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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
44/50

スーパーワン公

 千種がハルの家に行っている頃、ヴィオラはモロンジュの散歩をしていた。


「そんなに急がんでも気が済むまで付き合うたるから、あんまり引っぱんなや」


 モロンジュはめいっぱいリードを引っぱっり、どんどん前に進もうとしている。

 体が小さいので力は弱いが、首輪が首に食い込んで苦しそうでもある。

 ヴィオラとしてはこんなリードで繋がなくとも自由に放してやってもいいと思うのだが、千種の言いつけだから仕方がない。


(車に()かれて死んでもうたら困るしな)

 自分だったら轢かれる前に助けられるが、散歩のときのリードに慣れさせるのも必要だろう。


「お」

 ふと視界に入った小さな公園。

 たしかこの公園でモロンジュは拾われたはずだ。


「ちょお遊んでくか?」

 モロンジュが入りたそうにしている。

 気温が高く、蝉の鳴き声も充満してうるさい場所。

 子供もいないし、ここで涼をとろうとする人間はいないだろう。

 リードを解いてやるとモロンジュは勢いよく走りだした。


 大抵の人間なら自分が捨てられた場所に負の感情を抱くのに、犬はそうでもないらしい。

 ヴィオラは適当な木製のベンチに座り子犬の姿を眺める。

 めちゃくちゃに走ったり、所々臭いを嗅いだり、砂場で穴を掘ったり実に楽しそうだ。


(千種も昔はあんなやったなぁ)

 幼い頃の千種の姿が脳裏に浮かぶ。


 初めて会ったのは十年前。

 人並み外れた霊力を感じ、気になって足を運んだ先に死人のような瞳をした子供がいた。

 その子供が千種だった。

 すでに両親は他界し、これから施設に入れられるというタイミングだった。


 この子に何故これだけの霊力があるのかはわからない。

 しかしそのせいもあり、ひどくこの子が気になって、無性に守ってやりたいと思った。


 強すぎる霊力はよくないモノを惹きつける。

 誰かが守ってやらなければ、最悪命を落としかねない。

 生まれ持っての素質なら、よくここまで無事で生きてこられたと驚いたくらいだ。

 しかし彼女の話を聞いて、確信に近い推測を持った。

 この子の力は最近になって()()()()()()()()()()()()()()


 その日から千種との生活が始まった。

 千種は施設に行くよりも、自分と暮らす道を選んだ。


 最初の一年は千種の心を癒すことだけに集中した。

 今の姿からは考えられないほど気が弱く、よく熱を出し、毎晩泣いていた。


「お父さんたちの仇をとりたい」

 幼いながらに胸にある目標は、両親を殺した者への復讐だった。

 そんなものが子供の心を支えてるなんて悲しすぎる。

 そうは思っても、否定はしなかった。


「それならウチがその願いを叶えたる。その為に必要な力も与えたる。けどな、ごっつい辛い思いもせなあかん。その覚悟はあるんか?」

 千種は迷うことなく頷いた。


 本当に復讐を誓わせたいわけじゃない。

 もし犯人を見つけたなら、自分がこの手で始末してしまおうと考えていた。

 千種に覚悟を確認したのは、その思いが千種をきっと強くすると思ったから。

 道を外れそうになったら自分が正してやればいい。

 復讐なんかよりも、もっと違う夢が持てるように育ててやればいい。

 復讐なんてものは、今を生きるための踏み台で充分だった。


 更に一年後、まだ悪夢に唸される夜は多いが、千種に笑顔が見れるようになってきた。

 一人じゃ大変だろうとクラリスが使用人を雇うように助言してくれたこともあったが、自分一人で面倒を見るときっぱり断った。


 気が弱くて寂しがりやで泣き虫だっただけに、大人になったらきっとしおらしい女性になるものだと考えていたら、なにがどうなったのか、いつの間にか強気でキツイ性格に育ってしまった。

