探し人
ピピピピピピピピピピピピピピピ!
喧しく目覚まし時計が朝を知らせる。
「………………」
時計の前に立つユメリ。
カチッ――
ピピピピピピピピピピピピピピピ!
「…………………………」
カチカチ――
ピピピピピピピピピピピピピピピ!
バチン!
「こらこらこら!!」
ユメリが目覚ましを叩くのを見て、ようやく俺も体を起こした。
目覚まし時計の隣に置いてあるスマホを取って、アラームを止める。
「!?」
作戦通り驚いてる。
「昨日は俺が起きる前に止められちまったからな、二の舞を踏む前に仕返ししてやったぜ」
スマホのアラーム音の中に、時計の目覚まし音と同じ音が入ってたのを見つけて仕込んでおいたのだ。
「……」
ユメリは少し悔しそうに、無言で出ていってしまった。
さて、二日連続で遅刻するわけにはいかない。
大きく伸びをして、深呼吸。
なんだかんだいって、すっかりユメリとの生活も慣れ始めてきていた。
キッチンに移動して鍋を温める。
一人暮らしで作ると必ず余るのがカレー。
一晩寝かせれば美味しくなるというし、朝からカレーってのもそんなに嫌いじゃない。
「ちょっと食うか?」
「いらない」
アスハが食べてたから少し気になるのか、ジュースを飲みながらチラチラ見てくるユメリ。
「甘口なんだぞこれ」
「いらない」
……じゃあそんなに見るなよ。
窓に目を向けると今日も天気が良い。
朝の陽射しは昼よりも穏やかで気持ちがいいし、こんな日は学校をサボって……いや、ちゃんと学校に行こう。
そもそも学校をサボったせいで、トンデモナイことになっちまってるんだし。
朝食を片付け、俺が学校に行く仕度を始めてもユメリはまだジュースを飲んでいた。
昨日までのようにガブガブ飲むんじゃなくて、味わうようにゆっくりと。
リンゴジュースは一日一瓶。
飲むペースを変えたってことは、ちゃんと約束を守ってる証拠だろう。
人一倍無表情でワガママなところもあるが、こういう素直な一面は微笑ましい。
こいつが来たときはこれからどうなるのか気が気じゃなかったけど、不思議なもので、何もないのならユメリがいても悪くないな、なんて思うようになってきた。
カナちゃんが遊びに来たり、たまに姉ちゃんが帰ってくることはあるけど、普段は俺一人。
賑やかじゃなくとも、誰かと一緒にいるってのはそれだけで気分が軽くなったりするものだ。
と、最近気づいた。
なんて和んでる場合じゃない。
そろそろ出ないと遅刻してしまう。
「じゃあ行ってくるけど、大人しくしてんだぞ」
「ん」
「また勝手に出歩くなよ?」
「………」
「出歩くなよ?」
「………」
返事がない。
わかりやすくて助かるなほんと。
でもさすがにずっと家にいるのも嫌か。
小さいとはいえ、こいつは誘拐される心配もないわけだし、ヴィオラにさえ気をつけてくれればそれでいい。
「おーけー。一日閉じこもってろとは言わないけど、ヴィオラにだけは気をつけろよ。あいつの気配がわかるんだったら、近くにきたら絶対に逃げるんだぞ?」
「しんぱいない」
正直すごく心配だが、本人がそう言うなら信じよう。
「そんじゃ、いってきます」
ひらひらと小さい手を振って応えてくれた。
学校が終わったら楼園のアパートに行くとして、その前にアスハにも会っておこう。
アスハたち姉妹は一体何者なのか詳しく知りたい。
本人にしてみればあまり話したくないことかもしれないけど、俺も一応当事者だ。
少しくらいは立ち入った事情を聞いても文句は言われまい。
…………
……………………
「…………えーと?」
マンションを降りたところで楼園が立っていた。
この世の終わりみたいな表情で俯いてる。
俺が下りて来たことに気づく様子もない。
先日の楼園とは思えないほどの憔悴っぷりだ。
いや、よく見ると顔は青いし髪も乱れてる。
「……えっと、なにしてんの?」
声を掛けられてようやく俺に気づいた。
目の下にクマがあるし、頬も以前より若干やつれてる。
こいつ、ほんとになにしてたんだよ?
