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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
プロローグ
13/50

楼園千種 5

「……はぁ」

 ため息しかでない。

 嫌味なくらい青空なのに気分は晴れない。

 コンビニで買った紙パックのリンゴジュースが自転車のカゴの中で揺れている。

 自転車に乗って流れる風景はいつもと変わらない。

 何も変わらないからこそ、自分だけが日常から追い出された疎外感が胸を締めた。


 得体の知れない連中に関わって、助けをすがる相手は誰もいない。

 かと言って簡単に誰かに相談できるような話でもない。

 幽霊やUFOは信じてるほうだけど、まさか自分がフィクションみたいな現実に巻き込まれるなんて思わなかった。

 こういうのはテレビや本の中で描かれるから面白いのであって、現実に降りかかってはいけないんじゃないかと思う。


「……なんて考えてても何も変わんねぇよな」

 実際いまだに現実味がないところもある。

 さっきまでヴィオラと話してたし、ユメリを抱えて逃げたときのあいつの感触はまだ腕にある。

 けどそれが一気に無くなってしまっても、理屈抜きでそれを受け止めて明日からいつも通りに生活できそうな気がした。

 むしろそうなってくれればどれだけいいか……



「……はぁ」

 何度目かのため息。


 ふと通りかかった近所の公園の中に目を向けると、

「あれっ? あいつ」

 見覚えのある女がベンチに座っていた。

 今朝の千種ってやつだ。


 むこうは公園の入り口にいる俺には気づいてない。

 てっきりヴィオラと別行動で俺たちのことを探してるもんだと……ああ、いや、それだったらヴィオラと一緒にいれば確実に会えたんだから別行動の意味が無いか。

 それはどうでもいいとして。


「あいつ、何してんだ?」

 ベンチに座ったまま動こうとしない。

 と言うか、朝とくらべてまるで覇気が無い。

 地面の一点だけどジッと見ている。


「……もしかして、落ち込んでんのかな?」

 ようやくあいつが落ち込んでるんだと理解した。

 出会いがあんなだったから、あいつが落ち込んでるっていう選択肢がすぐに思い浮かばなかったんだ。


 晴天の休日の公園とあって、日光浴をしている大人や走り回って遊んでる子供、ペットを連れて雑談をしてる人たちで活気に溢れていた。

 そんな中に、見るからに落ち込んで座ってる女が一人。

 静かだがむしろ目立つ。

 大きな公園で人も集まりやすい場所なのに、わざわざこんなところで落ち込んでなくてもいいのに。


 ……ふむ。

 少し考える。


 あの女は昔ユメリを見たと言ってるが、ユメリは知らないと言っている。

 ヴィオラはユメリが過去にタイムスリップした可能性があると話してたけど、それはあくまで可能性であって、絶対にとは言い切れない。


 自転車を公園の入り口に置いて、あいつのところへ向かう。

