戦隊はキャンセルでお願いします!
大学のサークルのある建物はだいぶ汚い。サークルの部室はどこにありますかと訊いて教えられたところに行ったら、街中ではほぼ見ないような、トタン屋根の小屋が並んでいた。地震が来たら真っ先に崩壊しそうな建物だ。
やっと、『ミステリー研究会』という看板を見つけると、僕はその部屋のガラス戸をスライドさせた。
「こんにちは。ミステリー研究会に興味があって来たんですが?」
「いらっしゃい!」
頼もしそうな女性が椅子から声を上げる。学年が上の方の先輩だろう。ちなみに僕は1年生だ。
中には長机が二つくっ付けておいてあり、会議をしているかのように、椅子がその周りに並べられている。
「ミステリーに興味がある一年がやっと来たか!」
と豪快に笑う男の先輩。
「まだ入るって決まってないんだから。ね」
と優しそうなその男の同級生っぽい女性の先輩。
「どうぞここに座って」
と一番下っぱっぽい眼鏡の男子。それとは全く異質の空気を放つのが、長机の周りの席から離れて、部屋の端の椅子にどかんと座っているメンバー。野球帽を被った、どこからどうみても若者には見えないお爺さんの学生である。知識としては知っていた。どこにだって一人はいる、留年を繰り返し過ぎた超人学生のことを。だが実際に見たのははじめてかもしれなかった。最近はどこも留年の年数を制限しているのだ。
5人か。でも今日が定期的に集まる日でないなら、集っている方なのかもしれなかった。僕は勧められるままに、長机の周りの一つの椅子に座った。
「ミステリは好きなんですが、そんなに色んな作家さんのを読んでるってわけでもなくて」
僕は頭を掻いた。豪快な男の先輩が僕の肩を叩く。
「いいんだよ。そんなのは! どうせ、毎回の読書会で少しずつ分かってくるんだから!それより部長!」
「ん、そうだね。この部に来た人には皆にやってもらってる儀式をやってもらわないと」
そういうと部長は部屋の奥でゴソゴソと音を立て、何かをとり出してきた。見るとごつごつして分かりにくいが、拡大鏡だ。かなりの骨董品らしく高級感が漂っている。同時に下っ端先輩が、僕の前に紙とペンを置いた。部長が口を開く。
「字は人の性格を表すんだよ。占いみたいなもんだと思ってくれればいい。ここにうちのサークルの正式名称を書いてほしいんだ」
「申し訳ないんですが、まだこのサークルに入るって決めた訳じゃなくて」
「大丈夫だよお。見学に来た人にも皆やってもらっててね。部長が占いに凝っちゃってて、おねがい、協力してくれないかなあ」
優しそうな女子先輩が手を合わせてくる。さすがにここでキャンセルといえるほど僕は空気読めない人ではない。たかが字を書くだけだし、拘ることでもないし。
「分かりました。ミステリー研究会って書けばいいですか?」
「できれば、『正しくミステリーを広める方法を研究する会』と書いてほしいな」
長いな。まあいいか。僕はいつもよりずっと丁寧に書いた。
「書けましたよ。どうぞ」
「見せてもらおう」
部長は拡大鏡を近づけると、目を見開いた。
「こっ、これは! みんな来てくれ!!!」
「おい、嘘じゃねえだろうな」
「ホントなの!?」
「か、彼が!?」
彼等は僕の書いた正の字を拡大鏡で見たまま動かない。
「見せたまえ!」
後ろで興味なさそうに座っていた、野球帽の多重留年生がどかどかと歩いてくると、ほかの4人はさっと場所を空ける。野球帽は、拡大鏡をとると、またもや僕の正の字をじっと見つめた。おかしなところがあっただろうか。書き順はおそらく間違えていないはず。
「間違いない。赤の一画目。この男は、タダシインジャー、レッドだ!」
僕は大きな溜息をついた。
