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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
プロローグ
17/50

衝動 3

「ヴィオラー! どこー!?」

 千種が叫んでも返事は返ってこない。

 人気を避けるだろうと夜の土手に来てみたものの、この周辺にいる確信も無い。

 ヴィオラが駆けた方向に来たものの、その気になれば自分なんて簡単に撒かれてしまうことなんて初めからわかっていた。

 けど、あのままヴィオラを放っておくことなんてできなかった。


 出会ってから十年間、さっきのような彼女を見るのは初めてだった。

 でも以前にも同じことがあったと、おかしな錯覚に囚われている。

 さっきの出来事はいつかの再現。

 十年前、優しかった両親が豹変した時とすごく似ている。

 あの時も近くに『あいつ』がいた。

 そして今日も『あいつ』は目の前にいた。


 はっ……はっ……はっ……


 呼吸をするのが面倒だ。

 疲れを感じてきてる体にイライラする。

 早くヴィオラを見つけたいと思えば思うほど嫌な予感が脹れあがる。

 両親と同じように、自分の前から消えてしまうんじゃないかと。


「ヴィオラー!」

 お願い。

 お願いだから返事をして。

 さっきみたいに怒っててもいいからわたしの傍にいてよ。

 両親を失った時の絶望感が蘇る。

 強い自分なんてどこにもいない。

 寂しくて、悲しくて、心に空いた大きな穴を紛らわすために泣いていたあの頃に戻ったみたいだ。


「……ヴィオラ」

 辺りに人の気配はない。

 赤い影も見当たらない。


『あいつ』と関わるべきではなかったのだろうか。

 数年間信じ続けてきた自分の行動に初めて後悔を感じた。

 もしあの時『あいつ』を見つけていなかったら。

 もしわたしが復讐なんて考えずに、ヴィオラと普通の生活を送っていたら。

 取り留めの無いことばかりが頭に浮かぶ。

 どれも今更のことばかりで、ただ現実から逃げようとしている自分に頭にくる。


「わたしが探してんのに返事もしないなんて、帰ったら覚えてなさいよ」

 強気な言葉でむりやり気持ちを強くする。

 これまでのことに後悔なんてしたら、それこそヴィオラに合わせる顔が無い。

 だってあいつは、わたしの『願い』を叶えるために一緒にいてくれるんだから。


 陽気な同居人のおかげで強い自分を持つことが出来た。

 彼女に会わなければ、きっと弱い人間になってたと思う。

 十年前と同じようになんて絶対にさせない。

 両親の仇はとる。

 けどそれが終わったら、ヴィオラにしてやりたいことは山ほどあるんだ。


 人間じゃないなんて関係ない。

 自分が大切にしていて、自分を大切に想ってくれてるのは彼女なんだから。

『あいつ』のことは後回しだ。

 今はヴィオラを見つけて、どうしてこんなことになってしまったのか原因を知ることが大切だ。


 ――だからお願い。


 どうかわたしが見つけられる場所で待ってて、ヴィオラ。



■ ■ ■ ■ ■



 ユメリと無言の帰宅。

 一時はどうなることかと思ったけど、無事に帰ってこれて一安心といったところか。

 これで、実はドアを開けたらヴィオラがいましたなんてオチじゃないだろうなと一瞬思ったが、ユメリを見るかぎり何の反応も示してないしとりあえずは問題なさそうだ。


「ユメリ様、お帰りなさいませ」

「ん」


「……………………」

 いや、驚いてるよすごく。

 ドアを開けたら見知らぬ女の人がいて、さも当然のようにユメリは彼女に応答していて……どんな状況だよコレ!?


「……あの……どちらさまですか?」

 ここ数日、突然誰かが現れるなんてことは珍しくなくなってきてるせいか、普通に対応できる自分がちょっと悲しい。


「はじめまして。クラリス様の秘書をやらせていただいております、カノンと申します」

 優雅に一礼するカノンさん。

 ピシッとした白いシャツに黒いタイトスカート。

 艶やかなミディアムストレートの黒髪が似合うクールな表情。

 いや、クラリスの秘書って、あいつ何様だよ!?


