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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
39/50

他の誰か 2

 冷房の効いたライブハウスから出ると、ムワッと熱気が押し寄せてきた。

 夢実咲(ゆめみさき)とは違い千秋は車の通りも多い。

 そのせいか、感じる熱さもいくらか増しだ。


「それじゃ行くか」

「ん」

 この辺りは色んな会社のビルが立ち並ぶだけで、近くにコンビニや飲み物を売っている店がない。

 自販機はいくつもあるものの、缶ばかりでペットボトルでなんて売ってないわけで、表通りまで行かなければならなかった。


 ユメリの歩幅にあわせて黙々と歩いてると――


「――ッいつ!」

 予兆もなしに、突然刺すような頭痛に襲われた。


「…………え?」

 ふと目の前のビルの入り口に視線を向けたら――


 ビル入り口前の地面が、大きく陥没してるような『気がした』。

 でかい鉄球を落とした跡のようなへこみ。

 実際はそんな跡は無い。

 頭痛も一瞬で治まり、不愉快なのは茹だるような暑さだけ。

 目の前にはコンクリートで綺麗に整地された地面があるだけ。

 見間違いにしてもお粗末な錯覚だ。


「あ、ユメリちゃん。こんにちは」

「ん」

 ビルの入り口の前で立ち止まってると、中から出てきたスーツ姿の女の人がユメリにニッコリ挨拶をしてそのまま歩いていった。


「なんだ? 知り合いか?」

「うん」

 一見して普通の人に見えたけど、どんな知り合いだ?


「ユメリ様」

 俺が疑問を尋ねるより早く、また別の女の人が出てきた。

 しかもユメリの呼称が『様』って。


「気配を感じたのでもしやと思ったのですが、お帰りですか?」

「ちがう。ハルといっしょにおつかい」

 女の人の視線が俺に向く。

 クールビューティーって言葉が合いそうなその人は、瞳を伏せて俺に一礼した。


「水衛様でいらっしゃいますね。初めまして、クラリス様の秘書を務めさせていただいておりますカノンと申します」

 学生の俺に対して至極丁寧な挨拶をしてくれるカノンさん。

 クラリスが社長であることはアスハから聞いてたし、あいつに秘書がいてもおかしな話じゃないけど……

 ビル入り口横に置かれている石碑に刻まれた社名を確認すると、ホワイトミルキーウェイ本社と刻まれていた。


「ここクラリスの会社ですか!?」

 まさかの偶然。

 てことは、カノンさんの前に出てきてユメリに声を掛けた人はここの社員だったのかもしれない。


「左様です。しかしお使いとのことですが、この暑さの中ユメリ様を連れて歩くのは些か配慮が足りていないと思いますが?」

「……はい?」

 これはひょっとしなくても注意されてるのだろうか?


「水衛様はどうなろうと構いませんが、ユメリ様のお肌が焼かれでもしたらどうなさるおつもりなのですか?」

 刺すような視線。

 うわー……初対面なのにすげぇ棘のある言い方だな。


「どうするもなにも、そもそもこいつ長袖ですよね?」

 ユメリの服装は長袖のシャツに黒いコートとスカート。

 おまけに冬用としか思えない先の丸いブーツ。

 はっきり言ってこの季節には非常識な服装だが、当の本人は至って平然としていて汗一つかいていない。


「そういうことを言ってるのではありません。ユメリ様への気配りの問題を指摘しているのです」

 気配りってあんた。


「そ、それにしてもよくユメリがここにいるってわかりましたね? 気配がどうのって言ってましたけど、カノンさんも特殊な能力を持ってたりするんですか?」

 正直ユメリの扱いにどう言われようと改めなおすつもりはないので、強引に話を変えさせてもらう。


「いえ、私は一般人です。ですが少しばかりクラリス様からお力をお借りして、特定の方の気配程度は探れます」

 それを一般人とは言わないのでは?


「クラリスから力を借りてるって、じゃあカノンさんも誰かを犠牲にしたことがあるんですか!?」

 会ったばかりだけど、この人に説明は不要だ。

 この人も能力行使の代償に誰かを犠牲にしたのだろうか?


