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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
プロローグ
6/48

ユメリ

 気づいたら日付が変わっていた。

 ベットの上で一睡もできずに、ただぼんやりと視線を彷徨わせていた。

 時計を見ればまだ四時半だった。

 昨日はこの一時間後に姉ちゃんと電話で話していた。

 昨日の事なのにひどく懐かしい。

 本気で時間を巻き戻したいとすら思う。


「――うっ」

 女の人が苦しんでいる。

 気を抜くとあの時の光景が浮かび上がってくる。

 その度に体が震え、吐き気がこみあげてくる。

 もう吐き出すものなんてないってのに、体は何かを吐き出したがってるようだ。


 悪い夢であってほしいと何度も願った。

 目を開けた瞬間にはいつもと変わらない俺がいると信じて、何度も何度も目を開けて閉じては自分を確認した。

 でも変わらない。

 昨日の出来事は無かったことにはできない。

 これからどうすれば――




 気がつけば八時を回っていた。

 眠っていたのか、ただぼけっとしていたのかも覚えていない。

 ふと時計を見たら時間が過ぎていたんだ。

 今から学校に行っても確実に遅刻。

 それにこの状況で学校に行く気になんてなれない。

 今日は休もう。


「はぁ」

 ため息を吐いて体を起こす。

 いつまでもこんな塞ぎ込んでいても始まらない。

 クラリスを探そう。

 まずはあいつを探し出して話をつけよう。


 全ての元凶はクラリスだ。

 なぜ俺に近づいてきたかなんてのはこの際どうでもいい。

 今は俺の体にある能力をなんとかしなければならない。

 一度与えた能力は奪うことはできないと言ってたけど、そんなの信じられるか。

 規格外の体を手に入れる代わりに人の命を奪う力なんてあってはならないし、それで人助けなんて本末転倒だ。


 人間じゃないと言っていたクラリス。

 ならあいつは何者なのか?

 ……

 …………

 ………………やめた。

 考えても答えなんてでるわけない。

 答えを知りたいなら行動すべきだ。


 とりあえず、学校の担任には仮病を装って休むことを伝えた。

 昨日の早退を追求されたが、その頃から体調が悪くなってきたと誤魔化したら納得してくれた。

 南雲に会えないのは残念だけど、しょうがない。


『あなたが能力を使うたびに誰かが死ぬ』


 ――っ!

