違えたレール 2
クラリスの体から突き出たヴィオラの腕は真っ赤に染まり、指先からポタポタと赤い滴を垂らしている。
緊迫した空気は静寂に変わり、誰もがその光景を前に動こうとしない。
「……まさか、こうくるとは思わへんかったで」
「…………当然でしょう。悟られたら困るもの」
クラリスは優しく微笑んでヴィオラの頬を撫でた。
「あなた一人で逝かせるわけないじゃない」
「――おまえ!」
腕を抜こうとしたヴィオラをクラリスが素早くとめた。
「待ちなさい。抜けばまた正気を失うわよ………………いいから、このままにしてて」
ヴィオラの瞳は赤いままだが、そこには理性と深い悲しみの色があった。
対して、クラリスは苦悶の表情と、額には大粒の汗を浮かべている。
「……クラリス。お前の目的はわかっとるから、いまさらどうしてなんて訊かへんけどな……一体何がそうさせたんや? こんなんどう考えてもおかしいで?」
「……ごめんなさい」
「お前かて『自分の意思で始めたことじゃない』ってわかってんのやろ!? けどそれを知ったんは、後戻りできんとこまできてもうたからこうなっただけで、チャンスさえあればやり直しができたんやろ!?」
「………………」
「こうなったことに文句は言わんよ。起こったもんはしゃーないしな。けどお前のことや、ある程度の推測はできてんのとちゃうか?」
「こんなことをやろうと思わさせられた原因、でしょ?」
「そうや、わかっとるやないけ」
「……それがわかったところで、もう終わってしまったのよ?」
「アスハとユメリはこれからも生きてかなあかん。ウチらと同じことをさせんように情報は残しとくんや」
ヴィオラが俺と楼園を見る。
俺たちは何が起きたのか、二人が何を話してるのか、理解できずにただ呆然としていた。
「……残念だけど、何もわからないわ」
「ウソ言うなや!! そんなわけあらへんやろ! お前がそんなっ――」
ハッとしてヴィオラはユメリを見た。
「……おい、まさか?」
「……」
「まったく、困ったもんやなほんま」
納得した顔でふーっと長いため息を吐き、ヴィオラの視線が俺に移る。
「にぃちゃん、最後の仕事や。にぃちゃんの能力使うてウチを殺してくれや」
突拍子すぎて、純粋に頭がその言葉の意味を理解しなかった。
「なっ、なんでそうなるのよ!?」
代わりに俺の隣で倒れていた楼園が声を上げた。
「それがクラリスの目的やからや。にぃちゃんに能力を与えたんはそのためや。今はチビッ子の力を借りてるようやけど、ウチを殺すにはクラリスが第三者に与えた能力やないといかんからな」
「……なによそれ?」
楼園が俺を睨んでくれるが、そんなのは俺が訊きたいくらいだ。
「クラリスの行動は全てユメリを想うてのこと。ウチらには血縁者を見ると『相手を殺したくなる衝動』ってクソみたいなもんがある。姉妹によって相手は違うが、ウチはクラリスとユメリを見ると見境がなくのうてまう。クラリスは自分を守る力があるからええんやけど、ユメリにはそれがない。言うてまえば、ウチはユメリの天敵になるわけや」
「……なに、言ってんの? 姉妹とか、ヴィオラあんた、前からユメリのこと知ってたの?」
「かんにんな千種。けどユメリが千種の事と関係があるかは確証が持てんかったんや。だから『二人は絶対に出会わない』ようにしとったつもりやったんやけど、上手くいかんもんやな」
俺はクラリスを見る。
相変わらずヴィオラの腕を生やしたままで出血も酷いが、表情は苦しそうなもののまだ余裕があるように見える。
あの状態で余裕があるなんていうのもへんな話だが、俺の視線に気づき笑って頷いて見せた。
「ヴィオラの話は真実よ。本当はもっと上手くやるつもりだったのだけど、慣れないことはするものじゃないわね」
ヴィオラを殺すために俺に能力を与え、まさに今がその時なのか、俺を見る瞳には期待の光が混じってる。
「じゃあなんでユメリを俺に憑かせた!? ユメリは俺の能力を消すために動いてくれたんじゃないのか!?」
「ええ、そうよ。でも言ったでしょう? ハルの能力が消える頃には、全てが終わってるって」
ユメリと始めて会った日の夜を思い出す。
確かにクラリスはそう言ってた。
あの時からこうなることがわかっていたのかよ?
