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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
41/50

傍観者

「落ち着いたか?」

 コクン。

 敦の腕の中で頷くアスハ。


「そっか。よし、それじゃ少し待ってろ」

「……あ」

 離れた敦に、アスハは名残惜しそうに声を漏らす。

 そんな彼女を残し、敦は奥の部屋へ行ってしまった。


 体には彼の感触が残っている。

 泣いて気分が晴れたかといえば、そうでもない。

 暗雲は胸を覆い、不安は消えない。


 ――けど、ぐちゃぐちゃだった気持ちは整理できた。


 太陽のような彼の温もりは心も優しく包んでくれて、すごく心地よかった。

 不安は消えないけれど、それに耐えられる心の支えを貰った気がした。


「ほい。これ見てみな」

 戻ってきた敦に渡されたのは、バインダーに挟まれたルーズリーフだった。

 何枚かある全てに楽譜が手書きで書いてある。


「これは?」

「新曲だ」

「……新曲?」

 新曲はいいが、肝心の詩が一切書かれていない。


「詩はこれから書くんだ。そんで、その詩はこれから過ごすオレとアスハの日常を書く」

「えっ!?」

「だから完成は結構先になっちまうけど、半年後くらいには出来上がると思う。そしたら一番に聴かせてプレゼントするよ」

 思いもよらない発表に、嬉しすぎて声が出ない。


 そして同時に気恥ずかしい。

 自分たちの日常を詩にするとは、一体どこまで書くつもりなのだろうか。

 彼氏彼女のいる友人たちが、恥ずかしげもなくSNSで自分たちの行動を書き込んでいるが、あんな感じになるんだろうか?

 でも……嬉しすぎるから、残酷だった。


「えっ? いや、なんでそこで泣くんだよ!?」

 止まったと思った涙がまたあふれ出てきた。


「……敦、さん」

 今度は自分から彼の胸に飛び込んだ。

 半年後、アスハは敦の隣にいるかどうかわからない。

 一ヵ月後に清算される関係。

 ハルがやり直しの協力をしてくれるとは言ったが、また付き合える保障はどこにもない。


「……あたし、すごく悪い子なんです」

「お前が悪い子なら、オレは凶悪犯だな」

 大きな手が優しく頭を撫でてくれた。

 それでも気持ちは治まらなかった。


「本当は敦さん、あたしのこと好きじゃないんです。それなのに、それなのに……」

「なに言ってんだよ。好きじゃなきゃ付き合ったりしねーって。そういうところは結構しっかりしてんだぜ……って自分で言うのも変か」

 わかってる。

 この人は適当な気持ちで誰かと付き合うような人じゃないことは、きっと誰よりも自分が一番わかってる。

 それなのに……自分はそれを踏みにじった!


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 彼の胸の中にいるのに体が震える。

 ごめんなさいと謝れば謝るほど罪悪感が増していく。

 彼の優しさが嬉しい。

 彼の好意が痛い。


 いっそのことここで突き放してもらえれば楽になるのかもしれないけど、自分はそれを望まない。

 それが出来るくらいだったら、敦の傍にいたりなんかしない。

 一ヶ月間離れていればいいのだから。

 一ヵ月後に離れて、それまでの自分との記憶がなくなるとわかっていても、敦の傍に居ることを選んだのだから。


(だって、好きな人がこんなに近くにいるのに、好きな人があたしを見てくれているのに、離れることなんかできないよ)


「こんなに泣く奴だとは思わなかったぜ……でもなんつーか、好きになったら何でも良く見えるっていうか、泣き顔も可愛いよな」

 敦はアスハの顎を軽く掴んで上を向かせた。

 涙でぐちゃぐちゃで、すごく恥ずかしいけれどアスハは抵抗しなかった。


「何に苦しんで何に泣いてんのかわかんねーけど、大丈夫だ。アスハにはオレがついてる。それにオレに話せないことでも、アスハの周りには助けてくれる奴がたくさんいるじゃないか。一人一人じゃ無理かもしれないけど、きっとみんな協力してなんとかしてくれるさ。

