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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
31/50

友人に彼女ができていた

「来てやったぞ」

「おー、適当に座っててくれ」

 敦の部屋に入ると、あいつはパソコンのモニターとにらめっこしたまま動こうとしない。

 音の編集にパソコンを使うって話なのだが、俺にはわからない分野なのでとりあえず本棚から適当に漫画本を手に取りベッドに腰掛ける。


「ずいぶん綺麗にしたもんだな」

 前回来たときまでは、楽譜や脱ぎ捨てた服が散乱して文字通り足の踏み場もなかった敦の部屋。

 何の心境の変化か、今ではすっかり綺麗に掃除されてハッキリ言ってこいつの部屋とは思えない。


「そりゃアスハが来るたびに片付けていくからさ」

 知らない名前。


「……アスハ?」

「あいつが勝手に掃除してくんだよ。文句言いながらな」

 言いながら俺に振り向く敦。


「作業は終わったのか?」

「一応」

「で? アスハって誰?」

「誰っておまえ、初めて聞いたみたいに言うなよ」

「いや、初めてきい――」

「おまたせー」

 俺の言葉を遮るように、突然女の子がドアを開けて入ってきた。


 淡い紫のシュートヘアがよく似合う細身の女子。

 翡翠色の瞳で、かなり可愛いと言ってもいい顔立ち。

 俺たちの学校の制服を着ている。


「あ、水衛先輩こんにちは」

「え? あぁ、はい。こんにちは」

 にこやかな挨拶に思わず応えてしまった。

 誰だこの子?


「ハルもいま来たばっかなんだよ。悪ぃな急に呼び出して」

「ううん。ちょうどヒマしてたところだったしいいよ」

 親しげな二人。

 しかも彼女は俺のことを知ってるようだ。

 ほんとに誰だ?

 向こうは知っていても俺の記憶にこの子はいないぞ。


「あれ? どうしちゃったんですかそんなに固まって。あたし変なタイミングで来ちゃいました?」

「ちげーよ。ハルの奴な、おまえのこと知らねーんだってよ。()()()()()()()()()()()()

 敦の言葉に嫌な違和感。

 何回も会ってるって? 俺がこの子と?


「……あれぇ、水衛先輩って」

 ずいっと俺の顔を覗き込み、その瞳がギラリと光る。


「あたしの能力、効いてない?」

 その言葉に全身から血の気が引いていく。


「敦さんの親友って聞いてたから先輩には特に気を使ってたんだけどなー」

 俺を射る瞳が血色に変色する。


「おまえっ――」

 慌てて立とうとすると一瞬で体が硬直した。

 まるで筋肉が固まった感じ。

 感覚はあるのにまったく動いてくれない。


「逃げちゃダメですよ先輩。すぐ終わりますからちょっとだけ我慢してくださいね」

「ああああああ!」


 ジリジリジリジリジリ――

 理性を食い破る進行が始まった。


 こいつの瞳もこの感覚も知ってる。

 こいつはユメリと同じモノだ!

 けどなんでここにいる?

 なんで敦と親しそうにしてんだよ!?


「あ、あれ!? なんで効かないの!?」

 驚いてる。

 なんでかは知らないし、察してる余裕もない。


「……やめろ。いますぐ、これをやめろ!」

「えっ!? どうして!? この!!」

「あああああああああああああ!!」

 キンキンキンと鳴る不快音。

 理性を破る嫌悪と快楽が一層強まった。


 ……なん、だよこいつ!?

 ユメリの時よりキツイ!


「どうして!? なんなのよ先輩!?」

 なぜかむこうも動揺してる。

 何か訊きたきゃコレを止めろってんだ!

 と言ってやりたいけど、声を出す余裕すらない。


 気になって敦を見たらその表情はまるで人形。

 瞳には感情がなく、俺たちのことを気にする様子もない。

 ただ黙ってじっと俺たちを見ている。


 ユメリは自分のことを認知させるために記憶の改竄をし、それ以外は他人に害を与えないと言った。

 実際そうなってるし、俺もそれを信じた。

 けどこれはなんだ? 敦を感情のない人形みたいにして、こいつは敦に何をした!?


 ――っこの!