「ユメリをあなたに憑かせた本当の目的は、ヴィオラを誘い出すためよ。私の力では捕まえることができないし、ヴィオラは自らユメリに近づこうとしない。でもユメリの能力なら強引にヴィオラと接触させることができるでしょう? ハルの役目は、ユメリの能力の触媒となって、ヴィオラを逃がさないようにすることも含まれていたの」
能力の触媒だと?
……なるほど、これもあの日の夜にクラリスが言ってたじゃないか。
俺の能力はクラリスたちのような、人間以上の存在じゃないと消せないと。
ヴィオラを巻き込むことはすでに想定済みだったってわけだ。
けどクラリスの話は根本的におかしい。
ヴィオラはユメリを殺そうとなんて思ってなかったじゃないか。
むしろ話を聞けば聞くほど好意的だ。
それをこんなことまでして追い詰める必要はあるのか?
「クラリスの言うとることは感情論なんや。いくらチビッ子に害をなそうと思わんからって、ウチの存在自体が脅威やからな、そりゃ心配の種にもなるで。それにな、もうホンマどうにもならへんのや。こうなったからには最後までやり通さんとな。だから頼むわにぃちゃん、ウチを殺してくれ」
「だからなんであんたが死ななきゃなんないの!? あんたは何にも悪いことしてないんだからそんなこと言わないでよ!!」
楼園の叫びはすでに懇願。
こいつもヴィオラが本気だとわかってるみたいだ。
「それに、ハルがヴィオラを殺さないと、逆にここにいる全員が殺されることになるのよ」
諭すようにクラリス。
「……なんだよそれ。もうわけわかんねぇよ!」
「ヴィオラが理性を保てているのは私がこうして抑えつけているから。けど私がこのまま死ねば再びヴィオラは理性を失って、今度こそユメリを殺すでしょう。もちろんそうなったらあなたも死んでしまう。そして恐らくは、もう二度とヴィオラの理性は戻らず、目に映る全ての生物を殺してしまうかもしれない」
「……そんなの冗談じゃないぜ。どっちを選んでも俺は泣かなきゃならねーのかよ」
ここで逃げればヴィオラが大勢を殺し、能力を使えば俺の大切な人が死ぬ。
「心配しなくても大丈夫。今ならあなたが能力を使っても、その後誰も死んだりしないわ。だって、私が死ねばあなたの能力も消えるもの。能力の代償は、行使が終わった一時間後に回収されるけど、その前に私が死ねばそれもないのよ」
「……なに?」
「最初からそのつもりだった。ヴィオラだって私の大切な妹だもの、一人で逝かせるわけないじゃない」
「同じ妹でもユメリの扱いとはずいぶん違うんだな?」
「……ああ、言ってなかったわね。あの子は――」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
突然の哄笑。
狂ってるようにも聞える哄笑が一瞬で場を支配した。
全員の視線が、今まで沈黙していた影に向く。
「なにクセェこと言い合ってんだよガキ共が! 死にてぇつってんだから殺してやりゃあいいだろ? 一緒にあの世に送ってやりゃあいいだろ? そうすりゃみんなハッピーになれんだろ? こちとらいい加減見飽きたよ。なんなら私が全員一緒に潰しちゃいましょうか? キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
黄金の瞳は誰の幸福も望んではいない。
ただ絶望に喘ぐ光景だけを欲している。
なにがそんなに愉しいのか、三日月の形に口を歪めて笑っている。
「……ユメリ、だよな?」
訊いておいて、それが肯定されたとしても信じる自信がない。
容姿は同じなのにまるで別人。
体から発するエネルギーとでもいうのか、そういうものが以前とは比べられないほど周囲を圧倒している。
「ふん。己の憑き物かどうかもわからないなんて、所詮は雑魚」
アイツが言葉を発する度に体に重圧が掛かる。
耐えれば耐えるほど体に圧し掛かる呪いのよう。
「……金色の瞳。おまえ! やっぱりおまえがそうだったんだ!!」
突然楼園が吼えるも、まだ体の自由が利かないのか、地に這ったままだ。
「おや、誰かと思えばあの時の娘だね。よく生きてたね。自力で魑魅魍魎を祓ったのか?」
