監視という名の 2
「もー……ユメリちゃんどうしてそんなに怒ってるの?」
「……」
不機嫌なユメリの背中を追うアスハ。
廊下に出たユメリはすぐに別の部屋に入った。
「ええ! ここ先輩の部屋!?」
部屋の雰囲気で、ここはハルの部屋だとすぐに気づくアスハ。
「ちょっ、ちょっとここはマズイよ! 別の部屋にいこうよ!」
「やだ」
「だってここ先輩の部屋でしょ!? 勝手に入ったら怒られるよ!」
「ユメリ、いつもかってにはいってる」
「……そうかもしれないけど、あたしはほら、一緒に住んでるわけじゃないし」
勝手にプライベート空間に入るのは気が引ける。
「ちぐさかえるまで、ここからでない」
「どうして? 千種さん何かしたの?」
「ユメリのじゅーすとった」
「……あー……そう、なんだ」
ユメリが不機嫌なことに納得。
千種の性格から、直接手をあげなかっただけでも可愛いほうだと思っておこう。
「えと、じゃああたしもここにいていいかな?」
「いい」
ユメリはベットに座り、アスハはフローリングの床に座ることにした。
ユメリの手にはリンゴジュースがあり、隣に瓶も置いてある。
「ねえユメリちゃん。そのジュース、先輩が飲んでいいって言ったの?」
「うん」
昨日飲ませすぎはよくないと注意したのに、ハルは聞いてなかったのだろうか?
「ハルとちぐさがのんでるから、ユメリものんでいいって」
「……あそういうこと。じゃあちゃんと一日どのくらいまで飲んでいいって決めてあるのね?」
「………………」
返事はないけどそう思ってよさそうだ。
ここで頷くと、アスハに取られるとでも思ったのだろう。
自然と部屋が静かになる。
昨晩のユメリにそっくりだった子供。
ハルはずっと家にいたと言ってるが、アスハとあの子供が会った時間帯にハルは寝ていてユメリの姿は見ていない。
アスハ自身、あれはユメリじゃないと納得してるはずなのに、姿が似てるというだけで本人に確認したい気持ちが止まらなかった。
― アタシの存在は他言無用だぞ? わかるな? 誰にも一言も洩らすなよ?
もし誰かに喋ったら、アスハを知る者たち全員を消してやる。その存在も、生きた者たちの記憶も痕跡もこの世から全て消してやる ―
――違う。
ユメリがあんな酷いこと言うわけない。
(でもどうして……あんなにユメリちゃんに似てたの?)
容姿だけではなく、着ている服も同じ。
違うのは瞳の色だけだった。
「だれかにあった?」
「えっ!?」
ユメリから不意の質問。
「きのう、だれかにあった?」
「……あ、うん、色んな人に会ったよ。ユメリちゃんもライブハウスで大人の人たちに会ったよね」
「ちがう。あつしとばいばいしてから、だれかにあった?」
「……どうして、そんなこと訊くの?」
「ユメリがしりたいから」
どう解釈するべきか。
ユメリの問いは、ほぼ答を知っていて訊いてるように思える。
それをわざわざ確かめようとする意図はなにか?
「昨日の夜、ユメリちゃんは帰ってからずっとお家にいたんだよね?」
「いた」
「じゃあ、夜はなにをしてたのかな?」
「てれび、みてた」
ハルから聞いたことと同じ答え。
でもそこから十一時までユメリの姿は誰も見ていない。
「テレビ見終わったあと、どうしたの?」
「ハルといっしょにねてた」
「見終わってすぐ?」
「うん」
怪しいところなんてない、自然な回答。
正直に話しても大丈夫だろうか?
「昨日の夜ね、ユメリちゃんにそっくり――」
「いっちゃだめ」
「えっ……?」
「いっちゃだめ」
普段どおりの声色なのに、その言葉にアスハを黙らせる圧力があった。
言ってはいけない。
あの子供のことを誰にも話してはいけない。
(そのタブーを犯そうとしたあたしを止めたの?)
つまりそれは、昨夜のことをユメリは――
「アスハ、うなずくだけでいい」
「一つだけ教えて。昨夜のこと、ユメリちゃんは知ってるの?」
「しらない」
直感だが、本当に知らないと思った。
(けどこの子は何かを感じてあたしからヒントを得ようとしている)
「わかったよ。あたしは頷くだけ。それでいい?」
「うん」
自分よりずっと小さくて幼いのに、なんだか目の前の子が頼もしく思える。
「きのう、だれかにあった?」
コクン。
「あつしとばいばいしてから?」
コクン。
「いじわる、された?」
いじわる?
直接何かをされたということだろうか?
