未知の敵
「おかわり」
楼園が空の皿を突き出してくる。
「ねえよ」
普通オムライスを作ったら一人一個。
おかわりなんて用意しない。
「じゃあ作って」
「……食いすぎじゃないか?」
「誰のおかげで命拾いしたと思ってんの?」
それを言われると弱い。
「わかったよ。すぐ作るから待ってろ」
目を覚ました楼園は、親鳥が餌を持って帰るのを待ってる雛鳥のように腹を空かせていた。
作ってる間も早く食わせろとうるさくてたまらなかったくらいだ。
一応楼園にも事の説明はしたものの、クラリスのことは伏せておいた。
あいつの話をするとヴィオラのことまで説明しないといけないからだ。
俺たちを襲った影を操っている奴がいること。
そいつをユメリが追い払ってくれたこと。
これからいつ襲われるかわからないということを簡単に説明した。
それを聞いて楼園がなんと答えたか。
「そんなのそっちの事情だしわたしには関係ない」
と、見事なまでに他人顔をされた。
色々誤魔化さなくていいから楽といえば楽なんだが、きっとこいつの心はドライアイス並みに冷たいに違いない。
「帰る」
そしてきっちり昨日と同じ時間に楼園は帰っていった。
何も言わずに出て行ったけど、きっと明日も来るんだろう。
あれだけのことがあったのに怖がりもせず、なんとも肝の据わった奴だ。
そして俺は肝心のユメリから何も聞き出せていなかった。
しまいには「うるさい」と、何故かユメリがヘソを曲げる始末である。
他の子供より大人っぽいとはいえ、四歳児から色々話を聞くのは大変だと痛感した。
「……ん?」
スマホの着信音。
《おー、ウチやウチや》
ヴィオラからの電話だった。
「楼園なら今さっき帰ったぞ」
《ちゃうねん。クラリスから話聞いてな、ちょお時間できたからウチもチビッ子に話聞こう思うてん》
「ならユメリに代わるよ」
ユメリにスマホを渡す。
しばらくは「うんうん」と返事をしていたユメリだったが――
「………………」
バシッ!
何があったのか、いきなりスマホを床に叩きつけやがった。
「おいい!?」
慌てて拾う。
「みんな、うるさい」
どうやらヴィオラも俺たちと同じような質問をしてたようで、それに対しユメリが癇癪を起こしたようだ。
携帯はまだ通話状態。
「……もしもし?」
《なんや!? なにが起こった!? また襲われたんか!?》
本体を叩きつけたんだ、ヴィオラのスピーカーからはすごい音がしたんだろう。
「いや、ユメリがキレた。ずっと質問攻めにしてたから機嫌が悪いんだよ」
横目で見ると、いかにも不機嫌そうな顔をしている。
《なんやそら。そういうことは先に言っといてもらわんと困るで。そんならにぃちゃんは何か聞き出せたんか?》
「いや。俺が知ってることは全部クラリスに話したし、たぶんユメリもあんまりよく知らないと思う。俺たちが期待しすぎたかもな」
《さよか。ならええわ。それと、千種行かしとって良かったやろ?》
「……ああ、楼園には感謝してるよ。でもあいつ、襲われた時、驚くどころかむしろ好戦的だったんだけどこういう事には慣れてんの?」
《ま、色々あったんよ。女の秘密なんやからあんまり詮索すんなや》
場慣れするほど経験してるってことか。
《ほんじゃ、もうしばらく我慢したってや》
そう言い残し通話が切れた。
我慢か。
我慢してるだけで事が収まるならいくらでも我慢してやるさ。
ユメリのワガママにも、楼園の横暴な態度にも付き合ってやる。
ため息を吐き時計を見るとそろそろ夕飯の時間だ。
まだ機嫌が直らないのか、ユメリはブスッとした顔でクッションに座っていた。
「クラリスには止められてるけど、俺が食うときくらいリンゴジュース飲むか?」
「のむ」
砂漠の中のオアシスを見つけたかのような勢いで顔を輝かせた。
ほんと、こういう素直なところは可愛いんだけどなぁ。
さて、どうしよう。
キッチンに立ってみたものの、食いたいものが思い浮かばない。
ユメリはリビングで動物のバラエティ番組を見ている。
動物が好きなようで、こういう一面を見るとなんだかホッとするね。
すると急にピクッと反応して、部屋から出て行った。
トイレかと思ったが、しばらくしても戻ってくる気配が無い。
「……なにやってんの?」
廊下に出ると、ユメリは玄関の前で立っていた。
「ん」
大きな瞳が俺を見上げる。
同時にチャイムが鳴る。
「アスハきた」
姿を見てないのに誰が来たのかわかってる様子。
「こんばんは」
ドアを開けると当然のようにアスハの姿。
「あ、二人で出てきてくれたんですか? 嬉しいな」
「……あ、うん」
学校帰りにまた来るかもしれないと思ってたからアスハが来たって不思議じゃないんだが、ユメリの奴、だいぶ前から待ってたよな?