「……あ……水衛」
さらに驚いたのが楼園の声がすごく弱々しいこと。
「おまっ……どうした? なにがあった?」
肉体的に弱ってるのか精神的に弱ってるのかなんて判断できないけど、そのか細さはこっちも不安にさせるほどだった。
「……ヴィオラが帰ってこないの。どこにもいないの」
一昨日の夜を思い出す。
二人の様子がおかしくなってきたと思ったら突然ヴィオラが姿を消し、楼園はそれを追っていった。
「……もしかして、あれからずっと探してんのか?」
垂れるように頷く楼園。
あれから丸一日以上経っている。
疲労しきった顔に、今にも倒れそうな体。
「その様子じゃ寝てないんだろうけど、飯は食べたのか?」
「そんな余裕ない! 早く見つけてあげないと、ヴィオラもどこかにいっちゃう」
何を思ってるのか、相当追い詰められてるように見える。
「………………」
「………………」
そしてお互い沈黙。
楼園がここに来た理由も、それ以上なにも話さない理由も俺にはわかる。
楼園は俺に助けを求めに来た。
丸一日以上走り回って、飯も食わずに一睡もしないでヴィオラを探して、それでも見つからずに悩んだ末、俺の助けを求めにきたんだろう。
それでいて彼女は自分の立場もわきまえてるもんだから、本来なら俺に求めてはいけないものだとわかってるからこれ以上言葉が出ない。
一昨晩、楼園はヴィオラと共にユメリを狙ってきた。
そして俺はユメリを守ろうと必死に逃げた。
この両者が相手に助けを乞うのは筋違いもいいとこだ。
それでも楼園は俺のところに来た。
きっと俺なら、正確にはユメリにならヴィオラが探せると考えたんだろう。
確かにユメリにならヴィオラを探す方法はある。
どのくらいの範囲までわかるのか知らないが、ユメリにはヴィオラの気配がわかるらしい。
だからあいつを連れて歩けばきっと見つけてくれると思うし、もしかしたら近くにいなくても居場所くらいなら知ってるかもしれない。
けどそれは俺たちにとって危険な行為だ。
一昨晩のヴィオラは異常だった。
楼園が来るのが少しでも遅れてたら、もしかしたら襲われていたかもしれない。
それに顔を見合わせただけで殺意が湧くような相手を探させるなんて、只でさえ危険だというのに自分から餌になりにいくようなものだ。
「……ごめん。わたし、ちょっとどうかしてたみたい」
「――え?」
不意に楼園は表情を変え、背中を向けた。
おぼつかない足取りで歩いていく。
そもそもヴィオラは楼園の意思を前提にユメリを狙ってきたんじゃないか。
このまま二人が離れれば、ヴィオラが襲ってくる可能性も減るかもしれない。
むしろ俺がいま彼女の気持ちを汲んでしまえば、確実にユメリに危険が及ぶ。
ならこのまま何もしないのが一番いい。
もちろんヴィオラのことはアスハにも相談して意見を聞こうと思う。
いまにも折れてしまいそうな楼園の後姿が角を曲がり消えた。
「ああっ! もう!」
頭をムシャムシャ掻いて楼園の後を追った。
「楼園!」
幸いにも、俺の声を聞いて彼女はすぐに立ち止まってくれた。
けどその表情はさっきよりも酷い。
疲労に加え、迷子になった子供みたいに今にも泣き出しそうだ。
「ヴィオラを探すんだろ? 手伝うよ」
「……なに言ってんの、そんなこと、頼めるわけないじゃない」
それを押し切って来たのはどこのどいつだよ。
「頼める頼めないは関係ない。俺がそうしないと納得できないんだよ。そうだな、こりゃ百パーセント同情だ」
俺を簡単に投げ飛ばすぐらい強気だった奴が、ボロボロになって落ち込んでたら、そりゃ同情だってする。
いい気味だと笑えるくらいの態度を見せてくれればこっちだって気楽なものを、今の彼女はそれをさせないほど酷いありさまってわけだ。
もっとも、そんな強気な態度ができるなら、俺のところになんて来てないだろうけど。
「同情って!?」
あ、ちょっと怒った。
「……そんなに、落ち込んでなんかない」
すぐに意気消沈。
こりゃだめだ。
「とりあえずこい」
「え? ちょっと!」
多少強引だけど、楼園の腕を引っ張って歩かせる。
こうしてても埒があかない。
まずは彼女を休ませないと。
「ちょっとヤダ! 離せこのバカ!!」
急に元気になったのはいいけど、それがかえって楼園の状態を俺に教えてくれた。
嫌がってても、俺の手を振り払うほどの力が彼女にはない。
俺を簡単に投げ飛ばした奴がこんなになるなんて、よっぽど必死にヴィオラを探してたんだろう。
自分でやってることだから文句は言わないが、通勤通学時間なだけに、道行く人たちの視線が痛かった。
マンション前に戻ってきた頃には、楼園も大人しくなっていた。すっげー睨んでるけど。
「どういうつもり?」
