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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
プロローグ
22/50

小さな違和感 2

「……繋がらない」

 夜道を歩きながら、アスハは何度も通話を試していた。


 相手はクラリス。

 今回の行動の理由を聞こうと連絡を取ろうとするも、通話拒否になってるのか、コール音すら鳴らない状態だった。


(先輩から話を聞くまであたしは何も知らなかった)

 お姉ちゃんのこと。

 ヴィオ姉のこと。

 ユメリちゃんのこと。

 誰も何も教えてくれなかったから、仲間はずれにされたみたいでちょっとだけ寂しい。

 けどたぶんそれはきっと違う。


(わざとあたしに教えなかったんだ……)

 どう考えても、お姉ちゃんの行動は誰も喜ばない。

 むしろ自分で自分を傷つけているようにも思える。


「私たちは人間よりも遥かに優れて生まれてきたけど、決して人間を貶めるようなことをしてはだめよ」

 姉妹にそう言い聞かせていたのは、長女のクラリスだった。

 それは弱者を虐げるなという意味ではなく、自分たちが暮らしていくために、絶対に守らなければならないルールだった。


 自分たちにも心がある。

 感情がある。

 人間には出来ないことを簡単にやってしまえる能力がある。

 外見以外はまるで別の存在なのに、心の在り方は人間と同じだった。


 姉妹が顔を合わせると、お互いを傷つけあう衝動が起こるせいで、一緒に暮らすことができない。

 言葉は交わせても、体を預けて寄り添うことができない。

 だから人間との生活は絶対に必要だった。


 心の在り方は人間と同じ。

 姉妹は心の支えになってくれる。

 それとは別に、一緒に笑って泣いて、喜んで悔しんで『同じ場所』で感情を共有できる相手が必要なのだ。

 人間の友達がいるからこそ、姉の言葉はよく解る。

 相手と対等だからこそ感情が分かち合える。

 自分よりも劣っているからと見下した考えをしていれば、きっと死ぬまで一人で生きていかなければならないと思う。

 だからといって、能力を使うなということではない。


「必要と感じたら使えばいいのよ」

 と言っていたのもクラリス。

 自分たちにしか使えない特権なんだから、遠慮する必要はない。

 けれど、能力を使って後悔しても自分の責任。


 数年前のクラリスとの会話を思い出す。

 あの日はすごく天気のいい日だったのに、話を聞いて泣いてしまったんだ。




《アスハはまだ経験がないからわからないでしょうけど、力の使い道を誤ると……辛いわよ》

 それは、能力を使って後悔したことがあるのかと質問したときのことだった。


「辛いって言ってもさ、どんな結果になるかわかってやってるんだから、そうでもないと思うけどな」

《そうね、結果はわかってるのだから、心構えができるだけ余裕があるかもね》

 その時のお姉ちゃんの声は、真剣というより少し悲しそうだった。


《私が大学生の頃、とても仲の良い子がいたの。親友といってもいいくらいのね》

 過去形?

 あ、わかった。


「お姉ちゃん、その人に能力使っちゃったんでしょ?」

《ええ、そうよ。……私はいいけど、他の人と話してるときは、冒頭で話の腰を折るのやめなさいね》


「あ、ごめん。それで? その人って男の人? 女の人?」

《女性よ》


「……ふーん」

《ふふ、期待に添えなかったみたいね》

 お姉ちゃんは美人なのに全然浮いた話が出てこない。


「別にいいけどさ。お姉ちゃん彼氏作らないの? いつまでも一人じゃもったいないじゃん」

《もったいないの意味がわからないけど、男なんて必要ないわよ。それに『下心のある男は近寄らせないようにしてる』から。そう言うアスハはどうなの? 気になってる男の子くらいいるんでしょ?》

 当時のあたしは中学一年生。

 色恋沙汰の話は友達の中でも絶えないのだが――


「いやー……他の子はいるみたいなんだけどねー」

《あなたにはまだ早いかしらね》


「……これから見つけるからいいの」

「それよりさっきの話。その子に何したの?」

 好奇心で訊いてしまったのは認める。


《……黙らせたのよ》

 けど、訊かなければよかったと、後になって激しく後悔したのを覚えてる。


「…………黙らせたって……殺しちゃったって、こと?」

《馬鹿いいなさい! そんなことするわけないでしょう!? 言葉通り、ただ黙らせただけよ》


「……えっと、それのどこが辛いの?」

《人間として扱わなかった。親友と思っていた人を私は『モノ』にしてしまったのよ?》


「………………」

《彼女とはなんでも話したわ。相談に乗ったり乗られたり、二人で出かけることもあった。もちろん私が『普通の人間』であることが前提だけどね。同じ専攻分野だったし、研究のことで意見が合わなくて、口論になったのなんて数え切れないくらい。それで相手を納得させようとして、どちらかの家に行って一晩中語って……》