 だから大丈夫だ。心配するのは悪いことじゃないし、泣いたっていい」

 敦の顔がゆっくり近づいてくる。

 アスハはゆっくり瞳を閉じた。


「けど、あんまり自分を責めすぎるなよ。一人で抱え込むなよ。じゃないと、オレも辛いぜ」


 瞳の奥が熱い。

 まぶたを閉じていても涙は流れ続けている。

 どんな顔をしているのかわからないけど、この人になら自分の全てを見せていいと思った。


 唇から伝わる彼の感触は、想像してたよりも柔らかくて、少し気持ちよかった。


■ ■ ■ ■ ■


「サンキューな」

「……うん」

 敦の家の前。

 繋いだ手はもうちょっとこのままにしておきたかった。


「今度はオレに送らせろよ。これじゃ立場が逆だぜ」

「……うん」

 もう暗いからと敦がアパートまで送ると申し出たのをアスハは頑として断った。

 送ってもらえるのは嬉しいし、嫌なわけじゃない。


(でもあたしを襲える人なんていないし、むしろ心配なのは敦さんのほうだ)


 敦はアスハとユメリ以外の誰かに記憶をいじられている。

 自分には感じられないが、ユメリがそう言うんだから間違いないと思っている。

 ハルの話ではこれまで変な行動は見られなかったとのこと。

 だからといってそれを知ってしまった以上放ってなんておけるわけがない。

 自分が敦を守ってあげたい。

 その気持ちが強く出て、逆に敦を送り届けてしまった。


「それじゃ、気をつけて帰れよ。なんだったら、送ってやろうか?」

「ふふ、それだとあたしが送ってきた意味がないじゃない。大丈夫だから心配しないで」

「アスハのアパートまで手繋いでられるぜ?」

「っ……」

 あたしの気持ちがわかっててそんなこと言うのはズルイ。

 魅力的な提案だけど、我慢して首を振った。


「ほんとに大丈夫だから……あ、それなら、その、明日の朝……迎えに来てもいい?」

「それならオレが迎えに行ってやろうか?」

「えっ!? あ、えとっ……どう、しようかな?」

「迷ってるくらいなら決まりな。明日迎えに行くから寝坊すんなよ?」

「……う、うん」

 思いがけないイベントを得てしまった。


(敦さんと一緒に登校……)

