキャンセルでお願いします!
大学には発表課題がやたら好きな先生がいる。中途半端に意識高くて、サボリ好きな先生だと僕は思っている。だって、自分で学習しろっていうなら先生って、いらないよね?
教室では、皆机の上にラップトップPCやMacを広げて、パワボを立ち上げ作業している。グループ発表で、うちのC班は7人。今のところ皆真面目に自分の持ち分をやっている。僕の担当は三十一頁から三十五頁で、発表の結論というところだ。結論は、皆で決めているから、やるべきことは配置とかデザインとかどう書くかとかそういったことだ。
前方の黒板の前にはスクリーンが降ろされていて、プロジェクターにて、来週には発表させられること、それまでに仕上げることなどが書かれている。お互いに、相手の発表を評価しなければならないらしい、メンドクさ。評価ぐらい先生が自分でしろよ。コンビニとかスーパーにある、うちらにレジ仕事させる自動精算機とそっくるだよ。
小心者の僕が頭の中で文句を言っていると、スクリーンに白っぽいシミが映り出した。一見、プロジェクターが壊れたのかとも思われるシミは、みるみるうちに、血の気のない、真っ白で、髪の毛がぼさぼさな人間の形になった。
僕は深い溜息をついた。
いい加減、僕は飽き飽きしていた。こいつらに構っていたら、家に持ち帰って作業をしなければならない。僕だってこんな無意味な、それこそAIに頼めば3分で終るようなくだらない作業なんてしたくない。でもこれは必修の講義なのだ。
という訳で、今日という今日は僕は無視をすることにした。幸い、この教室に霊力が強い人間はほかにいないらしく、誰もスクリーンのゴミに気付いた人はいない。
しばらくすると、いよいよ、スクリーンから真っ白な両手が伸びはじめた。遠くなので見えにくいが爪が伸びているように見える。汚い。
カチャカチャカチャ。
作業を続けていると、のろのろと、いよいよ体の本体が出てきた。やはり、髪は伸び放題だ。散髪くらいしてから来てほしい。
カチャカチャカチャ。
スパーン。体全体が出てきたと思ったら、急に両手が勢いよく伸び、僕の両肩を掴んだ。大きな手である。そして、スクリーンの方に力まかせに勢いよく、引き摺り込もうとしてくる。
ムダである。画面から出てくる奴は、大抵こんな行動ばかりする。だから、無視すると決めた時点で、僕は自分にある程度強力な霊的プロテクトをかけていた。
当然不潔なこいつには、僕のプロテクトが破れる訳もなく、その場で首をかしげている。その間に作業を進める。ああ、やっと一頁終った。
長爪ぼさ髪野郎は、僕を引き寄せることをようやく諦めると、僕の方に短距離選手のように走って近づいてきた。そして、僕にぶつかり、後ろにすっころんだ。
あたかも何も起こらなかったように立ち上がり、長爪ぼさ髪野郎は僕の耳もとに近づく。
「おおおおおおおおーん、おおおーん」
更に無視していると、僕とPCの画面の間にそいつは顔をつっこんでくる。
「おおおおーん」
口が割けて、目があるところに窪みしかない。目ぐらい付けてから来てほしい。とりあえず、いいかげんうざい。
「おおおおお
ペシン! ドカ!
