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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
45/50

天井の水滴

「じゃあ、楼園は監視じゃなくて俺たちを守る為に?」

「はい。少なくともヴィオ姉の目的は二人の監視ではありません」

 俺はさっそくアスハから楼園が来た本当の理由を聞いていた。


 自分たちの知らない能力者がユメリを襲ってくる可能性があり、護衛としてヴィオラが楼園を来させたらしい。

 正直に護衛と言うと楼園は納得しないだろうから、ヴィオラが目的を監視と置き換えて近くにいさせようとしたんじゃないかとアスハは言う。

 ユメリを守れなんて言えば当然楼園は反対するだろう。

 一緒にいさせるという意味ではどちらでもかまわない。

 それよりも、アスハたちの知らない能力者に襲われるということが気になった。


「あたしもヴィオ姉も推測の域を出ませんから絶対というわけではないですよ。でも可能性として無視はできないと思っています」

「どこにいるかもわからない奴に狙われるなんて気味が悪いな。そいつが敦たちの記憶をいじってるかもしれないんだろ?」

「そうかもしれませんし、違うかもしれません。今はまだハッキリ言えることがないんです」

 横目でユメリを見るアスハ。

 ユメリは定位置でクッションに座り、きょとんとした顔で俺たちを見ている。


「さっきからユメリのこと気にしてるみたいだけど、あいつなにかした?」

「えっ!? いえ、そういうわけじゃないんです。すいません、気にしないでください」

 話題に出てもユメリは反応なし。

 ひとまずリンゴジュースは夜までおあずけにしたから、なんだか暇そうだ。


「……うーん、カノンさんからも連絡ないし、どうしたらいいんだろうな」

「昨日の今日ですし、もう少し待ちましょう。きっとカノンさんもなんとかしてくれようとしてますよ」

 そうだといいけど。

 俺への態度からアスハほどあの人に頼るような期待は持てなかった。


 こんな話をしてれば場の空気は重くなる。

 時間はちょうど十九時になった頃。


「よし、とりあえずこの話はここまでにしとこうぜ。なあ、アスハって一人暮らしだろ? よかったらウチで飯食っていかないか?」

「え?」

「あ……それとも、ユメリみたいに食事は飲み物だけでよかったりする?」

「ふふ、あたしはちゃんとご飯食べますよ」

 話題を変えようとする意思が伝わったのか、彼女は笑って応えてくれた。


「正直に言えばそんなに必要じゃありませんけど、友達と外で食べたりしますし、味が判らないと話にも入れないじゃないですか。それに食事をしてたほうが楽しいし、あたしは普段から三食食べるようにしてます。

 ヴィオ姉も千種さんと一緒に何か食べる事があるって言ってましたし、お姉ちゃんは付き合いがありますから、それこそ外食が多いみたいですね」

 社長の仕事の一つとして会食があるという。

 いまだにクラリスの普通の顔が想像できないのは俺だけか。


「じゃあユメリだけジュースで過ごしてんの」

「今のところはそうですね。ただ小学生になる前には人並みに味を覚えさせるってお姉ちゃんが言ってました。本当は早くから食べさせたかったみたいなんですけど、極端に食わず嫌いみたいで」

「こいつ小学校行くのかよ!?」

「そりゃ行きますよ。義務教育じゃないですか」

 そうだけどさ。

 ユメリが教室で勉強してる姿が想像できないというか、学校行かせて大丈夫なのか?


