他の誰か
「……あたしたちだけじゃできないってどういうこと?」
嫌な空気が流れる。
ユメリは協力しないと言ったわけじゃない。
むしろそれ以上に胸がざわつくことを言った。
アスハも同じ気持ちなのか、顔を強張らせてユメリを見ていた。
「ねえ、冗談だよね? ジュースのこと注意したからイジワルしてるだけだよね?」
ユメリは嘘は言わない。
それがわかっているから、機嫌が悪いと解釈して冗談であってほしかった。
「いじわるしてない」
顔色一つ変えずに淡々と答える。
ユメリと同じ目線に屈むと、大きな瞳がジッと俺を捉えた。
「つまりこういうことか? アスハやお前以外にも敦たちを操ってる奴がいると?」
「ハル、いじわるするからおしえない」
おい。
変なとこでヘソ曲げてんじゃねーよ。
「いま大事な話をしてんだろ。ちゃんと教えてくれよ」
「………………」
無視。
「わかったよ。じゃあ今日だけは好きなだけ飲んでいいから」
「きょうだけじゃヤダ」
「あんまりワガママ言うと、もう買ってきてやらねーぞ?」
「!」
「どうするんだ?」
「わがままいわない」
面倒だが、一応言うことを聞いてくれたってことでよしよしと頭を撫でてやる。
「ユメリちゃん、あたしには他の誰かの力は感じられないんだけど、もしかしてお姉ちゃんなのかな?」
「ちがう」
「じゃあヴィオ姉?」
「ちがう」
俺はこいつら以外の能力者を知らない。
この町には他にも何者かが潜んでいるのだろうか?
「その人は誰? ユメリちゃんの知ってる人?」
「しならないひと」
「顔はわかる?」
「わからない」
力の行使がされてることだけ判るようだ。
「なあアスハ。クラリスは自分たちみたいな奴が他にもいるみたいなこと言ってたけど、実際のところどうなんだ? お前ら姉妹以外にこの町で力を使える奴はいるのか?」
「……わかりません。お姉ちゃんも実際に会ったことはないでしょうし、自分たちの例がありますから居ないと決め付けるより、居ると考えていたほうが自然だとは思いますけど」
可能性の域は出ないわけか。
しかしユメリがこう言ってる以上、こいつらの他にも能力者がいるんだろう。
「そいつは敦以外にも力を使ってるのか?」
「つかってる」
「何をやらせようとしてるかわかる?」
「わからない」
関与はハッキリわかってるけど、動機や目的がわからない。
気味の悪い話だ。
「まさかずっと前から操られてたとか言わないよな?」
さすがにそれは無いだろうと思って尋ねたのに――
「ずっとまえからあやつられてた」
躊躇なくユメリは肯定した。
「うそっ!?」
俺とアスハは顔を見合わせ、お互い信じられないと驚いた。
「ずっと前からっていつから!? いつからなのユメリちゃん!?」
「しらない」
「知らないってそんな!」
「落ち着け。ユメリに突っかかってもしょうがないだろ」
ユメリに掴みかかったアスハを制して落ち着かせる。
気持ちはわからなくないが、ユメリは有りのままを答えてるだけで俺たちが熱くなっても問題は解決しない。
「……先輩、どういうことなんですか? どうして敦さんがそんなことに巻き込まれてるんですか?」
「俺に訊かれたってわかるわけないだろ。問題は誰がどうしてそんなことをしてるかってことだ。
俺が知る限りじゃ敦に変なところは見られないし、アスハのほうでもあいつが普通じゃないところとかわからないのかよ?」
「知ってたらこんなに驚いてませんよ」
だよな。
「先輩。あたし敦さんに会いたい。意識して探ればもしかしたら何かわかるかもしれないし」
「そうだな。ちょうど約束もあるし、すぐに出よう」
ユメリは無垢な瞳でジッと俺を見ている。
「お前も一緒に行くか?」
こいつなら何かわかるかもしれないし、連れて行ったほうが良さそうな気がする。
「いく」
頷くのを見てからアスハに確認をとる。
「連れて行っても大丈夫だと思います。もし何かあったとしてもあたしが守ります」
彼女の言葉は今の俺にとって心強い。
俺たちは頷きあい、すぐに行動を始めた。
■ ■ ■ ■ ■
敦が待ち合わせに指定した場所は、あいつのバンドがよく使うライブハウスだった。
地下に作られたスペースで明かりはライトのみ。
千秋まで移動しなければならないし、誘われでもしなければ絶対に来ない場所だ。
壁全体がコンクリートむき出しで薄暗い空間。
初見で慣れない人には、無意味に恐怖心を抱かせる嫌いがある。
アスハも例に漏れず、おっかなびっくり俺の背中に隠れるようについて来ている。
逆にユメリはいつものマイペース。
怖がってる様子はないが、キョロキョロと瞳を動かしてるだけあって興味は持ったようだ。
さて、敦の奴はどこにいるんだ?
