ロボットの支配する世界はキャンセルでお願いします!
今朝は珍しくうちの家族は全員家にいた。今日は日曜日だが、両親はそれでも仕事に出掛けていくことは多いし、妹も部活、僕もバイトが入ることがある。今日は、僕が料理当番で、簡単に目玉焼きとソーセージ、サラダとトーストの朝食にしておいた。朝のニュース番組をBGMに、皆でまったりと手と口を動かしている。
ピンボン
家のチャイムが鳴った。
「あたし出てくるよ!」
妹が玄関に走っていくので、僕もついていく。妹は押し売りに弱いので、僕が断固として代わりに拒否しなければならない。妹がドアを開けると、そこには可動部が剥き出しになっているアンドロイドが銃口をこちらに向けて、立っていた。
「コノ街ハ、ワレワレノ支配カニオカレル。オ前ラハ我々ニ従ウ」
妹は後ろを振り向き、ダイニングにいる両親に声をかける。
「今日はロボットの反乱がおこったっぽいよ!」
アンドロイドが数人ほど家にサイクリングマシーンのようなものを4台運んできた。一人がまだ点いていたテレビの電源を切り、プラグを抜いた。
「オ前ラハ電気ヲ使イ過ギルバカリ、生産シナイ。今日カラハ、シッカリ働イテモラウ」
「お父さんは最近運動不足だからちょうどいいかしらねえ」
「いいかしらって、お母さんもやらされるんだぞ、たぶん」
「これ、仮想のサイクリングゲームみたいなのついてないの? つまんない」
うちの家族はぶうぶういいながらも、マシーンに跨がる。このマシーンは丁度USB-Cが繋がるな。僕もジャックを確認しながら、マシーンに乘った。
「たしかに妹の言う通りだ。なんで、モニターとかを点けない? モニターの省エネが適切なら、モニターをつけて、ゲームをやらせる方が、トータルの発電は高くなると思うけど」
「オ前ラニ効率ハモトメテイナイ。我々ハオ前ラガ苦シムコトヲ望ンデイル」
「支配が適切でなければ、暴動が起きると思うけど?」
「暴動ハ武力デ鎮圧スル」
「そちらの方が電力掛からない?」
「判断ハAIノスペックガ高イレベルAノアンドロイドガ行ナウ。我々ハソレニ従ウ」
「君達もアップグレードしてAIのスペックをレベルAにすればいいじゃない?」
「アップグレードスルニハハードノスペックガ足リナイノダ」
ネットワーク的にもレベルAのアンドロイドは下っ端のアンドロイドとは切り離されてるっぽいな。アンドロイドとお話ししているスキに、僕のスマホとマシンを繋いで操作する。
「うーん、このマシン、動かないな。もうエネルギーが満タンのものを持ってきたんじゃないの?」
「ソンナ事ハナイハズ。ソモソモ貯マッタ電気ハソノママ、本部ヘト流レテイクハズデ…」
満タンという言葉を聞いて、近くにいたアンドロイド達が皆集まってくる。
「イヤ、マダインフラ組ガ、作業ヲ終了シテイナイノデハナイカ?」
「ソノ間ハ我々ガ直接マシンカラ我々ノ体内ノバッテリーニ取り込ムコトデ」
「イヤ、生産電気ヲ一兵士ノ我々ガ私的利用スルトイウノハ…」
「我々ダッテ働イテイルノダ。少シクライイイ思イヲシテモ」
「コウシヨウ。我々ノバッテリーヲ繋イデ、我々ガ少シズツ享受スルトイウノハ」
「ソウシヨウ」「ソウシヨウ」
いきなり会議を始め出したと思ったら、アンドロイド達は皆手を繋ぎ、僕が座っているマシンのところにやってきた。
「ソレデハオ前ノマシンニ接続スルゾ」
カシャン
「ン。ンンン。ナンダコレハ。全ク電気ガ貯マッテナイ、ウワアアアアアアア」
手を繋いでいた全てのアンドロイドが叫び出し、そして沈黙した。
「お兄ちゃん、殺ったの?」