 これはこれで悪くないと思ってるから別にいいのだが、若干世間知らずにしてしまったのは反省している。


「お?」

 昔を懐かしんでいると、モロンジュが木の棒をくわえて持ってきた。


「ウチにくれるんか? 別にこんなんいらんけどなー」

 棒を取るとじーっとそれを見ている。

 どうやらこれで遊んで欲しいようだ。


「ほれ」

 投げると猛ダッシュで追いかけて、またくわえて持ってきた。


「犬やなぁ」

 今度はさっきよりも遠くへ投げる。

 同じく楽しそうに追いかけて、また持ってきた。

 それを何度か繰り返す。


「……もうええやろ」

 犬よりも先にヴィオラが飽きてしまった。


「それよりめっちゃ汚れとるやんか」

 足や鼻の先が泥だらけ。

 あれだけ走り回って穴も掘っていればわからなくもないが、こんなに汚れていたら部屋に入れるわけにはいかない。

 小さい体を抱き上げて手で泥を叩き落としてみる。


「こんなんで落ちるわけないか。まったくしゃーないなー」

 モロンジュの顔の高さを自分の視線と合わせると、ハッハッと舌を出してジッと見返してくる。


「おまえもおっきくなったら千種を守ったらなあかんで? オスなんやし」

 愛嬌をふりまいている子犬の姿からはとても頼もしさは感じられない。

 ふむ、と一考し、あることを思いつく。


「そうやな、もしウチになんかあったときは、おまえが千種を支えたってくれや」

 モロンジュを抱えている手が白光する。

 何をされているかも分からず、子犬は尻尾をふり続けているだけ。


「今日からおまえは普通の犬ちゃうで。言うなれば……そうやな、スーパーワン公や!」

 光は次第に収まり、一見モロンジュの小さな体に変化はなかった。


「よし、そろそろ帰ろか。千種が帰ってくる前にキレイに拭いてやらなあかんしな」

 首輪にリードを繋げて、公園から出ようとしたその時、ポケットのスマホが着信を知らせる。

 ヴィオラの番号は姉妹とカノンと千種しか知らない。

 時間的に、千種が帰宅の電話をかけてきたのだろうと思いながらディスプレイを見ると、意外な名前が表示されていた。


「ようクラリス。こっちが動いても反応せえへん奴が自分から連絡してくるなんて、焦らしてくれるやん?」

 相手はずっと探していたクラリスからだった。

 一旦は腰を浮かせたベンチに座り直し、モロンジュのリードも解いてやる。

 まだ遊べるぞと言わんばかりに子犬は駆けていく。


《事情が変わったのよ。アスハが巻き込まれたこと、あなたは知ってる?》

「ああ、昨日聞いた。その様子じゃ、おおまかなことは把握してるようやな。アスハの奴、まるで自分が悪いみたいなこと言っとったで」

《……そう》

 しばらく気配が沈黙する。


「で? ウチを殺す計画は諦めたんか?」

《……さすがに判っちゃうか》

「当たり前や。それしか考えられへんし……それに、クラリスも死ぬ気やったやろ?」

《あなたのことが憎くなったりしたわけじゃないのよ。今でも大切に想ってるし、それに――》

「わかっとる、それ以上言わんでええ。アスハのことを知って目が覚めたんやろ?」

《……どうかしら。自分では常に冷静でいたつもりだけどね》

「どこが冷静やねん! 普段のお前からは考えられんほど常軌を逸しっとったわ!」

 これでもかとスピーカに怒鳴りつけるヴィオラ。


《わかったから、あんまり大声出さないでよ。耳が痛いわ》

「ふん。文句くらい言わしてもらわんとこっちの割に合わんでほんま」

 愚痴りながらもヴィオラは胸を撫で下ろしていた。

 惨事が起きる前にクラリスが正気に戻ってくれたのは不幸中の幸いとしか言いようがない。

 すでに動いてしまったユメリの能力は止めることが出来ないが、クラリスが戻ってくるとこないとでは雲泥の差だ。


「そんで? これからどないするつもりや?」

《まず、どうしてアスハが巻き込まれたのか探る必要があるわ。あの子は『絶対に巻き込まれない』ようにしてたのに、それが破られた》

 すなわち、アスハの敦への行動は百パーセントユメリの能力の影響だということ。


《ユメリの能力がハルの願いを実現させようとしてるのは間違いないはずよ》

「それは直接ユメリに聞いたんか?」

《ええ。間違いがないよう、ハルの能力を取ってあげたいってユメリの口からちゃんと聞いた。それなのにあの子の力は私の定義を破って、先の読めない動きをしている。だからまずユメリの能力が何を成そうとしているのかハッキリさせる必要があると思うの》

 それにはヴィオラも同意だが、疑問も残る。


「ハッキリさせるも何も、にぃちゃんの能力取るのにユメリの能力は動いてんのやろ?」

《そうだけど、それならあなた一人がいればいい話じゃない?》

「そもそもお前がウチを殺そうなんて考えるからややこしい話になってんで!? 確認しとくけどな、そう考えた理由も見当はついてんやろ?」

《……見当はね。都合のいい話だとは思うけど。私の意思も()()()()()()()()()()()()()

 ユメリの能力の影響下にあったということだ。


「おお、ウチも同じ意見や。行動が突拍子もなさすぎるし動機がええ加減やねん」

《なに? 動機まで読めてたの?》

「ウチがユメリの脅威やから将来のことを考えて殺しとこう思うたんやろこのドアホ!!」

《……正解。もうちょっと声を抑えてよ。

 でも今までそんなこと一度も考えたことなかった。それだけは信じて》

「せやから()()()()()()()()()()()()()んやろ……考えとうないけど、チビッ子の能力が暴走してるんとちゃうやろな?」

《……まさか。そんなことあるはずない》

 だが可能性として考えられなくもない。


 誰かにそうさせられたという仮定を推すなら、一体誰がクラリスをそうさせたのか?

