アンノウン
炎天下の午後二時。
千秋の中心街に位置する一棟のオフィスビル。
その室内にヴィオラの姿はあった。
「直接おいでにならなくとも、お呼びいただければこちらから出向いたのですが」
白いシャツに黒いタイトスカート。
艶やかなミディアムストレートの黒髪。
訪れたヴィオラにカノンが対応していた。
「いや、今日はカノンに用はないねん。ちょおクラリスの部屋見せてもらえんかな?」
「クラリス様の……ですか?」
「せや。最近のクラリスがらしくないのは気づいてるやろ? それとも、カノンは何か知ってんやろか?」
「何も存じておりません」
「ま、そう言うわな」
カノンがクラリスの情報を与えてくれないのは訊くまでもなくわかっていた。
クラリスの行動目的も居場所も絶対に知っているはずだ。
それがわかっていて追求しないのは、彼女がクラリスに絶対服従しているからだった。
主に死ねと命令されれば迷わず命を絶つくらいのことはやるであろうカノンに、口止めされているクラリスの内情を吐かさせるのは無理だ。
ヴィオラやアスハ、ユメリの言うことも分け隔てなく聞いてくれるが、彼女にとって彼女の主であるクラリスは別格の存在なのだ。
「お部屋に入られるだけでしたら問題ありませんが、留守を預かる身として私もご一緒させていただきます。よろしいですか?」
「嫌や言うてもついて来るんやろ?」
無言で肯定。
ヴィオラがそれ以上の反論してこないことを了承とみなし、カノンは応接間を出てクラリスの部屋へと足を進めた。
クラリスの住まいは自身の設立した会社の本社ビル最上階にある。
女性向け商品開発で世界規模の販売を展開しているクラリスの資産は富豪と称しても過言ではなく、姉妹の生活費は全てそこからまかなわれていた。
「自室に行くのにエレベーター乗らなあかんなんて不便やなぁ」
自分の部屋もアパートの二階にあり階段を使わないと上がれない。
しかしヴィオラは軽く跳躍してベランダに飛び移っているので、エレベーターで上らなければならないのが不便に思えるようだ。
「クラリス様のお部屋で何をなさるおつもりですか?」
「何を探したらいいのかを見つける為に部屋を探すとでも言うとこか」
「探し物ですか。恐らく、ヴィオラ様の期待されている物はないかと」
正面に視線をとどめたままのカノン
「よく言うでほんま」
こうもストレートに行っても無駄だと投げられたら苦笑するしかない。
もちろんそんなことは百も承知で来ている身だ、収穫がなくたって構わない。
なにせ相手は自分より頭が切れる。簡単に動向が掴めるはずがない。
もしかしたら何かあるかもしれない、という可能性を潰すための行動なのだ。
エレベーターから降り、さらに廊下を歩いて社長室に入る。
隣に続くドアを開ければクラリスの部屋だった。
「生意気な部屋に住みよって」
派手な嫌味さはないが、高価そうな家具。
広さはもとより、質感からしてヴィオラたちの住居とは別格な部屋。
カノンは入り口の脇にジッと立ち、それ以上入ってくるつもりはないようだ。
「そんじゃ、ちょお部屋ん中調べさせてもらおか」
と言ってもどこから見ればいいものか。
仮に一度も帰宅してなくとも、部屋にはまだ生活感が残っていた。
ベッドメイクがされており、シーツにはシワ一つない。
「クラリスのベッドはいつもこない綺麗なん?」
「私がベッドメイクをさせていただいております」
「毎日しとるんか?」
「はい」
「それを最後にしたのは?」
「先週の水曜の夕刻頃です」
ヴィオラの前にクラリスが不意に姿を表したのは先週の火曜。
「ちょお待てや。この前電話したとき、確か月曜からクラリスの姿は見てない言うとったよな? その間誰がベッドを……って、ユメリがおったな」
「はい。水衛様のところへ行かれるまで、ユメリ様がご使用されていました」
クラリスが動き出した翌日には、ユメリをハルのところへ行かせていたようだ。
