違えたレール
「……あのガキどもが」
ヴィオラが悪態を吐きながら後方を確認。
三人が追ってくる気配はない。
適当に移動して辿り着いたのは、大きな噴水が設置されている公園。
ハルとクラリスが出会った場所だ。
正直なところ、ユメリさえ追ってこなければ問題はない。
千種やハルだけだったら、現状を確認する為に話をしてもよかった。
とはいえ、二人だけなら自分を見つけることなんてできなかっただろう。
(チビッ子のやつ、なんのつもりやねん?)
ユメリの能力の仕業で『偶然を装った必然』でばったり会ってしまうのならわかる。
自分を利用しようとしてるのだから、いずれはそうなるだろうと覚悟はしていた。
しかしさっきのは明らかにユメリの意思で近づいてきたのではないか?
千種の現れた方向と、最初にユメリを感知した場所から考えて、両者は同行してきたとしか考えられない。
どうしてそんな展開になったのか興味は尽きないところだが、自分にとって望ましくない状況である。
(千種はウチのこと探してて、チビッ子に居場所がバレてんのなら向こうから来ない理由がないもんなぁ)
普段ならどうってことない事でも今はまずい。
この際、経済的に追って来れないような国外にでも行こうか?
それも悪くないと考えたその時――周りの空気が一変した。
「なんや!?」
急激な気温低下。
幾つもの雑音や噴水の音、全ての音が消えた。
辺り一体が自然現象では在りえない力場に包まれたのだ。
「……今まで姿を現さんと思とったら、ようやくおでましかい」
しかも最悪のタイミングだ。
この力場自体に害はない。
ただ狙った対象を『中から逃がさない』程度のもの。
本気になって時間を掛ければ抜け出せないこともないが、そんなことをしている間にユメリたちが追ってくる可能性が高い。
「ほんま、ようやってくれるで」
仕掛けた張本人はすでにわかっている。
「クラリス! 出てこいや!!」
一連の騒動を引き起こした張本人、クラリスがようやく現れた。
「こっちから連絡しても返事をよこさん奴が、いらんときに現れよって」
気配を探っても存在を感じ取れない。
だが必ず近くにいる。
そして、恐らくクラリスの計画も大詰めだ。
「あなたの前に立つわけにはいかないのよ。ごめんなさいね」
クラリスの声が響いた。
小癪にも、発生源から位置を覚らせないために声を何重にも反響させている。
「ほな先週姿を見せたアレはなんやったんやろな?」
「あなたをひと目見たいからって言ったでしょう。それに最後くらい、ちゃんと私の姿をあなたにも見てほしくてね」
感情を隠す必要がないのか、声色は沈んでいた。
「おお、ちゃーんと見とったで。ほとんど後姿やったけどな」
すぐに追走劇に変わってしまったので、その表情を見たのはほんの数秒だったが。
「自分で何やっとんのかわかってんのか!?」
愚問だ。
クラリスは自身の行いを把握できないほど愚かではない。
そうだとわかっていても、本人の口から事の理由を聞きたかった。
「アスハまで巻き込んで何がしたいんや!?」
「あなたなら、私が何を考えてるのか予想はできてると思うけど?」
確かに。
クラリスの狙いは、この段階にきて確信が持てるほど予想はついていた。
「……ただ、アスハは巻き込むつもりはなかったのよ。あの子には知られずに終わらせるつもりだった」
「なんやて?」
アスハの件はずっと疑問に思っていた。
なぜ彼女を巻き込む必要があるのか見当もつかなかったのだ。
しかしクラリスはそれも見越していたのだろうと考えていたのだが、どうもそうではないらしい。
「ちょおまてや。ほんならアスハは何のために巻き込まれたんや? いつの間にかチビッ子の能力が見境なく何でも巻き込むようになったなんて言わんよな?」
大雑把にいえば、ユメリの能力は見境がないが、それでもまったく関係のないモノは巻き込んだりしない。