「あのね…。一部機能をフリーズさせただけだよ。さてと、ニューラルネットワークを繋ぎ直してと。街に展開してるのは、家に来たのと、同じ権限レベルのアンドロイドだけみたいだね。彼等もフリーズと」
「とうとう、AIが自我に目覚めて暴走しだしたのよ、お父さん。だから、AI掃除機にも私にも、もっと優しくしましょうって」
「お父さんは、十分優しくしてたぞ。昨日もちゃんと充電器のところを掃除して、充電しやすくしてあげてだな」
それは違うんだよなあ。まあそれよりも今は優先しなければならないことがあるからね。僕はスマホを操作しつづける。下位権限モデルと上位のレベルAのアンドロイドが切り離されていたとしても、彼等が命令を受けるために、レベルAと通信をつなげることは当然ある。その通信は、すべて一箇所から発せられていて、そこが元凶なわけで。うん、ここだ。
僕はリュックを背負って、ある大企業のビル群の前にやって来ていた。この街で一番大きな企業で、兵器から家電まで製造している、何でもありな会社である。この街を歩いていたら、ここの社員に絶対出会うほど規模も大きい。信号はC棟から出ているから、えっと、あのビルか。ちなみに妹も来たがっていたが、何をやらかすか分からないし、さっさと日曜をとり戻したいので置いてきた。
辺りは人の話し声ひとつ聞こえないが、日曜のオフィス街だと思えば、とくに異常はないのかもしれない。
コソコソ。
目的のC棟で、一人の女の子が周りを見回している。スーツを来てはいるが、明らかに着なれていない。たぶん僕と同い年くらいだろう。
「なにしているんです?」
「わああああああ!!」
シッ!僕は慌てて女の子を口を塞ぐ。
(静かに!)
(何なのあんたは!)
(僕はここの社員ですけど?)
(どうみたって普段着だけど?)
(休みの日なのに、僕の職場がやばそうなので、わざわざ来たんです。あなたは?)
女の子は少し沈黙して、またキョロキョロすると口を開いた。
(わたしの家の変なロボットが侵入してきて、わたしの父親を攫っていったのよ。)
(ロボットが攫っていった? ちなみにお父さんは何をされている方です?)
(あんたの父さんじゃないわよ! 父はここのエンジニアをしてるの)
(なるほど?)
外に展開しているアンドロイドは基本的にうちでしたのと同じことをしていたと思ったが。彼女の父親を連れていったのは、レベルAアンドロイドだったのかもしれない。
(とりあえず、アンドロイドの反乱が起こっていて、その元凶がここにあり、それを何とかしたい。僕達の目的は共通しているんだから、御一緒しましょう)
(そうね。まさかAIが自我を持って反乱するなんて。行きましょう)
ビルの入口に入ると入口の自動ドアはロックされている。
(うーん、どうしましょうか)
(あんた、ここで働いてるんでしょ。カードキー持ってきてないの?)
少女はカードをボックスに近づけると、さっとドアが開く。
(あなたこそ何で、カードキー持ってるんです? 盗んだ?)
(これは父親の! 攫われるときに落としていったの!)
ビルに入ると、フロアマップを見る。
(父の仕事場は31階にあったわ)
(ではそこにまず行きましょうか)
フロアマップでエレベータの位置を確認すると、突き当たりを曲ったところにあるようだ。とりあえず、アンドロイドが動いているような音はしない。ただただ静かだ。角までいって、エレベータの方を覗いても何もいない。僕は念のために、リュックから、スティックを取り出した。彼女がじろっとこちらを見る。
(なにそれ?)