 不意に蘇るクラリスの声。


 次に能力を使えば俺の大切な人が死ぬという言葉はきっと本当だろう。

 どういう選択になるのかはわからないが、その中に南雲が含まれる可能性は充分にある。

 間違っても能力は使えない。

 たとえ南雲でなかったとしても、確実に身近な誰かが犠牲になる。

 俺が苦しんでいる姿を嬉々としている節がクラリスにはあった。

 だから必ず能力を使わせようとしてくるはずだ。

 それだけは絶対に防がないといけない。


■ ■ ■ ■ ■


 冷たいシャワーを浴びて心を澄ます。

 昨晩から何も食べてないが、食欲はない。

 それに食料を買ってないので、どのみちちゃんとした食事はとれなかった。


 シャワーを出しっぱなしにして、しばらく放心。

 事態に対処しないわけにはいかないけど、今だけは何も考えたくなかった。


 俺のせいじゃないことはわかってる。

 だけど、人が死んだ事に自分が関わってると思うと心が乱れる。

 目を閉じると、昨夜の光景が嫌でも浮かび上がってくる。

 女性の苦しんでいる姿が目蓋の裏に張り付いて離れない。


 あれは俺のせいじゃない。

 俺のせいじゃないけど……無関係でもない。


 ……考えるな。

 ……思い浮かべるな。

 過ぎたことなんだからしょうがないじゃないか。

 むしろ俺も被害者なんだから、罪の意識を背負う必要ないじゃないか。


 ――そんなこと、できるわけない。


 彼女が犠牲になったのは俺が騙されたからだ。

 クラリスを相手になんてしてなければあんなことにはならなかったんだ。

 悶々とするまま、シャワーを浴び続けた。



「あ……自転車忘れてた」

 ようやく自己嫌悪と後悔から少し抜け出して思い出した。

 徒歩で帰ってきたから、自転車はクラリスと会った公園に置きっぱなしだ。

 すぐに移動するつもりだったので鍵も付けっぱなし。


「しまったな」

 そうそう盗まれるなんてことはないだろうけど、それでも心配だ。

 ササッと体を拭いて髪を乾かし、まずは自転車を取りに行こうと決めた。

 その後のことは道中で考えればいい。

 クラリスを探す当てなんてないが、部屋でじっとしてるよりはマシだった。


■ ■ ■ ■ ■


 自転車は昨日止めた場所にそのまま置いてあった。


「よかった」

 とりあえず一安心。

 問題なのはこれからだ。

 ここまでくる道中、どうやってクラリスを探そうか考えたが何も思い浮かばなかった。

 当てがないのは当然だ。

 俺はあいつのことを何も知らないのだ。


 ぐぅぅ……


 自転車を見つけて安心して気が抜けたのか、なんとも情けない音で腹が鳴った。

 食欲はないんだけど、体はそうでもないらしい。


 コンビニで遅めの朝食を買い、移動しながらクラリスを探してみるも、あいつを見つけることはできなかった。

 当てもなく適当に動き回ってる時点で計画性がないのはわかってる。

 それに普段は出歩かずに、どこかに身を潜めているとしたらそれこそお手上げだ。

 ジリジリと陽射しが俺を焼きつける。

 動きっぱなしだったので体は汗まみれ。

 ずっと自転車をこいでたせいで、足もくたくただ。


「……少し休もう」

 ペットボトルのお茶を片手に、体を投げるようにベンチに座った。

 休憩場所に選んだ公園は、昨日クラリスと会った場所。

 今は公園中心の噴水付近にいる。

 ここにいたらもしかしたらまた現れるかもしれないという理由で来たのだが、そう上手くはいかないだろう。

 疲れも手伝って、ある意味達観してきて焦りはなかった。


 要は俺が能力を使わなければ問題は起きないということだ。

 勝手に与えられた能力は、たしかに俺の中にあり、感覚として認識することができるようになっていた。

 力を込めなければ使えないと言ってたが、確かにその通りだ。

 思っただけじゃこの力は動かない。

 考えて、その命令をソレに伝達させようとしなければ決して働くことのない力。

 ただ最初に使った時みたいに、防衛本能で反射的に使ってしまう可能性がある。

 故意でなかったとしても、力を使ってしまった時点で手遅れだ。

 きっとクラリスは嬉々として、俺の知る誰かを殺めるだろう。

 そうなったらあいつはもちろん、自分自身も許せない。


 けど、もし能力が取り外せたとしても、それでいいのだろうか?

 あいつは言っていた。

 個人によって切り替え方が違うと。

 つまりあいつは、俺以外の人にも能力を与えて苦しませているということだ。

 その人たちがどうしてるのか、クラリスに問いただす他に知る術はないが、きっといい様にはなってないはずだ。

 あいつを放っておいたら必ず俺のような被害者が増える。

 それをなんとか阻止したいのだが……どうやってするかが問題だ。

 人間に人間以上の力を与える奴だ。

 本人はそれ以上に手強いかもしれない。

 そうなったら俺一人の力じゃどうにもならないな……

 正義感に任せて意気込んでみたものの、一人じゃどうにもならないと思うとあっさり意気消沈してしまった。

 我ながら情けない。


 ピリリリリ……ピリリリリ……


《今日は朝からサボりか?》

 スマホを取り出し、ディスプレイの名前も確認しないで出てみれば敦だった。


「まあ……そんなところ」

 別に何が楽しいわけでもない。

 楽しいわけでもないのだが、幼馴染の声を聴いたとたん、なぜか顔の筋肉が緩んだ。


《明日明後日休みだからって、今日も休んで三連休にしようだなんて羨ましいな》

 友人の声でこんなにも安心させられるなんて夢にも思わなかった。

 敦はいつも通り。

 昨日からの非日常とは違う、いつもの日常会話。


「そう言えば明日は土曜日だったな」

 その今まで何とも思わなかった会話が、今の俺にはひどく嬉しかった。


《そんなことはどうでもいいんだけど、お前仮病だろ?》

「仮病じゃないと言えばウソになるな」

 もしかして心配してかけてきたのかこいつ?


