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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
33/50

モロンジュ

 少し時間を遡る。



 楼園千種は夢を見ていた。


 少女が叫んでいる。

 しかし、その悲痛な叫びは目の前の両親に届いていない。

 激しく罵倒し、お互いを傷つけあっている。


 どうしてこうなってしまったんだろう?

 なにが原因で二人は喧嘩をしてるんだろう?

 いつもは仲の良い二人なのに。

 少女の大好きな自慢の両親なのに。


 少女の声は届かない。

 それどころか、自分たちの娘がそこにいることさえ気づいていないようだ。


 二人の言い争いは次第にエスカレートしていく。

 父はついに手を上げ、母はもう嫌だと髪を振り乱す。

 そして、母が咄嗟に掴んだ物を見て少女は背筋が凍りついた。


 こんなの違う!

 こんなの夢だ!


 昨日まで笑い合ってたのに!

 お父さんとお母さんはすごく優しいのに!

 こんなのいつもの二人じゃない!



「お母さん!!」

「うわっ、なんや!?」

 寝ていた千種が突然叫び、ビクッとヴィオラが反応した。


 千種の額には大粒の汗。

 冷房を効かせているので夏の暑さのせいではない。

 その様子をヴィオラはよく知っていた。


(久しぶりにあの夢見たんやな)