「クラリス様から伝言を預かっております。こんな場所で立ち話をすることもありません、中へ入りましょう」

「……こんな場所って、ここ俺ん家なんですけど?」


「ユメリ様、中へどうぞ」

 俺の言うことなんて聞いちゃいねぇ……

 しかも家主を置いてさっさと中へ入っていってしまった。


「ハル様、少しよろしいでしょうか?」

 部屋に入るなりカノンさんは神妙な面持ちで尋ねてきた。

 クラリスの秘書という時点で俺のことは少なからず知ってるんだろう。

 わざわざ自己紹介をする必要はなさそうだ。

 ユメリは我関せずで、冷蔵庫からジュースを持ってきて定位置に座って飲んでいる。


「ええ、まあ……こっちからも聞きたいことはありますけど、お先にどうぞ」

「ありがとうございます」

 優雅に一礼し、カノンさんの視線はスッとユメリの持っているパックのリンゴジュースへと移動した。


「あれは一体なんのおつもりなんでしょう?」

「……はい?」

 なんのおつもりなんでしょうって、何を指して言ってるんだこの人は?


「ユメリ様が飲まれているモノです。ハル様が庶民であることは承知しております。ですが、ユメリ様にあんな程度の低いモノを飲ませている理由を伺っているのです」

 初対面で中々失礼なことを言ってくれる人だ。


「いや、一応最初は結構いいジュースを飲ませてたんですけど、色々あってそれを飲ませてるって言うか何と言うか」

「私が聞きたいのは言い訳ではありません。ハル様の事情は伺ってますが、それとこれとは別の話です」


「……そんなこと言われても、元々はそいつが原因でパックジュースになったわけで――」

「ですから言い訳は結構です」

 口調こそ静かなものの、不愉快なのがまるわかりである。

 ……ってか、なんでこの人こんなに怒ってんの?


「カノン」

 ユメリが声をあげる。


「はい」

「もんくいうな」

 おお、何を言うかと思ったらカノンさんを制している。


「でっ! ですが、ユメリ様にそのようなモノを飲ませているなんて常識外れもいいところではないですか!?」

 常識外れ扱いをされてしまった。


「もんくいうな」

「……しかしそれではユメリ様が」

「もんくいうな」

「……承知しました」

 無表情ながらも頑としてきかないユメリに、カノンさんはあっさりと引き下がった。

 ユメリも最初は文句を言ってたんだけどな、という無粋なつっこみはしないでおこう。


「ハル様の質問をどうぞ」

「その前に、その『ハル様』っての止めてもらえません? 普通に呼び捨てでいいですよ」

 カノンさんの様な人に様付けで呼ばれるとどうも落ち着かない。


「わかりました。では水衛様とお呼びします」

 全然わかってねぇ。


「いや、だから様をつけなくてもいいですって。水衛でもハルでもどっちでも好きなように呼んでください」

「なるほど、分相応でしたね。しかしユメリさまが憑かれている人間を呼び捨てにするわけにはいきませんので、そうですね、ハルさんとお呼びしてよろしいでしょうか?」

 分相応て。


「……まあ、それでいいです」

 どうもこの人の言葉には棘があるなぁ。


「それでその、カノンさんがクラリスの秘書ってのは……」

「概ねハルさんの想像通りだと思います。クラリス様は我が社の代表であり、私はその秘書を務めています」


「代表ってのは、社長ってことですよね?」

「はい」

 ええー……なんかもう、クラリスのイメージが全然掴めないんですけど。


「ちなみに、その会社は人間社会のものなんですか?」

「当然です」


「でもあいつは人間じゃないじゃないっすか。そんなんで社長になれるんですか?」

「それが周知となり人間がクラリス様たちの存在を信じるのなら問題も起きるでしょうが、人間は自分たちの生活からかけ離れた現象や存在をすぐに認知しようとはしません。ですからハルさんがそれを公表したところで、それを信じる者は皆無でしょう」