 クラスの友達、特にアコとツバサには絶対からかわれそうだけど、そんなの甘んじて受け入れてもいいくらい嬉しい。


「それじゃ家入るけど、ほんとに送ってかなくて大丈夫か?」

「うん、大丈夫だから」

「そか。そんじゃ明日な」

「うん、明日ね」


 敦の姿が完全に消えるまでアスハは手を振っていた。



■ ■ ■ ■ ■



 帰り道、アスハはクラリスに連絡を取ってみる。


 ツー……ツー……ツー……


 やはり呼び出し音すら鳴らない。

 これだと自分が連絡したことも伝わってないかもしれない。

 諦めてヴィオラに掛けてみる。


《おー、ウチや》

 今度はあっけなく繋がった。

 あまりにも普段通りのテンションだ。


「ヴィオ姉! さっき電話掛けたのに、どうして掛けなおしてきてくれないの!?」

《なんや、さっき掛けてきたんか? 寝てて気づかんかったわ。ほなら文句言わんとウチが出るまで掛け続けてればよかったやん?》

「そんなこと言われても、千種さんがいて出られないかもって思うじゃない。着信が残るんだからわかるでしょ?」

《あー、ウチそういうの確認せえへんからなー》

 そうだった。

 携帯を手放していた時に連絡が入ってないか確認しない人だった。


《で? どないしたん?》

「……水衛先輩から、全部聞いたよ」

 この言葉だけでヴィオラには全て通じるはずだ。


《………………なんやて》

 電話越しの気配が変わる。


「ユメリちゃんと会ったなら千種さんの気持ちはわかるよ。でもさ……ヴィオ姉がユメリちゃんを狙うだなんて、ウソ……だよね?」

 ハルの話では、ヴィオラはハッキリと自分は敵だと宣言している。

 ヴィオラが千種をとても大切にしていることは知っている。

 言葉通りの意味じゃなかったとしても、どうしてユメリを襲うような発言をするのか理解できなかった。


「ねえ、ヴィオ姉。どうして?」

《さあな、ウチにもわからん》

 苦しそうな声はウソを言ってるようには思えなかった。


「わからないって、それじゃああたしもわからないよ!?」

 でもそんなことでは納得できなかった。

 不安が膨らみすぎて胸が破裂しそうだった。


「ねえ、ヴィオ姉、どうして? お姉ちゃんもヴィオ姉もどうしちゃったの? なにがあったの?」

《クラリスのことはどこまで知っとるんや?》

 ハルに能力を付与し、その代償に人を殺したこと。

 そしてその能力を取り除く為にユメリをハルに預けたこと。


《ウチの知ってることと変わらんか……あいつのことは今調べとるところやけど、なかなかシッポを掴ません。何を考えてんのか、どこにいるのかまったくわからん状況や》

「……そうなんだ」

《それにや、ウチはにぃちゃんに宣戦布告した言うたかて、千種の気が変わったさかいちゃーんと何もせえへんでーって言うたで?》

 それも聞いている。


「それでも千種さんの気が変わったからでしょ? 気が変わってなかったらどうするつもりだったの?」

《……ええやんかそんなん。細かいこと言っとったらキリないで?》

「よくないよ! ヴィオ姉はいつもそうやって適当に考えるんだから!」

《べっ、別に適当になんか考えてへんて! ウチかてちゃーんと、チビッ子をイジメんでええようにするつもりやったんや!》

 きっと本当だろう。

 ヴィオラとてユメリのことが好きなのだから。


「でもそれなら先輩を怖がらせる必要ないじゃない! ちゃんと事情を説明して一緒に協力しようとか思わなかったの!?」

《そない言うたって口から出たもんはしゃーないやないか! あん時はどうかしてたんや。今は冷静に考えとるよ! たぶんな!》

 言い合ってはいるが、胸中でアスハは安心していた。

 言動がかみ合わないところもあるが、いつも通りのヴィオラだったからだ。


「ヴィオ姉は大丈夫なんだよね? どこも変わってないよね?」

《おお、心配せんでもクラリスみたいなことはせえへん》

「うん。また千種さんの気が変わっても、先輩に変なこと言ったらダメだからね? 信じてるからね?」

《お……おお。大丈夫や。たぶんな》

 千種を最優先とすることは変わらない。

 かなり短気な人だからまた何か言うかもしれないけれど、自分を裏切るようなことはしないだろうと思った。


 夜空を見上げれば星が輝いてる。

 もう一人の姉もどこかで同じ夜空を見てるんだろうか?


《にぃちゃんから話を聞いたっちゅーことは、アスハも『巻き込まれた』んか?》

「……うん、たぶんね」

《正直、アスハは大丈夫やと思ってた。まさかアスハまで巻き込まんやろうって思うててん》

「カノンさんも驚いてたみたい」

《カノンに会うたんか?》

 相手には見えていないとしても、アスハは首を振った。


「ううん。あたしじゃなくて、水衛先輩が偶然会ったみたいで、あたしのことを話したら驚いてたって。それでね、お姉ちゃんの考えてることと違ってきてるから、そのことをお姉ちゃんに相談してみるみたいなこと言ってたらしいよ」