「頭のキンキンうるせぇやつを止めろ!!!」

「キャッ!」

 一瞬目の前が発光し、俺への不快な侵略はなくなった。

 かわりにズキズキと重い頭痛だけが残った。


「どうなってるの!? 先輩って何者!?」

「そりゃこっちのセリフだ! おまえみたいな奴がここでなにしてる!? 敦になにをした!?」

 体の硬直も解け、一気に彼女に詰め寄ろうとしたとき――


「お前ら、どうしたんだよ急に!?」

 敦が俺と彼女の間に割って入ってきた。


「敦! おまえ無事なのか!? なんともないのか!?」

「は? いや……なんともって言うか、むしろお前たちのほうがどうしたんだよって訊きてーよ」

 さっきまでの俺たちの会話は聞えてなかったようだ。

 とりあえず敦が正気を取り戻して一安心。


「ひっ!」

 俺が睨むと彼女は敦の背中に隠れてしまった。


「だからお前どうしたんだよ? 急に険悪な雰囲気だしちゃってさ。アスハもどうしたってんだ?」

 困り果ててる敦は事情を知らない。


 ……どうする?

 ここで揉めれば敦が人質にとられるかもしれない。

 アスハがどんな奴かも知らないし、一旦引くのが得策か。

 かといってこのままこいつを置いて帰る気にもなれない。


 ……どうすればいい?

 俺にはこいつに対抗できる力がない。

 クラリスに付けられた能力の行使なんて論外だ。

 期待はできないが、帰ってユメリに相談するべきか。


「……あの、先輩」

 怯える瞳の色はいつの間にか元に戻っていた。


「外で……二人で話しませんか?」

 言葉通り話をするだけなのか、それとも俺を消そうとする罠なのか、どちらにしろ追われたら逃げられないのには変わらない。


「わかった」

 緊張を覚えつつ頷いた。

 敦はただ黙って立っているだけ。

 俺たちの声は耳に入ってないんだろう。


「……それじゃあ先に出てますね」

 むしろ俺よりアスハのほうが逃げるようにして部屋を出ていく。

 正直あまり気の強そうな奴には見えないが得体の知れない能力を持っていることには変わらない。


「……んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 届かないと知りつつ、敦に一声掛けて彼女を追った。


■ ■ ■ ■ ■


 まさかまたここに戻ってくるとは思わなかった。

 どこで話すか尋ねられ、どこでもいいって答えたら公園に連れてこられたのだ。

 人気のないところに連れてかれるよりはマシか。

 夏の陽射しと公園の賑わいは平和そのもの。

 できるなら俺もその一部に溶け込みたいね。

 端っこのベンチの前で立ち止まり、お互い無言。

 道中も無言だったが、二人でベンチの前に立ってるのもマヌケなのでとりあえず俺だけ腰を掛けた。


「………………」

「………………」

 ここまで来てもアスハは俯いたまま声を出そうとしない。


「……あんたの名前、アスハでいいんだろ?」

 待ってても口を開く気配がないので、こっちから質問をすることにした。

 なんでこんな気を遣わなきゃならんのだ。


「あ、はい、そうです」

 ならこいつが敦の部屋を掃除したのかよ。


「敦とはどういう関係だ?」

「……えと、その」

 なぜか照れる彼女。


「あたしと敦さんは……恋人です」


 …………

 ……………………

 ………………………………


「…………………………は?」

 あまりにも予想外な答えに一瞬思考が停止した。

 言ってる意味がわからない。

 言葉は理解できるさ。

 けどなんで敦とこいつが恋人になってんの?


