お飾り媛と無慈悲な真実
劇場のホールとは別に建築されている関係者専用の建物、その一室の貴賓室にてアイシャは一人静かに座っていた。
少し行儀悪く、テーブルに肘を着きながら
憂い顔で窓の外へと目を向ける。日は既に沈み人工の灯りが町を灯している。アイシャの手が無意識に近くにあるティーカップに伸びる。触れたカップの中の紅茶は完全に冷えきっており、デュランタとの話が終わってから随分と時間が経っている事にアイシャは初めて気づいた。
(……それだけ衝撃的だった…って事かしらね…)
深くため息をつくと、ドアがノックされた。
「媛、フジ殿とカナンが。」
ドアの向こうからリンドウがそうアイシャへと声をかけた。アイシャは憂鬱な気分を振り払うように首を大きく左右に振った後、何事も起きていないように明るい声を返す。
「通して頂戴。」
厳かな造りのドアが開き、カナンとフジが入室する。
「よく来てくれたわね。」
いつも通りの明るい笑顔でカナンを迎えたつもりだった。
普段ならばカナンは面倒くさそうな表情を隠すことなくアイシャに向けて、さっさと切り上げるべく本題に入るように促してくるはずだったが、
「………媛さん、なんかあったか?」
眉をひそめながら問いかけてきて、思わずアイシャは目を見開いてカナンを見た。
「え…、どうしたの?いきなり。」
笑顔が上手く作れなかったのかと内心で少し慌てるアイシャに、カナンは続ける。
「なんかあからさまに沈んで…いや、凹んでるだろ。」
隠している感情を読み取るかの様な発言にアイシャが顔には出さずに驚いていると、
「…カナンさん?」
怪訝な声でフジがカナンを呼ぶ。
そのフジの反応にカナンもまた怪訝な顔で返し、暫く何か考えている素振りを見せた後、ただ口を閉ざした。
「…そうねぇ、色々とあって疲れちゃったからかしらねぇ。」
何故そう思ったのか追及したい気持ちもあったが、アイシャは気づかないフリをする。
―― 答えを知るのが恐ろしかったのだ。
「――成る程ね。そういう流れで今回のアヴィリナイトと≪異形≫と接触したわけね。」
アイシャはカナンが今回、何故アヴィリナイトと≪異形≫と関わる羽目になったのかを説明された。
完全にただの偶然だったわけだが、
「何でカナンくんを……いえ、ラナンキュラスを誘きだそうとしてたのかしら。」
「……さぁな。」
何故探らなかったのかと責められた気になったのかもしれない。カナンはばつが悪そうに目を逸らして沈黙した。
後ろめたさでもあったのか、カナンはアヴィリナイトがその後魔道具の存在をちらつかせ誘っていた事も白状する。その話を聞いてアイシャは少し考え込んだ。
デュランタからの報告を合わせれば、その魔道具"エレス"は創成の学舎にあった代物らしい。その事を踏まえて推測するなら、
(…アヴィリナイトは学舎の関係者なのかしら。だとしたら…カナンくんが狙われたのは彼が実験体としての成功例だから?)
学舎の実験目的が人為的に≪異能者≫を生み出すことなのであれば、ある種の成功例なのだろうが……。
それから幾つかの簡単な確認をした後、アイシャはカナンを解放する。
「いやに随分とあっさり終えるんだな。いつもならもっと細かく訊いてくるのに。」
訝しげなカナンに笑顔を向けながら、
「ごめんなさいね。今は少し…忙しいのよ。」
そう返しても、カナンは納得してないような顔でアイシャを見たが、「そうか。」と特に突っ込んで訊いてくる事もなく立ち去る。
そんなカナンを見て、アイシャの顔が少し陰る。
(…やはり…デュランタの推測通りなのかしら)
アイシャの感情の機微を今までなら察する事など無かったカナンが一目で気がついた。彼のその変化を見て先刻のデュランタとの会話がアイシャの頭の中を巡る。
『―― 可能性は高いとはいえ…今までは断定出来ませんでした。……だが、今回目の前で見て確信しました。』
少し目を伏せて言うデュランタの様子を見て、アイシャは嫌な予感を感じた。
『……何を確信したのかしら?』
本音は聞きたくないと思ったが、アイシャの立場でそれは許されない。
責務を果たす為には全てを把握しなければならないからだ。
真っ直ぐと目を逸らすことなくデュランタを見つめると、デュランタもまたそれに応える様にアイシャの目を見つめ返し、口を開いた。
『……間違いありません。カナンは≪異形≫です。』