「だから同情だって言っただろ。ヴィオラを一人で探して見つからなかったから、俺に協力してほしかったんだろ? こっちの力を借りたいくらいヴィオラが心配だから、わざわざ俺が出てくるまで待ってたんじゃないのかよ?」
「……それは」
ここはハッキリ言っておいたほうが、後々彼女も楽になるかもしれない。
「いいか、俺には楼園に協力する恩も義理もない。むしろユメリが狙われてる以上、見放したっていいくらいだ。けど俺は協力することに決めた。それは何故か、楼園がボロッボロで見てられないからだ。さっきも言ったけど同情だよ。それも哀れみのな!」
「あ、哀れみってあんたね!」
「それでヴィオラが見つかれば結果オーライだろ。ヴィオラが見つかって安心できるなら利用できるものは利用しろよ」
「………………わけわかんない」
俺だってわけわかんねーよ。
そのとき――
「あー! ハルちゃんだー!」
俺たちの空気とは正反対な元気のいい声が走ってきた。
「うわっと!」
水色の幼稚園服を着た声の主が抱きついてくる。
「カナっ! ハル君お話中なのに邪魔したらだめでしょ!」
続いて真夜さんも慌てて近寄ってきた。
「おはようございます。カナちゃんも朝から元気だね」
「ハルちゃんはあんまり元気ない?」
カナちゃんは俺をちゃん付けで呼ぶ。
「いや元気だよ」
「ならいいけど!」
「ごめんねハル君……」
真夜さんは楼園をチラッと見て、
「お邪魔しちゃったみたいで」
すごく勘違いしてそうな笑顔を見せてくれた。
ずっと掴んでいた楼園の腕を慌てて放す。
「いや、違いますから!!」
「え? もしかしてこれから? やだ、私余計なこと言っちゃった!?」
「だから違うんですって!!」
それにこれからってなんだ?
「バスきた!」
幼稚園のバスが来たのを見つけて、カナちゃんがぴゅ―っと走っていってしまった。
「ちょっ――走って道路にでちゃダメ!」
それを真夜さんも慌てて追っていく。
「…………なんなの?」
冷めた視線を向ける楼園。
「……隣の部屋の人だよ」
変な誤解をしてたようだから、後で訂正にいかないと……
思わぬ横槍が入ったが、とにかく話を戻そう。
「とりあえず部屋に入って、話はそこでしよう」
「でも『あいつ』がいるんでしょ?」
「言っとくけどユメリは何もしない。気になるようだったら席を外してもらうし、どの道ヴィオラを早く探したいならユメリの力は絶対必要だ」
そのことは理解してるのか反論してこない。
かなり渋りながらも、楼園は部屋に上がることを承諾し、俺たちはマンションを上がっていった。
……学校は欠席だな。
俺だけがすごく嫌な雰囲気を感じていた。
楼園はユメリを見たとたんギッと睨みつけ、そんなのをまったく気にしてないユメリもジーっと見返している。
二人は場の空気なんて考えず、俺としては息苦しいことこの上ない。
「ユメリ、悪いけど俺の部屋に行っててもらえるか?」
「ん」
素直に頷いて俺と楼園の間を通り、ユメリは部屋から出て行った。
その間ずっと楼園は睨みっぱなし。
気持ちはわからなくもないけど、今からこんなだと先が思いやられる。
「とりあえずソファーにでも座ってろ」
「『あいつ』は?」
「ユメリなら俺の部屋に行ってもらったから、しばらく出てこないと思うぞ。あと『あいつ』じゃなくて、ちゃんとユメリって呼んでやれよ」
「どうしてわたしがそんな気を使わないといけないのよ?」
「いいじゃないか名前で呼ぶくらい」
続けて文句を言われるかと思ったが、楼園はムスッとしてソファーに身を投げた。
それを見てキッチンへ移動する。
「なにしてんの?」
「飯作るんだよ」
「誰の?」
「楼園のに決まってるだろ」
「はあ? そんなことまでしてもらわなくていいって!」
「うどんでいいよな?」
「……お節介焼いてるつもり?」
「まあ、それもある。それにヴィオラを探すなら、途中で楼園に倒れられちゃ困るんだよ」
ヴィオラと対峙したとき、俺たちの身の保障は楼園に掛かってる。
「俺たちだけでアイツと会ったら絶対に襲われる。だからヴィオラを探すなら、楼園が俺たちの……いや、ユメリの傍にいることが絶対条件だ。もしそれが嫌だったり、途中で倒れたりするようなら、その時点でヴィオラの捜索は終了だな」
「……『あいつ』と一緒にいろっての?」
「ユメリな」
「…………………」
「どうしてそんなに『あいつ』に――」
「ユメリ」
「…………ユメリに、肩入れしてるわけ? 人間じゃないのよ? 気味悪がったりしないの?」
「最初はそうだったさ。でも変な話、もう慣れた。ていうか、楼園だってヴィオラと一緒に住んでんだろ? そっちこそどうなんだよ?」
「……ヴィオラはわたしの里親みたいなものだし」
里親?