「人の家庭の事情だから口は挿まないけどよ。ま、いいや。それより飯食っていくだろ?」

「はい、ご馳走になります」

「オーケー、じゃあさっそく準備しますか」

 とりあえずキッチンに移動し食材を確認する。


「あの、先輩。よければあたしもお手伝いしてもいいですか?」

「お? おお、じゃあカレー作るから野菜の皮剥いてくれる?」

「はい!」

 満面の笑顔で彼女は頷いた。


 アスハが剥いた野菜を俺が切る。

 切って鍋に入れるだけだから非常に楽だ。


「先輩は何か隠し味とか入れたりしてます?」

「隠し味というか、定番のコレかなー」

 ザルからリンゴを取って見せる。


「リンゴって定番なんですか? あたし入れませんけど」

「そうなの? じゃあアスハも何か入れたりしてる?」

「あたしは牛乳入れますよ」

「牛乳? それは初めて聞いた。じゃあ今日は牛乳入れてみようか」

「はい。今度は先輩のリンゴカレーを食べさせてくださいね」

 リンゴカレーって言うとリンゴがメインのカレーに聞えるけど。

 あ、そうだ。

 手の中のリンゴを見て閃いた。


「?」

 リビングに戻り、ユメリにそれを見せる。


「リンゴなら食うだろ?」

 リンゴジュースが好きなら、リンゴ自体も好きなはずだ。


「たべない」

「え? リンゴだぞ?」

「たべない」

「ジュースは飲むのに、これは食わないのかよ?」

「たべない」

 変な奴だな。


「ユメリちゃん、食べないって言ったでしょ?」

 キッチンに戻ると、俺たちのやり取りを見ていたアスハは苦笑していた。


「これなら絶対食べると思ったんだけどな」

「それを食べてくれるならお姉ちゃんも苦労してませんよ」

「ワガママに育てられてんじゃねーのか?」

「大企業の社長令嬢ですからね。周りの大人の人たちはどうしてもチヤホヤしちゃうんですよ。厳しくしてるのはお姉ちゃんくらいですね。カノンさんもユメリちゃんにはすごく甘いみたいですから」

 社長の娘となると厳しくできる大人は少ないか。

 しかしそう聞くとなおさらこれを食べさせたくなるわけで。


「悪い。ちょっとカレー任せる」

「え? あ、はい」

 リンゴを剥いて芯を取る。

 適当に切って、ミキサーを持ちユメリのところへ移動。


「?」

 不思議そうに見てるユメリの前でリンゴの入ったミキサーを回す。


「っ!」

 察しがついたようだ。

 ミキサーの中で即席のリンゴジュースの出来上がり。

 市販のものとは違い、透明感もないしドロっとしてるところはあるけど、狙い通りにユメリの瞳は期待に輝いていた。

 コップに移してテーブルに置く。


「どうだ? これなら飲むだろ?」

「のむ」

 ユメリがコップを掴む直前サッ取り上げる。


「いじわるするな」

「意地悪じゃない。これは夕飯のときに出してやるからそれまで待っとけ」

 よし! 狙い通りの結果だ!


「………………」

「うまくいったぜ!」

 キッチンに戻り、自信満々にブイサイン。


「……先輩、それって」

「うん?」

「結局ジュースを飲ませるのと一緒ですよね?」

「っっっ!」

 顔が熱くなるのを感じながらコップを冷蔵庫に入れた。


 カレーを作ってる間に窓の外はすっかり暗くなっていた。


「ルーが溶けきったら牛乳入れますね」

「おう」

 アスハは手伝えることがなくなっても俺の横にいた。

 ユメリは途中テレビをつけていたが、面白くなかったのか今は消してボーっと座っている。


「先輩って南雲先輩のことが好きなんですよね?」

「まあな」


 ……えっ!?


「ちょっ、ちょちょっと待て!! なんで知ってんだ!?」

 思わず普通に頷いちまったじゃないか!


「え!? そんな驚くようなことですか!?

 ……えっと、敦さんから聞いたんですけど、あんまりこの話はしないほうがよかったですか?」

「あ、いや……そういうわけじゃなくて、アスハが知ってたことに驚いただけで……敦のやつ、そんなことまで話したのか」

「もうずっと好きなんですよね? まだ告白とかしないんですか?」

「あははは……ずっと好きだってことも知ってるんだねー」

 敦の恥ずかしい話も今ここでバラしてやろうか!