曰く、この地球は危険にさらされている。悪の集団、悪隠者が街を破壊していっている。悪隠者に対抗するために作られたのが、タダシインジャー。正義の5人組だ。普段はうちの大学のミス研サークルとして活動しているが、ひとたび悪隠者による事件が発生すれば、そこに駆け付ける。悪隠者は特殊なシールドに守られており、攻撃も強力すぎて、タダシインジャーの力でしか倒せない。しかし、誰でもタダシインジャーになれる訳ではない。選ばれた運命の5人しか、タダシインジャーにはなれないのだ。
野球帽がした話を要約すると上の様になる。野球帽の話し方はすごく遠回しで、もって回ったいい方をするため、上の内容を訊き出した僕を褒めてほしい。
自分で自分のことを褒めていると、サークルの部室に置いてあった、隅の冷蔵庫がビービーと鳴った。誰かが開けっぱなしにしている。
「いかん! 時間がない! タダシインジャー出動」
「「「「ハイ!」」」」
野球帽が手を振ると、ほかの4人は敬礼をして、冷蔵庫の方に走っていく。そして冷蔵庫の扉を開くと、一人ずつその中に入っていって、最後には全員その中に消えた。僕がぽかんとして座っていると、野球帽が僕に赤いゴテゴテした機械がついたブレスレットを渡してくる。
「お前に説明している時間はない! とりあえず先輩に着いていくんじゃ!」
仕方ない。僕は左手にブレスレットを付けて立ち上がると、冷蔵庫に近づき、その扉を開く。中は空洞になっており、一本ポールが果てしなく下まで続いている。これ危なくない? 覚悟してポールに掴まると慎重に滑らせていく。すると驚いたことに、一階分ほど降りたところでポールは尽き、尻も地面につき、そこからは螺旋状のスライダーになった。最初からそうしろよ。
スライダーに掃き出されたところには、バイクが4台エンジンをかけられていた。
「君なら来ると思っていた。君ははじめてだから、私のバイクに乗るといい」
と部長がいう。僕は無言で部長に渡されたヘルメットを被り、部長の後ろにしがみ付く。すると4つのバイクは異様な速さで走り出した。おそらく時速180kmは出ていたと思う。といって、無断か許可をとってか知らないが、地下に作られた私道で、明かりは爛々と点いていたが、行く道で一台ともすれ違わなかったし、追い越しもしなかった。
「現場だ!地上に出るぞ!」
部長が叫ぶと4台は脇道に逸れ、坂道を上がっていき、山に掘られた竪穴から外に出てきた。振り返ると侵入禁止の立て札が立っていた。昔は防空壕として使われていたのだろう。
バイクはそのまま、スピードを緩めて走っていく。まもなく、破壊音が聞こえてきて、バイクは停まった。破壊音は近くの古き良き商店街の中から聞こえてくる。
「やめてくれ!!」
その店の主人らしい男が叫ぶ中、 ひょっとこの仮面をつけた集団が、その店をバットやらジャッキやらで荒らしまくっている。その中で、一人だけ全身銀色のアーマーでゴテゴテと飾りつけたフルフェイスマスクの男が、レーザー砲的な銃器を構えている。その銀フルフェイスはしがみつく店の主人を押しのけると、銃器を発射した。店のガラスが粉々に砕け、建物自体がバラバラになる。これ普通に警察沙汰だろ。いや、警察の攻撃は効かないんだっけ?
「悪隠者め! 絶対に許せない! 皆いくよ!」
「おう!」「うん!」「はい!」
皆がブレスレットのスイッチを押すとそれぞれカラー付きのフルフェイス、フルアーマーに変わっていく。僕も一応真似をしてスイッチを入れると、同じように見た目が変化していった。
「タダシインジャー 正の第五画、桜」
「タダシインジャー 正の第四画、山吹」
「タダシインジャー 正の第三画、松」
「タダシインジャー 正の第二画、紫陽花」
「タ、タダシインジャー 第一画 レッド?」
僕だけ何かおかしくない?これ?