「いいえ、違います。私は水衛様のように能力そのものを頂いたわけではありません」

「そう言うってことは、クラリスの能力で人が死ぬって事を知ってるわけですよね?」

 秘書を任されるような人だ、知っていても不思議じゃない。

 ただ、殺人を犯しているクラリスに仕える人間の気が知れない。


「私はクラリス様の指示に従うまでです。水衛様にどう解釈されようが構いません」

 先読みの返事。

 俺がここでどんなに文句を言おうがまったく気にしないってことかよ。

 だが言わせてもらう。


「クラリスを止めようとは思わないんですか?」

「思いません」

「実の姉が殺人を犯してアスハが心を痛めて泣いてるってのに、それでも構わないって言うのかよ?」

「なんですって!?」

 アスハの名前に強く反応を示した。


「なぜアスハ様を知っているのですか!?」

「アスハ、のうりょくつかった」

 答えたのはユメリだった。


「ユメリ様……アスハ様が能力を使われたとはどういうことですか?」

「アスハ、あつしがすきになるように、のうりょくつかった」

「そんな!? そんなことが――!」

 予想もしてなかったのか酷く狼狽している。

 そんな彼女に構わずユメリはある方を指差した。


「ここでなにかあった」

 その場所は俺が錯覚を見たところ。

 コンクリートが砕けて大きく陥没したように見えた場所。


「……何かあったとは? いえ、それより本当にアスハ様が能力をお使いになったのですか?」

「ほんと」

「………………そんな」

 どうやらアスハが力を使うのは相当に珍しいようだ。

 だとしたらユメリの能力に巻き込まれて『能力を行使させられた』という線がさらに濃くなって来た。


「アスハ様は今どこに?」

「この近くのライブハウスに敦と一緒にいますよ。敦ってのは、アスハが好きになった奴のことで」

「存じております」

 知ってんのかよ。


「なるほど。それでお二人でお使いですか……買出し程度、水衛様一人で充分でしょうに」

 小声で言ったつもりでしょうけど、しっかり聞えてます。


「それでアスハ様のご様子はいかがですか?」

「今は落ち着いてますけど、ショック受けてましたよ。それに敦に力を使ったことで自己嫌悪してるところもあるし。

 っていうか、アスハを心配するならそれこそクラリスを止めないとなんじゃないんですか?」

「………………」

 ここでまたクラリスを庇うような言葉が出るようならどうしようもないが、それがないってことは俺の声は彼女に届いてる。

 カノンさんもクラリスが間違ってることに気づいてないわけじゃないんだ。


「あいつが何を考えて、何をしようとしてるか聞いてませんか? ユメリはクラリスの子供なんでしょ? 娘を俺みたいな男に預けてまで何をしようとしてるんですか?」

「アスハ様から聞いたのですね?」

「ええそうです。クラリスが教えなかったことを色々教えてくれました」

「……そうですか」

 諦めのような表情を見せるカノンさん。


「少しお時間をいただけないでしょうか?」

「というと?」

「クラリス様の予期された未来と現実が大幅にズレてきています。ですからそれを報告の後、ご指示を承ります」

「つまりあなたは、クラリスの居場所や考えを知ってるわけですね?」

「この情報を得たからといって、水衛様に何が出来るとも思えませんが?」

 仰るとおりですよ。


「このビルに居るんですか?」

「おりません。もし滞在されてたとしても、お会いすることはできません」

 事務的な口調でバッサリ断られた。

 まあいいさ。

 カノンさんがアスハのことを報告してくれるだけでも変化があるかもしれないしな。

 偶然会えただけでも良しとしよう。


「それじゃ、みんなを待たせてるんでもう行きます」

 なによりさっきからユメリが早く行きたそう、もとい、早くジュースを買って欲しそうにしてる。


「かしこまりました。近いうちに、水衛様のご自宅へ伺わせていただきます」

「その時はちょっとはいい話が聞けるよう期待してます」

「それではユメリ様、お困りになられた際はすぐにお呼びください」

「ん」

 あからさまに俺を無視して、カノンさんはユメリに一礼するとビルの中へと消えた。


「あの人、俺のこと嫌いなのかな?」

「すきじゃない」

 だよな。

 俺たちのこと色々知ってるみたいだけど、一方的に嫌われるのは辛いぞ。


「……行くか」

「ん」

 俺とユメリは並んで歩き始めた。


 しかしあの人は気になる事を言ってたな。

 クラリスの予期した事と現実が大きくズレてるってことは、つまり思い通りになってないってことだ。

 アスハのことに対してのあの驚きよう。

 もしかしなくても、クラリスの計画ではアスハは関係しないはずだったんじゃ?


 クラリスの考えがわからない以上、どこがどう違ってきてるのか見当もつかない。

 能力の排除を前提に俺は動かなきゃならないわけだけど、どうしたらいいのかまったくわからない。

 ライブハウスに戻ったらカノンさんのこともアスハに話しておくか。

 そういや、アスハはヴィオラとも姉妹なわけだから、連絡取ってもらって何か訊き出せるんじゃないのか?


 敦を見ただけで赤くなるんだから、本当にアイツのこと好きなんだろう。

 そう思うと、アスハは悪い子じゃないんだからこのままでもいいんじゃないかって甘い考えが浮かんでしまう。

 でもここままじゃずっと彼女は敦に負い目を感じていかなければならず、やっぱり一度関係を戻して正々堂々と付き合ったほうがいい。

 すでに俺だけの問題じゃなくなってきている。


 そもそも、クラリスが俺に能力を与えたことが始まりじゃないように思えてきている。

 始まりはもっと前なのか?

 俺の事はただの過程でしかないのか?