部屋の一角に数枚の写真立てが並べられていた。
その中の数枚は見覚えがある。
全ての写真に姉妹が写っていた。
もちろんヴィオラが写っている物もある。
一緒に撮ることが叶わないため、一枚の写真に一人。
一枚ずつ写真立てに入れられ寄り添うように置かれている。
直接会えば凶暴な殺意が生まれてしまうせいでお互いの姿はこうして間接的にしか確認できない。
千種がいるので飾ってはいないものの、ヴィオラも姉妹の写真は大切に持っている。
特に多いのはユメリの写真だろうか。
赤ん坊の頃から現在の姿まで成長がわかるように飾られていた。
アスハの最近の写真は制服を着ていた。
「今年の卒業式やな」
中学校の卒業式に撮ったもの。
友達と三人で肩を並べて笑顔を輝かせている。
もちろんヴィオラもこの写真は受け取っていた。
写真を好まないせいで、催促された時以外撮らないヴィオラのものは少ないが、それでも送ったものはちゃんと飾られている。
中には千種と一緒に写ってるものもあった。
この一角には幸せが満ちていた。
一緒にいることができなくても、顔を合わせることができなくても、こうしてお互いの今を確認し合って笑っていられることができる。
写真の中の姉妹は同じフレームに入れなくとも、幸せそうに照れくさそうに笑っていた。
「その一角だけは毎日クラリス様が掃除をなさっております」
写真を見ているヴィオラの背中にカノンが声を掛ける。
「……」
少し驚き、ヴィオラは振り返った。
意外。
まさかここでカノンがヒントをくれるとは思っていなかった。
「そんなこと言うてええんか? クラリスに口止めされてんとちゃうん?」
「問題ありません」
口止めされていることを隠そうともしない。
ヴィオラに口止めを気づかれないわけがない。
禁句を犯さなければいい話だとでも思っているのだろう。
そしてカノンの言葉はヴィオラが求めている答えを提示するものでもあった。
限りなく答に近いヒント。
「……毎日、掃除をなぁ」
それだけ写真を大切にしている証拠。
そしてそこに写るのは自分たち姉妹だ。
「ハッキリ言うで。あいつはウチを殺そうとしとる。そんで、自分も死ぬつもりや」
カノンは応えない。
「チビッ子を想うてのことなんやろな。その気がなくともウチはチビッ子にとって危険人物や。偶然会うてウチの理性がトンでもうたらチビッ子に自分を守る術はない。アウトや」
赤ん坊のユメリの写真を手に取り眺める。
こうして写真を見るだけなら問題はない。
しかし直接相手を見ると膨れ上がる殺意。
なぜそうなってしまうのか、自分たちでもわからない。
「ウチに母親の気持ちなんてわからんけど、危惧したくなる心境はわかる」
自分とて千種に害を成す可能性があるのなら、相手がいくら好意的でも警戒するだろう。
「けど自分から調和を乱してまで動くほどクラリスも馬鹿やない。ウチが危険人物なんは変わらんけど、チビッ子と偶然会うなんて確率的に低いしな」
お互いの気配がわかるため、もしユメリのほうから無用心に近づいて来ても、接触する前にヴィオラが離れればいいだけだ。
ヴィオラだってユメリのことを大切にしたいのだ。
そのことはクラリスも当然知っている。
「せやのに今のクラリスはなんや? 急に人が変わったようにメチャクチャしよって、カノンやてチビッ子がどこぞの馬の骨かもわからん人間に預けられんのは嫌やろ?」
「それに関しては同意します」
頷くカノン。
水衛ハルという男の情報は得ていて接触は禁止されていない。
いつでもユメリの様子を見に行くことも出来る。
しかしだからと言って子供にユメリを預けるのは不満だった。
事情があるとはいえ、ユメリの世話は自分が適任であるとカノンは考えていた。
「けどまぁ、ここにきてなんとなくわかったで。クラリスは今でもみんなを大切にしとる」
「何か思われることがおありで?」
「ふん、とぼけおって。さっきの情報、あいつの行動に矛盾があるから投げてきたんとちゃうんか?」