「「「「正の字戦隊 タダシインジャー!」」」」「ジャ、ジャー」
変身しはじめたときから、ひょっとこ軍団は破壊を辞めて、こちらに向かってきていた。銀色アーマーは口を開いた。
「タダシンジャーか。今日も邪魔をしに来たのか。やれ!」
「望むところ!」
部長、桜は腰にさしていた警棒みたいなものを手にすると相手の集団へとつっこんで行く。ほかの部員も桜に続く。
けんか人数は足りているようなので、僕はフルフェイスのまま破壊された店のところに来た。店の主人は家族と一緒になって泣いている。
「せっかく、いろいろ工夫して先祖代々の店をもり立てようとしてきたのによう。なんでよく分からないギャングなんかに」
店の主人が呟く。うーん、これは何とかしたいが。僕はレッドアーマーの性能を解析しはじめた。そこに、銀色アーマーがやってくる。
「なんだ? タダシンジャーは5人になったのか? それなら、完全になったということか。しかしながら、こちらの秘密兵器もちょうど完成したのだ」
銀色アーマーは缶ビールのようなものを取り出す。
「タダレンジャーレッド? 大丈夫か?」
ほかの4人が駆け付けてくる。ひょっとこ軍団はいつの間にかしりぞけたようだ。
「いまは大丈夫だが、もう遅い!!」
そう銀アーマーがいうと、缶の蓋をプシュッと開け、空中に放り投げた。缶の口からしぶきが辺りに飛び散りながら、缶は空中を飛んでいく。その缶が空中でぼこっと潰れると、缶は煙になり、一気に拡散。煙が晴れたときには、ビル30階くらいの大きさはあるひょっとこのお面をつけた風呂敷包みが空中に浮かんでいた。
「あれは悪の神! 以前がんばって倒したのに!」
「フン。奴の巨大化と復活は成功した。お前達のサイズの時ですら、苦戦したのだ。あのサイズの奴に挑むのは無謀というもの」
ひょっとこのお面の口から白色光線が商店街に注ぐと、攻撃されていなかった店も燃え始める。
「くそっ、あんな大きさ、どうしたらいいんだ…」
「リーダー」「マジかよ」「そんな」
僕が手を上げようとしたとき、ブレスレットがジリジリっと鳴る。
「なんですか? 博士?」
「実はタダシインジャーには巨人計画があり、それはほとんど完成していた。しかしそれは5人そろわなければ動かなかったのだ。しかし今は5人いる! さあ、ブレスレットを胸に当てて呼び出すんだ!」
「皆、いくぞ!」
「うん!」「分かった!」「はい!」
僕は頷いたが、頭の中は、博士なのに留年してるの?という疑問で一杯だった。
「タダシインジャックス!」
空から光が降りてきて、それに照らされた僕達5人は空中に上がっていく。それと共に、はじめはぼんやりと、ついではっきりと、巨大ロボが5人の周囲に形作られはじめた。5人の前には操縦パネルが現われる。それにしてもたっか。いや、それよりも。
「「「「参上!」」」」
実体化したロボが風呂敷包みのほうに向けて歩き出す。一歩、下にいる商店街が少し足の下に押しつぶされる。また一歩、押しつぶされる。僕にはもうはっきりと分かった。
「さあ、あいつをやっつけるよ!」
「うん!」「分かった!」「はい!」「いいえ!」
「「「「は?」」」」
四人はこちらを向いた。僕は赤いブレスレットを操作する。ヒューープ。
ロボットはまたはじめはうっすらと、途中からははっきりと輪郭を失い、消失した。僕達は再び光に照らされ、逆戻りに地上に戻ってきた。僕は恰好悪い自分の赤いフルフェイスアーマーも解除した。戻ってくるなり部長がせまってくる。
「なんだこれは? 君がやったのか! 何てことをしてくれたんだ! 空にはまだ最大の敵、 悪の神が!」
「あれが神ですって? ご冗談でしょう?」
僕はブレスレットを付けていない手を悪の神とやらに向ける。その手にはみるみるうちに、時空兵器が組み上がっていく。あんなの最低武装で十分でしょ。ドン。