「……あの、ちょっと目が怖いです」

「いや、別にアスハに怒ってるわけじゃないから。

 ……でも、まあ南雲のことは好きだけど、まだ告白するつもりはないよ。同じクラスだからフラれたらこの先気まずいし、今の関係も嫌いじゃないから」

「あー……同じクラスだと、そういうこと考えなきゃですもんね」

「そういえば今日も敦の弁当作ったの?」

 俺の問いに急にアスハは黙ってしまった。


 ここに来たときは普通だったから忘れてたけど、今朝のアスハはどうもおかしかった。

 それも合わせて訊こうと思ったのだが、彼女は今にも泣き出しそうな表情でうつむいてしまった。

 和やかだった空気が一瞬で変わる。


「どうした?」

「……いえ。今朝は調子が悪くて作れなかったんです」

 あきらかに様子が変わった彼女の言葉がウソだということは容易に判ったが、俺はあえてそれ以上なにも言わなかった。

 話せるようになったらきっとアスハのほうから話してきてくれるだろう。


■ ■ ■ ■ ■


 うーん。

 普段自分の作るカレーと、牛乳入りカレーの味の違いを探る。


「どうですか先輩?」

「……うん、ちょっとまろやかになった気がする」

 気がするだけで、明確な違いは感じない。


「ですよねー」

 笑うアスハに陰りは見えない。

 あれからすぐに気を持ち直してくれたけど、彼女は何に悩んでいるんだろう?


「ユメリちゃんも少し食べてみる?」

「いらない」

 ユメリは市販のジュースを飲んでいた。

 あれだけ期待してた手作りのリンゴジュースは、飲ませてみたらものすごく不評だったのだ。

 細かくなった果肉の食感が不快らしく、一口でいらないと言われてしまった。

 試しに俺も飲んでみたが、不味くはないけどすごく美味いわけでもなかった。

 牛乳を隠し味にしたカレーだが、正直、今まで食べてたものと違いがわからない。

 無難な感想で納得してくれたみたいだけど、もうちょっと牛乳入れたほうがよかったのかな?


「アスハ、とまっていく?」

 突然ユメリが言った。


「……え?」

「とまっていく?」

「ううん、もう少ししたら帰るよ」

「だめ」

 自分から訊いといてダメとは。


「あんまりわがまま言うなよ」

「わがままいってない」

「ごめんねユメリちゃん。急に泊まっても先輩に迷惑かけちゃうから、今日は帰るよ」

「だめ。めいわくじゃない」

 ここはお前の家かよ?


「えー……っと、どうしましょう、先輩?」

 どうしましょうって言われてもな。


「俺とユメリしかいないから、泊まりたきゃ好きにしてもらっていいけど?」

 先週まで学校帰りに遊んでそのまま泊まってく奴らもいたくらいで、誰かが泊まっていくのはよくあることだ。

 アスハは女の子だし、一応今は敦の彼女ってことになってるから、逆に俺一人だったら泊めないだろうけど。


「いっしょにおふろはいろ」

「ッ!」

 アスハの服をちょこんと掴んで見上げる仕草は、見事に計算された可愛らしさだった。


「どうしよっかなー?」

 チラッと彼女の視線が俺に向く。


「アスハがいいなら泊まっていけば? ユメリも泊まっていってほしいみたいだし、着替えくらいならあるよ」

「え? 着替えって、先輩の服?」

「いや、姉ちゃんの服」

 あの人は連絡も無しに突然来るから、姉ちゃんが自分用に選んだ部屋に何着か着替えが置いてある。


「先輩のお姉さんってこの写真の人ですか?」

 戸棚の写真たてには家族の写真が置いてある。


「うん。ここは姉ちゃんが買ったマンションだからね。着替えはもちろん、いつ帰ってきてもいいようにこまめに部屋の掃除もしてるんだぜ」

「へー、意外。先輩ってお姉さん思いなんですね」

 好感を持ってくれたようだし、そうしないと生活費が極端に減らされる事実は秘密にしておこう。


「とまっていく?」

 何度目かのユメリの催促。


「えーっと、それじゃあ今日一日だけお世話になっちゃっていいですか?」

「世話することなんてないけどな」

「ふふ。あ、でもやっぱり一回戻って着替えを持ってきます」

「アスハの家ってここから近いの?」

「いえ、歩けば片道一時間くらい掛かりますけど、跳んで行きますから十分ほどで戻ってきます」

 跳んで?