 嫉妬しちゃうくらい、お姉ちゃんとその人の仲が良いのは伝わってきた。

 だって実の妹のあたしはお姉ちゃんに会えないのに、その人はあたしなんかよりずっとお姉ちゃんの近くにいられるんだから、ちょっとくらい妬んだってバチはあたらないと思う。


《あの時もちょっとしたことで口喧嘩をしてた。原因なんてほんの些細なことだったと思う。思い出せないくらいなんだから、ほんとに小さなことだったのでしょうね。私はそのとき、色んなことでストレスを溜めてて、精神的に余裕が無かったんだと思う。タイミングが悪かったと言えばそれまでだけど、私はいつも以上に興奮して……力を使ってしまった。気づいたら彼女はマネキンみたいに立ってた。感情がなくて、瞳に私が映っていても私を見ていない。ただ黙らせたくて、力を使った結果、その瞬間だけは彼女を人間でなくしてしまったのよ。すごく怖かったわ。なんてことをしてしまったんだろうって、自分を怨みさえした》

「……でも……その人は何をされたかわからないんだから……その、お姉ちゃんが黙ってれば」


《それは違うわよ。黙っていればいいという問題ではないの。それで解決するのなら親友なんて呼ばないもの。私にとってそれだけ尊い存在で、彼女との関係を大切にしてたの。大げさな言い方かもしれないけど、そこには絆があった》

 当時を思い出したのだろう。

 深く息を吐く気配が伝わってくる。


《その絆を壊したのは、私。黙っていれば誰もわからないことだけど、自己嫌悪は大きくなるばかりで、彼女と顔を合わせるたびに心が痛むのよ。泣いて、土下座もして、ごめんなさいと謝ることができればきっとやり直せたかもしれないけど、彼女には私がやったことへの認識はないから、本当の意味での許しの言葉なんてもらえない》

 謝ったとしても、彼女に能力を使われた自覚がない以上、逆に何を言い出したのかと心配されるだけ。

 かといって、本当の自分たちのことを話すわけにもいかない。


《だから無闇に能力を使ってはダメよ。犯した罪は自分を苦しめるんだからね》

「……………………」


《アスハ?》

「……………………………ん?」


《あなた、泣いてるの?》

 電話越しに気配が伝わってしまったようだ。


《もう……泣かせる為に話したわけじゃないんだけど》

「……だってぇ……お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」

 可愛そう。

 なんて言ったらもっと可愛そうに思えて、言わなかった。

 すると今度は、お姉ちゃんの背後から赤ちゃんの泣き声が聞えてきた。


《今度はユメリが泣き出しちゃった……アスハの泣き虫がうつったのかしらね》

「……ユメリちゃん、元気?」


《ええ、元気よ。また今度カノンに連れて行ってもらうから、遊んであげてね》

「うん」

 秘書のカノンさんは人間で、あたしたち姉妹の真実を知ってるけど、怖がったり気味悪がったりしないで普通に接してくれる。

 そういう人間をお姉ちゃんは『適任者』と呼んでる。


《それじゃ、もう切るわよ》

「あ……お姉ちゃん」

 最後にどうしても聞いておきたいことがあった。


「……その人とは、そのあとどうなったの?」

《彼女の中の私の記憶を全て消したわ。周りの友人たちにも、彼女と私に接点はないと『思わせた』》


「それって、お姉ちゃんだけ覚えてるってことだよね?」

 すごく、胸が締め付けられる。


《ええ、そうよ。だから……辛いの》

「でもっ、そこまでする必要はないんじゃ……」


《ええ、これが別の相手だったらそう考えていたかもしれないわね。けど、彼女は違う。アスハ、私がそうしたのはね、自分への罰なのよ。理由がなんであろうと、私は大切なものを汚してしまった。それを償えるだけの罰は、私にはそれしか思いつかなかったから……》