「なっ!? なんでユメリがそんなこと知っとんのや!? それともホンマにおまえが千種のお父ちゃんたちを殺したんか!?」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! そうか、ヴィオラが憑いた娘はコイツだったか! 面白い偶然が起こったもんだ。だけど殺したなんて人聞きが悪い。あの者たちは自ら殺しあってただろ? 私は一切手を加えてないぞ? ああ、ただ男の願望を少し叶えてやったけどな。むしろ私には賛辞を送るべきではないのか? 無償で人間の夢を叶える私は尊いよ? キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
不快に嗤うユメリの姿をした何か。
「あれはおまえが全部やったんだ! 都合のいいことを言うな!!」
体を震わせ無理矢理立ち上がる楼園。
その目には薄っすらと涙が滲んでいた。
「あれあれ? おかしなことを言う娘だね。お前だってあの場所にいたよなぁ? お前の母が父を殺して、そのあと自分も自殺したのをその目で見てたよなぁ? 私と一緒に見てたよなぁ? キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「お母さんは殺してなんかない! 全部お前が悪いんだ!」
「どうなっとるんや? ユメリはどうしたん!?」
ヴィオラがクラリスに問うも、首を振られるだけ。
「……私にも、わからないわ…………あの子が………………あんなに、なるのなんて初めて…………まるで、別人みたい。気配も全然違うし」
クラリスの声が弱々しい。
「おい! しっかりせえよ! っちぃ! クラリスもそろそろ限界か! にぃちゃん、千種を連れて逃げぇや!」
「……え? あ、でも」
「いつまで地べたに這いつくばっとんねん! もう立てるやろ! ようわからんけどユメリはなんかヤバイ! このままやとホンマにここにいる全員――」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハ! そうだよみんな殺しちゃうよ? だから逃げるのなんてだめだって。もうお前たち見飽きたって言ったでしょ? ここで終わりなの、ゲームオーバー」
全身の毛が逆立った。
あいつの声に体が萎縮して、小刻みに震えてる。
正直、ヴィオラの比じゃない。
アイツの明確な殺意はそれだけで有害だ。
あの瞳に睨まれただけで抵抗すら無駄に思える。
アイツは存在自体が暴力だ。
「さぁさぁ、そろそろお別れだよ、子供たち」
「なっ!?」
アイツが少し手を振っただけで世界が崩れた。
空気が固まった様な錯覚。
いや、実際に固まったようにしか思えない。
例えるなら氷の中に閉じ込められてる様。
故に身動きがとれず、呼吸もできない。
周りのみんなはどうなってるのかさえ確認ができず、ただアイツの笑い声だけが耳に入ってくる。
「なんだよ、クラリス死ぬの早ね。もうちょっと耐えて見せてもいいよね? ああ、でも、腹に穴開いてたからしょうがないね。他の三人はがんばらないとダメよ? わざと死のうとしたら地獄見せちゃうよ? キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
いい加減ムカつく笑い声。
クラリスが死んだのは俺にも伝わってきた。
あいつからもらった能力の感覚が無くなったからだ。
ずっと嫌ってた奴なのに、死んだとわかった途端なんでか胸が痛い。
なぜなら、最後の最後でクラリスの本当の顔を見てしまったから。
体を貫かれた時、クラリスはヴィオラを優しい顔で撫でた。
妹を想って大切にしてる姉の表情だった。
アスハはクラリスのことを優しいお姉ちゃんと言ってた。
とても信じられる言葉じゃなかったけど、本当に優しい奴だったのかもしれない。
それなのに、何かの間違いで道を外してしまったのなら、こんな最後はあまりにも酷いと思ったから、俺はクラリスの死を悼んだ。
■ ■ ■ ■ ■
「そうだよ。本当はお姉ちゃんはすごく優しい。ハルの考えたとおり道を間違えただけなんだから」
――え?