 ただでさえ外部からの精神干渉の抵抗力が強いクラリスに、催眠術程度では何の効果もない。

 それこそ姉妹と同等か、それ以上の能力者でもなければ不可能な話だ。

 考えられる可能性の中で一番身近にあり有力なのが、ユメリの暴力的なほどに全てを巻き込む力だった。


《あの子がこんなこと考えるなんて思えない》

「そこまで悪意を抱くような歳でもないしな。そうすると、ウチらの知らん誰かが関わっとることになるけど、ほならや、前にウチら以外の能力者がいるかもしれへんって言うとったやん? そいつがやっとるとは考えられへんか?」

 身近に自分たちの知らない能力者がいる。

 潜んでいるのか、お互い気づかずに生活しているのかは判断できない。


《ええ、私もそれを考えてるわ。でもその話も何年も前のことでしょ? 今になってどうしてこんなことすると思う?》

「せやな。なんかこうムキになって、泉咲市を征服したる! なんて考えて、ウチらのこと邪魔になったんとちゃうか?」

《なにその子供みたいな発想? ふざけてないでちゃんと考えてよ》

「……結構マジやってんけどな」

 ちゃんと考えての発言だった。


《とにかく、そっちの線は私のほうで探ってみるから、あなたも何かわかったら教えてちょうだい》

「そう簡単に解ける問題とは思えへんけど」

《わかってる。急いで足元をすくわれるかもしれないし、慎重にいきましょう》

 スピーカーからクラリスの息をのむ気配を感じた。


「どないした?」

《……うん、あの、アスハのことなんだけど》

「おう」

《私のこと、何か言ってた?》

 自分に向けられたアスハの感情を聞くのが怖いようだ。


「おお言っとたでー。めっちゃショック受けとったし、あれは完全に泣いたな」

《…………そう、よね。それでお願いがあるんだけど、いいかしら?》

「なんや?」

《私が考えを改めたことを……アスハに伝えてくれない?》

「アホ言うなやこのドアホ! そんなん自分で伝えればええやないか! むしろそっちのほうがアスハかて安心するに決まっとるやろ!」

 何度目かの怒声。

 それに反応してモロンジュがこちらに振り向いているのが見えた。


《どう話していいのかわからないのよ。すごく傷つけちゃったもの。私が電話しても出てくれるかしら?》

「通話拒否してた奴がよう言うわ。アスハのことはウチ知らんから自分でなんとかせえよ」

《えっ!? ちょっと冷たいじゃない! 少しはフォローしてよ!》

「事情がどうであれ事の発端はクラリスなんやし、罰やと思うて謝ってこい。こんなんで済むんやから安いもんやで」

《……あの子になんて言えば》

 相当悩んでいるようだが、こればっかりは助け舟を出すつもりはなかった。


「しかし慎重に動く言うてもや、あんまりノロノロしててもいい話ちゃうし、とりあえずウチも他の能力者探してみるわ」

《……え? ええ、そうね》

「しっかりせえやほんまに。そろそろ千種も帰ってくるさかい電話切るで?」

《千種ちゃん、元気?》

「おお、元気なら溢れとるよ。今日はにぃちゃんとこ行かしたから、ユメリのことイジメてたんちゃうやろかアハハハ」

 その場面が容易く想像でき、思わず笑ってしまった。


《それ大丈夫なの!?》

「心配いらん。不思議なもんで、にぃちゃんのおかげで千種にブレーキが掛かったんよ。だからまあ、ケンカはしても物騒なことにはならんと思うで」

《……ハルが?》

「呼び方なんてどうでもええけど『適任者』言うんやろ? ウチらを怖がらんのはカノンと一緒やけど、あのにぃちゃんもどっか不思議なとこがあんな」

《そう。彼にも可哀想なことをしたわね》

「……お前、本当に能力使わせて人殺したんか?」

 一瞬の沈黙。


《……いいえ、殺してないわ》

 クラリスは否定した。


「ほな()()()()()()?」

《ええ、そうよ》

 ふぅ、とヴィオラは長いため息を吐いた。


「安心したで。これで心置きなく悪もんを探せるっちゅーもんや」

《……ごめんなさい》

「おお。謝りたいならいくらでも聞いたるわ」

《なによ、そこは優しい言葉をかけてよ》

 しばらくお互い笑い合う。


「ほんなら、ほんとに千種が帰ってくるからもう切るで」

《ええ、何かわかったら連絡するわ》

「おお、頼む」

 クラリスの異変から数日しか経っていないのに、何年かぶりに姉妹の会話をしたような懐かしさを感じた。


「さて、いっちょやったるか!」

 胸の(つか)えは取れた。

 あとは自分たちにケンカを売ってきた相手にお灸を据えてやるだけだ。

 もしその相手が居なければ、ユメリの能力がクラリスを狂わせた可能性が一段と高くなってしまうわけだが、今は考えたくなかった。


 モロンジュにリードを繋ぎ、ヴィオラは自宅へと足を向けた。

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