《なんやて!? じゃあカノンはクラリスの居場所知ってるいうことやんか!》

「もしくは連絡手段を持ってるか、かな」

《あんのタヌキ! 今日会うた時は何も知らん言うとったのに!!》

「きっとお姉ちゃんに口止めされてるんだよ。たぶんあたしが訊きに行っても教えてくれないと思うし、どんなことでもカノンさんはお姉ちゃんを裏切ったりしない人だもん」

《そうやけど、なーんか納得いかんな》

 それを言ったら、色んなところが納得いかない。


《ま、とりあえずそれはおいといて》

 通話越しの声に若干緊張が増した。


《アスハ、おまえ『何をさせられた』んや?》

 ユメリの能力は、引き寄せた獲物が逃げられないように首輪をつける。

 肉体や精神、時には道徳すら利用する。


「…………あたし、好きな人に能力使っちゃった」

 そしてアスハは敦に能力を使わさせられたことで、精神的に逃げることが叶わない。


 ああ、ダメだ。

 あれだけ敦の胸で涙を流したのに、考えただけで、口に出しただけで瞳が熱くなる。


《あのクソッタレが》

 ギリッとヴィオラの歯を噛みしめる音が聞えた。


「でもね、あたしが悪いんだよ。力を使おうって思ったのは結局自分なんだもん」

《んなわけあるか! 百パーセントユメリの能力にやらさせられたんや! 人間関係を大切にしとるお前が好きな奴に能力使うわけがない!》


 己が欲望の為に力を使ったら、それはもう対等ではない。

 支配する者とされる者。

 その絶対的関係を築いてしまったら、とうてい『同じ気持ち』でなんて笑い合えるはずがなかった。


「……ありがと、ヴィオ姉」

 純粋にヴィオラの言葉は嬉しかった。

 もしかしたら本当に自分でやった行動かもしれないのに、それをキッパリ否定してくれたのだから。


「それに、もし自分のことがなくたってみんなのことを放っておけない。あたし、水衛先輩に協力するって決めたの」

《協力するって、あのにぃちゃん何をやろうとしてん?》

「何をっていうか、まだ何をしていいのかハッキリしてないんだけど、それでも先輩はなんとかしようとしてるから。自分のことだけじゃない、みんなのことも一生懸命考えてる。だからあたしもできるだけ力になってあげたいの。

 先輩を助けることが自分たちを救うことにも繋がると思うし……それにね、全部終わったらやり直してみないかって言ってくれたんだよ?」


《……なんの話や?》

「あたしと敦さんのこと。敦さんの記憶を元に戻したら、また付き合えるように協力してくれるって言ってくれた。おかしいよね。友達が操られたのに、普通そんなこと言わないよね。でも先輩は言ってくれたの。あたしのこと信じてくれた」

《あのにぃちゃん、どっか人と違うからな》

 ヴィオラもアスハと同じ印象をハルに抱いているようだ。


「お姉ちゃんの言葉で『適任者』でしょ? そんなつもりはないみたいだけど、あたしたちのこと全然怖がらないし、事態をすぐに受け入れてる。

 だからお姉ちゃんは先輩を選んだのかもしれないけど、あたしは先輩ですごく良かった」

《過度な期待はせえほうがええで》

「……そうだけど、他に頼れる人がいないんだもん。やっぱり少しは期待しちゃうよ」

《すまんなぁ、頼りない姉ちゃんたちで》

 その声色につい頬が緩んでしまう。


「ふふ、そんなこと思ってないよ。ヴィオ姉もお姉ちゃんも頼りにしてる……今回はいつもと違うだけだから」

《そやな。ま、早いとこクラリスの奴を止めんとな。それよりあれや、一応初めての彼氏ができたわけやんか? もう手ぐらい繋いだんか?》

「……手っていうか……さっき抱いてもらっちゃった」

《はああ!?》

 突然大きな声を出され、思わずスマホを遠ざけてしまう。


《抱かれたって! おまっ! なに言うとんねん! ちゃんと避妊したんやろな!? 子供が出来てからじゃ遅いんやぞ!!》

「は!? ヴィオ姉こそなに言ってんの!? 抱かれたってのはそういうことじゃなくて、ぎゅって抱きしめてもらったの!」

《……なんや、エッチしたんとちゃうんかい》

「エッ……そ、そそそんなわけないじゃない! あたしたち付き合ったばっかりなんだから!」

 しかも驚いて怒ってたわりに、違うとなったら残念がるのはやめてほしい。


《まーあれや、若いからって火遊びしすぎんなや》

「……火遊びって。そういうヴィオ姉は……その……経験、あるの?」

《なんの?》

「……え……エッチ、とか」

《あるわけないやん。ウチ男嫌いやねん》

 そうでした。

 この人は男の人にそういう感情は抱かない人だった。


《言うても、好きな者同士なんやしいつその気になるかわからんけど、まだ止めときや?》

「……うん、わかってる」

 敦とどんなことがあっても、一ヵ月後に彼は全て忘れてしまう。

 だからあまり深く踏み込めない。

 もし踏み込んだとしても、あとで苦しむのは自分自身。


「あとね、もう一つヴィオ姉に訊きたいことがあるの」

《なんや?》


「あたしとユメリちゃんの他に、ずっと前から先輩の周りの人たちの記憶操作をしてる人がいるみたいなの。あたしは全然わからないんだけど、ユメリちゃんがそう感じてるみたいで、それってヴィオ姉やお姉ちゃんじゃないよね?」