以前もドアを開けたら待っててくれたし、まるで飼い犬みたいな奴だ。
「いってぇ!!」
俺の考えが伝わったらしい、ジャンプして俺の足の上にのっかりやがった!
犬みたいと思われたのが気に入らなかったようだが、俺の痛みはユメリも共有する。
ユメリも痛そうに足をモジモジさせた。
「なにしてるのユメリちゃん!? 先輩、大丈夫ですか!?」
「お、おう、とりあえず上がってくれ。話したいこともあるし」
「はい、お邪魔します」
「これから夕飯作るところだったんだけど、アスハも食べてく?」
「いえ、あたしはもう済ませてきたので」
軽く会話しながら、俺たちはリビングへと移動した。
今日の夕食は冷やし中華にした。
ユメリにはリンゴジュースを渡して、アスハには麦茶。
「すいません、ご飯時にお邪魔しちゃって」
「俺とユメリしかいないんだから気にすることないって。それに話したいことがあるって言っただろ。あ、食いながらでいい?」
「はい」
一口麺を食う。
「敦たちの様子はどうだった?」
まずはそこだ。
ユメリが言うには、俺たちの件の前から記憶操作が行われていたようだが、今までおかしな様子は見られなかった。
「いつもと変わらない感じでした。先輩のクラスの人たちも特に何も」
俺たちが気づいたせいで変化が起こるかもと心配したものの、今のところは大丈夫とのこと。
ひとまず安心か。なら今朝の事をアスハにも話しておこう。
その前に、二口めの麺をすする。
「朝にさ、アスハを送った直後に、俺たち襲われたんだわ」
「はいっ!?」
予想通りの反応。
麺と具をかき混ぜる。
少し汁が濃かったかもしれない。
「並列空間ってとこでアンノウンとかいう変な影に襲われてさ、あ、その時は楼園も一緒だったんだけど」
一呼吸置いて麺に箸をつけようとしたら――
「先輩! 食べるのは後にしてくださいよ!」
けっこう本気で怒られた。
……食べながらでもいいって言ったのに。
真面目な話しだし、俺は箸を置いて説明することにした。
ユメリは我関せず。残り少ないリンゴジュースをちょっとずつ味わいながら飲んでいた。
「……お姉ちゃんたちでも手に負えない相手がいるなんて」
話を聞いてうつむく瞳は手元の麦茶を映していた。
「どうしてすぐに連絡をくれなかったんですか?」
「そんな余裕なかったし、昼まで動けなかったんだ。さっきまで楼園がいたしね」
「……そうでしたか。肝心な時に居てあげられなくてすみません」
それは考え過ぎだ。
「ここはクラリスたちに任せようぜ」
何か出来ることがあるなら率先してやりたいところだが、正直俺たちの出る幕はないと思う。
あるとすれば、襲われたらすぐに逃げるってことくらいか。
「……はい」
アスハの返事は暗い。
クラリスたちも危険に晒されるんだ、無理もない。
俺たちの身を案じてくれているアスハは、今日も泊まっていくと言い出した。
心強いし有難いのだが、知り合って間もない後輩の女の子と過ごすってのは、それはそれでやっぱり落ち着かなかった。