 傍に寄ったのか、電話越しのユメリちゃんの声が大きくなってくる。


《私たちの心は人間と同じ。傷を負わなければ成長できないこともあるだろうけど、あなたたちには、私と同じ思いはしてほしくないのよ》

 そのあと、あたしはしばらく一人で泣いていた。

 もう過去の話しだし、きっとお姉ちゃんの中では整理がついてることなのかもしれないけど、すごく悲しかったから。




 電柱に張ってある住所は、目的地まであと少しだと示している。

 自分がやったことは、あの時のお姉ちゃんと同じだ。

 後ろめたさを感じるのは、きっと罪の意識があるからだ。


 スマホを操作し、今度はヴィオ姉に連絡をとってみる。

 あたしもいずれ自身に罰を与えるだろうけど、それはお姉ちゃんとは違うやり方だ。

 それもまだ先の話。

 今は目の前の問題を解決したい。

 あんなに優しいお姉ちゃんが人を殺して、大切にしてるユメリちゃんを誰かに預けるなんて考えられない。


 スピーカーからコール音が聞える。


(よかった。ヴィオ姉にはちゃんと通じる)

 先輩から聞いたヴィオ姉の様子だと、ちゃんと出てくれるかはわからないけど……


 数回コールの後――


《……おー、アスハ。どないした?》

 ヴィオ姉が電話に出た。

 しかしどこか様子がおかしい。

 少し息が荒いような気もする。


「ヴィオ姉、大丈夫? なんだか少し苦しそう……」

《別に苦しくもなんもないで。ああ、でも、ちょおビール飲みすぎてもうたかなー。少しクラクラしよるわーあはは》

 陽気に笑う。


「ヴィオ姉、隠さないで。あたしね、ついさっきユメリちゃんと水衛先輩に会ってて、全部聞いちゃったんだ」

 その言葉に、微かだが息を呑む気配が伝わってきた。


《……アスハまで巻き込みよって、チビッ子もようやるわ》

「ユメリちゃんは悪くないよ……」


《……わかっとる。それで? ウチに連絡してきたっちゅーことは、クラリスのことか?》

「うん。直接お姉ちゃんに連絡したんだけど、着信が拒否されてるみだいで」


《ウチもや。文句言うたろう思うたのに全然捕まらへん。カノンも行き先を知らんみたいやし、あいつを見つけんのは骨が折れそうやわ》

 後でカノンさんにも連絡をしてみようと思ってたけど、そうか、カノンさんもお姉ちゃんの居場所を知らないんだ。


「それよりヴィオ姉は大丈夫なの? ユメリちゃんと直接会ったんでしょ……その、気分のほうは?」

《大丈夫や。心配せんでもええ。それより、チビッ子の能力に巻き込まれたっちゅーことは、『逃げられへん状況』になってもうたんやろ? アスハこそ大丈夫か?》

 スマホを握る手に思わず力が入る。


 逃げられない状況とは言葉通りの意味だった。

 もし自分が先輩たちと関わりたくないと逃げようとしても、それを許さない状況をユメリちゃんの能力は作り上げる。

 ヴィオ姉の場合は、千種さんを巻き込むことで強制的に舞台に上がらせられた。

 では、自分の場合は何をもって巻き込ませたのか?


