瓜二つ
どこまでも永遠に続く並木道。
薄暗く静寂な世界は無音。
気が狂いそうなほど同じ景色が広がる世界に、二人の少女が立っていた。
「……まさか、ここに入ってくるとはね」
視線の先には、合わせ鏡のように対峙するユメリの姿。
同じ姿なのにその表情に浮かぶのは違う色。
「自分の主人に危険が迫って、ようやく動いたってわけか?」
「………………」
「気に入らねーんだよ。なんでアタシと同じ姿をしてる? おまえだけ隔離しようにもアタシの力の影響を受けない。なんでだよ? クラリスは子供を産めない。お前はどうやって生まれてきた?」
「ここ、どこ?」
相手の言葉を無視して、ユメリは周りの木々を見る。
「ああ? てめーから来ておいてどこはねーだろ?」
「ここ、ほんとうは『ない』ところ」
「ふん、どうでもいいだろ。おまえは『誰』なんだよ?」
金色の瞳がギラリと光る。
「名前は知ってる。クラリスの子供でユメリだろ? 自己紹介はいらねーけどさ、色々おかしいんだよね。おまえなんか生まれるはずがない」
「ユメリはユメリ」
「はいはい、ガキみてーなお返事ありがとう。ふざけてんなら今すぐ殺すぞ?」
「ここはげんじつじゃない。こわれてもだいじょうぶ?」
「さっきからアタシの言うこと無視してんじゃねーよ!
ああそうさ。ここは現実じゃない。アタシが創った空間だ。だからいくら壊れたって創りなおせるし、ここでおまえが死んだら誰も亡骸を迎えに来てはくれないよ」
小さな体から殺意が膨れ上がる。
「そう。それなら――」
ユメリに変化が起こる。
「こっちの姿でも問題ないよね」
ユメリの身体から薄い光が溢れ、その中で幼い姿が大人へと変化した。
年齢にして十七、八歳。
青い髪は艶やかに、整った顔立ちは母親の面影がある。
「急に出てきやがってこのクソババア! おまえのせいで色々メチャクチャになったじゃんか!」
切れ長の目を吊り上げて、クールな印象とはかけ離れた言葉使いだった。
「なるほどそれがおまえの本来の姿なのか」
「は? バカじゃない? 今も小さいときも本当のユメリの姿に決まってんじゃん。二百年も寝てたから脳ミソ腐ったんじゃないの?」
「アタシのことを知ってるみたいだね。まさかセレンの新しい人形じゃないだろうね?」
「これだから年寄りは理解が悪くて困る。ユメリは四年前にお母さんの子供として生まれた。こんなに美人でもまだ四歳児」
ふんっ、と鼻を鳴らす大きくなったユメリ。
「そんなわけねーんだよ。クラリスは子供を産めない。それにおまえが生まれたならアタシが気づかないわけがない!」
「でもお母さんはユメリを産んだ。そっちが気づかなかったのは歳取ってボケてきたからじゃないの? そろそろ山にでも籠もって隠居生活してればいーじゃん。もうババアの時代は終わりですよ」
「そうもいかないよ。アタシは生涯現役だ。
おまえの存在に興味は尽きないが、ここで消してしまえばいなかったも同じだ。うっとうしいガキにはすぐに引導をわたしてやろうかね」
金色の瞳に憎悪が宿る。
「いきがっちゃってさー。その姿でユメリに勝てると思ってんだ? いいよ? 現代の姿に戻っても。
だいたい、なんで昔の姿で出てきてんのか意味不明。ババアのやったことがユメリのせいにされるから超気に入らないんだけど!」
「その姿? なにを言っている。アタシは今も昔もずっとこの姿だ」
お互いに話が通じず、一瞬沈黙が過ぎる。
「……は? そっちこそなに言ってんの? まさか自分のやってることも覚えていられなくなっちゃった? あー可愛そう。老人ホームで養生してろクソババア」
「キャハハハハハハハ! 口の悪い娘だね。まあそれも気にすることは無くなるよ。ここで殺してやるからさあ!!」
金の瞳を血色に変え、少女の全身から殺意が膨れ上がった。
■ ■ ■ ■ ■
「――っ! あっぶねえ!」
ギリギリで避けた攻撃は俺の服を少し裂いて消えた。
「うっとおしいな!」
「あっ! ちょ――」
待てと言う前に楼園が影を殴った。
地面に沈んだ影は一度は消えるが、数を増やしてまた現れる。
楼園が我慢できなくなって影を殴るたびに増え続け、これで合計十三体。
「なにやってんだバカヤロウ! どれだけ増やせば気が済むんだよ!?」
「うっさい! 避けてるだけなのは性に合わないのよ!」
ユメリがなんとかしてくれるまで、俺はこいつらの注意を引くだけでただ攻撃を避けてるだけという作戦を提案した。
事実、ユメリの力を借りた俺でもアンノウンを殴って倒すことは可能だった。
だが奴らは倒れたら倒れただけ数を増やす。
確かに今の俺たちは特別な力がある。
しかし出来ることといえば単純な肉弾戦のみ。
それがどんなにアンノウン相手に無意味なことかすでに充分理解した。
「いいか! もう絶っ対手を出すなよ!」
「エラそうに言うな! だいたいユメリはどうしたのよ!? なんにもおこらないじゃない!」
「そんなの俺が知りてーよ!」
あれからどのくらい時間が経ったのか正直わからない。
だけどユメリは「なんとかする」って言ったんだ。
だったら俺はそれを信じて待つしかないだろ。
今の俺たちの最善手はただ攻撃を避け続けること。
逃げても無駄なのはすでに証明済み。
幸いアンノウン自体の動きは遅いし、空を裂く攻撃も直線的で比較的避けやすい。
数さえ増えなければ、そう難しいことではなかったのに――
「あー! イライラする!! こいつらいっぺんに殴ったら消えるんじゃないの!?」
「待て! 絶対そんなことするな!」
問題は楼園の気の短さだった。
この女は我慢という言葉を知らんのか?