 あまり気が進まないけど、あいつとはちゃんと話をしておく必要があると思ったからだ。

 ユメリの命が掛かってる以上、俺にとっても他人事ではないのだ。


 目の前に立っても下ばかり見て俺に気づかない。

 ……ほんとに朝とは雰囲気が全然違うな。


「よう。今朝はどうも」

 ただ立っているだけなのもマヌケなので、俺のほうから声を掛けた。


「……え?」

 誰だこいつ? みたいな顔で俺を見る。


「あっ! あんた!?」

 たいそう驚いてくれた。


「どうしてここにいんのよ!? ヴィオラは!?」

「知らねーよ。あいつならとっくに帰ったぜ。ここにいるのは、たまたまお前を見つけて話をしようと思っただけだ」

「楼園千種よ。お前なんてえらそうに呼ぶな」

「……おーけー。じゃあ楼園って呼ばせてもらう。俺は水衛ハル。水衛でいいよ」


 楼園は立ち上がって、公園の端を指差した。

 そこは公園の中でもあまり人気が無い場所だった。

 こんな公園の真ん中でするような話じゃないし、二人でここに座ってたら色んな誤解をされそうだ。

 とりあえず断られなくて良かったと内心ほっとしながら移動した。


「で? 話ってなに?」

「今朝会った時、楼園が話してたことは疑わない。けど俺は何か間違ってると思うんだ」

 余計なことは言わずに単刀直入に切り出すと、楼園の瞳がギラリと光った。

 怒鳴られるかと思ったがそうはしてこなかった。


「だから?」

「……だから、ユメリを疑うのはしょうがないにしても、その……なんつーか、無理矢理連れて行こうとしたり、いきなり襲ってきたりするのは止めてほしい」


「わたしの話を疑わないってんなら、あいつがやったことに比べれば許容範囲じゃない」

「そうなんだけどもうちょっと慎重になってほしいんだ。ユメリが何もしてないっていう保障はない。けど何か違う気がするんだ」


「水衛さ、自分で何言ってるかわかってんの? あんた自分の親が殺されてそんなこと言われて納得できんの? 慎重になれですって? なってるわよ。水衛に憑いてるユメリって悪魔は十年前わたしの両親を殺した。わたしがこの目で見てたんだから間違いない! あいつは十年前とちっとも変わってなかった。だから一目でわかったし、あの姿を見間違えるはずなんかない」


 俺の感情論とは違い、楼園にはユメリを疑うだけの理由があった。

 今それを覆すことは無理なこともわかっている。

 平穏に過ごしてきた俺に、お前の気持ちはわかるだなんて軽々しく言えないし、もし逆の立場だったらきっと俺は誰の声も聞こうとしないと思う。


「今朝は勢いで蹴っちゃって悪かったわね」

 急な謝罪。

 何されたか大体想像はついてたけど、蹴られてたのか。


「いや……それはもういい。けど朝の感じから、話しかけたらまた怒鳴られるかと覚悟してたのに、意外と冷静なんだなお前」

「お前って言うな。それに冷静ってわけじゃない。あいつに操られてる奴に何を言ったってムダじゃない。だから水衛があいつを庇ったって文句は言わない。そうさせられてるんだし、言ったってしょうがないもの」