《違うな。もしそうだとしてもずっと前からなんておかしいやろ?》

 そうする理由もメリットもない。


「じゃあ、誰なんだろう? ヴィオ姉、あたしたち以外にそういうことができる人に心当たりない? 敦さんの記憶を安全に戻すにはその人の協力が必要だから……」

《実際に会ったことはないな。ただ結構前にクラリスがそんなこと言うとったで。どこの誰かはわからんけど、もしかしたら同じ街に能力者がいるかもしれないってな》

「……それってどのくらい前の話?」

《もう二年くらい前やったかな。だからって、向こうは何か悪さをしてるわけでもないし、ほっとこかーってことで終わったんやけどな。

 なんや、もしかしてそいつが絡んでるかもしれへんのか?》


「もしもの話だよ。お姉ちゃんが先輩にした話だと、先輩たちに『敵対する二人』が居るって言ったのね。一人はたぶんヴィオ姉に間違いないと思うけど、お姉ちゃんがあたしを巻き込まないつもりだったなら、もう一人は誰? ってことになるでしょ?」

《……せやな。ウチが最初からそう考えられてんのも気に入らんけど、もしもやで? ユメリの能力に気づいて抵抗してくるかもしれへんって考えたら、その『誰か』を頭数に入れたんとちゃうんかな?》

「あ、そうか」

 ユメリの力はそれを相手に気づかせないほど全てを包み込んでしまう。

 けれどそれを気づけるような人物なら、無理やり利用されていることに気づいて抵抗してくるかもしれない。


「じゃあもしかしたらその人が先輩やユメリちゃんを襲ってくるかもしれないわけ!?」

《考えられへん話やないな。クラリスはそれを想定してにぃちゃんに話してんのやから。

 でもこうも考えられるで。どんな奴かわからんちゅーことはや、アスハみたいに大人しい奴かもしれへんやんか? だったら説得の余地はあるよな》

「……そうだね。でも乱暴な人だったらどうしよう」

 急に不安になってきた。


《ま、そこらへんはクラリスもよう考えとるんとちゃうか? 襲われたときの対処法くらい用意しとるやろ》

「……それって、先輩の能力のことじゃないの?」


 ハルにつけられた能力は確かに強力だ。

 肉体的な面だけならアスハたちを上回るポテンシャルを秘めている。

 逃げるだけならきっと上手くいくはずだ。

 だけどそれを使うには人の命と同じくらいのエネルギーが必要で、クラリスは行使の代償にハルの大切な人の命を奪うと言っている。


《そうかもしれへんし、別の何かを用意してるのかもしれん。こればっかりはクラリスを問い詰めるしかないわな》

「……あたし、ユメリちゃんたちとできるだけ一緒にいる」

《ちょお待てや。アスハが居たかて襲って来ない保障はないんやぞ?》

「だったらなおさらほっとけないよ! あたし先輩に辛い思いしてほしくないもん!

 どうしてヴィオ姉はそんなに達観してるの? ユメリちゃんが襲われるかもしれないのに心配じゃないの?」

 つい声が大きくなってしまう。


《別に達観なんてしとらんがな。優先順位を決めとるだけや。

 それにチビッ子が襲われるんなら、もうとっくに襲われとる。あの子の力が動いて数日が経ってるっちゅーのにそれがないってことは、あちらさん気づいてへんかもしれんやないか。

 ええか? ()()()()()()()()()()んやで? それをこっちが騒いで向こうにヒントを与えたらどうするねん?》

「……そんなこと言われても」


《心配な気持ちはわかる。ウチかて心配しとらんわけやない。せやけど慎重に動かんと取り返しのつかんことになるかもしれん》

「このままユメリちゃんたちを放っておくの?」

《そうは言うとらんやろ。それにな、チビッ子に関してはクラリスが対処すると思うで。本当に危険が迫ったらチビッ子だけは守ると断言してもええ》

「……先輩は?」

《さあな、知らん》

 即答である。


「そんなっ、酷いよ!! 先輩も守ってくれなきゃ嫌だ!」

《んー……やっぱり、にぃちゃんも守ってもらえんのとちゃうやろか。たぶんな》

「あたしやっぱり先輩のところに行く」

《だから待ていうねん! じゃあアレや……そやな、うーんと……にぃちゃんのことはウチがなんとかしたるさかい、それでどやねん?》

「……ヴィオ姉が?」

《なんやねん。ウチやと不安か?》

 不安ではあるが、さすがに口には出さない。


「そうじゃないけど、素直に信じられないっていうか……」

《大丈夫やて。ホンマになんとかするさかい、安心しとき!》

「具体的にはどうするの?」

《そんなんいちいち説明してたら朝になるわ!