 答えの出ない疑問を廻らせながら、みんなの飲み物を買ってライブハウスへ戻った。


■ ■ ■ ■ ■


「……カノンさんはお姉ちゃんのこと全部知ってたんですね」

 敦が練習に戻ったタイミングを見て、さっきの事をアスハに話した。

 ユメリは買ってもらったリンゴジュースを大人しくちびちび飲んでいる。


「それにクラリスが考えてることとは違う展開になってきてるらしいんだ。アスハのこと話したらすごくびっくりしてたし」

「どういうことでしょうね? お姉ちゃんのことだから、あたしが関わることも予想してるものだと思ってましたけど。それとも、あたしを関わらせないようにしていたのにこうなっちゃったのかな……?」

 全ては推測の域を出ない。

 もどかしいことこの上ないが、こればっかりはクラリスに訊いてみないと判らないことだった。


「カノンさんはお姉ちゃんにあたしのことを話してみるって言ったんですよね?」

「ああ。それからクラリスの指示を受けるってな」

「……なら、お姉ちゃんから連絡が来るかもしれない」

 彼女の手には白いスマホが握られていた。


「先輩たちが買い物に行ってるときにお姉ちゃんの携帯に電話してみたんですね。でも通話不可になっていて連絡が取れなかったんですけど、カノンさんがあたしのことを話してくれるならきっとお姉ちゃんから電話をくれるはずです」

 妹想いの優しい姉ならそうだろう。

 だが俺の前に現れた悪魔のようなクラリスだったら、はたしてアスハを心配して連絡をしてくるだろうか?


「それとさ、ヴィオラにも電話してみてくれないかな? 俺には話さないこともアスハになら色々教えてくれるかもしれないだろ?」

「……それがヴィオ姉にも電話してみたんですけど出てくれなくて。一応コール音は鳴るので、気づいてないのか携帯をどこかに置き忘れてるかしてるのかもしれません。それか、千種さんが近くにいたら絶対に出ませんし」

「なんだ? あいつユメリの事だけじゃなくてアスハのことも楼園に内緒にしてんのかよ?」

「姉妹がいたら会わないのはおかしいでしょ? ヴィオ姉はあたしたちが会えない特別な事情を話したくなくて、千種さんには独り身で通してるんですよ」

 姉妹が会うことの出来ない特別な事情?


「なにそれ? 姉妹が会えない事情って、そんなの聞いてないぞ?」

「お姉ちゃんは先輩にこう言ったんですよね? 『顔を見合わせただけで殺したい衝動が起きる相手がいる』って」

「ああ」

「それって自分たちのことなんですよ。

 お姉ちゃんはあたしに。あたしはヴィオ姉に。ヴィオ姉はお姉ちゃんとユメリちゃんにその衝動を抱きます。

 だから学校で先輩からお姉ちゃんの話を聞いたとき、この件にはあたしも含まれてるんだって思ってましたけど、カノンさんの反応だとそうじゃなかったみたいですね」

 まてまてまてまて。


「じゃあ、あの時クラリスが言ってた『敵対する二人』って……」

「あたしとヴィオ姉のことを指してたんだと思ってました。二人のうち、ヴィオ姉は確定しても間違いはないと思います。事実、ヴィオ姉も千種さんの事情を優先してユメリちゃんを襲うような発言をしてますからね。

 カノンさんの反応をそのまま受け取れば、もう一人はあたしじゃない可能性が高いんですが」

「アスハじゃないとしたら、誰なんだ?」

「わかりません。もしかしたらお姉ちゃんはあたしたち以外の能力者を知っているのかも……」

「仮にそうだとして、ユメリが危険だとわかってて俺に預ける理由がわからねーよな」

「……はい」


 わからないものは、いくら推測を立てようが結局わからないままだ。

 それでも一つ可能性として捉えられるべきことがある。

 それは、クラリスの言う二人の内もう一人がアスハじゃなかったとしたら、敦に能力を使ってる奴が候補に挙がるからだ。


「お姉ちゃんなら、敦さんのこともなんとかできるかもしれない」

 アスハも同じ事を考えていたのか、呟きながらその瞳で敦を捉えていた。


「とりあえずのとこは、カノンさんかクラリスの反応待ちってところだな」

「そうですね。もしかしたらヴィオ姉が先に連絡をくれるかもしれませんし、何かわかったらすぐに先輩にも報告しますね」

「ああ、頼むよ」


 それから特に会話も無く、俺はただぼーっとした時間を過ごし、アスハは熱心に、時おり嬉しそうな悲鳴を上げながら敦の練習姿を見ていた。

 お似合いかどうかはまだよくわからないが、二人が悲しむような事にだけはなってほしくないと強く思う。


 十七時頃になってようやくバンドの練習が終わった。

 アスハはまだ残る敦と一緒に帰るということで、俺とユメリは一足先に帰ることにした。

 敦のやつ、ほんとにどういうつもりで俺を呼んだんだよ……?

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