「私だってあの子の力は完全に把握しきれてないのよ? それはあなただって知ってるでしょう? それにユメリの能力はハルの事情に関わってるから、もしかしたらアスハのことが必要なのかもしれないわね」
「お前がそれを言うんか? まさか計画もそこそこに動いたわけちゃうん……やろ?」
疑問が過ぎる。
一連の出来事はクラリスの計画があってのもの。
だからこそ引っかかるものがある。
クラリスが有能だからこそ、アスハの件を見抜けなかったことが不自然だった。
「おい、ホンマはクラリスも気づいてんのちゃうんか?」
「だからと言って、もう後戻りはできないでしょう?」
やはり本人も気づいている。
クラリスの行動は本人の意思で行われたものではない。
「……クラリス……おまえ」
「もう遅いのよ。それに勘違いしないでね。これは『私がやり始めたこと』なの。それにヴィオラ、あなたの体も元には戻らないでしょう?」
「しばらく放っておいてくれたらどうなるかわからんで?」
一定の段階から衝動が治まらないことを彼女は見抜いている。
「残念だけど、それはできない」
そんなことは最初からわかってる。
こうして話してる間に、千種たちの気配がだんだんと近づいてきていた。
仲のいいことに三人一緒だ。
もう逃げられない。
後はなるようになるしかないというわけだ。
「ちゃんとアフターケアはしてくれるんやろな?」
「アスハと千種ちゃんのことならカノンに任せてあるわ。メンタルケアは保障できないけど、やれるだけのことは指示してあるから心配しないで」
「ふん。メンタルケアが一番重要やっちゅーねん。ま、あのにぃちゃんもいることやし、一人にはならんか」
「……ごめんなさい」
クラリスの言葉に他意はない。本心からヴィオラに謝罪していた。
「まあええわ。ほんならせめて――楽に殺してくれや」
■ ■ ■ ■ ■
「ヴィオラ!」
楼園はヴィオラの姿を見つけ走っていった。
俺たちはヴィオラの視界に入らないように木の陰に隠れて待機。
「逃げるの諦めたみたいだな」
なんにせよ、これで俺たちの役目は終わりだ。
俺が水を汲んで橋の上に戻ったとき、楼園とユメリの空気が出発時よりも酷くなってたのが気になるが、結局楼園に急かされて何があったのか教えてもらえなかった。
道中ユメリに訊いても、話してただけ、としか答えないから何を話してたのかさっぱりわからない。
他にも楼園と話し合っておきたいことがあるんだけど、さてどうしたものか。
楼園が能力を使える時間は三十分しかなくて、それを過ぎると動けなくなるとか言ってたし、俺は俺で、ユメリの能力の反動があるみたいだし、今日はまともに話し合ってる余裕はないかもしれないな……
しかもユメリは痛くなるとしか言わないから、それがどの程度のものなのかかなり不安だ。
せめて全身筋肉痛くらいにしてほしい。
肝心のユメリを見ると、瞳を血色くしたまま、キョロキョロと公園内を見回していた。
普段動かない奴だから、こんなに視線を彷徨わせてるのを見ると少し不安になる。
「……どうした?」
「きけん」
危険とだけ告げる。
実にシンプルで解りやすい。
「危険て何が!?」
ユメリを真似て俺も周りを見渡す。
これといって不自然なところはないが、こいつがこんなキョロキョロしながら危険なんて言うからには結構ヤバイんだろう。
「何が危険なんだよ!? 逃げたほうがいいのか!?」
いや、問答をするくらいならさっさとここから離れたほうがいい!
「にげられない」
「な! なんで!?」
ユメリを抱きかかえようとした手が止まる。
「おねえちゃんのけっかい。にげるのむり」
「けっかい? 結界? ああもうよくわかんねぇけどクラリスが何かしてるってことかよ!?」
「うん」
どういうことだよ、さっぱりわかんねえ!
なんでここでクラリスが出てくる?
あいつの結界とかで逃げられないのはどう考えてもおかしいだろ?
ヴィオラがすぐ近くにいるのに、どうして俺たちの行動を塞ぐ必要がある?
ユメリのことを優先させるなら、むしろこの場所から離れる手助けをするのが道理だろ!?