「あっ! 水衛ヤバイ!」
楼園が突然目を見開いた。
「どうした!?」
「わたし、能力が切れ…………た」
体を抱えて倒れる彼女。
「えっ! おいっどうしたんだよ!?」
慌てて楼園に駆けよったところに――
サンッ……サンッ……サンッ
真空で斬りつけてきてるようなアンノウンの攻撃。
間一髪、楼園の体を抱えて避ける。
「…………ごめん、わたし……能力、切れた」
そういえばコイツ、三十分しか能力使えないとか言ってたな。
全身を緊張さえて楼園の顔が苦しみに歪んでいる。
たぶん痛みに耐えてるんだろうけど、こんな極端に動けなくなるのかよ。
こうなるんだったら事前にそう説明してほしいし、あまりにも急すぎる!
非常識な力のおかげで、楼園を抱えたままでも容易くアンノウンとの距離をとることができた。
一人で避けてるならいざ知らず、さすがに彼女を抱えたまま無傷でいられる自身はない。
そこに一閃が放たれるが、あいつらの動作から仕掛けてくるタイミングがわかってきてるので難なく避ける。
感覚的にだが、離れていたほうが威力が弱まるのかもしれない。
それでも当たるわけにはいかないけど、この距離を保つようにしよう。
ユメリが戻ってくる様子はないし、楼園はこのありさま。
クラリスの時と同様に、ユメリの能力も一時間しか持たないってことになるとそれこそ絶体絶命だ。
「…………ル君」
あれ?
「……ハル君!!」
俺を誰かが呼んでる。
「ハル君!」
「っえ!?」
突然視界が切り替わった。
目の前には真夜さんと、ユメリの姿。
俺は自分の家のドアの前に立っていた。
「ハル君、どうしちゃったの? 急にボーっとしちゃって?」
「……え? 俺……なんで?」
あまりの変化に思考がついていかない。
「ハルねむい」
そういってユメリだけ家の中に入ってしまった。
「寝不足なの?」
「…………あ……えーと」
楼園はどこに行った?
ついさっきまで抱えていたはずなのに彼女の姿がない。
「カナが待ってるからもう行くけど、本当に大丈夫?」
「……大丈夫です。すいません心配かけちゃって」
「ううん。何かあったら相談してね」
笑顔を残して真夜さんはドアの中へ消えた。
ふと気づけばセミの声。
これから学校や会社に行く人たちのざわめきも聞える。
不快な夏の熱気も体にまとわりついている。
まさか白昼夢でも見てたのか?
――そんなはずはない。
あんなハッキリした夢があってたまるか。
「……そうだ」
確かアンノウンの攻撃を避けたときに服が破けたんだ。
脇腹の破かれたところを確認すると――
「……どこも破れてない」
着ているシャツに目立った傷は見つからなかった。
なにがどうなってんだ?
とりあえず俺も家に戻って、ユメリに事情を聞こう。
リビングに戻ると、ソファーに横になって苦しんでる楼園の姿があった。
「楼園!」
「……っは…………ぁぐっ」
歯を食いしばり何かに耐えている。
俺の声も耳にとどいてないようだ。
「ハルも、もうちょっとでこうなる」
楼園を見ながら、いつもの調子でユメリが言った。
「俺もこうなるって、能力を使ったら痛くなるってやつか?」
「うん」
「じゃあ、楼園のこれは筋肉痛なのか?」
「うん」
マジかよ。
正直この苦しみようは筋肉痛ってレベルじゃないぞ。
「……おいおい、ウソだろ」
ユメリ越しに時計が目に入った。
時計の針はアスハを送り出してから五分も経っていない。
つまり、玄関先で真夜さんと話していたくらいの時間しか過ぎていなかった。
「ユメリ、さっきのはなんだったんだ? あの影の名前も知っていたよな?」
「おしえてもわからない」
「そう言うってことは、さっきまでの事はお前も体験してんだよな? 何がどうなってんだ?」
「なら、あとでおしえる」
「後じゃなくて――」
いま教えてくれよ、そう言おうとして口が開かなかった。
ズシリと体が重くなり、次いで全身が悲鳴を上げた。
「っカハ! あっ!」
立ってられず体が倒れる。
全身にナイフを刺されてるかのような鋭い痛みと、かろうじて呼吸ができるくらいの圧迫感。
悲鳴なんて上げる余裕は無い。
きっとこれがユメリの言ってた『痛くなる』だ。
これが筋肉痛だって? バカ言うなよ。
ギリギリと全身の肉が引き千切られそう。
こんな苦しみを味わうなら気絶してしまったほうがよほど楽だというのに、むしろ頭は冴え、凶器に化けた痛みを全身に感じる。
「イタいのはいまだけ。がまんしてればぜんぶなくなる」
ユメリが何か言った。
だが理解できない。
全神経は痛みで自我が狂わないよう働き、言葉を理解している余裕はない。
そして俺と楼園は、互いの苦痛が終わるその時まで、ただ身をかたくして苦痛に耐えるしかなかった。




