告白
全てが朽ちていく。
愛した彼もいなくなった。
愛しい彼女もいなくなった。
― 助けてください ―
朽ちないモノなんてない。
未来永劫、在り続けるモノなんて存在しない。
ただ一人、自分を除いては。
― 助けてください ―
これは罰なのか。
だとしたら、何を犯してしまったのか。
それとも奇跡が降りかかっているだけなのか。
欲しい物は全て手に入る。
望む者は永遠に手に入らない。
色褪せていく世界の中で、無意識に助けを求めた。
声にも出さず、誰にも求めず、けれど悲痛な叫びにも似た感情が芽生えた。
大きな贅沢も幸福も必要なかった。
些細な幸せがあればよかった。
純粋に、潔癖なほど一途にそれだけを願い続けた。
そして、永遠に実らぬ夢は心を腐敗させた。
いつしか願うことを忘れ、夢さえも枯れ果ててしまった。
■ ■ ■ ■ ■
初夏の夕暮れ。
沈む太陽が景色をオレンジ色に染めている。
じっとしているだけで汗が流れるこの季節、時折全身をなでる風が気持ちいい。
「はぁ……」
切ないため息を一つ。
アスハは一人、放課後の屋上で敦を待っていた。
心音が高鳴り、その時が近づくにつれ鼓動は大きくなっていく。
この状況は、ある意味拷問にも感じた。
初恋というわけではないけれど、ラブレターを書いたのは初めてだった。
たった一度話しただけで、ずっと遠くから見ていただけの先輩。
保坂敦は学校の女子の間では結構な有名人。
人気があり、彼に好意を寄せている女子は多い。
だというのに、彼には特定の決まった人はいないという。
(あたしはすぐに告白したいってわけじゃなかったのに)
友人のアコとツバサに上手く乗せられた気がしてならない。
二人とは中学からの親友。
行動する時はほぼ決まってこの三人だ。
気の知れた仲だし、だからこそお互い好きな人は誰かなんて察しはつく。
きっかけは保坂敦を好きかと尋ねられたことだった。
■ ■ ■ ■ ■
「チャレンジャーじゃない?」
昼休みの教室。
面白そうに驚いたのはツバサ。
「大人しいあんたが、あの先輩をねぇ。かっこいいのはわかるけど」
ツバサほどではないにしろ、アコも面白そうにアスハを見ている。
そこにツバサがつっこむ。
「いやいや大人しい子ほど惹かれるんだって」
「そう? そういう事もあるか。じゃあ全面的に応援しちゃう」
「あたしもマジ応援する! で? いつ告白するの?」
なぜそうなるのか。
「はあ!? あたし告白するつもりなんてない!」
大きな目をさらに大きく開くアスハ。
「でもあの先輩すごいモテるみたいだし、早くしないと他の人に取られちゃうじゃん!」
なぜか焦り気味のツバサ。
「……別に、それでもいいと思う」
むしろ自分は先輩と一緒にいてはいけない。
先輩と自分は『違う』から。
自分は普通の人間ではないのだからと、内心釘を刺すアスハ。
「ネガティブ! 何もしないで失恋する辛さをわかってない!」
その辛さで落ち込んでいるツバサを慰めたことがあるので、彼女の言いたいことはわかる。
「恋愛のサバイバルがいかに厳しいかを教えてあげないといけないと思うわけよ」
同意を求める視線をアコに向けるツバサ。
「恋愛のサバイバル? うん、まあ、急に告白ってのもアレだけど、ちょっとは前向きに考えてもいいんじゃない? アスハ可愛いんだし、もしかしたらって事もあるかもよ」
「ないよそんなこと」
天地がひっくり返って、仮に保坂敦から告白を受けたとしてもアスハは断るだろう。
自分は普通の人間ではないという心理から、アスハが本当に心を開く者は限られている。
「それじゃあ今週の土曜はアスハの部屋に泊まりね。作戦練ろう」
閃いたとツバサ。
「作戦ってなに!?」
「それじゃあ、そうしますかー」
本気にはしてないが、アスハ宅に泊まりという事に同意するアコ。
完全に悪ノリである。
が、集まる理由が違うだけでいつものことなのでアスハも同意した。