 ……そういうことかよ。

 そんなふうに思われてたら、俺が何を言っても楼園の考えは少しも変わらないじゃないか。


「俺は操られてなんかない。確かに最初はそうさせられそうになったけど俺は正気だ」

「普通はそう言うわよね」

 まったく信じる気配なし。

 ここでムキになっても逆効果だし、かといって言葉で説明する以外にどうすればいいってんだ。


「話ってそれだけ?」

 何か言ってやりたい気持ちはあるが、うまく言葉にまとまらない。

 こいつを説得するだけの材料が少なすぎる。


「水衛は何を『願った』の?」

「……え?」

 不意の質問。


「何を『願った』のか訊いたのよ。何かあったから憑かれてるんじゃないの?」

「……ああ、まあそうだけど」

 隠す必要も無いからありのままを教えたら、楼園はひどく驚いていた。


「なにそれ、わけわかんない。じゃああいつは身内が付けた能力を水衛から消すためだけに憑いてるっての?」

「少なくともユメリはそう言ってる」

「都合よく丸め込まれてるとしか思えないけどね。そんなの、絶対下心があるに決まってるじゃない」

 反論の余地は無い。

 楼園の意見はもっともで、ほぼ無条件でユメリを信じてる俺のほうがおかしいんだろう。

 けど信じてしまえるものはしょうがない。

 あいつが悪いって確証が持てない以上、俺はユメリを信じて動くまでだ。


「うまく丸め込まれてるのは自覚してる。クラリスも俺を利用してるってハッキリ言ってたし」

「ふーん。じゃあクラリスって奴には最初なんて言ったの?」

「誰かの特別になりたいって」

「……は?」

「だから『誰かに特別視されるようになりたい』って言ったんだよ」

 色々はしょったが言いたいことは伝わったと思う。


「……なに、それ?」

「なにそれって……そのままの意味だけど……」

 なぜか目を吊り上げた楼園の様子に思わず語尾が弱まる。


「なによそれ。なにふざけたこと言ってんのよ!?」

 場所を移動したといっても公園の中。

 大声で怒鳴れば注目も引く。

 楼園の怒鳴り声に驚いて周りの人たちの注目が一斉に集まった。


「お前こそなにいきなり怒ってんだよっ?」

「お前って呼ぶなって言ってるでしょ! だいたいそんなくだらない夢持ってるからあいつらにつけ込まれんのよ!」

「っな!?」

 今のはカチンときた。


「どこがくだらねぇんだよ! お前にそんなこと言われる筋合いねーよ!!」

「うるさい!! お前お前ってさっきから何度も言いやがって、一回殴られないとわからないみたいね!」

 一瞬で間を詰めて胸ぐらを掴まれた。

 けどこれは俺も引き下がるわけにはいかない。


「殴れるもんならなぐっ」


 ごッ!

 ――ほんとに殴りやがった!


「っのやろう!」

 口内に広がる鉄の味。

 吐いた唾は真っ赤だった。

 こいつが何に怒ってるのかなんてどうでもいい。

 純粋に頭にきた。


「――っえ!?」

 突然視界が変わる。

 それが空だと理解できたのは――


「――っっっ!!」

 背中から地面に叩きつけられてからだった。

 衝撃で肺の空気が一斉に押し出され呼吸が詰まる。

 次いで生まれる鈍い痛み。

 俺を見下ろす女が一言。


「弱いやつ」

 ―――このっ!!

 とっさに立って、ようやく楼園に投げられたことを自覚した。

 どんな運動神経してんだよこいつ。


「悔しいならかかってきなさいよ」

 不敵にも挑発してくれる。

 効果はてきめん。

 かなりイラッときた。


「こらこらー、弱いものイジメはあかんでぇ」

 俺が噛みかかる寸前、絶妙なタイミングで間に割って入ってきた影が一つ。


「それにケンカすんなら場所を選んだほうがええんちゃう?」

 別れてから三十分も経たずに、ヴィオラは俺の前に現れた。

 右手にはこの場に不釣合いな缶ビールが一本。

 すでに蓋が開いている。


「おそい!!!」

 楼園がヴィオラに掴みかかる。


「うひゃー、めっちゃ機嫌悪いやん」

「あんたが早く来てれば変な奴に声掛けられずにすんだのよ!」

 変な奴ってのは間違いなく俺のことなんだろう。


「だいたいなんでビール飲んでんの!? 信じらんない! まだお昼なのに!」

「そんなこと今更言われても、ウチ毎日朝からビール飲んでるやんか?」

「うるっさい! 用が済んだなら帰るよ!」

 楼園が俺をギッと睨む。


「覚えてなさいよ!」

 と捨て台詞を残して足早に去っていった。


「なんや、にぃちゃん千種に何言うたん?」

 ヴィオラはグビッとビールを一口。


「何も変なことは言ってねーよ。あいつが勝手に怒り出しただけだ」

「ふーん……まあ、ええわ」

 グビグビグビっと一気に一缶を空にし、グシャと缶を潰した。


「たぶん今晩中に動くさかい、気張って待っといてや」

 そして、さらっと不吉なことを言ってくれた。


「……動くって、何すんだよ?」

「そんなんにぃちゃんたち襲いに行くに決まっとるやろ。次ぎ遭ったら敵同士やーってさっき言うたばっかりやんか。あ、でも今はノーカウントやで」

 アハハーと笑う。


「襲うって、そんなの冗談じゃ――」

「ほなサイナラ」

 聞く耳を持たず、ヴィオラも公園から出て行ってしまった。

 後を追って抗議するべきだった。

 けど追えなかった。


 笑っていたヴィオラの瞳に灯った殺意に気づいてしまったから、あいつを追う為の咄嗟の勇気を持てなかった。

 遠巻きに俺の様子を伺う視線を感じる。

 人がいる公園であれだけ騒げば当然か。

 結局何も得られないまま、今さらながら楼園に声なんて掛けなければよかったと後悔を噛みしめ、俺も逃げるように公園を後にした。

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