「いじわる、いわれた?」
悩むアスハを見てユメリは質問を変えた。
意地悪というレベルではないけれど、アスハは頷いておく。
「みんなにもいじわるするって、いった?」
コクン。
質問というより、あの時の会話をなぞって確認している感じ。
「あつしとなかよしだと、いじわるされる?」
コクン。
的確すぎる質問。
だけど不思議と気味悪さは感じない。
疑問は尽きない。
しかし、少なくともあの子供と比べたらユメリから受ける印象は温かい。
「わかった」
納得したのか、ユメリはまたジュースを飲み始めた。
「……もういいの?」
「もういい」
「あの……さ。さっきの質問を聞いて、どうするのかな?」
「……」
返答なし。
アスハの経験上、ユメリが答えないものはいくらしつこく聞いても教えてくれない。
ふうっ、と緊張を解いて窓を眺める。
夏の空はまだ青く、十七時近くになってもまだまだ夕暮れの気配を感じさせなかった。
■ ■ ■ ■ ■
「ねえ、水衛」
「なんだよ?」
「ヒマなんだけど」
「じゃあ帰れよ」
「なにそれ!? わたしが何しにきてるかわかっててよくそういうことが言えるわね!」
わかってるから帰ってほしいんだが。
「だいたいな、監視の意味わかってんのかよ?」
「な、なによ。難しいこと言って誤魔化そうとしないで」
難しいことも言ってないし、誤魔化そうともしてない。
「とにかく何かないの!? こんなんじゃ一日も持たない!」
なるほど。
ヒマにさせれば早く帰るわけだ。
「残念だったな。楼園の暇つぶしになるような物は俺ん家にはないんだ」
「じゃあ、水衛がサンドバックになってよ」
「ふざけんなよコラ!」
しれっと言うあたりこの女イカれてる!
「どうしたんですか大声出して? 廊下まで聞えてきましたよ」
「あ、いや。別になんでもない」
アスハがリビングに戻ってきた。
「ユメリは?」
「先輩の部屋にいます。千種さんがいるから戻りたくないって駄々こねちゃって」
「わたしが無理やり連れてきてやろうか?」
楼園が腰を浮かす。
「そんなダメですよ! 様子をみてあたしがつれてきますから」
「『あいつ』にそんな気を使うことないのに」
「そんな呼び方可哀想です。ちゃんと名前があるんですからユメリちゃんって呼んであげてください」
「別にどう呼んだっていいでしょ」
「よくありません。名前で呼んであげてください」
「………………」
ふむ。どうやらアスハだと強く出れないみたいだな。
いい機会だし、ここは後押ししてやるか。
「楼園だって『お前』って呼ばれると嫌なんだろ? だったらユメリも名前で呼んでやれよ。じゃなきゃ、これからずっとお前って呼ぶぞ?」
「なっ!? 調子にのるなよこの野郎!」
「千種さん、相手は子供なんですから優しくしてあげませんか?」
「優しくたって……そんなのできるわけない」
楼園にとってユメリは両親の仇だ。
そう簡単に割り切れることじゃないのは俺でもわかる。
「なら名前だけでもちゃんと呼んであげませんか? 別に呼び捨てだっていいんです」
「……んん」
口ごもる楼園。
「ね? いいですよねそのくらい」
「………………………………次からね」
「はい! ありがとうございます!」
満面の笑顔で応えるアスハ。
じゃじゃ馬を大人しくさせる調教師の如く、楼園を納得させてしまった。
■ ■ ■ ■ ■
「帰る」
時計の針が十八時を少し回った頃、やることもなくぼーっとしていた楼園が突然立ち上がった。
「……おつかれ」
ようやく帰ってくれるかと思うと、嬉しくて労いの言葉でもかけてやりたくなる。
いまだにユメリは俺の部屋から出てこない。
アスハも「ユメリちゃん一人じゃ可哀想だから」という理由で俺の部屋にいる。
「明日は暇つぶしでも持ってこようかな」
「本当に毎日来るつもりかよ!?」
「当たり前でしょ。そうじゃなきゃ意味がない」
この時間で帰るならまったく意味がないと内心ツッコミつつ口には出さなかった。
「明日は学校休まないし、楼園も絶対に校内に入ってくるなよ」
「なんでよ! それじゃ監視できないじゃない!」
「絶対逃げたりしないから、来たいなら大人しくユメリと待ってろ」
学校に来られたらさらに面倒になりそうだ。
「だから『あいつ』と二人っきりになるのなんて嫌だ!」
「あれ?『あいつ』じゃなくて、ユメリって呼んでやるんじゃなかったか?」
「それはっ……別に……水衛と約束したわけじゃないし」
「でもアスハと約束してたよな。約束は守らないとな」
「あの子がいないなら今はいいでしょ!」
「後で俺が教える」
「この卑怯者!!」
ぐっ……俺はまったく悪くないのにそう強く言われると結構傷つくぞ。
「とにかく! 明日も来るから覚えてなさいよ!」
そう言い捨てると、俺が送ることなく出て行ってしまった。
「なんだか騒ぎ声が聞えましたけど、千種さん帰っちゃったんですか?」
入れ替わりにアスハが戻ってきた。
「また明日来るって言って帰ったよ。まったくいい迷惑だぜ」
「千種さん本人には自覚はないですけど、実は先輩たちを守ってくれてるんですよ」
「……そういや、楼園がなんで来てるのか知ってるみたいだな。あいつも帰ったし聞かせてくれ」
「はい。あ、その前にユメリちゃん呼んできますね」
楼園がいなくなったことを知ると、ユメリはあっさりと戻ってきた。