突然目の前が真っ暗になり、女の子の声が頭に響いた。
光もなく、無音の世界。
誰だ? と声を出そうとして出せなかった。
体が動かないのは継続中らしい。
けど暗転してからはアイツの声も聞えなくなったし、苦しさもなくなった。
いや、身体そのものの感覚がない。
もしかしなくても俺……死んだ?
「もうすぐ死ぬけど、まだ死んでない。考えるだけで伝わってくるから喋る必要もないから」
すごく嫌なことを言われた気がする。
それに、この声は誰なんなんだ?
死ぬ間際の幻聴だろうか?
走馬灯を見るって通説だけど、実際は幻聴が聞えるんじゃないだろうな?
「失礼な奴。ユメリの声忘れたの?」
今なんて言ったよ?
ユメリだって?
あきらかに声色はユメリより年上だし、あいつはそんな流暢に喋ったりしないぞ。
「いつもはしょうがないの。それにああいう喋り方も可愛いと思わない?」
自分で言ってりゃ世話ないぜ。
「信じられないなら、これならどう? ハルの背中の真ん中に、小さい三つのホクロがあるでしょ」
……なんで知ってんだこいつ。
確かに俺の背中には三つのホクロがある。
自分ではなかなか確認できないが、小さい頃姉ちゃんに指摘されたことがあって知ったんだ。
「一緒にお風呂入ってるんだからそれくらいわかるよ。ハルはユメリの下半身ばっかり見てるけど」
見てねぇよ!
「あ、やっぱり? 全然ユメリの体に興味持ってくれないから、女としてハルの反応の無さには傷つきます」
いや、逆に反応してたらヤバイだろそれ。
声色から十六か十七才くらい。
よく聞けばユメリの声の面影がなくもない。
全然雰囲気が違うけど、ホクロのことも知ってたし、ユメリだと思っていい……のか?
「しょうがないな、特別に姿を見せてあげるよ。そしたら一目でわかるよ」
……最初からそうしてくれ。
突然暗闇に覆われて馴染みの無い声に話しかけられ、不安にならない奴なんていない。
せめて相手の姿くらい見えてないと落ち着けやしないぜ。
闇の中から人影が薄っすらと滲み出て――そこで止まった。
人影だとわかる程度で、顔とかぼやけてよく見えないじゃないか。
「あれ? わからない? 残念だね。ユメリちょー美人なんだから」
自分で『ちょー美人』なんて言うあたり少しバカっぽい。
ハッキリと見えなくても、青く長い髪は認識できる。
それだけでも、こいつはユメリなんだと思わせる判断材料にはなった。
ただそうなるとますます訳がわからなくなってくるわけで、俺の頭の中でユメリは三つの顔を持つことになる。
無表情で大人しいユメリ。
瞳を金色に染めて悪魔の様に笑うユメリ。
幼女から少女になって話しかけてくるユメリ。
「勘違いしないで。今みんなを苦しめてるのはユメリじゃない」
じゃあどこのどいつだよ?
「あいつは死にぞこないのババア。傍観してたくせにいきなり現れてお姉ちゃんを殺したクソババア」
ギリッと歯軋りが聞えたような気がした。
よく話が飲み込めないんだが?
「説明してもハルには理解できないからしない。現時点でみんなあのババアに捕まってどうしようもないし、ユメリもいきなり殺されたから、もうすぐハルも死んじゃう」
まてまてまてまて!
ユメリが殺された?
いつ殺されたんだ?
ついさっきまで目の前で笑ってたじゃないか!
ユメリの痛みは俺にも伝わる。
けど俺は何も感じなかったぞ。
「バカハル! だからあれはユメリじゃないってば! もうそんなことはどうでもいい! 大事なのはこれからなんだから!」
これからって、お前はもう死んでんだろ!?
それで俺も死んじまうんならこれからもなにもないじゃないか!?