「……あたしね、好きな人に……能力、使っちゃった」

 声が震える。


 ユメリちゃんの能力が自分を巻き込むキッカケにしたもの、それは敦さんに能力を使わせることだった。

 同じ学校にいるとはいえ、敦さんに能力を使いさえしなければ、先輩と自分は出会わなかった。

 もしすれ違っても、お互い声すら交わすこともなかっただろう。


 二人を強制的に出会わせ、且つ自分を縛るには敦さんを利用するのが一番効果的だった。

 そもそもお姉ちゃんに言い聞かされていたこともあり、自分はこれまで人間に対してほとんど能力を行使したことがない。

 敦さんを好きになったのは、ユメリちゃんが先輩に憑く以前からなのでその気持ちは本物だろう。

 だがこれが初恋というわけではないし、能力を使ってまで一緒にならなければならないほど急ぐ恋でもなかった。


 お姉ちゃんの忠告もあり、大切な人への力の行使を厳禁としていた自分の気持ちを揺るがしたのは、紛れもなくユメリちゃんの能力だ。

 ユメリちゃんの能力は物理的ではなく、精神面で自分たちを捕らえていた。

 それが当事者にとってどんなに残酷なものであっても関係ない。

 強力なまでに無慈悲。

 時には道徳すらも利用する。

 それがユメリちゃんの能力である。


「……先輩の話を聞いててね、薄々は感じてたんだ。もしかしたら能力を『使わさせられた』のかなって」

《クソったれが!!》

 自分の性格を知ってるだけに、その仕打ちにヴィオ姉は本気で怒っている。


「でも、悪いのはきっとあたしなんだよ。だってあたしがもっと敦先輩のことを大切に想ってたら、きっと能力なんて使わなかったはずだもん」

 自制心のなさに漬け込まれたなのだ。

 止めようと思えばいくらでも止めれたのに、それをしなかったのは自分。


《どうしてそないに割り切れんのや!? もっと怒ったってええんやで!》

「割り切れてなんかないよ! ……でも……でも、誰も悪くないんだもん!」

 本人の能力とはいえユメリちゃんが悪いわけじゃない。

 その能力を使わせている先輩が悪いわけでもない。

 もちろん、お姉ちゃんが自分たちを苦しませているとも思えない。

 いや、考えたくない。

 誰かを責めるくらいなら自分の非を認め、それに向き合って解決するほうがよほど気が楽だった。


《……そうやな、誰も悪ぅないな。ただ何がなんやらわからんだけや。いうても、全部終わったらクラリスはシバいたらんと気が済まんから、そこは忘れんとこな?》

「ふふ、そうだね」

 少しだけヴィオ姉にいつもの調子が戻ってきて、すこしだけホッとする。


《それでこれからどないするつもりや?》

「お姉ちゃんが人を殺したなんて信じられないし、先輩から大体の場所は教えてもらったから、今そこに向かってるところ」


《……わかった。あんまり無理すんなや? 困ったことがあったらなんでも連絡するんやで?》

「うん、わかった。ヴィオ姉もなにかあったら電話してね」

《ああ、そうする。ほな、またな》


「うん、またね」

 会話が終わった頃には、目的の場所はすぐ目の前にあった。



 ■ ■ ■ ■ ■



「……人を殺したなんて信じられへん、か」

 ヴィオラの姿は薄暗い路地裏にあった。

 ビルとビルの間にできた僅かな空間。

 オフィスビルが並び、人口密度は高いがこの場所に来る人間は皆無で、人の気配の中で身を隠すには都合のいい場所だった。


 あれから一歩もこの場所を動いていない。

 前日に比べて衝動はだいぶ治まってきた。

 しかし完全には治まっておらず、完全に治まる気配すらなかった。


 先刻の話を思い出し唇を噛む。

 自分だけではなくアスハまで巻き込まれてしまった。

 正直、悔しくてならない。


 姉妹の中で一番穏便に暮らしていたのはアスハだ。

 生まれ持った能力も使用せず、うまく人間に溶け込んで暮らしていたのに、何故それを一方的にぶち壊されるようなことをするのか、ユメリが悪くないとわかっていてもゲンコツの一つでもくれたくなってしまう。


 それに何故アスハを巻き込む必要がある?

 推測が正しければ、ハルの能力を消すだけなら自分一人で足りているはずだ。

 クラリスの目的はハルの能力を消すことではないことはわかってる。

 しかしユメリの能力はその能力を消し去る為に働いているはず。


(ウチはにぃちゃんの能力を消すことができん。けど、ウチだけを利用すれば能力を消す方法はある)

 それが考えられる最短の方法だというのに、なぜアスハまで巻き込んだのか?


(チビッ子の能力は何をしようとしてんねん? ハッキリせんのはイラつくはホンマ)

 今すぐ動きたいのはやまやまだが、完全に衝動が治まらずに動くのは危険だ。

 この状態でユメリと遭遇した場合、理性を失わない自信がもてない。

 ユメリから近づいて来たらすぐに離れられるように、今はまだここで大人しくしていたほうが無難だろう。

 千種のことも気になるが、彼女の様子を確認するのはもう少しお預けだ。


(クラリスのやつ、痕跡を残さんとったらええけど)

 アスハは自分やクラリスが殺人を犯さないと信じている。

 もちろん、二人とも殺人なんて犯したことはない。

 だが――


(ウチらは思ってるほどキレイやないんやで……)