また顔を出してきたので、手の甲でそいつの頭を叩くと、そいつは教室の隅までふっとんで行った。ふらふらと立ち上がると、そばにまた近付いてきたが、今度は僕の手の届く範囲までは近づかず、その少し外で呻いている。
「おおおおーん、うらめしいな。うらめしいな」
悪いが、自業自得だ。とりあえず、これで講義終了までは持ち堪えられるだろう。
「そっちの担当パート、どのくらい進んでる?」
有能なグループリーダーが質問してくる。
「2頁目がもうすぐ終わりそうかな」
「そっか、まあ結論パートだもんね、苦戦するよね。なんか困ったことがあったら訊いてね」
「そういや、テーマってどのテーマ使ってる?」
「ええっと」
グループリーダーは自分の前の机に置いていたPCを逆向きにして、こちらに見せてくる。
「この、ええっとブラッククラシックとかって名前のやつ」
「ふむふむ」
ニュッ
僕が彼女のPCの画面を覗き込もうとすると、そこから白い手が二本生えてきた。今度は丁寧に爪が切られた綺麗な手だ。相変わらず、青白いが。でもそんなことはどうでもいい。今は邪魔でしかない。
運よくその手が勢いよく僕の方に伸びて、僕の頭を両側からガシッと掴んだので、僕はその腕の間に手を入れて間隔を広げた。
「イタイイタイイタイ」
「ああ、この上から5番目のやつね」
「いきなりバタフライ泳ぐみたいな手して、どうしたん?」
「ちょっと、ずっと画面見て作業してて肩凝っちゃって、ハハ」
僕はごまかすと、自分の画面でテーマ変更を試みる。頭は未だに両手で挟みこまれているが問題ない。
「アレアレ、オカシイナ、オカシイナ。コッチニコイ、コッチニコイ。ウーン、オカシイナ」
スポンっと、二番目の手の持ち主がリーダーの画面から飛び出す。髪も一人目よりマシでおかっぱに整えられてはいるが、目もとはやはり隠れているし、服も前時代ファッションである。
「あった、あった! ありがとう」
「メンドイよね、この作業。まあもう少しだし、ガンバロ」
そういうと、リーダーはPCの画面を自分の方向に向き直す。一方、飛び出してきたおかっぱは、そのまま作業机の上を歩き、僕の方に迫ってきた。
「オーイ、オーイ、ワタシサミシイ。ワタシノゴハンニナッテ」
パシン! ドカ!
そのまま僕の目の前でワニのように大口を開けてきたので、手の平で振り払うと、おかっぱも壁のほうに飛んでいって、ぶつかり、尻餅をつく。
「ワタシ、ハジメテナグラレタ。イママデダレニモナグラレタコト、ナイノニ。ユルセナイ」
悪いがやはり自業自得である。
「おおおおーん、こいつ、おれのえもの」
「ワタシノヨ。アナタタダソコデウメイテタ、ダケ」
「おおおーん、なまいき」
「ナニヨ」
バタンバタンバタン
とっくみ合いのケンカが始まる。結構なことだ。
ニョキ!ニョキ!
僕の左側で作業している男子学生のPCから青白い頭が、右側で作業している女子学生のMacから青白い靴が同時に現われる。いいかげんにしてくれ!
「あと5分で講義時間は終了です。終わらなかった班は、ネット上でスライドを共有するなどして、来週までに完成させてきてください」
先生が前の壇上でアナウンスをしている。
「うちの班はやっぱ優秀だったね! みんなきちんと仕上げたし!」
リーダーは嬉しそうだ。僕もほっとしている。なんとか僕も自分の持分は完成したし、スライド全体の調整もうちの班は終っている。あとは各自、発表原稿を練習してくるくらいである。
僕達から離れた教室の後ろの空きスペースには、何人もの青白い人達が並んでいた。その中でも、金色の光を放った御嬢様っぽい姿をした青白い子が、最初に出てきた長爪ぼさ髪野郎にしゃべってる。
「だから、あんたは論外だっての。なんで人前に出てくるのにそんなに不潔なの?ありえなくない?」
「おおおーん、しくしく」
「人を襲うにしても、マナーが必要だっての。あたしたちの品位が疑われて迷惑なんだけど」
「おおおおーん」
金色御嬢様はおかっぱに目を向ける。
「あんたもありえない」
「ナンデヨ」
「ちょっと見たら、あいつを食べようとか考えなくない? すぐ無理ってわかるっしょ」
「モウイチドヤッテミナイト」
「一度失敗しても分からないなんて、みじめ」
「ク」
これに凝りてもう来ないといいんだけど。
「また来週ね!」
「また!」
グループの人達がPCやMacを仕舞って、次々と教室を出ていくなか、僕は後ろのスペースに歩いていく。すると、青白い人達が皆こちらを向く。だがすぐ金色御嬢様がキッと睨んだので、とくに騒ぐことはなかった。
「で? どうしたの?」
僕は金色御嬢様に声をかける。彼女だけは僕の邪魔をしなかった。まあ、彼女とは以前からの知り合いではあるのだが。
「ごめん。あたしたちの国、もう一回助けてほしいの。お願い」
当然、僕のお昼休みはふっとんだ。