ゾワ――
突然全身に悪寒が走った。
刃物を突きつけられてるような恐怖感。
ぶわっと全身の毛が逆立ち、その殺気を浴びてるだけで動悸が激しくなる。
「ヴィオラ、まずい」
「まずいってなにが!?」
訊いておいて俺は理解していた。
気配だけで殺せそうな殺気を放ってるのはヴィオラだ。
――つまり、俺たちはヴィオラに狙われている。
慌てて楼園たちが見える場所まで移動した。
■ ■ ■ ■ ■
「ヴィオラ!?」
楼園が近寄った途端、ヴィオラが目の色を変え苦しみ始めた。
「――っちぃ! 千種に説明してる暇もないんかい!」
抑え込んでいる欲望が膨れ上がり全身が震える。
血液が沸騰してるような錯覚さえ覚える。
なにせ吐く息が異常に熱いのだ。
これはマズイ。
いつ意識が途切れてもおかしくない。
意識が途切れることは活動の停止ではない。
意識が途切れた時こそ、ここまで抑制してきた衝動に飲み込まれる。
つまりは自制が利かず、目の前の千種ですら襲ってしまうかもしれないのだ。
「逃げや!!」
「――っえ!?」
ここまで追いかけてきた千種に、いきなり逃げろと言ってもヴィオラの意図が通じるわけもない。
それはヴィオラも理解していたし、なにより大人しく言うことを聞いてくれるとも思ってない。
だが今は言葉で説明してる時間はない。
自分の異常な状況と短い言葉で、身の危険だと察してもらうしかないのだ。
まさかユメリやクラリスの姿を見ていない状態でこんな症状になるとは。
あなたの体は元には戻らないと言ったクラリス。
その言葉に間違いはない。
ユメリの姿を見なくとも、近くに寄られただけでこの有様だ。
なるほど。
クラリスはこうなることも見越してここで足止めをしたわけか。
千種はいつにもなく弱気な表情をしていた。
(……ああ、かんにんな。まさかこんなことになるとはなぁ)
潔くユメリとの関係を話しておけばよかった。
強引にハルとの話し合いを進めるべきだった。
そしてもっと早くクラリスの状況を把握しておくべきだった。
起爆人はクラリスだが、事の原因は別にあるはずなのだ。
後悔だけが胸に残る。
だって、こんな別れ方はあまりにも――
不意に意識がフッと軽くなった。
これ以上はもう耐えられない。
ヴィオラの瞳は最後に千種を映し――欲を満たさんとその身を跳躍させた。
■ ■ ■ ■ ■
「ユメリ!!」
猛烈な殺気を感じ、咄嗟にユメリを抱えて横に飛ぶ。
直後に現れたヴィオラは一瞬で俺たちの前に立ち塞がった。
その足元、さっきまでユメリが立っていた地面が、何かを叩きつけられたかの様に割れている。
本気で殺すつもりだったのか!?
「……遠慮はしないってか?」
「遠慮? そんなもん最初からしとらんわドアホ」
「っえ!?」
突然視界が切り替わり――
「ぼさっとするな!!」
走ってきた楼園に体ごと吹っ飛ばされた。
一瞬前までいた場所には無感情の視線を向けているヴィオラが立っている。
そうして楼園に助けられたんだとようやく気づく。
「悪い」
ユメリを抱えなおして体勢を立て直す。
「あいつがあんなになるのは、やっぱりユメリが原因みたいね」
「原因っつーか、そういう体質なんじゃねーのかよ?」
「体質って……水衛、あんたヴィオラがああなる原因知ってるの!?」
「知ってるも何も、逆に楼園が知らないのはおかしくないか?」
「おかしいことあらへんがな。ウチがなーんも話さんかったんやからな」
「……ヴィオラ、あんたね」
おかしな話になってきた。
「楼園、ヴィオラを探しといてなんだけど今は逃げよう。そしたら俺の知ってることを全て話す」
「バカ言わないで。やっと見つけたのにアイツを置いてなんかいけない。要はあんたたちが離れれば済む話でしょ? だったらあんたたちだけ逃げればいい。話し合いは後日、こっちから連絡するから――」
「そういうわけにはいかさへんで!」
ヴィオラが動く。
「あんたは大人しくしてなさいよ!」
楼園が俺たちの壁になり――
「邪魔!」
ヴィオラは躊躇いもなく彼女を払いのけた。
踏ん張ろうとした楼園は簡単に吹っ飛ばされ、そのまま立ち上がらない。
「くそ!」
楼園には悪いが構ってる暇はない。
ユメリを抱え直し全力で逃げる。
幸いユメリの能力はまだ生きている。
クラリスの結界とやらが問題だが、そう簡単にやられたりはしないだろ、たぶん。
「甘いわボケ!」
「なっ!」
ヴィオラの声が耳元で聞え、横腹を物凄い力で蹴られた。
吹っ飛ばされた拍子にユメリとも離れてしまう。
「くそ!」
ユメリの能力は体の強化もしてくれてるのか、蹴られた衝撃はすごかったものの、痛みはほとんどない。
すぐに体を起こし駆け寄ろうとすると――
「しぶといやんけ」
「ッかは!」
胸を蹴られ一気に肺の空気が押し出される。
蹴り飛ばされた先は楼園のすぐ近く。
その姿を見て青ざめる。
「おっおい! 大丈夫か!?」
体を抱えて苦しんでいた。
「…………ごめ、ん…………能力……切れた」
「マジかよ!?」
能力の持続時間は三十分。
それを過ぎると動けなくなるってことだけど、つまりはこういうことか!