「恋人ってのは付き合ってるってことだぞ? 彼氏彼女ってことだぞ?」

「わかってます」

「だったらなんで敦とお前が恋人同士なんだよ? 意味わかんねー」

「あたしと敦さんが付き合ったら変ですか?」

「変もなにも、お前人間じゃないじゃねーか!」

「えっ!?」

 今度は驚いてくれる。

 表情の変化が激しい奴だな。


「なんでそんなこと先輩が知ってるの? あっ! そうかそういうことだったんだ!」

 ぽんっと手を打ち顔を輝かせる。


「先輩も人間じゃなかったんですね!」

「なんでだよ!?」

「だって普通の人にあたしが人間じゃないなんてわかるわけないし、あたしの力を跳ね返したじゃないですか」


 アスハの力を跳ね返したのは何がどうなったのか自分でもよくわからないが、ユメリやクラリスたちのことがなかったらコイツらの存在を認めてなかっただろう。

 だからアスハの正体がわかる俺は同類と思われても不思議じゃないってことか。


「俺は生まれも育ちも普通の人間だ。お前らと一緒にするな」

 ヒトであることを主張するのなんて初めてだ。


「じゃあなんであたしの力が通じないです? それに普通なら怖がってもいいと思います」

「怖がって欲しいのかよ?」

「……いえ、そういうわけじゃなくて、怖がられるのは好きじゃありません」

 なんなんだよ。


「力がどうのこうのってのは正直よくわからない。つーか、俺のことはどうでもいいんだよ!」

 肝心なのはなぜコイツが敦と一緒になってるかってことだ。


「敦に近づいてきた目的はなんだ?」

「目的って、あたし敦さんとは恋人だって言いましたよね?」

「だからそういう関係になった裏には何かあんだろ!? 俺はお前が人間じゃないってわかってんだから嘘吐いて誤魔化そうとするなよ!」

 と言ったところで馬鹿正直に話してくれるとは思ってない。


「あたし嘘なんて吐いてません!」

「敦が急に彼女を作るなんて不自然なんだよ!」

「やだ先輩。もしかして嫉妬してるんですか?」

「んなわけねぇだろ! 彼女ができたくらいで嫉妬なんてするか」

 モテるのは正直羨ましいとは思ってたが。


「俺が言いたいのはそういうことじゃない。敦は彼女を作るくらいなら音楽に時間を費やしたいって言ってたんだ!?」

「だからって……絶対誰とも付き合わないってわけじゃないじゃないですか」

「ああ、それが普通の女の子だったら文句なんて言わねぇよ!」

「あたしが普通じゃないからダメなんですか?」

「それ以前の問題だ! お前は敦を洗脳していいように操ってる! そんなの許せるわけない!」

 人形のように立っている敦の姿を思い出す。

 あれを平然とやっている奴を正常とは思わない。


「洗脳なんてしてません! 好きな人にそんなことするわけないじゃない!」

「あいつの頭ん中じゃ俺とお前は以前から知り合ってることになってる。実際は一度も会ったことなんてないのにな! つまりお前が敦の記憶の改竄をしたってことだ。さっき俺にしようとしたようにな!」

 アスハの体がビクッと震えた。

 表情からショックを受けてるようにも感じるが、その真意はわからない。


「あいつに近づいた理由はなんだ? 洗脳までして何を企んでる?」

 勢いではこっちが押してるように感じるが油断はできない。

 力押しでこられたら手も足も出せないわけだし、情けないけど逃げる準備だけはしておこう。


「……洗脳なんてしてません。先輩には突然かもしれないけど、あたしたちにはちゃんと付き合う過程があるんですから」

「だからその過程で洗脳したってことだろ!?」

「洗脳なんてしてないもん!!」

「お前と付き合うようにあいつの頭ん中をいじるのは洗脳って言わねーのかよ! 普通にくっついたんならそんなことする必要ないしな!」

「…………それは」

 キュッと唇を噛むアスハ。


「あたしだって最初は普通に告白したんですよ? 信じてもらえるかわかりませんけど」

 信じる信じないは別として……告白?