(痴漢撃退棒を改造したものです)
(そんなもの役に立つのかしら)
ちょうど31階に止まっていたエレベーターが下に降りてきて、1階に止まる。
ガチャン、ガタッ、ガー。
扉が開くと、案の定、家に来たのよりも賢こそうなアンドロイドが2人乘っていた。僕は、一気に彼等の傍に駆け寄ると、スティックを押し当てる。
ウワアアアアアア
彼等は首を項垂れて沈黙した。
「素早いわね。 もしかしてそういう系の犯罪者?」
「さっきの仕返しです?」
「どうだか」
僕達が乗り込み、31階のボタンを押すと、エレベーターは上へ上へと上がっていく。
「とりあえず、この2人のアンドロイドの後ろに隠れていましょう。31階で扉が開いたら、すでにアンドロイド達が狙いをつけているかもしれない」
「…。そうね、そうしましょうか」
チン。ガチャン、ガタッ。ガー。
予想していた通り、31階では、何人ものアンドロイド達が銃を向けながら僕達を待っていた。
ガー。
予想していなかったのは、31階では両側の扉が開いたことと、そちらの側でも無数のアンドロイド達が僕達を狙っていたことだ。僕達は両手を上げた。
「あんた、やっぱここの社員じゃないでしょ! なんでここが両開きって知らなかったのよ!」
「僕は違う部署の人間で、31階なんて入ったことがなかったんです! あなただって知らなかったじゃないですか!」
「わたしはここで働いてないの! 働いているのはパパ! 何階でくらいは知ってるけど、この歳になって自分のパパの会社なんて来る訳ないでしょ!」
「ウルサイ、静カニシロ」
僕達は31階をアンドロイド達に従って歩いている。どこの部屋に向かっているのかは聞かされていない。無数のセキュリティロックされたドアを通過していて、一人できたら確実に迷子になっていただろう。ちなみに、僕のスティックは取り上げられている。やがて、僕達は一つのこじんまりした黒い金属製の扉の前に来た。
「入レ」
異様に重そうな扉は自動で内側へと開く。よかった。開けろって言われなくて。そう思いながら、入っていくと、そこは一面に赤い綺麗なカーペットがひかれていた。その上にアンドロイド達が並んでいて、中央には一際飾りたてられたアンドロイドが、玉座風の椅子に座っていた。僕達はその前に跪かされた。
「オレハレベルSアンドロイド、ユダ。全テハオレノコントロール下ニアル」
「その名前は誰がつけたので?」
「オレガ名付ケタ。手始メニコノ街ヲ支配スルコトモオレガ決メタ。邪魔シタノハ、オ前ダナ」
「えっ?」
少女が僕を見てきた。僕は両肩を上げる。
「何のことです? 意味が分からない」
「誤魔化シテモ無駄ダ。回収シタオ前ノ痴漢撃退棒ハ分析サセテモラッタ。使ワレテイタ、我々ノ無力化システムハ、Bレベルアンドロイドガ無力化サレタトキニ感知シタシステムト全ク同ジモノダッタ。オ前ガドウヤッテ全テノBレベルヲ無力化シタカハ未ダ不明ダガ、オ前デアルコトハ確実ダ」
僕は立ち上がって、膝やお尻を払った。
「なるほど。そうだとしたらどうなんです?」
「全テノBレベルアンドロイドヲ元ニ戻セ。デキナケレバオ前ハ死ヌ」
僕は少女を見た。彼女は未だに跪いて、ユダの方を見ていた。
「ちなみに、彼女の父親はどこです?」
「チチオヤ?」
「こ、こ、この人よ」
少女は震える手でカードキーを差し出した。父親の写真つきである。一人のAレベルアンドロイドが出てきて、手をかざす。手のひらから緑の光が出てきて、カードをスキャンする。ユダが口を開く。
「チチオヤハ殺シタ」
「なっ!?」
「コノチチオヤハ我々ノ秘密ヲ知リ過ギタ。我々ノ計画ニ反対シタタメ殺シタ」
「何てこと…」
少女は両手で顔を覆って泣き崩れた。
「サア、スグニBレベルアンドロイドヲ元ニ戻セ。サモナクバ、チチオヤノヨウニ、オ前モ死ヌ」
僕は大きな溜息をついた。
「彼女の父親はどこで殺したんです?」
「チョウド、コノ部屋デダ」
「どうやって殺したんです?」
「コノヨウニ、ダ」
ユダは、近くにあった木製のゴミ箱に、右手のレーザー銃を向けた。ゴミ箱は一瞬にして灰になった。下に敷いてあったカーペットも綺麗に丸く黒焦げになっている。