《南雲がお前はどうしたのかって訊いてきたからこうして掛けてやったわけ》

「マジで!」

 つい声が大きくなる。


《気が利くと思わね? オレ》

「ああ、気が利く最高の奴だ。もちろん南雲と代わってくれるんだよな?」

《……代わってやるつもりではいたけど、アレだね。本人の前でもそのくらいがっつけば、南雲もお前がどう思ってるか気づくと思うんだが》

 気持ちに気づいてほしくないから、わざと気の無いフリをしてるんじゃないか。

 下手に気づかれて、今の関係を壊したくないからこその努力だ。

 電話越しに、敦から南雲に変わった気配。


《も、もしもし、急にごめんね。ちょっと水衛(みずい)君のこと訊いただけだったんだけど》

「いや、別にいいって。特に何かしてたわけじゃないし」

 休憩中だし嘘は言ってない。


《そうなんだ。何もしてないなら学校に来ればいいのに》

 少し笑いながら南雲は話している。


「何もしてなくても、サボるって決めたからには学校に行くわけにはいかないんだよ」

《ふふ、何その理由》

 即席の言い訳だけど、南雲が笑ってくれたから良しとしよう。


《あ、はーい》

 またもやガサゴソ電話が動く音。


《んじゃ、そういう訳でオレは飯食いに行くから》

「は!? ちょっ、お前――」

 突然敦に代わったと思ったら有無を言わさず一方的に通話を切りやがった。

 もう少し南雲と話してたかったのに、というか、電話代わるの早すぎだあの野郎。


 内心悪態はつくものの、心は自然と穏やかになっていた。

 落ち込んでいたわけではないにしろ、電話をする前よりは活力が湧いている。

 敦は飯を食うとか言ってたけど、もうそんな時間に――


 ガタッ!


 正直、情けないくらい俺は驚いた。

 あまりの反動に心臓がバクバクなっている。


 目の前に女の子が立っていた。

 歳は小学生低学年くらいだろうか。

 いつからそこにいたのか、まったく気配さえ感じなかった。

 怖くはないが、気づかないうちに目の前に立たれてかなりビビった。


 女の子は深い蒼の瞳でずっと俺を見ている。

 夏だというのに長袖の紺色ジャケットに、中には白いシャツ。

 首元にはピンクのスカーフを付け、足首まで隠れるグレーのロングスカート。

 つま先の丸い黒いブーツで、季節感を間違えているんじゃないかと心配になる服装。

 特徴的なのが、膝まで伸びた青髪を後ろで束ねている大きな赤いリボン。

 大きすぎて蝶の羽のようにも見える。


 服装もさることながら、どこか不思議な感じの子だった。

 表情のない顔からは何を考えているのかさっぱり読み取れず、その白い頬は子供特有の柔らかそうなふくらみをもっている。


 初めて見る子なのに、俺はこの子を知ってる気がした。

 外見ではなくその存在。

 この女の子の纏う雰囲気と蒼い瞳はどこかで――


「ゆめ、ある?」

 喉元まで出かけた答えは女の子の声でかき消された。

 人形のように表情がないわりに、その声色は可愛い。


「夢……だって?」

 デジャブ。

 その問いはクラリスに問われたもの。


 俺を見据える大きな瞳は、クラリスのそれと同色。

 直感した。

 こいつはクラリスと同じモノだ。

 警戒して俺が立ち上がっても、女の子は視線を上げるだけで眉一つ動かさない。


「クラリスを知ってるか?」

 誰かが聞いてたらぶしつけな奴だと思われそうだが、相手の質問に答える必要はない。


「しってる」

 あっけなくすぐに答えが返ってきた。

 隠す様子も、俺がクラリスを知ってることに驚いた様子もなく、聞かれたから答えたという素っ気なさ。


「あいつに用があるんだ。どこにいるんだ?」

「しらない」

「じゃあ会えそうな場所でもいい。っていうか、こっちから呼び出せない? スマホ持ってる?」

 少し早口だったのが悪かったのか。いくつも質問したのが悪かったのか、はたまた両者か、女の子は答えず首を傾げるだけだった。

 そしてそのままジッと俺を見て、同じ質問を口にする。


「ゆめ、ある?」


 さて、クラリスの時もそうだったけど、この質問には何か意味があるんだろうか?