 襲ってくるどころか、むしろアスハは今にも泣き出しそうな声色だった。

 誰かに見られたら、俺が彼女を責めてるふうに見えるんだろう。


「でもやっぱり断られて……あ、やっぱりってのは、敦先輩は何人も女の子をフッてるってわかってたから、あたしもダメかなぁなんて思ってたところもあって」

「それで思い通りにならないから、むりやり好きになるようにしたと?」

「ちがっ……結果的には、そうですけど……」

「それでどうするつもりだったんだよ?」

「どうするって……あたしはただ敦さんとお付き合いできればそれだけでいいんです」

 その言葉だけなら、なんて健気なと思えただろう。


「それで俺が信用すると思うか?」

「本当に敦さんのことが好きなんです! それだけは信じてください!!」

 彼女の瞳は真っ直ぐ俺を映している。

 とても嘘を吐いているようには見えない。


「あたしだってこんな卑怯なことしたくなかったけど……敦先輩が他の子と一緒になっちゃったらって考えたら、我慢できなくて……だから……だから……」

「誰かにとられるくらいなら、自分を好きになってもらいたかったと?」

「……………………はい」

 しばらくためらった後、アスハは頷いた。


「それから、敦を利用してなにか――」

「そんなこと、あたしが許しません!」

 俺の言葉を遮って、彼女は強く言った。

 こぶしを握り締め、薄っすらと瞳に涙を滲ませている。


「利用するのが許せないって言うなら、自分のやってることはどうなんだよ? 思い通りの結果にならなかったからっておかしな力を使って敦を操るのはいいのか!?」

「……それは。あたしもそんなことするつもりはなかったんです。信じてもらえるとは思いませんけど、本当にこんなことするつもりはなくて……どうしてこんなことしちゃったのか自分でもわからなくて」

 次第に語尾が小さくなり、ついには涙が白い頬を伝った。


 その言葉は真実なのか、その涙は後悔からなのか、信じるべきか否か葛藤が起こる。

 俺に見せてる顔が全て本物なら、きっとアスハはすごく素直な子だと思う。

 しかし人の心を操るような奴なら全てにおいて疑ってかかるべきだ。

 下手に気を許してクラリスの時のようになったらどうする。

 何が保身に繋がるか理解はしてるつもりだ。

 だからどうするべきか漠然と見えてはいる。

 それなのにどうして……どうしてこんなに気持ちが揺らぐんだろう?


「なんで泣いてんだよ?」

「……え?」

「どうして自分がこんなことしたかわからないって言ってたけどな、その状況に甘んじてたのはお前だろ? 嫌だったらすぐに止めればいいじゃないか。それなのにお前は俺が操れてないとわかった途端に能力使ってきたじゃないか」

「それは……」

 アスハが身を固くする。


「その行動が本心じゃねーのかよ!?」

「やっちゃいけないことだってわかってます! やっちゃってから何度も後悔してます……けど」

「けど?」

「止めたくてもすぐに元の状態に戻すわけにはいかないんです」

「また都合のいいことだな」

「信じてくれとは言いません。けど本当なんです。あたしが敦さんに力を使う以前に、誰かが一度記憶の改竄をしてたんです。敦さんだけじゃない。敦さんのクラスの人たちもそうだった……」


 一度記憶の改竄をされている。

 言われてすぐに誰がやったのか見当がついた。

 ユメリだ。

 ユメリが俺と一緒に住んでいても誰も『気にしない』ように皆の頭ん中をいじったんだ。


「同じことがされてたからってどうしてお前の力を消すことができないんだよ?」

 心の動揺を隠して話を促す。

 ユメリのことを話すかどうかは別として、まだ訊きたいことはある。


「あたしだけがヒトの記憶に手を加えてるだけなら問題はなかったんです。記憶の改竄は無かった事を経験したように思わせたり、覚えてる事を忘れさせたり、わかりやすく言えばパソコンにデータを保存したり消したりするようなものなんです。

 この場合、書き込んだデータは本人しか扱うことができません。勝手に消したりすることはできないんです。

 あたしが書き込んだ記憶情報を消すとそこには隙間ができてしまいます。記憶というのは一つ繋がりになってるから必ず隙間を埋めてあげないといけません。

 隙間を埋めるといっても、元々の記憶を繋ぎ合わせれば簡単に済む話なんですが、あたし以外の人が書き込んだ情報は動かすことが出来なくてどうしても本来の形とはズレが生じてしまうんです」

 データに例えてくれたのがよかったのか、なんとなく想像はできた。


「ズレが生じるとどうなる?」

「良くて記憶障害。最悪の場合、廃人に……」

「おいおいおい! なんだよそれ!?」

「二人以上で同じ人間の記憶改竄をするなんて今までじゃ有りえなかったんです。こんなことになるなんてあたしだって思ってなかった」

「解決策はあるんだろうな?」

「あることにはあるんですけど……」

 なにやら言いよどむ。


「なんだよ? 都合が悪いことでもあるのかよ?」

「都合が悪いというより、難しいんです。本来の形に戻すには、あたしともう一人の情報を消した上で整理してあげないといけないんですけど、敦さんたちに影響を与えてる人を探さないといけないので」