ライブハウスに来てるのは俺たちだけじゃなかった。
三十代くらいの四人の女性が一角に陣とって話をしている。
もちろんあの人たちはバンドメンバーではなく、メンバーの知り合いだったり奥さんたちだ。
俺も何度か見学に来てたこともあって、名前は知らないけど顔だけ知ってる人が数人いた。
「……あの、先輩。なんだかあの人たちあたしたちのこと気にしてませんか?」
「そりゃするだろ。まだ昼過ぎだし、この時間に女子高生が来てりゃな」
ちなみに俺は私服に着替えている。
「えっ!? やだ先輩! 言ってくれれば着替えてきたのに! 敦さんに迷惑かけたりしてないでしょうか!?」
「いや……そもそも敦も高校生だし。それにここに来る人たちは学校サボッたからってうるさく注意してきたりしないよ」
もしそんな人がいたら敦も誘いはしなかっただろう。
「あれ!? お前らもう来たのかよ!」
何に使うかわからないデカイ機材を抱えた敦が奥のほうから出てきた。
こいつも制服ではなく私服に着替えていた。
「あ、あの……えっと」
どんだけ惚れてるのか、敦を見た瞬間アスハの頬に赤みが増す。
「もう来たのかよって、呼んだのはお前だろ?」
「そうだけどよ。放課後って言わなかった? さすがにすぐ来いとは誘ってないぜ」
「敦さんに早く会いたくて、すぐ来ちゃいました」
もじもじとアスハ。
敦が他の誰かに力を使われていると知ったからすぐに来たわけだけど、それ以上の感情が彼女の言葉に多分に混ざっていた。
「マジで? それなら文句はないぜ」
こいつもまんざらでもない様子。
「イチャつきたいなら他所でやってくれ」
「そっ、そんなぁ! このくらいいいじゃないですか!?」
「そうだぜ。あんまりひがむなよ」
……こいつら、平気で人前でキスとかするタイプだ。
「お、ユメリも来てくれたのか」
「ん」
敦の注意がユメリに向いた隙を狙って、アスハに小声で話しかける。
「で、どうなんだ? 他のやつの力を感じたりしないか?」
「……それが、まったく何も感じません。それにあたしが能力を使ったときに感じたのはユメリちゃんの力だけでしたから、その時点で他に何かしらの抵抗を感じなかったってことは、他の誰かが関与してるとは普通なら考えにくいんですけど……」
難しい表情をするアスハ。
「じゃあ、ユメリの勘違いってことか?」
「あたしよりも強い力を持ってますから、あたしの感じられないような事でも拾うことができたのかもしれません。それにユメリちゃんは確信して教えてくれてるんだと思います。もし不確かだったら、もうちょっと曖昧な言葉になると思いませんか?」
ユメリは自分とアスハだけじゃみんなの記憶を元に戻せないとハッキリ言った。
誰がどんなことをしているのかわからないが、『誰か』が能力を使ってることだけは確実なこととして発言してるように俺も感じた。
「お? どうした二人とも。なんか暗いぜ?」
「このくそ暑い中来たんだから元気なわけないだろ。冷たい飲み物でもないのかよ?」
すぐに誤魔化す。
話してもわからないだろうし、余計な心配は掛けたくなかった。
「んー、飲み物ね。ちょうどいいから何か買ってきてくれよ」
「は?」
「今切らしててさ、後でみんなの分まとめて買ってくるつもりだったんだけどまだやることあるし、ここは暇そうなハルに頼もうじゃないか。金は大人が奢ってくれるらしいから好きなの適当に買ってきてくれ」
言いながら紙幣を俺に渡してきた。
「お前が頼まれたんならお前が行けよ!」
「だからオレは忙しいの。アスハは何がいい?」
俺の文句を無視してアスハの希望を聞いている。
「えっ? あ、えーと……なんでもいいです」
「オレもなんでもいいんだけどよ、とりあえず炭酸系のペットボトルを二本は買ってきてくれ」
「……りょーかい」
ここにいても暇なだけだし、奢ってもらえるなら買出しくらいどうってことないが、何か釈然としないな。
「あたしも手伝います」
「いやいいよ。一人でも運べるし、敦と一緒にいたいだろ?」
「……はい。いたいです」
素直すぎる。
もうちょっと誤魔化してくれないと、訊いたこっちが恥ずかしくなる。
「ユメリもここにいるか?」
「ハルといっしょにいく」
「美味いリンゴジュースでも買ってもらえ」
「ん」
敦の言葉に大きく頷くユメリ。
与え過ぎは良くないって注意されたばかりだけど、こいつばかり買わないのも可哀想だし大目にみてやるか。
「それじゃ、ちょっくら行ってくるよ」
「おー、よろしく」
二人の視線を背中にうけ、ユメリを連れて再び暑い日差しの下へと向かった。