 人間は殺さない。

 それに類似する行為は幾度となく行ってはいるが。


 その行為は、自分たちが生きていくためには絶対に必要なこと。

 アスハにはまだそれが必要ではないというだけで、いずれ知ることになる。

 受け入れるには時間が掛かるだろうから、今からどう言葉を掛けるか考えておいたほうがいいのかもしれない。

 それ故に、もしクラリス本人が人を殺したと言ったのなら、それは本当のことだろう。

 なにせ命は取らないというだけで、それと同等のことをやってるのだから、躊躇いはすれど目的のためなら遂行する。

 だからもし殺人を犯したようなら、その痕跡を残しておいてほしくない。

 今回のことに巻き込まれて傷ついたアスハを、更に苦しめるような事にはならないでほしいと、祈るようにヴィオラは瞼を閉じた。



 ■ ■ ■ ■ ■



(このあたりのはずなんだけど)

 何の特徴もない住宅街の道路。

 先輩の話では女の人が倒れて動かなくなったと聞いてる。


 お姉ちゃんが人間に能力を与え、それが使われた場合、その代償として高エネルギーが必要だってのは聞いたことがある。

 一番適性なのが人間一人分の生体エネルギー。

 もし能力が使われるようなことがあれば、必ず誰かが犠牲になるから、お姉ちゃん自身もそんなことができる自分の力を嫌っていた。

 なのに先輩に能力を与え、それを使わせたのは何故?


 一見して誰かが死んだ形跡はない。

 流血してたとは言ってなかったから、血痕なんてないだろうけど、外で人が亡くなった場合、献花が置かれてる可能性が高いのだがそれもない。


「……本当に誰か死んだのかな?」

 先輩が能力を使ったのなら、誰かが犠牲になった可能性は高いのだけど、確定ではなく可能性として捉えるのには理由がある。

 お姉ちゃんを信じたいというのはもちろん、先輩の反応に違和感を覚えたせいだ。



「俺がクラリスに言われるがままに能力を使ったせいで、女の人が死んだんだ」

「でも、それは先輩のせいじゃないですし……」


「理由はどうあれ、起こってしまった事実は変わらないだろ」

「……あたしが言うのもなんですけど、あまり気を落とさないでください」


「え? ……ああ、うん、そうだね」

(……………………………?)


「どうかした?」

「……いえ……べつに」


(……先輩。人が目の前で亡くなったのに、あんまりショック受けてないのかな?)



 あの時は流しちゃったけど、先輩の反応はちょっとおかしかった。

 当時はすごくショックを受けてたように話してた。

 それからまだ日が浅いのに、あたしに話すまであんまり意識してなかったようにも思える。

 現に、話をしてるときの先輩は淡々としてて、顔色を変えることもなかった。

 でも見たものが真実じゃなかったとしたら、体験した記憶も希薄で先輩の反応もありえるかもしれない。

 それはお姉ちゃんが殺人なんてしてないっていう、あたしの願いが前提にある。

 先輩に接触してユメリちゃんを預けた事実は変わらないけど、誰かが亡くなったことだけは覆せるかもしれない。

 理屈としては、お姉ちゃんが先輩に幻覚を見せて騙したということになる。


「女の子がこんな時間にどうしたの?」

「えっ!?」

 驚いて振り返ると、片手にライトを持ち、首にタオルを巻いたジャージ姿の中年の男女二人が後ろに立っていた。

 たぶん夫婦だと思う。

 考え事に集中してて、気配に気づかなかったからすごくびっくりした。


「えっと、あの……おばさんたちは?」

「わたしたちはウォーキング。健康のために歩いてるのよ」

 うちの近所にも似たような格好で歩いてる人がいるのを思い出した。


「このへんは物騒なことなんてないけど、早くお家に帰りなさいね」

「はい……すみません」

 親切心で声を掛けてくれたのか、注意だけして中年夫婦は去ろうとする。


「あっ! あの!」

 それを呼び止めた。


「ご近所の方ですか?」

「そうだけど、それがなにか?」


「このあたりで最近亡くなられた方っていますか? ……その、事故とか何かで。例えば、道で倒れてたとか」

 突然の質問に、中年夫婦は訝しげに顔を見合わせている。

 それでも、おばさんが答えてくれた。


「いいえ、ここ最近誰かが亡くなったって話はないですよ。あなたの言う様な事故も起こってないし」

 ハッキリとした回答。


「ほんとですか! ありがとうございます!」

 頭を下げて礼を言うと、中年夫婦はそれじゃあと歩いていった。

 先輩の希薄な感情。

 周辺に住む人の証言。


(やっぱりお姉ちゃんは人殺しなんてしてない)