「そんなつもりはありません」
みえみえな嘘にヴィオラは苦笑する。
カノンだって姉妹の身を案じているのだ。
それがわかっているから文句の付けようもない。
「つまりや、クラリスはウチらを大切に想うとるくせに、姉妹全員が苦しむ結果にしかならないことをしとる。ウチを殺して自分も死んで、残ったアスハとユメリがどんな思いをするのか想像も容易なはずなのに強行に及んどるわけや」
ハルに能力を植え付け、それを消させる為にユメリの能力を発動させた時点でもう後戻りは出来なくなっている。
いや、クラリスが後戻り出来ないように仕組んだのだ。
「それ相応の理由があるなら納得もできるで? 例えばずっと前からウチらを怨んどって、我慢の限界がきたとかな。でもそんなんちゃうやろ? あいつの変化は突拍子もなさすぎる。クラリスのことや、ちゃーんと事後処理のこともカノンに指示してあるんやろ?」
「……」
応えはないがヴィオラは気にしなかった。
クラリスが死ぬつもりだと推測したとき、カノンの反応が皆無だったのを見て彼女は事後の責任を任されていると確信したのだ。
いくらカノンとて主人が死ぬつもりだと聞いて動揺しないはずがない。
それなのに平然としてるのには、すでに全容を聞かされているとしか考えられないからだ。
「どや? ズバリ的中やろ?」
「……」
カノンは応えない。
だがヴィオラを捉える強い瞳がすでに肯定を示していた。
「これはクラリス自信が考えてやってることや。行動のツケもあいつはちゃんと理解しとる。せやけど思うねん。クラリスは自分の意思で行動していないってな」
「……え?」
さすがにカノンは混乱した。
「……謎かけのおつもりですか?」
「いや、言葉通りの意味や。筋が通らんのはわかっとる。けどそうとしか考えられへん」
「私にはヴィオラ様のお考えがわかりかねます」
「せやろな。ウチかてそんなこと言われて納得できるか微妙なところやし。ただな、状況は違うとるけどウチの言うた事を実際にウチとクラリスとアスハは経験してんねん」
本人の意思での行動が、実は仕組まれたものだというもの。
それを姉妹は経験済みだという。
「他者の介入があるとでも?」
「介入なんて優しいもんやないで。洗脳や。いつどこで何をされたかなんてサッパリわからん。自分の意思で動いてると疑いもせんから、事が終わっても大抵気づかへん」
「……そんなこと。ご姉妹を洗脳することができる者がいるとは考えられません」
「すぐ近くにおるやないか。クラリスから聞いたことあるやろ、チビッ子の力を」
その言葉にカノンはショックを覚えた。
「まさかユメリ様を疑っておいでですか!? いくらヴィオラ様でも聞き捨てなりません!」
「誰もチビッ子が今回のことを仕組んだなんて言うてないやろ。ただ例に挙げただけやないか」
社長秘書としてではなく、クラリスという存在に仕える身として、カノンも姉妹がどんな能力を持っているかは教えられている。
ユメリだけがずば抜けた特異な力を持っているのかも。
確かにユメリの能力を持ってすればクラリスの変化も説明はつく。
しかしそんなことをあの子が考えるはずがない、と強く思う。
「チビッ子もクラリスの能力を消す要員に使われとるんや、あの子がやってることやない。ウチが言いたいのは、ユメリ並の力があればクラリスを容易に操れるいうことや」
つまりそれだけの力を持った実態のわからない者がいるということ。
現段階では可能性でしかないが、ヴィオラは確信を持っているようだ。
「誰がこんなことを?」
「それをこれから調べる。調子のったことしてくれよって、見つけたらタダじゃ済まさへんで」
「ヴィオラ様はすでに確信をもっていられるのですね」
「当たり前や。あのお人好しが自分からこんなことするとは思わんからな」
「…………」
少しだけ、カノンの表情が和らいだ。
「どしたん?」