 とにかく、アスハもこれ以上事態が悪くならんよう大人しゅうしとるんやで?》

「……わかった。信じてるからね、ヴィオ姉」

《おお! ほんじゃ、千種が風呂から上がってきたから切るで? また何かあったら連絡せえよ》

「うん、ヴィオ姉も電話ちょうだいね」

 程なくして、通話が切れた。


 ――そして、いつからそこにいたのか、ジッと自分を見る金色の瞳と目があった。


「……ユメリ、ちゃん?」

 その姿はユメリにしか見えない。

 けど、ユメリではないとすぐにわかった。


「人間に恋をする愚か者」

 発する声もユメリそっくりだった。

 そっくりなだけで、ユメリじゃない。

 容姿が同じなのに、その姿から受ける印象がまるで違う。


「どうしたんだよ? アホヅラしてないで何か言えよ?」

 言い表せない圧力。

 声を聞くだけで体が圧迫されるようだ。


「……あなた、誰?」

 それだけ言うのがやっとだった。


「キャハハハハ! アタシにびびってんの? こんなガキにびびってたら大好きな彼氏も守れやしないよ?」

「っ!? 敦さんの記憶を操作してるのはあなたなのね!?」

「ん? アタシがそんなことするものか。なんだ、面白いことになってるみたいじゃないか。聞かせろ」

 直感した。

 目の前の誰かは敦に関わっていない。


「ほらどうした? 何も話さないならアスハの想像通りに彼氏にイタズラしちゃうよ?」

「やめて!! ……敦さんの記憶を元に戻したいのに、あたしの知らない人の介入があって戻せないの」

「クラリスかヴィオラじゃなく?」

「……違う、みたい」

 自分たちのことを知ってる?


「…………あなたは誰?」

「教えてやらないこともないけど……そうだね、さしずめ傍観者とでも名乗っておこうか」

「傍観者?」

「そう。本当なら口を出すつもりはなかったけど、いやいや、つまらないモノを見せられたら居ても立っても居れないよ。お前とあの男との慰めあいはそりゃもうイライラもんさ」

(うそ!? あのとき誰の視線も感じなかったのに見られてたはずがない!)


「アタシはお前たちより力が上なんだ、驚くことはない。しかしね、舞台がつまらないんじゃ見る価値がない。アタシはそれを言いに来たのさ。

 もう二度とあの男と馴れ合うな。お前たちは人の形をしてるだけで人間ではない。そんなものが人間に受け入れられると思うな。

 これは注意や警告じゃない。命令だ」


(見た目は小さくて声色も幼いのに……怖い)

 体が萎縮して震える。

 噛みしめてないと歯が鳴りそうだ。

 それでもアスハは勇気を振り絞った。


「ど……どうしてあなたにそんなこと言われなきゃいけないの? あたしと敦さんの事はあなたに関係ないでしょ?」

「キャハハハハハハハハハハハハハハハ! 震えながら強がってんじゃねーよ!

 アタシがイラついたって言っただろう? お前たちは役者なの。観客を愉しませなくちゃいけないの? つまんねーことしてるから命令してやってんだよ!」

 威圧感が増す。


「関係ないならお前は死ね。あの男も殺してやる。必要ない役者は舞台にいらない!」

 今度こそ恐怖で全身が固まった。

 反論することも叶わず、眼球すら動かせず、ジッとその小さな姿を見続けることしか許されない。


「そうは言ってもこれから面白くなるところだしね、今回は見逃してやる。さっきの言葉は撤回だ。喜んでよ。

 さて、用は済んだけど、一つ言いつけておこうか。アタシの存在は他言無用だよ? わかるね? 誰にも一言も洩らすなよ? もし誰かに喋ったら、お前を知る者たち全員を消してやる。その存在も、生きた者たちの記憶も痕跡もこの世から全て消してやる。

 そう怖がることじゃない。約束を守っていればいいだけ。そうだろう?

 これからの活躍を期待しているよ、アスハ」

 生きている実感を持てないアスハを残し、小さな姿は溶けるように闇に消えた。


 完全に相手の気配が消えた瞬間、全身から滝のような汗があふれ出した。

 呼吸を忘れていたからハアハアと息が荒い。

 貪るように酸素を吸いながら、アスハはしばらく動くことができなかった。

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