 確かに。


 世の中には怪奇や幻想の話は掃いて捨てるほどあるのに、それが実在するかどうかなんて問われれば、大抵の人がノーと答えるだろう。

 それこそ俺みたいに実際に目の当たりにしない限りは、真剣に信じてもらえることではない。


「ですからクラリス様のような方が代表でも、社会貢献をし、人間社会で認められているのなら問題はありません」

 ……社会貢献してるんだ。


「おーけー。ちなみに、カノンさんも人間じゃなかったり?」

「いいえ。私は人間です」


「えっ!? じゃあなんであんな奴の秘書なんかに!!」

「そのようなことを言われるなんて心外ですね。クラリス様は私の恩人です。それにとても優しい。言わせてもらえば、何故ユメリ様を貴方のような若輩者に任せているのか今でも納得し難いものがあるくらいです」

 俺の言ったことが相当気に入らなかったのか、めちゃくちゃ睨んでる。


「失礼しました。事情を知らないハルさんが驚かれるのは当然ですね。ですが、この件に関しては追求を避けていただきたいです」

 あまり話したくないことらしい。

 そこまで俺も興味がある話じゃないので大人しく引き下がる。


「じゃあ本題の『クラリスの伝言』を聞かせてもらいましょうか」

「はい」

 頷いて、チラリとユメリを見るカノンさん。

 相変わらずユメリは我関せずを通している。

 いや、さっき会話に入ってきただけあって、実はあれで聞き耳を立てているのかもしれない。


「それでは申し上げます。先の事情によりヴィオラ様がユメリ様の前に現れる可能性は限りなく低くなり、ハルさんには普段通りの生活を送っていただいてかまいません。万が一、ヴィオラ様のほうからユメリ様に接触しようとする動きがあった場合、事前にクラリス様からハルさんに注意を促されます」

 先の事情ってのは、ほんとについさっきの出来事を指してるんだろう。

 以上なのか、カノンさんは黙する。


「……はあ?」

 何から訊けばいいものか。

 クラリスの伝言は不可解すぎる。


「当然、その伝言に対して俺が納得しないのも承知してるんですよね?」

「ご質問があればどうぞ」

 俺の反応に肯定も否定もしない。

 まあそんなのはどうでもいいことだ。


「なぜヴィオラが襲ってこないとわかるんです?」

「判断基準は私にもわかりません」


「なら、なんで今更になってそんなことを言うんですか? それだったら初めからアイツが危険を教えてくれればいいことじゃないですか?」

「クラリス様のご判断です。私の知るところではありません」

 ……ちょっとまってくれよ。


「あの……質問に答える気はあるんですか?」

「私の知りえる事情で、且つハルさんに話しても差し支えない程度でしたらお答えできます」

 事務的な口調。

 つまり、俺が本当に知りたい事は教えてくれないということか。

 クラリスが教えないことを、この人が教えてくれるわけがないということはわかってる。

 わかっているけど釈然としないのは当然だ。


「そんな目で見られても困ります」

「カノンさんが色々教えてくれれば俺の気も晴れるんですけどね」


「残念です。私にはハルさんの気晴らしをすることができそうにありません」

 そんなつもりもないくせによく言うよ。


「クラリスとヴィオラはどういう関係なんですか?」

 ヴィオラ様なんて呼んでるくらいだ、カノンさんは二人の関係を知っている。


「クラリス様がお話になられていない以上、私から申し上げることは出来ません」

「隠すようなことなんですか?」

「……」

 黙りかよ。

 これ以上訊くなということか。


「……はぁ、もういいですよ。俺の知りたいことは教えてもらえそうにないし」

「もうしわけありません。それでは用件も済みましたし、私はこれで」

 カノンさんはユメリに向き直り一礼する。


「何かありましたらご連絡ください」

「ん」

 ユメリがすごく偉そうに見えるのは気のせいじゃないよな。

 最後にきっちりと俺にも一礼してカノンさんは帰っていった。



 翌日は日曜で休みだったが、ユメリの飲み物と生活用品を買いに出ただけで、ずっと部屋で過ごしていた。

 一応警戒していたものの、本当にヴィオラたちは襲ってこず、何事もなく一日が終わった。

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