「やはりご姉妹はどんなときでも信頼を欠かさないものだと痛感しておりました」
「なんや……こそばゆい言い方する奴やな」
「素直に感動しているだけです」
「そんならクラリスが言うてたこともウチに教える気になったんかなぁ?」
「さてなんのことやら」
それとこれとは話は別。
主人の言いつけを破るようなことはしない。
「生真面目な奴やなぁ。まあええわ」
「お帰りですか?」
「ああ、もう帰る。とりあえずの目処は立ったからな」
「目処は立った、とおっしゃいましたが仮定の域を出ないのでは?」
「それでもええねん。クラリスの心がどこにあるか知れただけでも儲けもんや」
「もし、今回の件についてクラリス様が本心で動かれているとしたら、どうなさるおつもりで?」
「………………そん時は、許さへん」
「そうですか」
「まさかホンマにそうやとでも言うつもりか?」
「そんなつもりはございません。失礼をお許しください」
「ふん。その可能性も捨てきれんからな。参考までに留めとくわ」
もう用は無いと言うように、ヴィオラは部屋を出てエレベーターへと向かった。
「そんじゃ、クラリスによろしゅう」
カノンの一礼に片手を上げて応えビルを出る。
空調の効いた室内から一歩出れば、夏の熱気が全身に纏わりつく。
ヴィオラたちにとって夏や冬程度の気温の変化はさして問題にはならないのだが、昔に比べて最近の夏は暑いなとは思っている。
「次は――」
思いつく限りクラリスの隠れそうな場所を探してみよう、と考えた瞬間――
- 無駄ナ詮索ヲ行ウ必要ハ無イ -
自然の熱気は不快な大気に変わり、羽虫が音を立てているような心底耳障りな声が響く。
「いや、ホンマわかりやすくて助かるわ」
周囲の変化に対し、不敵に笑うヴィオラ。
居るであろうと仮定していた黒幕が向こうのほうから出てきてくれたのだ。
- 無駄ナ詮索ヲ行ウ必要ハ無イ -
機械のように繰り返す声。
気づけば通行人たちの姿は一切消えている。
周りが消えたと言うより、自分が周りから消されたのだろう。
「で、何の用なん? 警告のつもりなんやろうけどそんなの聞かんで? ウチにモノを言うんやったら力ずくで聞かせたほうがええよ」
挑発する。
声だけではダメだ。
その姿を確認し、あわよくばこの場で捕らえたい。
……ぼとん。
ヴィオラの前に闇が落ち、その中からズブズブと影が生えて立ちはだかった。
一見人の形をしているそれは、あきらかに人ではない。
黒い煙を無理やり固めたような人形。
血のような模様が不規則に全身を這いずり回っている。
「チッ、雑魚か」
目前の影には知性の欠片も見受けられない。
つまり使い捨ての道具と同様。
様子を見る為に影を使ったのだろうが、ヴィオラとしてはさっさと本命を捕まえたいところだった。
ヴィオラの反応を伺う様子もなく、突然影が動いた。
異変を感じ咄嗟に身を翻す。
瞬間、ヴィオラの立っていたコンクリートの地面が巨大な鉄球が落ちてきたかのようにベコリとへこんだ。
「……っ!」
影を睨む。
恐らく自分の見立ては正しい。
コイツは自分が探している者ではなく使役されてる雑魚。
だが雑魚と侮っていたら命を落とす。
「ちっ!」
すぐにヴィオラは疾走した。
周りの人間が消えたおかげで被害が広がらないのはいいが、ここはクラリスのビルの前。
創造された結界内ならば何が壊れても現実には影響はないが、そうでなければ暴れて建物を破壊するわけにはいかない。
後方を確認すると影もしっかり追いかけてきている。
(けどなんやアイツ? あない化け物みたいなのがおってええんか?)
事実目の前に現れたのだから否定のしようがないものの、やはり初めて見る奇怪な存在に疑問を抱かざるおえない。
- コノママ逃ゲルノナラ 追イハシナイ -
ッッ!?
「誰が逃げてるて?」
声に挑発されたのではない。
追ってきてもらわないと困るのだ。
「おい! 隠れてへんで出てこいや! こない人形で脅しとるつもりか!?」
ジュッ!