ああ、そういや十年前から一緒だったって言ってたっけ。
「その……楼園の親御さんが亡くなった後にヴィオラと会ったのか?」
「そうね。会ったと言うか、わたしが施設に入れられる直前にヴィオラのほうから来てくれたのよ」
施設に?
楼園のような子は親戚の家に引き取られるもんだとばかり思ってたけど、そんな場合もあるんだな。
まあ人の事情はそれぞれだから何が普通かなんてわからないけど。
「あとわたしの両親は亡くなったんじゃない『殺された』のよ」
殺されたことを強調する。
確かに普通の死に方じゃないんだから、そこは譲れないところなんだろうけど――
「……その犯人がユメリだって言うんだろ?」
「そう。両親が殺された時、わたしはたしかにユメリを見た。あいつはお父さんとお母さんが冷たくなっていくのを見てニヤニヤ笑ってた。わたしがいくら叫んでも気にも留めてなかった」
当時を思い出してるのか、楼園は唇を噛んで必死に何かを耐えてるようだった。
そこにいたのがユメリに似た誰か。
もしくは、ユメリ本人。
俺はユメリの誰も殺していないという言葉を信じてるし、楼園の両親が殺されたのが十年前で、ユメリの犯行にするのは辻褄が合わないということもわかっている。
けれどそれが決定的にならないのは、こいつらが人間ではなく信じがたい能力を簡単に使えるからだ。
ユメリは絶対に人を殺してないと言い切るには、楼園の両親を殺した奴を見つけなければならない。
「ユメリの能力は自分でも制御できないくらい強力なものらしい」
「なによ突然?」
「いいから聞け。あんまりにも強力なもんだから、クラリスもユメリの能力を把握できてないみたいなことを言ってた。だから……だからよ、もしかしたら、過去に遡って人を殺すこともアイツにはできるかもしれないんだよ。それこそ、楼園の両親を殺したみたいに」
「あいつがやったって認めるの?」
「ちげーよ! 可能性があるってだけで俺はユメリがやったとは思ってない! 俺が言いたいのは、その……うまく言えねーけど、もう少し時間がほしい。あいつにそっくりな奴がやったのかもしれないじゃないか!?」
「あんな見た目の奴が他にもいるって思ってんの?」
「いるんだろうよ。ユメリはやってないって言ってんだから、絶対にいる!」
「……わかんない。どうしてそこまで信じれるわけ?」
それを言われると弱い。
正直、どうしてここまで庇ってるんだろうって自分でも思う。
だけど意思を変えるつもりはない。
ユメリは嘘を吐かないんだから、俺だけはあいつを信じてやらなきゃいけないんだ。
「あいつはきっと歳相応の子供だよ。へたに『能力』なんて上等なもんを持ってるからややこしいんだ。それがなきゃ、俺みたいなのと一緒に暮らす必要もないし、疑いを掛けられることもない」
「もしそうなら可哀想ね。けど、そんなこと言われてもわたしは意見を変えるつもりはない。わたしはアイツがやったと確信してる。同情なんてする気もない」
「同情を求めたわけじゃないよ。ただ俺にも猶予をくれ。そのかわり、ヴィオラが見つかるまで俺たちも協力する」
「水衛がユメリに憑かれてるように、わたしもヴィオラに憑かれてる。だからわたしにだってヴィオラの気配を感じることが出来るのに、それでも探すことができなかったのよ?」
「えっ? 俺、ユメリの気配なんて全然わかんねーけど……」
「そんなの知らない。水衛が鈍いんじゃないの?」
酷い言われようだが、言い得てる気もする。
「それでも探すしかないだろ。そのために来たんじゃないのかよ?」
「……そう、だけど」
ようやく自分の行動を認めた。
それからお互い会話もなく、俺の料理する音だけが響いた。