 全てのことを覆せるほどではないものの、姉を信じる気持ちに自信が湧いてくる。


「よし、最後の確認」

 これを終えたら今日は帰ろう。


 ――視覚にフィルターを貼る。

 ――意識レベルでの感覚のスイッチ。


 自分たち姉妹に宿る能力。

 その片鱗は不可視なものを捉えることができる。


 例えば霊気。

 例えば魂魄。

 非科学と呼ばれるエネルギー等。


 それが寿命ではなく、人の命がムリヤリ消されるほどの圧力や暴力が起これば、必ずそこに事象の痕跡が残る。

 数日で消えてしまうが、何もないのならそれはそれで構わない。

 構わないのに――


「………………どうして?」

 そこに、はっきりと痕跡が残っていた。

 血痕ならぬ、生命痕とでもいえばいいだろうか。

 強引に剥奪された命の痕跡が、道路の一部にべったりとこびり付いている。


「……そんな……どうして!?」

 さっきの人たちは最近誰も死んでないと言ってた。

 なのにここには人の命が消えた跡がある。


 あの夫婦がここで誰かが死んだことを知らないだけなのか?

 いや、そんなはずはない!

 近所で人が死ねば噂で耳に入るはずだし、この場所をウォーキングコースで歩くのなら気づかないわけがない!

 献花もなければ、誰かがこの場所を詮索した形跡もない。

 家内で人が死んでも警察が死因を調べるのに、どうしてここにはその跡すらないの!?

 人間が死んだ証拠は『目に見えてる』。

 なのにまるで何事もなかったように思われてる。

 いや、誰も何かあったなんて『気にしていない』。


「……いやだ、気持ち悪い」

 誰にも知られずに死んだ人がいる。

 その人がいなくなったのに、誰も気にも留めない。


(どうして? どうして誰も気づかないの!?)

 これじゃあ亡くなった人があまりにも可愛そう。


「……………………………………お姉、ちゃん」


 そして、決定的なものを感じた。

 生命痕に、わずかながら姉の気配が残っていた。


 簡単なことだった。

 人が死んだのに誰も気づかない。

 いなくなった人の捜索もされない。

 当事者の先輩ですら認識が希薄。

 どれもこれも――


「……お姉ちゃんが関わってるなら、簡単にできること」

 涙が溢れて止まらない。

 必死に別の可能性を考えても、皆の証言や、起きていること全てが自分の考えを否定している。


「だってお姉ちゃんはすごく優しいのに! 人を傷つけたりなんて絶対しないのに!!」


 写真で送られてきた姉はすごく優しそうだった。

 いや、本当に優しいんだ。

 会うことができないから写真でしかお互いの姿を見れないけど、電話の声も写真に写る笑顔も優しくあたしを包んでくれる。

 だからお姉ちゃんは人を騙したり傷つけたりなんてぜったいにするはずない!


 ――――けど、目の前のこれはなに?


 どうして人が死んだの?

 どうしてお姉ちゃんの気配が残ってるの?

 ……どうして、こんなことになったの?

 知らないところで知らないことがたくさん起きて、それに巻き込まれて、あたしたちはこれからどうなるの?


 思考は疑問ばかり。

 起こった現実が目の前にあるのに、それすらも疑いたい。

 流れる涙は止まらない。

 けど今は悲しみよりも姉妹のことが気に掛かる。


 まだ幼いユメリちゃん。

 ずっとお姉ちゃんと一緒だったのに、突然離れて先輩と暮らすことになってしまった。


 連絡はできたけど、どこか様子のおかしかったヴィオ姉。

 そして、お姉ちゃんは今どこで何をしているのか?


 風のない夏の夜。

 まとわりつく生暖かい空気に生臭さを覚える。

 こんなに不快な夜はそうはない。

 夜空の輝く星も綺麗だとは思えない。

 街頭の灯りは、泣いて立ち尽くす自分を優しく包んではくれなかった。

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