無造作に仕掛けたヴィオラの衝撃波に影の半分が消し飛んだ。
(一応攻撃は通じるか)
影は何事もなかったように再生する。
その様子からどれだけのダメージを受けたのか知ることはできない。
「誰か知らんけど分かりやすすぎんねん」
クラリスのことを調べ始めた途端襲ってきて、ご丁寧にも詮索をするなと警告してきた。
今度の件は間違いなくこの影を操ってる奴の仕業だ。
人間にできる愚行ではない。
自分たちと同じ、最悪格上の相手かもしれない。
影が動く。
……サンッ!
空圧の一閃は空を切り景色までも歪ませた。
「なんやねん!?」
どうやら聞く耳を持たないらしい。
「ふん。ほんなら――こっちも力ずくでいかせてもらおうか」
自分の世界に引き込んだと思ってるのだろうが、まずはそこを覆す!
結界の上塗り。
相手の力を消し去り己のフィールドに変化させる。
「とりあえずお前――」
血色に変化した瞳がギラリと光らせる。
ジュゥ!
「邪魔や」
あっけなく影が全消滅した。
だが手ごたえがない。
姿こそ消えたものの、その存在感がいまだに残っている。
「……メンドイなぁ、ほんま」
そればかりか気配が膨張し、まるで分裂したように二体の影がコンクリートから生えてきた。
「ちッ!」
サンッ……サンッ……
影の空撃が街を切り刻む。
そのどれもが当たれば致命傷。
避けるのは容易でも、油断するわけにはいかない。
(こいつらウチの結界に入っても影響ないんかい!? そらルール違反やわ!)
内心愚痴るが言葉より先に行動だ。
すぐに影二体を一気に消し去る。
「…………」
だがやはり影の姿が消えただけでその気配は留まっている。
(やっぱ本体叩かんとキリないな)
とりあえず影の攻撃にさえ当たらなければ負ける相手じゃない。
(適当に蹴散らしながら探すか)
結界を張っている以上誰かが内に居ればすぐにわかるのだが、影以外の存在は認められない。
つまり影を遠隔操作しつつ、離れた場所からでも自分を確認できるほどの力の持ち主が相手というわけか。
「っ!」
長期戦を覚悟したそのとき――
「なに!?」
突然世界が凍った。
まるで水の中に入ったまま氷漬けにされたよう。
身動きが取れないばかりか呼吸もできない。
- あまりお痛をする子にはお仕置きだよ? -
さっきとは違う声が頭に響く。
まだ少女のような声。
(誰や!?)
こんなことをする人物に心当たりは無い反面、この声はどこかで聞いたことがあるような気がする。
- キャハハハハハ! 安心しな。殺しはしない。ただこれ以上余計なことをするようなら容赦しないよ? 役者が揃ってこそ舞台は盛り上がるが、台本に沿えない者は必要ない -
この声は絶対にどこかで聞いている。
思い出せ! 思い出せ!
目の前に影が生まれる。
凍った世界でも影は揺ら揺らと動いていた。
よく見ると、影の中に一体だけ違う影が混ざっている。
一瞬術者本人が現れたと思ったが違った。
こいつも他の影同様に揺れている。
ただし、血のような模様が青く、他にはない威圧感があった。
(……コイツはやばいで)
本能で感じる力量。
この一体だけ他の影とはケタが違う。
- さあさあ、お仕置きだよ。終わったら全部忘れさせてお家に帰してあげるからね。安心するんだよ? キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ! -
聞いてるだけでストレスの溜まる笑い声。
肉体的な力も潜在的な能力も全て機能しない。
(なんなんやこいつは!?)
呼吸ができない故に声も出ず、一方的に喚くことすら許されない。
何の前触れもなく腹を殴られた。
それこそ内臓を全て潰されたような衝撃に気を失いそうになる。
激しい嘔吐感に襲われるも、グチャグチャにされたような内蔵からは何も逆流してこない。
呻き声すら洩らすことを許されなかった。
- そうそうちょっとは頑張らないとつまらねーよ? お仕置きなんだからすぐ気を失ったら――だめって、もうイッたか? -
二発目を頭にくらい、ヴィオラの意識は闇に落ちた。
消える意識の中で、癪に障る子供の笑い声をヴィオラは聞いていた。