 悲劇の始まりとなった千種の過去。

 昔はその悪夢で毎晩うなされていた。

 ここ数年見なくなったようで安心していたのに、ユメリと会ってしまったせいで、また思い出すようになってしまったようだ。


「大丈夫か?」

「……平気。気にしないで」

 千種はベットから起き、冷蔵庫から牛乳を取り出し飲んでいる。


「これから水衛の家行ってくるから教えてよ」

「え? なして?」

 時刻は午前六時。

 寝起きで何をしようというのかヴィオラが首をかしげる。


「しばらく様子見ってこと伝えに行く。じゃないとあいつも落ち着かないでしょ?」

「あー……そうやなぁ」


 昨日のうちに伝えておいたと、言うか言うまいか戸惑うヴィオラ。

 個人的にハルと連絡を取る為に携帯番号を調べたのだが、千種にはまだそのことを教えていない。

 できるだけハルと接触してほしくないという理由なのだが、ユメリの能力が効いている以上、もうそんなことは言っていられないのかもしれない。


「わかった」

 すでに連絡済だと教えて不味いわけじゃない。

 ハルを調べたことは千種も知ってるし、隠していた理由はどうであれ、その時に番号を知ったのだから不自然ではない。

 それに何よりもハルと接触させずに済む。

 だが、そんな逃げの姿勢では何も変わらないとヴィオラは自分に言い聞かせる。


 クラリスの考えはいまだにわからないが、ユメリを預けたくらいだ、事前に『水衛ハル』の人間性を調べているはず。

 その結果、良しと認めてユメリを預けたのなら、少なくともハルは悪い人間ではない。

 それならば、ハルと千種を会わせて新たな展開を期待するのもいいかもしれない。

 ユメリの能力が必要としているのは千種ではなく自分なのだ。

 千種は自分が逃げないための人質として利用されたに過ぎず、自分が留まっていればこれ以上千種を利用しようとはしないはず。

 ハルにはユメリと自分の関係を言うなと口止めしてあるし、雲行きが怪しくなったら千種を守ることに専念すればいい。


 しばらく事の流れを見守ろう。

 今は優先してやらなければならないことがあるのだから。


 朝早く出て行った千種の背中を見送り、ヴィオラはクラリスの動向をどうやって調べていこうか考えを巡らせるのだった。


■ ■ ■ ■ ■


 手短に用件をハルに伝えた千種は、他に用事も無いのですぐに帰路についていた。


 セミの声が充満する中、か弱く必死に鳴き続けている声が耳に入ってきた。

 すれ違う学生や大人たちは気づいていない様子。


「……」

 気になった千種は声の方へと足を向けた。


 そこは三つの遊具が置かれた小さな公園だった。

 時間が早いせいもあり、人影はない。


 近づくにつれ、だんだん鳴き声がはっきりと聞こえるようになってきた。

 すでに何が鳴いているのかわかっている。

 それは滑り台の下にいた。

 小さな段ボールの中で、子犬がキャンキャンと誰かを呼ぶように鳴いている。


「捨てられたのね」

 乳離れしたばかりのような子犬。

 見た感じ柴犬のようだが雑種かもしれない。


 千種が覗き込むと、黒く丸い目を輝かせてシッポを振り始めた。

 いつから鳴いていたのか、子犬の声は枯れていて愛らしさより哀れみを強く抱かせる。


 公園に置いていったのは誰かが拾ってくれると見込んでのことだろう。

 そうでなくとも開けた公園だ。

 ずっと鳴いていたのなら近所の人や通りかかった人は気づいたはずだ。

 それなのに、子犬はずっと箱の中。

 運悪く、誰にも振り向いてもらえなかったというところか。


「……」

 普段なら別の誰かが拾うだろうと立ち去るところだが、不意に今朝見た両親の顔が浮かぶ。


「あんたもお父さんとお母さん、いないんだね」

 捨てられていることより、家族と一緒に居られないことに同情する千種。


「うちに来る?」

 両親がいなくなっても、ヴィオラに拾われて寂しさはなくなった。

 もちろん悲しくて毎日泣いていた。

 それでも一人じゃなかったから、少なくとも寂しくはなかった。


 子犬を抱き上げると、安心したのか鳴くのを止めて千種の顔をじっと見ている。

 ハッハッハ、と口呼吸している顔は笑っているようにも見える。

 その瞳に幼い頃の自分を見る。


『心配することはなーんもないで。ウチがちゃんと千種のこと守ったるからな』

 わたしの手を握ってヴィオラは笑った。


 繋いだ手は温かくて、彼女の長く赤い髪が歩くたびに風に流れてすごく綺麗だと思った。

 初めて会ったのに、ずっと前から一緒だったような感覚。

 遠慮なんて言葉は彼女にはなかった。

 家族みたいな気遣いを当たり前のようにしてくれた。

 それは今でも変わらない。


「心配しなくても、あなたのことはわたしがちゃんと世話してあげるからね」

 気持ちが通じたのか、子犬は千種の胸の中で千切れんばかりにシッポを振るのだった。


■ ■ ■ ■ ■


「そういうわけで、この子飼うから」

「そういうわけって、犬飼うとしか言うとらんやんけ」

 アパートに帰った千種はさっそく子犬をヴィオラに見せた。


「充分でしょ」

「ここペット禁止やで?」

「そこはほら、ヴィオラの力でなんとか誤魔化してよ。それよりモロンジュに何かあげたいんだけど何がいいんだろう? ミルクとか?」

「モ……モロンジュ?」

「この子の名前」

 すでに名前まで決めている。

 こうなるといくら反対しても聞かないだろうとヴィオラは諦めた。


「飼うのはいいけどちゃんと面倒見れるんやろな? 散歩も毎日つれていってやらなあかんのやで?」

「わかってる。わたしがいないときはヴィオラも面倒見てあげてよね」

「……おお」

 千種が冷蔵庫の中身を物色してる間に、モロンジュがヴィオラの足元まできてシッポを振っていた。

 ひょいっとそれを持ち上げる。


「おーこいつチンチンついとるでぇ。メスっぽい顔してオスやったか」

「そうなんだ」

 性別はどうでもいいらしい。


「しっかし変な名前付けられよったなぁ。そこんとこどないやねん?」

 キャン!