悪の神なるものは瞬く間に消滅した。
「「「「な!??」」」」「何!?」
タダシインジャー達と共に驚いたのはまだ殘っていた銀アーマーだった。僕は時空武器を彼に向けた。
「さあ、残りの缶を全て出してください。全部消しますので」
銀アーマーは慌てて手を上げた。
「そんなのは持ってねえ! 新開発であれが初めての品だったんだ!」
「冗談ですよ。持っていないことは確認済みです」
僕は時空武器を解いた。とたんに銀アーマーはいきがって銃器を僕に向けた。
「だが、そんなものは必要ない。お前はこれで…何、動かない!?」
僕は赤いブレスレットを見せた。
「当然これで無効化しておきました。さて、なぜそれが出来たか分かりますか? これ、そもそもが茶番なんですよ? あなた達は知ってました?」
僕は商店街の端のベタベタとポスターが貼ってある一角に歩いていって、一つのポスターを手で叩いた。そのポスターにはこう書いてあった。『みんなで力を合わせて、古き良き商店街を守ろう!』
同日、僕とタダシインジャー、そして悪隠者の面々は、一緒になってとあるビルにのり込んできていた。僕はタダシインジャースタイルである。単純に身元を隠すためだが。
「困ります! アポイントメントがないと面会は出来ません!」
「アポイントメントをこの件でとろうとしても一生会ってくれないのは見えてるんで、そういう無駄なことはしません」
僕は秘書を押しのけると、奥の扉を押し開けた。部屋の中には、都市全体を見下ろせる巨大な窓を背景に、高そうなスーツを来て、高そうな眼鏡をかけた偉そうな老人が立っていた。
「君達、どかどかと許可もなく入り込んで失礼ではないかね? 儂は県民に付託されて、この地位にある。つまり儂への侮辱は県民全体への侮辱と同じことだ」
「自分の意にそぐわない県民の家を破壊するのも、県民に付託された権限なんですかね? 茶番は辞めてくださいよ、万年留年生のミス研会員さん?なるほど、県の圧力があったからあなたは留年できてたんですね」
「何を君が言っているのか、さっぱり分かりかねる」
僕は応接セットのソファに座って、肘をついた。タダシインジャーと悪隠者の面々は扉を入ったところに立って、僕達の会話を見守っている。
「本当に茶番でしかないですよ。あなたは、この街の古い区画を消滅させたかった。効率が悪い、高額納税者でもない、不経済で、観光客を死ぬほど呼びこめるほどにはレアでもない。だけど、そこには県民が住んでいて、自分達の暮らしのために抗っていた。だからあなたは、悪インジャーと正シインジャーを作った。全く違う集団にみせかけて目的は同じ。それは古い区画の破壊。まずは悪インジャーに街を破壊させる。悪だから理由を疑われない。悪が悪を為すことに理由はないから。警察は出動しない。それはそもそも県の長の意思だから。根回しも当然していたんでしょう。まあ、本当に双方の攻撃しか通じないような力を利用していたのかもしれませんが。とにかく、悪インジャー、つまり悪隠者をとめるためにタダシインジャーが現われる。しかし、激闘は周りを否応なく破壊する。地球の危機、だから少しの破壊は仕方ない。ロボットを出して周りを踏み付けても仕方ない。そうしなければ地球が滅ぶんだから」
老人は髭を捻りながら言った。
「君の言っているのはただの空想だ。なんの證拠もない」
僕は応接セットから立ち上がり、老人との距離を一気につめた。
「な、儂を殺すのか!?」
僕は老人の眼鏡を外し、野球帽を被せた。『博士』が僕を睨んできた。
「僕は、あの破壊された商店街への補償と修理を依頼したいだけです。それと、僕が本当に何の證拠も準備せず、ここに乗り込んできているとお思いですか?」
一週間後、破壊された商店街は再オープンを果たした。