なにせツバサの失恋の一個は自分とアコが背中を押したことが原因だったこともあるので、ここで断るのは筋が通らない。
そんなこんなで、話が進展してラブレターまで書かせられるハメになってしまった。
二人に流されているのはわかってはいたものの、強く反対しなかったのは、少しだけ、本当に少しだけ期待してるところもあったからだった。
■ ■ ■ ■ ■
(はぁー……緊張するよォ……)
気温の暑さに負けないくらい顔が熱い。
時計を見ると、手紙に書いた待ち合わせの時間にはもう少し時間があった。
用事があるからと見え見えの嘘を吐いていち早く姿を消したツバサとアコは、給水塔が置かれたコンクリートの上に登って隠れていたりする。
死角になっていてしっかり隠れられているのだが、知人であれば気配から人物を特定できるアスハには意味がない。
もちろんそんなことが出来るだなんて二人は知らないし、教えるつもりもない。
これからも『普通に人間』を演じなければいけないのだから。
(うう……やっぱり帰ろうかな)
緊張のあまり、吐き気すら覚えてきた。
と、その時――
――ガチャ。
「ひぅっっっ!」
屋上出入り口のドアが開いた。
「悪い、待たせた?」
待ってなんかいない。
保坂敦は約束の時間よりも早く来たのだから。
(あああ今すぐ逃げたい! 驚いて変な声出ちゃったの聞かれてないよね!?)
「大丈夫かよ、変な顔になってるぞ?」
(変な顔!? も~~~~ヤダー! 変な顔見られたー! 女の子にそんなこと言わないでくださいよー!)
「これ、読んだぜ」
アスハの内心をよそに、敦はポケットから白い封筒を出した。
封をしたときに張ったピンクのハートのシールは剝がれていた。
「……あ、あの、ありがとう、ございます」
心臓バクバク。
顔が熱くて、頭から湯気が出てるんじゃないかと心配するくらいだ。
敦はそれっきり口を閉ざし、アスハは緊張で顔を上げられない。
空は鮮やかな夕焼け。
グラウンドや体育館からは部活に励んでいる生徒の声。
時折、ツバサとアコがモゾモゾと動く気配。
アスハがチラッと敦を見ると、ジッとこっちを見ている。
(……うぅ、なんなのこの拷問)
「今日はこのあと予定ねぇし、落ち着いてから話してくれ」
「え?」
「すっげー緊張してんじゃん」
話といっても、手紙を読んだ時点でこちらの用件はわかっているはずなのに。
「あの、先輩はあたしが何を伝えたいのかわかってるんじゃ?」
「そりゃあ、こういう手紙で呼び出されたらなに言われるかなんてわかりきってるわな」
「ならなんで……その……あたし、先輩が来たのに何も言わないし、わざわざ来てくれたのに、あの……」
うまく言葉がまとまらない。
「急ぐこともねーし、マイペースで頼むぜ」
気楽にと笑って見せる。
「……でも、あたしの伝えたいことがわかってるなら、その、なんて言うか」
わざわざ自分の口から聞くことはないと思う。
「んー、まあそうなんだけど、真剣なやつの言いたいことを聞く前に、オレが先に答えを言うのは好きじゃない。悪いけどこれはオレのルールなんで」
つまりアスハはどうしても自分の口から敦に想いを伝えなければならない。
緊張は少しも和らがないし、鼓動も最高潮だ。
けれど少しだけ、ほんの少しだけ、もしかしたらという期待が湧いてくる。
わざわざ相手に気持ちを言わせようとしているのだ。
なんの脈もなければ、すぐにフラれて終わっててもいいはずだ。
なのにずっと待っていてくれている。
ツバサとアコに乗せられたとはいえ、最終的にやると決めたのは自分だ。
こんなチャンス二度と来ない。
がんばって勇気を出そう!
「あ、あの! 先輩!」
覚悟を決めて相手の顔を見る。
当然、相手も見返してくる。
(くぅぅ~~、恥ずかしい)
グッとこぶしを握り締める。
「先輩……あたし、先輩のことが――」