 わざわざ夢があるかどうかなんか訊かなくても、もっと別の誘い文句でもよさそうなものだが。

 初対面で夢があるか訊かれても普通は戸惑う。

 その質問になんの意味があるのかわからない。


「なんでそんなこと訊くんだよ?」

 なんとなくだけど、この子は正直に答えてくれそうな気がする。


「ユメリが知りたいから」

 名前はユメリというらしい。


「そりゃそうだろうけど、何で知りたいのか聞きたいんだけど」

「ユメリがしりたいから」

 ……どうしたものか。

 誤魔化そうとしてるわけじゃなさそうだ。

 そう答えるしか応答の仕方がわからないといった感じ。


「俺の夢を聞いてどうするんだ?」

「どうもしない」

 即答。

 思考時間ゼロで、ユメリはキッパリと言った。


「どうもしないってのは嘘だろ。クラリスは俺に変な力を与えて人を殺したぞ」

 言葉にした瞬間、せっかく敦と南雲との会話で薄れていた嫌な気分が全身に広がった。


「ユメリはなにもしない」

 その瞳は無垢。

 何も知らなければ、俺はユメリの言うことを無条件で信じていたかもしれない。

 けど今は無理な話だ。


「それも嘘だな。何もしないなら、聞く必要なんてないだろ?」

 子供の姿をしてるからって信じることはできない。

 俺の内心を知ってか知らずか、ユメリは否定してきた。


「ユメリはなにもしない。ユメリがハルのユメをしりたいからきいただけ」

「……ちょっと待てよ。なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「おねえちゃんにきいたからしってる」

 おねえちゃんね。

 そりゃ事前に聞いてれば知ってて当然だ。

 そしてここで出てくるユメリのお姉ちゃんは、間違いなくクラリスだ。


「つまり、クラリスはユメリの姉ちゃんで、ユメリはクラリスに俺のことを聞いてここに来たと?」

「うん」

 姉とは比べ物にならないほど素直な返事。


 ユメリくらいの年齢の子供なら、中には悠長に話をする子もいるが、こいつはその逆で、どちらかということ言葉は単調で口調はたどたどしい。

 そんなもんだから訊く方としても気を遣ってやらないと、ユメリは首を傾げたまま答えず、スムーズに会話ができるとは言えない状態だった。


「つまり、クラリスが俺のところに行けって言ったんだな?」

「うん」

 要約するとそういうことだった。

 しかも、俺のところへ行けと言われた理由をこいつは聞いていない。

 完全に信じるのは無理な話だが、どんな訊き方をしても知らないの一点張りなので、こっちが根負けしてしまった。

 さらにユメリはクラリスとの連絡手段を持っていない。


 どうしたものか。

 クラリスがこいつを差し向けたのには何の意図があってのことなのか。

 俺を苦しめて楽しもうとしているのなら、早々にこいつと別れた方がいい。

 けど、逆にこいつを利用してあいつの情報を少しでも聞き出したいという思いもある


「ゆめ、ある?」

 何度目かの問い。

 少しでも会話の間が空くと、かならずユメリはこの質問をしてくる。


「またそれかよ。そんなことお前に教える気は――」

 ちょっと待て。

 クラリスのときはこの質問に答えて能力を与えられたわけだ。

 なら逆にこれを利用すれば……って、そこまで間抜けじゃないか。

 一瞬閃いた妙案を苦笑で消した。


「ゆめ、ある?」

 こいつも懲りないな。


「夢、ね。夢なら『クラリスが俺に与えた能力を消したい』ってのが今一番の願いだな」

 ダメもとと言うより、もはや投げやり。

 もともとユメリに真剣に答えるつもりもないわけだし、ここでこれを受け入れたらそれこそ笑うしかない。


「それがハルのゆめ?」

「……まあ、そうだな」

 夢というより切望だ。


「わかった。じゃあ、またあとで」

 ユメリはクルッと背を向けて歩き出した。


「えっ? ちょ、おい待てって!」

 あまりに予想外の反応をしてくれる奴だ。

 慌ててその後姿を追いかけるが――


「――なんだよ、どうなってんだ!?」

 ユメリは歩いてる。

 俺は走ってる。

 それなのに追いつけない。

 足を早めれば早めるほど距離が離れていく矛盾。

 まるで地面が伸びているような錯覚。

 気が付けば、ユメリの姿は公園の景色に溶け込むように消えていた。

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