 パタパタシッポを振って嬉しそうにしている。

 ワンと鳴いてるつもりなんだろうが、声が高いせいでキャンとしか聞えない。


「モロンジュおいで、ミルクあげる」

 千種に呼ばれるとすぐに反応して駆けていってしまった。


 モロンジュの中ではすでに従順する序列が出来上がっているようだ。

 千種はすでにモロンジュの立派な飼い主になっていた。


「ねえヴィオラ」

「うん?」

「犬ってどうやって飼うの?」

「あー、んー? わからん」

 犬はおろか一度もペット飼ったことがない二人。

 動物の世話の仕方なんてわかるはずがなかった。


「千種がモロンジュの主人なんやから、そのくらい調べてこんかい。知り合いに犬飼ってる奴くらいおるやろ」

「知り合いって、わたし、知り合いなんかいないもん」

「……あー、うん」


 九歳の時に両親を亡くし、ヴィオラと暮らし始めてから学校にも行かなくなった千種に友人はいない。

 生活資金に関してはヴィオラが調達してくるので、働く必要もない。

 そのせいで千種の人間関係はまったく無いと言ってもいい。


(ウチのせいやなぁ)

 今まで自分がつきっきりだったせいで、千種が他人と接する機会を奪ってしまった。


 自分がいるからいいと思っていた。

 自分は誰よりも千種を守ってやれるし、悲しいことだけど……きっと、千種のほうが早く死ぬ。

 それは単純な寿命の長さであり、どうすることもできない現実。

 だからそれまではずっと一緒にいようと誓った。

 けれど、少し道を間違えてしまったことに最近気づいた。


 千種は自分以外の人間と関わりを持とうとしない。

 機会がないのも要因ではあるが、本人がそれを望んでいない節がある。

 それでは千種の世界が広がらない。

 本人がそれで良くても、他人と会話をしなければ物事に対する視野も狭くなる。

 嫌なことや面倒事も多いだろうが、それで得られるものは自分が与えられないものだ。


 千種を守り育てていく上で、一定水準以上の生活と健康面にばかり気を使ってきた。

 自分が側にいれば問題ないと考えてきた。

 しかしそれは間違っていた。

 千種はもっと人と接するべきだ。

 それができれば、きっと千種の生活は今よりも充実するはずだ。


 千種には幸せになってほしい。

 千種と出会い、ずっと心の中にある『願い』。

 自分の価値観ではそれは叶わない。

 千種自信が感じ、思い、振り返って初めて幸せだったと笑えなければ意味がない。


 自分のことではないから余計に難しい。

 物を与えて幸せになれるのならいくらでも与えてやる。

 しかし人は、欲を満たしただけでは幸せにはなれない。

 欲を満たして得られるものは、満足。

 満足は幸せとは違う。

 満足は時と共に風化し、そこから新たな欲求を生み出してしまう。


 ヴィオラが思うに、幸せとはずっと変わらない過去。

 それを振り返れる思い出の品。

 今が幸せなら、その瞬間に刻まれていく記憶はずっと幸せだ。


 千種の心に幸せを刻んでやりたい。

 もちろん自分が出来るのならいくらでもやる。

 けれど一人では限界がある。

 自分の持つ世界で与えられるものには限界がある。

 だからこそ、他の誰かが必要だ。


 自分とは違う世界を持った誰かなら、自分では見せられない何かを千種に見せてくれるかもしれない。

 それをどう感じようが千種の自由。

 けれどそれを繰り返すことで千種の世界も広がっていく。

 広がった先にはきっと幸せもある。

 その先の光景を千種に見てほしい。


(かわいい子には旅をさせろ。誰が言った言葉か知らんけど、よう言ったもんやでほんま)


「なに難しい顔してんの?」

「んあ? ああ、なんでもない。そんじゃまあ、ウチもちょお出てくるわ」

「あ、それならさ、子犬用のご飯買ってきてよ」

「わかった。ほな行ってくるで」


 とりあえず千種のことは、クラリスのことを調べながら考えよう。

 本当なら千種を優先したいところだが。


(クラリスの奴、さっさと姿を現せっちゅーねん!)

 事が事なだけに、クラリスも放っておけないヴィオラは、内心悪態を吐きながら行動を開始した。

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