恐らく能力を行使した反動が体を蝕んでるんだろう。
ユメリの言葉から察するに、たぶん俺も楼園のようになるのか。
ユメリを見れば、倒れた体を起き上がらせてるところだった。
クラリスは俺の能力を使ってユメリを守れと言った。
ユメリ自身に身を守る術はないとも言った。
だが実際ユメリは俺に力を与えている。
ならヴィオラと対抗できる力を実は持ってたりするんじゃないのか?
幼い瞳はヴィオラではなく、俺を映している。
「くっそ!」
対抗できる力があるからなんだってんだ!
俺が守れるなら守ってやればいいじゃないか!
グッと足に力を入れる。
「あ……れ?」
そのまま力が抜けて前のめりに倒れた。
「無理せんと、そこで大人しくしとけや」
ヴィオラが笑ってる。
俺の隣で苦しんでる楼園を気にもとめていない。
楼園がいれば何とかなるなんて考えが甘かったことを痛感する。
「ユメリに手ぇ出したらただじゃすまさねえ!」
「ハッハー! ほならどうにかしてみぃや!!」
あざ笑いヴィオラが背を向けた。
本格的にヤバイ!
ヴィオラの仕業か、体に力が入らない。
クラリスの結界が張ってあるって話だけど、こんな状況になってもクラリスは現れない。
まさか見殺しにするつもりなんじゃないだろうな?
あいつの話してたことが嘘だらけだっただけに、ユメリが危険に晒されて現れる保証はない。
「さあユメリ、お別れや」
恍惚の表情でユメリを見下ろしているヴィオラ。
「………………」
ユメリはいつもの無表情で見返している。
「なんやぁ、最後に言うこともないんか?」
「………………」
「ヴィオラ! やめて!!」
千種の叫びが興味を引いたのか、面白そうに振り向いた。
「なんや千種? こいつを殺すんが目的やったんちゃうんかい?」
「……それは……そうだったけど、もしかしたら違うかもしれないの!」
苦しみに耐えながら声を絞り出して訴える。
「もしかしたらやろ? もしかしたらコイツがお父ちゃんとお母ちゃんを殺したかもしれんやん? ここで殺しといても損はないで? ま、ウチはどっちにしろ殺すけどなアハハハ!」
「……ヴィオラ、あんたそんな奴じゃなかったじゃない」
「そりゃこんなウチを千種が知らんかっただけやねん」
冷笑を浮をユメリに向ける。
「ユメリぃ、ウチもう辛抱たまらんねん」
せっかく楼園の考え方も変わってきてるってのに、こんなところで終わってたまるか!
足で立てないなら、這ってでもユメリのところへ。
「ほな」
俺たちの気持ちをあざ笑うかのように、ヴィオラはその腕を――
「さいなら」
渾身の力を込めてユメリに振りかざした。
魔手が襲い掛かろうとするその瞬間も、ユメリは微動だにせず無表情にヴィオラを見上げていた。
そして――
信じられないことが起きた。
ユメリの命が狩られようとした瞬間、突然クラリスが間に入り、ヴィオラの攻撃を受け、その体を――貫かれた。