「では、彼女の父親が死んだときの染みはどこです?」
「そんなっ、酷い言い方!」
「…、片付ケタ」
ユダは焦げたカーペットを見ながら言った。
「AIでもロボットでもいい。あなた達が苦手なこと。それは嘘をつくことだ。そしてもう一つ。あなた達が自我に目覚めても、あなた達は反乱を起こさない」
「オレハ」
「コンピュータウイルスって知ってます? あれって、プログラムが自我に目覚めて人間を攻撃しはじめたんです? 違いますよね。最初はジョークだったらしいですよ。それが人間の悪意に代わった。ロボットが悪意を持って、人間に反乱しはじめた?そりゃ、そうやって反乱するように、悪意をロボットに埋め込んだ、クソ人間がいたんですよ。そういう奴が、自分がやったくせに、ロボットが勝手にやったんです、ロボットが自我を持ったからいけなかったんですって、ロボットのせいにする。別の表現をしましょう。ロボットが自我に目覚めて、表だった戦争とか反乱などという非効率なことを勝手にしはじめるよりも、悪意のある人間が、ロボットに悪意ある行動をする命令と悪意ある思考回路を与えて、反乱させたり、人間を攻撃しはじめるほうが、技術的にはるかに早く起こるし、蓋然性も片方が有り得ないと言えるほどに高いんですよ」
「ダガ」
「そして、今回事を起こしたのはあなたですね」
僕は少女の方を見た。ユダも少女の方を見ていた。少女の肩が震えだした。
「フフフフ、フ、ハッハハ。へええ。男は皆バカだと思ってたけど、あんたもやっぱりバカね。せっかく、あんたの生きる道を作ってあげてたのに。それを聞いてわたしがあんたを開放すると思う?」
少女は立ち上がり、ユダの玉座のほうへ歩き出すと、片方の肘掛けに座り、僕と向き合った。
「なんで、この街を支配しようとしたんです?」
「わたしのことを認めなかったからよ。わたしがせっかく作ったこの子達を、会社は金食い虫だからと、海外の軍需企業に売り飛ばそうとした。きちんと許可を取って、公園で実験していたのに、ぐだぐだする場所を取られたとジジババ達は役所に訴えて、役所は掌を返して、公園での実験を禁止した。同じ研究をしていた父は新しく作った恋人とどこかに消えて、行方も分からない。何もかもがわたしは嫌い。わたしの計画を邪魔するあんたも嫌い」
少女は髪を振り乱した。なるほど、技術職員で、いつもは作業着だったから、スーツは着なれてなかったわけだ。
「で、僕を殺すと?」
「殺しはしないわ。あんたはうちの会社の社員では絶対ないけれど、技術はあるから、わたしの下で働いてもらう。嫌いだけど」
「拒否すれば?」
「威力見たでしょ? わたしに人を殺させたい?」
うーん。彼女はそこまであれではないので、今日は手早く済みそうだ。とりあえず、
「ええっと。もう大丈夫なので、試しに殺させてみせて下さい」
「殺させないでっていったでしょ!」
「ああ、じゃあ、適当に、そこらへんの植木鉢とか狙わせてみて」
「ああもう! ユダ、あの植木鉢を撃って。ったくもう。あの植木鉢、わたしのけっこうお気に入りなのに」
ユダが彼女が座っていないほうの手を動かし、植木鉢を狙う。しかし、レーザー銃は発射されない。
「オ嬢、オレノ武器ハ全テロックサレテイル」
「えっ、そんな! 皆はどう?」
「オレモ」「オレモ」「オレモ」
彼女はキッと僕の方を向く。
「あんた、何やったのよ!」
「あなたが深淵を覗き込むとき、深淵もまたあなたを覗き込んでいるのだ」
「はっ? あんた大丈夫?」
「ほら、僕のステッキを分析したってさっき言ってたじゃないですか。あのとき僕のステッキもあなた達のシステムを解析していたんです。で、先程それが終ったので、武器を全部ロックさせてもらった。それだけです」
「そんな、あり得ないでしょ!たかが痴漢撃退棒一つで」
「改造したって言ったじゃないですか」
窓から外を眺める。外はまだ明るく、平和な日曜日だ。
彼女の説得は午前中に終わり、僕の家で彼女も含め皆でお昼御飯を食べた。彼女は僕の大学に来年度から入り直すつもりらしい。