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路面電車の駅で並ぶ時はなんだか不安になる。駅の屋根があるうちはいいけど、そこからハミ出てスロープを下って横断歩道まで列が続く事がある。その横を大型トラックがすっ飛んでいく。


大学の講義が今日は午前中だけ。午後からはバイトだから、路面電車の駅に走ったが、皆考えることは同じ。私は列の後ろの後ろで、横断歩道の真ん中についた。小太りな男の後ろで、彼自身はあまり魅力的ではないが、いざというときに体を使って容赦なく押し入るためには適材といえた。幸いなこと、プーンという生臭い音と共に、電車は直ぐに来た。あとは僕の番まで、路面電車が満員にならないか、なのだが。


プシューっという音をたてて、電車の扉が開くと、人を飲み込みはじめ、列が進んでいく。やがて、僕の前の男がよたよたと入り込むと、ぎりぎり僕も押し入り、目の前で扉が閉まる。助かった。今日は乗れた。僕はため息をついた。


ガタンゴトン。電車が動き出す。さて、吊革を持とうと車内を見回すと、誰もいなかった。僕は二度目の溜息をついた。



車内を歩き、電車の真ん中の辺りの横向きの座席に座った。窓から外を見れば、見なれた町並みが流れていく。しかし、真っ昼間なのに、人一人歩いていないどころか、車すら行き交わない。この電車が走っている道路は、このあたりでは一番大きな道路で、先程まで喧騒で溢れ返っていたにも関わらずだ。電車は気にせず、走りつづける。


チュチュ、チュチュ。


鳴き声が聞こえる。見れば、僕の座っている座席の端に、ネズミがいる。どぶネズミだ。ネズミは動きを止めて何かを見ている。


チュチュ、チュチュ。


ネズミが、少し動くと、なにか黒いものが少し動く。それはゴキブリだった。


チュチュ、チュチュ、…、ダッ。


やがて均衡が破れたらしく、二匹とも僕の方に走ってくる。


じっと見ていると、そいつらは座席を駆け下り、車両の前の方に走っていき見えなくなった。


外の景色はトンネルに変わっており、轟音と共に、耳の圧がおかしくなる。幸い電車はすぐにトンネルを抜け、轟音も耳の違和感もなくなった。


今度は橋の上を電車は走っている。そう高い橋ではなく、橋の下もよく見える。少しの間、白い砂浜だったが、橋の下はすぐに水へと変わった。海とも川とも判然としないが、とりあえず遠くに陸地が見える。川というなら巨大な川だ。当然、いつも僕の使っている路面電車はこんな道を通ることはない。


ゆっくりゆっくり電車は走っていく。気づけば、下の川ではいくつか大型のボートがただよっており、白いローブを着た人達が乗り込んで、電車の進行方向に向けて進んでいる。


一つのボートだけ、乗客は白いローブを着ておらず、電車が近づいていくと、彼等は、今日同じ列に並んでいて、僕の前に路面電車に乗り込んだ乗客たちだった。なぜか小太りの男だけは見当らなかったが。彼等のボートもゆっくり電車は通り越し、ガタゴトガダゴト、橋を渡っていく。


日の光で明るかった空は、赤く濁り、太陽は見えない。


路面電車はそのまま橋の上を滑っていき、川を渡り切ると、見渡す限り砂利道の何もないところで停車した。


「ジゴクイッチョウメ、ジゴクイッチョウメ」


プシューっという音を立てて、電車の前後にある降り口と乗り口が開くが、気にせず、僕はその場に座り続けた。ひまだな。今日の分の復習でもするか。僕はノートを取り出した。



どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。


しばらく静かだった室内に、また物音が聞こえはじめる。見ると車両の後ろの方から、誰かが杖をついて歩いてくる。


どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。


杖はなかなか太く、重そうで、一回一回つきながら歩いてくる。黒っぽい服を着た白い髪が肩よりも垂れ下がった老婆である。片足は義足らしい。スーパーのでっかい袋を引き摺りながら歩いてくる。


どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。どん、たっ、ズル。ぴたっ。


老婆は僕の目の前まで来ると立ち止まり、スーパーの袋の持ち手を離した。


ゴロッ


それは、僕のすぐ前に乗り込んだ、小太りの男の生首であった。


老婆は杖に巻いてあった包帯を剥していく。包帯は汚ない灰色からどす黒い赤、そして真っ赤に変わっていき、包帯が完全に解けたとき、杖は刃渡りの異様に長い包丁に変わっていた。


老婆はこちらを向くと、ニヤッと笑い、包丁を握り込む。そして笑みをやめて、こちらに包丁の刃を向けて襲って来た。


僕は老婆を完全に無視して、ノートを鞄に仕舞った。左肩の上の方で電車の窓ガラスが割れる音がした。顔を上げれば、老婆は包丁を窓から引き抜き、僕の顔目掛けて襲いかかってくるところだった。


バキン


僕の顔に当たって包丁が粉々に砕けた。老婆は目を見開いて僕から距離をとった。僕は気にせず、スマホを取り出して、電源を入れてみた。うん、もうそろそろいい時間だ。


僕は左にある印、右に別の印を組んだあと、手の平を打ち合わせた。


バチン


路面電車は街の中を走っていた。見慣れた昼の風景で、窓の外には、人や車が行き交っている。僕は相変わらず、入口の扉に面して立っていて、小太りの男が僕に凭れかかってきている。


彼は目を覚ますと、ウワァッと叫び出した。丁度、次の停留所に電車が止まったので、僕は入口から降りて、出口の方で降車手続を済ませた。車内は阿鼻叫喚になっているため、このまま乗っていられない。バスで行くしかない。


見上げれば、電車の天井に止まっていたカラス達が飛び立つところだった。30羽近くいるだろうか。空のその部分を真っ黒に染めている。そのうちの一匹が口に加えていた数珠が、砕けちるのが見えた。綺麗に飛んでいこうとした一団が空中ではばたきながら停止している。いや、そのために無理矢理戻ってきた訳だから。


そういや妹がアクセ欲しがってたっけ。ほどほど材料よさそうだし、あれで作ればよくない?


右で適当なビニール袋を取り出して、左に印を作ると、かけらが全てこちらに飛んできて、袋の中に入っていく。カラス達は一斉に此方を向くが、やがて、また元々飛んでいこうとした方向に飛んでいった。飛び方はさっきよりどことなく気落ちしていそうな雰囲気だったが。


ピコン


スマホを見ると、「今日のバイト、少し早く来れますか?」のメッセージが。やっべ。僕はバス停に向かって走りだした。


ちなみに、後日なかなかの品でつくったのに妹は僕のプレゼントの受け取りを拒否。なんか小物臭がするからイヤ、だって。

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