「……ああ、そう」

 意味がよくわからなかったが、とりあえず頷いておく。


「それじゃユメリちゃん、ちょっと待っててね」

「ん」

 何をするのかと見てれば、アスハはベランダの戸を開けて――


「すぐに戻ってくるので、ここのカギ開けておいてください」

 言うやいなや、彼女は空高く跳躍した。

 ……跳んでくって、そういうことね。


「さて、と」

 ちびちびリンゴジュースを飲んでるユメリを横目に、俺は夕食の後片付けを始めた。



「こんなもんかな」

 部屋の小物を軽く整理して、枕カバーとシーツを交換。

 よく考えたら、女の子を泊められるような部屋は俺の部屋しかなかった。

 リビングになんて寝かせられないし、姉ちゃんの部屋は俺以外誰も入れるなとキツく言われてる。

 残りの空き部屋は荷物置き場になっていて使えない。

 男の部屋に寝かせるのもどうかと考えたけど、ユメリも一緒だし変なところで寝かせるよりはマシだ。

 見られて困る物は全部隠したし、一晩くらい大丈夫だろ。


 二人は仲良く入浴中。

 歳の近い女の子が遊びに来たことはなく、しかも自分のとこの風呂に入ってるなんて、なんだか変な気分だった。

 やることもなくぼーっとテレビを見てたら、頭にタオルを巻いてパンツだけ穿いたユメリが出てきた。


「ユメリちゃん! まだ行かないで!」

 追いかけてきたアスハが慌ててユメリを捕まえて脱衣場に連れて行く。


「あ、先輩。お風呂ありがとうございました」

「……あ……うん」

 蒸気して火照った肌に濡れた髪。

 慌てて着たのか、着衣が乱れている。


「すいません。すぐに髪乾かしますからもうちょっと待っててください」

「……いや、ゆっくりどうぞ」

 正直、風呂上りのアスハはすごく色っぽかった。

 とっさにテレビに視線を戻して照れ隠し。

 俺の心境に気づくことなく二人は脱衣場に戻っていった。


 なんというか、風呂上りの女の子は扇情的すぎる。

 姉ちゃんの風呂上りを何度も見てるけどこんな気分にはならなかった。

 あの人はタオル一枚身体に巻いて出てくるから、扇情的ではないことはないんだけど、そのままソファーにどかっと座って、ビール片手に「うめぇー!」ってやってるから、弟の目から見ると残念な気持ちになるのだ。


 テレビに流れているのは人気のお笑い番組。

 毎週見てる番組だけど今日は全然面白いと感じない。

 それどころか内容すら頭に入ってこなかった。

 頭に浮かぶのはユメリたちのこと。

 クラリスやヴィオラのことはともかく、アスハは普通の女の子にしか見えない。

 いや、実際普通の女の子だ。


 多くの人たちは、彼女たちが近づくだけで恐怖を感じるらしい。

 そうさせない為に普段から気を遣ってるという話だが、何も非がないのに怖がられるなんて正直どんな気分なのか想像がつかない。

 簡単に同情できることじゃないけど、胸の苦しくなる話だ。


 二人が風呂からあがり、次いで俺が入る。

 誰かの後の入浴は久しぶりで、当たり前だが湿度が高かった。

 ユメリとは一緒に入ってるから、天井に水滴ができる前に上がってしまう。

 一人暮らしを始めて二年半、自宅の風呂の天井に水滴が出来てるのを見るのは初めてだった。


「ユメリのやつ、今日はちゃんと髪をまとめて入ったんだな」

 いつもの抜け毛が浮いてない。

 抜けにくいから大丈夫とか言っておきながらそれなりに抜けるのだ。

 やっぱり俺なんかより家族の言うことのほうが聞くようだ。


「ていうか、アスハはユメリの叔母さんなんだよな」

 戸籍上ではそうでも、さすがに女子高生で叔母さんというイメージは難しい。


 浴槽に身体を浸からせぼーっとする。

 心配性と言うほどじゃないけど、俺はけっこう色々考えてしまうほうだ。

 でもこの瞬間だけは頭をカラッポにすることができた。


 風呂から出ると、おやすみと挨拶を残し、ユメリとアスハは一足先に部屋に行った。

 俺はリビングで寝るので、ソファーで横になる。

 今日のお礼ということで、明日の朝食はアスハが作ってくれることになっていてちょっと楽しみだ。


「……全部、無事に解決すればいいけど」

 今さらクラリスにあの時会わなければなんて思わない。

 ただ、以前の生活に無事に戻れることを願って瞼を閉じた。

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