「それは違う。こんな終わり方は許さない。お姉ちゃんたちは会うことが出来なくてもお互いの心に触れ合うことが出来てた。それだけも幸せだった。それなのにみんな不幸になった。ユメリはみんなのことが大好き。あのババアは大嫌い。だからみんながいなくなって、あのババアだけが笑って終わるのなんか絶対に許さない!」
力強く、次の言葉を言う。
「これまでのことを『無かったことにする』」
……なに?
こいつは今なんて?
「ユメリが出来る一度きりの奇跡。何もしなければまた同じことの繰り返しだけど、そうならない為にハルには死ぬ気でがんばってもらう。実際、ユメリの命も預けてるんだから」
言ってる意味がさっぱりわからず、文字通り返す言葉が無い。
こっちはただの高校生だ?
俺に何をしろっていうんだ?
「説明しても忘れちゃうから意味が無い。けどこれだけは言っておくよ。『無かったこと』にできるのは一度きり。一回使っちゃったらもう二度と後戻りはできないから、絶対に同じ道は通らないで」
だからなんでそれを俺に言う!?
後戻りできないのなんて当たり前すぎて、さっきからお前の言ってる意味がわかんねぇよ!
「つまりは『時間を数日前まで巻き戻す』ってこと。ハルにお願いしてるのは、お姉ちゃんたちを救えるのがハルしかいないから。だからお願い。お姉ちゃんたちが幸せになれるように導いて!」
導けって言われてもどうすりゃいいんだ!?
俺はお前たちみたいに変な力は無いんだぞ!
あの金色の目の奴とどうやって戦えってんだよ!?
「導き方なんてユメリにもわからない。でもユメリたちじゃダメなの。千種でもダメ。決められた駒はどう足掻いてもルールから逃れなれないけど、ハルはイレギュラー。ルールに縛られず、限りない可能性を持ってる。本来ならここで死んでしまうお姉ちゃんたちをハルなら助け出せるの。それに一つ勘違いしてる。あのババアはぶん殴ってやりたいけど、あいつは放っておいてもかまわないよ」
俺がイレギュラー?
どういう理由なのかは知らねーけど、異分子扱いされてるみたいでいい気分じゃないな。
それにあいつは構わなくていいつっても、あいつが全部仕組んだことじゃないのかよ?
「言ったでしょ。ババアは傍観してただけ。それなのに突然現れて好き勝手やってくれた。これはね、叶わぬ現実に夢をみる誰かの『願い』なんだよ」
ただでさえ混乱してるってのに、さらに訳のわからんことを言うのはやめてくれ。
つまり俺は数日前に戻って、今みたいなことにならないようにすればいいのか?
「半分ハズレ。半分正解。さすがハルだね。事情は飲み込めてなくても、もう順応しようとしてる。ハルのそういうところが『普通じゃない』んだよ」
普通じゃないね。お前らに何度その言葉を言われたかわからんな。
なら黒幕は誰だ?
時間だけ戻ったってそれがわからなきゃ意味がない。
「順応が早いと思ったら肝心なところがまるでわかってない。よく聞いて。黒幕なんていないの。これは誰かの『夢』の構築。だけどうまく成らず失敗してしまった。『夢』を創るための環境は揃ってるけど、ちゃんと実らすには上手に育ててあげないといけないの」
……ああ、そう。
悪い。さっぱりわからない。
黒幕はいない? 誰かの夢の構築?
つまり誰かがこうなりたいって思ってることに付き合わされてるだけじゃないか!
いや、誰かじゃない。本当はユメリがやりたいことなんじゃないのか!?
誰でも巻き込むくらい凄い力持ってんだろ?
時間を巻き戻すなんてことをやろうとしてるぐらいだしな!
「残念。これはユメリの『夢』じゃないよ。ユメリは願う者じゃなくて叶える者だから。それにね、どうしてもわかってもらう必要はないんだ。だって、時間を戻せばハルはこれまでのことを全部忘れちゃうもん。いま話してることも全部ね」
……なんだよそれ。マジで意味わかんねぇ。
全て忘れるならどうしようもないじゃないか!?
「ごめんね。少しでいいからお話してみたかったんだ……またあの姿に戻ったらお話できなくなるから」
あの姿って……何者なんだよおまえは?
