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悪花狂乱  作者: 謙作
第五章 過去に沈む真実を探して

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お飾り媛と獅子の問答


 彼女が闇に沈んでしまってから、俺は漸く動けるようになった。

 「ハンナっ!!」

 慌てて闇の沼へと足を踏み入れ、必死に彼女の沈んだ場所へと右手を伸ばした時―――


 『ぉオォおおオォ――ッ!!』


 奇声と共に闇から何かが俺の伸ばした腕に絡み付いてくる。

 「ッ!?―――お前はっ!?」

 思わず俺は息を飲む。


 ソレには()覚えがあった。

 大きな、まるで樹木のような形ではあったが、明らかに異質なソレ。青紫色をした不気味な色味に、幹の割れ目から目玉に似通ったものが幾つも埋まっており、その全てがこちらの方を覗き込んでいる。

 「グッ!テメェが…現れてんじゃ…ねぇよッ!!」

 俺は咄嗟に左手から闇の武器を造り出し、右腕に絡み付く蔦を切り飛ばし、闇の沼から飛び出した。

 蔦野郎も俺を追って沼から這い出てくる。早くこいつを倒してハンナを助け出さないと…、そう焦りながら俺は武器を構え、その獲物の形に違和感を覚える。


 ―― 闇の…大鎌……? ――


 何故か使いなれている短剣ではなく、ラナンキュラスの時にしか使わない大鎌が手にある。一瞬戸惑う俺に構わず、蔦野郎は蔦を俺に伸ばし、俺を捕らえようとする。

 「鬱陶しいんだよ…、邪魔をするなァッ!!」

 吠えるように叫びながら、俺はこちらへ伸びる蔦を大鎌で切り飛ばした。そのまま、蔦野郎の本体へと走り、奴の身体の中央を切り裂く。

 しかし…………、








 「…………ハ…ンナ…?」



 倒れていたのは、蔦野郎などではなく、俺が懸命に助けようとした……ハンナだった。

 虚ろな瞳で、しかしこちらを責めるような視線を向けられているように感じる。俺は手を震わせながら彼女の方へと伸ばすも、その手が届く前に彼女の姿が黒い塵のように霧散した。


 ……まるで≪異形≫が消え行くように……




 「……ハッ…、……ッグ…、」

 吐き気を感じ、口元を押さえてその場に蹲る。呼吸が乱れて息を乱しながら、これは夢に過ぎないんだと懸命に俺自身に言い聞かせる。


 ―― 本当にこれはただの夢だと? ――


 心の内でそう問いかけてくる声があった。

 その言葉が俺の中の不安を煽ってくる。

 (……もしかして…、いや……だが……ッ!)

 考えたくない答えが頭を巡り、気が狂いそうになる。


 ―― ……もしかして…俺は…、俺たちは……、 ――











 「――カナンさんッ!!」

 

 間近に聞こえる大きな呼び声が、俺の意識を現実に引き上げる。

 ハッと目を開けば、そこには何故かフジがいた。

 「大丈夫ですか!?」

 いつもの鉄面皮を少しだけ崩して、フジが心配そうな表情をして俺に声をかけてきた。

 「……大丈夫って…何を…、」

 そんなに慌てているんだ。…そう続けようとしたが、頬を伝う何かを感じ、俺の意識はそれに向く。頬に手をやれば…何故か濡れていて…歪む視界に漸く俺は自分の目から流れている事に気づいてそれを拭った。

 「……別に問題ない。」


 夢を見て涙を流す無様な姿なぞ見られた事に、ばつが悪くなりつい口調がぶっきらぼうになるが、フジは気にしてないのか、気を遣っているのか、いつものように無感情な鉄面皮へと戻る。

 「…そうですか。」

 そう言ったあと、フジは屈み込んでいた体勢から、スッと立ち上がり真っ直ぐとした姿勢をとった。

 そんなフジを下から見上げ、ふと周りへ視線を巡らした。その視界に入る風景が自身の(ねぐら)の外だと気づいて、俺は自分が何故ここにいるのだろうかと疑問を覚える。


 「………。なんであんたがここに?デカ…≪異形≫とデュランタの奴はどうした。」

 そうだ、確か意識を無くす前…俺は辺境付近の荒野にいた筈だ。

 あの学舎の大人が使っていた魔道具を俺が使ってから……どうなったのかは分からないが、その後デュランタがデカ虫を倒したのだろうか。

 それに俺も何故ここにいるかが分からない。デュランタの奴が運んだのだろうか。

 だとするならアイツは何処に?

 

 フジがどこまで把握しているか分からないが、…おそらくは俺よりも≪異形≫やアヴィリナイトの事は調べているだろうから何かしら知っていると思い、そう問いかける。

 フジは何かを考えるように少しだけ沈黙してから口を開いた。


 「……デュランタさんは今は媛様の元に。」

 「…媛さんのトコに?」











 首都チェスコバローンに所在するファレノシス劇場。

 その中で最も豪奢な一室、貴賓室にデュランタは居心地悪そうに座っていた。

 「あら?そんなに固くならずに楽にして頂戴。」

 見るからに高価なティーカップに注がれるさりげなく…それでいて鼻腔を擽る芳しい香りの紅茶を前に顔をひきつらせるデュランタにアイシャは優美な笑顔を浮かべてそう言った。

 口は緩やかに弧を描いているものの、目は全てを見定めようとデュランタに真っ直ぐと向けられている。

 「ハハ…、中々に難しい注文ですねぇ。」

 そう愛想笑いをしながら、ちらりとティーポットを持つフジ以上に無表情な人物…支配人を見て、デュランタは、はぁ…とため息をついた。



 「…取り敢えずはあなたが…何故あんな事をしたのか……、教えて貰えるかしら。」

 笑みを消して、デュランタを真っ直ぐと見つめるアイシャの視線から中空へと視線を逃し、少しだけ思案してから口を開く。


 「……承知しました。俺が教えられる範囲でならね。」

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