 なるほど。

 アスハにはユメリがもう一人であることがわからないようだ。

 解決策を提示するのは簡単だ。

 俺がユメリのことを話せば済むんだから。


「敦のどこが好きなんだ?」

 問題を解くカギはある。

 それを使うにはこいつの力も必要なわけで、本当に信用していいのか確かめないといけない。


「……どうして、そんなこと?」

 突拍子もなかったのか、驚きながらも若干照れてる。


「別に。ただ理由が気になっただけさ。それともやっぱり何かの利用目的なのか?」

「違います!」

 それから少しの沈黙。


「敦さんを好きになったのは……その……優しいし、カッコイイし……」

 強く否定したかと思えば、指をモジモジさせて口ごもる。

 普通の女の子の顔。


「敦を知ったのは?」

「入学してすぐです。敦さん女子に人気だったから友達と一緒に見にいったこともあります」

「入学って、ウチの高校に?」

「そうですよ。あたしも嶺桜の生徒です」

 やっぱりか。

 うちの女子の制服を着てるし、会った時から俺の呼称が先輩だったから変だとは思ってたけど……


「何年?」

「一年生です」

 ってことは、アスハは半年も前から俺たちの近くにいたのか!?


「何で学校に来てんだよ?」

「……どういう意味ですか?」

「だって人間じゃねーんだろ? 学校に通う必要ないじゃないか?」

「それってすごく偏見です! 人間じゃないと学校に通っちゃいけないんですか!?」

 いけないもなにも、人間以外が通ってるなんて思わんだろ?