「カッコよく言えば『夢』に憑き『夢』を創る者。ファンタジー世界の魔法使いが、現実にやってきたって言えば解りやすいかな?」
おまえ別の世界の人間なのか!?
信じらんねぇ!
「バカハル。今のは喩えだってば。実際にユメリもこの世界で生まれて育ってるんだから。人間と同じ姿をしてるけど、生命の起源が違うってこと」
……そうですか。
もう何を訊いても俺の常識範囲外なんだろうな。
「じゃあそろそろお話も終わりにするね。あんまり長くしてるとババアに気づかれちゃう」
正直なところ全然事態を把握してないんだけどよ、要は全部忘れて一からやり直しってことだろ?
「うん」
そっか。
まあこのまま死ぬよりはマシだよな。
ならまたヨロシク頼むぜ。
あんまりワガママ言うなよ。
「……驚いた。てっきり自分は関係ないんだからとか言うかと思った」
心外だな。
確かにそう思うところもあるけど、頼られてんじゃほっとくわけにもいかないし、どうせ嫌だって言ったところで巻き込まれんだろ?
「…………そうでもない。ハルのこと好きだから、ハルが嫌だって言うなら強制はしないよ。お姉ちゃんと会わなければ絶対に巻き込まれることはないから」
……あ、そうなんだ。
「…………………………」
だからってここで抜けるのは後味が悪いよな。
いいよ、付き合ってやる。
誰がどんな未来を望んでんのか知らねぇけど、それでユメリたちも幸せになれるってんなら悪い気はしないし。
「また死んじゃうかもしれないのに? もう二度とやり直せないのに?」
普通は人生をやり直すなんてことできないんだよ。
ユメリがそんなすげー力持ってなかったら、俺はここで死んでたんだろ?
それをリセットしてもらっておいて自分だけ逃げるわけにいかないじゃないか。
それに最初に言ってただろ。お姉ちゃんたちを救えるのは俺しかいないって。
俺がいなくなったら困るんだろ?
「……うん、すごく困る」
ならやるしかないよな。
まあ次は上手くやろうぜ。
「そう願いたいけど、どうなるかなんてわからない。いま教えたって意味がないけど、みんなのことをもっとよく知ることが大切だと思う。誰かに教えてもらうんじゃなくて、ハルからお姉ちゃんたちや千種に歩み寄ることが大切」
そう言われてもな、どう近づけってんだよ?
楼園やヴィオラはともかく、クラリスなんか全然姿を見せなかったじゃないか。
「だから簡単にはいかないんだよ。でもハルならきっとできる」
責任重大だな。
姉ちゃんみたいになりたいってクラリスに話したことから始まったこの出来事。
普通に生活して、普通に学校を卒業するはずだったのに、まさかこんなとんでもない奴らに関わるなんて思いもしなかった。
卒業後の進路で悩んでた自分が可愛く思えるほどに。
刺激を求めてたわけじゃないし、繰り返しの日常に不満があったわけでもない。
むしろのんびり生活できるならそれが一番いいのに、こういう役はもっと頭が良くて運動神経の良い奴にまかせたほうがいいんじゃないかって本気で思うけど、そうはいかないんだろう。
きっちりご指名されてるし。
「大丈夫。ハルの『夢』もちゃんと叶うよ」
……え?
小声で呟くもんだからよく聞き取れなかった。
「残念だけど、もう時間切れ。それじゃあハル、また会おうね」
え!? あっ、まて!
最後に教えてくれ!?
「なに?」
どうしてユメリは俺をこんなに信用するんだ!?
ほとんど話もしてないのに自分の命を預けたり、そこまで俺はおまえに価値のある奴なのか!?
依然として表情は見えないが、ユメリがクスッと微笑んだ気がした。
「それはね、たぶんハルはユメリの――」
彼女の姿が闇に溶けていく。
急激に薄れゆく意識のせいで、彼女の言葉を最後まで聞き取ることができなかった。
睡魔に似た感覚に襲われ、思考することも不可能になり、俺の意識はプツリと切れた。