「じゃあ、何しに学校行ってんだよ?」

「そんなの勉強に決まってるじゃないですか」

 なんて優等生だ。


「小学校から行ってるし、友達だっています。あたしだって他の皆と変わらないんだから……」

 酷く悔しそうに拳を握る。

 俺にというより自分に語ってるようだ。


 彼女がわからない。

 人の心を操るような非道徳をしておきながら、一方では俺たちと変わらない一面も見せる。

 こいつが本当のことを言ってる保障はない。

 けど嘘を吐いてるようにも思えない。


「どうして」

 だから疑問に思って口にしなかったことをぶつけてみよう。

 回答によっては俺自身を追い詰めることになるが、きっとその答えでとるべき道が決まるはずだ。


「どうして力で俺を従わせない? 一度失敗したからって黙らせる方法くらいあるんだろ? こんなやって話してるよりそっちのほうが楽じゃないのか?」

「………………」

 酷く悲しそうに表情に影を落とす彼女。


「やっぱり先輩はあたしをそういう目で見てるんですね。……でも、当然ですよね。あたし……先輩にも敦さんにも酷いことしてるんですもんね」

「えっ!? おい!?」

 大粒の涙が彼女の瞳からポロポロこぼれ落ちた。

 予想外過ぎる反応。


「でもっ……でもっ……あたしだって……ひっく」

 ヤバイ。

 本格的に泣き始めた。慌ててもすでに手遅れな状態だ。


「……あたしはぁ…………ダメ、だから……うぅ」

 嗚咽で何を言ってるのかわからない。

 さらに、たまたま通りかかった犬と散歩中のお姉さんの視線がすごく痛い。

 今さらながら、人気の多い公園にいることを自覚した。

 遠目から、あきらかに俺たちをネタに話してる奥様方がいらっしゃる。

 男の前で華奢な女の子が泣いてるシチュエーション。

 ああこりゃ完全に俺が悪者だな。


「ちょっと場所変えよう!」

 慌ててアスハの腕を掴んで公園から逃げるように退散。

 幸い大人しく俺に従ってくれたので、すぐに移動することができた。


■ ■ ■ ■ ■


 時刻的には夕方だが夏の空はまだ青い。

 草の香りが涼風に乗る。

 人気を嫌って着いた先は土手の上。


 なんでこんなところまで来ちまったのか。


 アスハのすすり泣きは中々止まらず、治まるまで黙々と歩いてきた結果がこれだ。

 その甲斐あって瞳は真っ赤になってるものの、なんとか落ち着いてくれたようで一安心。

 泣いてる女の子を連れて歩くなんて二度とごめんだ。

 正直生きてる心地がしなかった。


「やっぱり、あたしみたいなのが誰かと一緒に生活したり人を好きになったりするのは変だと思いますか?」

 土手から見下ろす川面がキラキラ光っている。

 川面を見つめたままの声色は、さっきまで泣いていたとは思えないほど澄んでいた。

 俺の答えを待たず彼女は続ける。


「それなら逆に訊きますけど、どうして先輩は逃げないの?」

「…………え?」

 その視線が俺を捕らえる。


「さっきあたしに言ってたじゃないですか。能力を使ってむりやり言うことをきかせないのかって。やろうと思えばできますよ? 一瞬で廃人にさせることだってできる。人間なんて、頭の中をちょっと壊しちゃうだけで動かなくなるんですよ。そんなことができるあたしを怖いと思うでしょ? それなのにどうして逃げないの?」

 その声色からは、まるでそんな事をするようには感じられない。


「逃げられて困るのはそっちだろ?」

「………………」

「能力、使わねーのかよ?」

「……使うわけ、ないじゃないですか」

 唇を噛んで苦しそうに喘ぐ。


「そんな酷いことするわけない」

 これが俺を騙すための演技ならアスハの完勝だろう。

 なんせ俺はすでに彼女を悪い奴じゃないんじゃないかって思い始めてきてるからだ。

 つい先日クラリスに騙されたばかりだというのに、自分の無警戒さに厭きれるが、本心でそう感じてしまってるんだから仕方ない。


「友達がいるって言ってたよな。そいつらは普通の人なのか?」

「はい、中学からの友人です。もちろんあたしの本当の正体は話してません」

「じゃあその友達が他の奴にいいように操られてたらどうする?」

「……ごめん……なさい」

 また瞳を濡らしてうつむいてしまった。

 いじめてるつもりはないが、このままだとまた泣いちまう。


「確認するけど、敦と付き合ったこと以外で能力は使ってないんだな?」

「使ってません」

 真っ直ぐ俺を見て即答。


「信用、していいんだな?」

「……信用してもらえるのなら」

 敦には悪いが、この件はひとまず保留にしておいてもよさそうだ。

 どちらにせよ今はどうすることもできないし、ヴィオラのこともあるわけだからひとまずユメリと相談してから動いたほうが良いだろう。

 あいつがどれだけ積極的に話してくれるかわからないけど。


「ひとまずは今日の話、信じるよ」

「えっ!?」

 これでもかというほど目を見開いている。

 そんなに驚かれても困るんだけど。


「まだ手放しで信用することはできない。けど……俺を騙そうとしてるようにも思えない。だから月曜にまた話そう。学校が同じなら放課後に屋上で待っていてくれ」

「あたしのこと……許してくれるんですか?」

「許すとかじゃなくて、アスハの話が本当なら今はどうすることもできないだろ? だから今日のところはひとまず保留ってことだよ」

「……そう、ですよね」

 元気になったと思えば、すぐにシュンとなってしまった。


「いや、でも最初想像してたよりはマシな奴だったから……なんつーか、良かったよ」

 なんで俺がフォローしてんだ。

 まだユメリや他のやつのことは黙っておいたほうがいいと判断。

 となれば早く帰ったほうがよさそうだ。

 まだ明るいとはいえもうすぐ日も沈むし、こんなに遅くなるつもりはなかったんだ。


「……こんなこと言ったら失礼だけど、先輩って普通の人じゃないみたい」

「自分じゃ一般人のつもりなんだけどな」

 つもりなだけで、アスハの言う通り体は普通の人間じゃなくなっている。


「そうなんですけど、あたしみたいな非常識をあっさり認めてるし」

 そりゃすでにお前と同じような奴らに会ってるし、家に一人いるからな。


「もしかして……あたし以外の『誰か』に会ってるんじゃ?」

 二つの瞳が俺を探る。

 考えたことを言い当てられ一瞬驚いたが、確かに俺の反応は経験者としてのものだったし、そう思われてもしかたないか。


「続きは月曜だ」

 下手にいま色々話すと墓穴を掘りかねない。


「……わかりました。それじゃあ、屋上で待ってます」

 察してくれたのか、それ以上何も言わずに彼女は背を向けた。


 さて、一旦公園に自転車を取りにいかないと。

 公園で自転車をひろい、急いでユメリの待つ自宅へと向かった。

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