罪を責める過去の夢
新章スタート
誰かの話し声が聞こえてくる。
眼前に広がる淡い色調の風景…。
古ぼけた教会の裏口近くにある花壇に、似たような髪色をした何人かの子供たちがしゃがみこんで、紫色に咲き誇る花ばなを囲んでおしゃべりをしている。
―― ……また、昔の夢か ――
懐かしいという感情よりも、思い出したくもないという感覚のほうが強いのに、最近は何故か昔の夢をよく見る気がする。
「カナンはあの聖騎士のおっさんに剣を教わってんだぜ?」
「おっさんって言っちゃ駄目なんだぞ。おっさんって呼ぶとししょーは怒るからな。」
そんな事を楽しそうに話しているのは、幼い俺と親友のハム…アラバハムだ。
今回の夢は俺は俯瞰的に眺めているようで、自分の姿も視界に入ってるのがなかなかに奇妙だ。
「そーなんだ。じゃあ、悪い人が出たらカナンが皆を守ってくれるのね?」
無邪気に笑う少女にこの時の俺は…多分照れていたのだろう。口角を無理矢理に下げて仕方ないからなとでも言いたげな顔をして「まぁな。」などと答えている。
―― ……戯れ言を言いやがって… ――
そんなガキの俺の姿が酷く不快に感じたが、今の俺に何かが出来るわけもなくただ眺めている。
「カナンは教会じゃ一番強いからな!聖騎士になれるぞ!絶対!!」
何故かハムが嬉しそうにそう断言する。
「無理だよ。」
無邪気にはしゃぐ俺たちに水を差すように冷静な声が口を挟んだ。それはまごうことなく正しい言葉なのだが、幼いハムと俺は反発し始めた。
「何がムリなんだよ!ヨシュア!!」
冷静に否定した幼い俺たちと同じくらいの少年…ヨシュアに、ハムが噛みついている。
俺たち孤児の中でも賢い奴だったなと記憶している。子供たちの間じゃ元々は貴族の妾の子供だとかいう噂だった。
「騎士なんて貴族じゃなきゃなれないんだよ?どんなに強くなったとこで孤児のカナンじゃなれっこないよ。」
騎士は特権階級だ。貴族の子弟でなければ認められる事はほぼない。例外がないわけではないが、よほどの事でもない限り、例えばおとぎ話の英雄並みの手柄でもたてない限り、平民…しかも親無しの孤児などがなれるわけもない。……聖騎士なら尚更だ。
物知りだったヨシュアはそれを理解していて、
「なれる!ししょーだって諦めないで頑張れば皆を守れるような騎士になれるって言ってた!!」
あくまでも俺にやる気を出させるために師匠もそう言ったに違いない。
しかし、幼さ故か…単なる物知らずのバカだからか、このガキはまっ正直にその言葉を受け止めていた。
―― 本当に胸糞悪ぃ夢だな ――
さっさと覚めろよと念じながらそんな子供たちのやり取りを眺めていると、強い風が吹き、紫色の花が吹き荒れる。
夢の中だとわかっているのに、俺は反射的に目にはいらないように手でその花吹雪から庇う。
少しして視界にヒラヒラと舞う花びらが入る。
優雅に舞うその紫に風が治まったと感じ、庇っていた腕を下ろすと場面は変わり、小さな俺と先程の少女が花壇の前に座っていた。
子供の俺はどことなく不機嫌そうな顔をしていた。…おそらく、さっきのヨシュアとの後のやり取りじゃないかと思う。
俺の様子を見て、少女は困ったような顔をしながら笑っていた。
「ねぇ、カナン。牧師のお爺ちゃんから教えてもらったんだけど、花にはそれぞれの意味があるんだって。」
少女は花壇に咲いている紫色の花を見る。
「この花はね、"幸福"って意味の花なんだって。」
不機嫌そうな顔のままの俺は「だからなんだ」とでも言いそうな面をして紫色の花を見た。
「……私ね、ここに来る前はお義母さんに"要らない子"っていじめられてたの。」
驚いた顔をした俺は彼女の方を向いた。
確かにそんな境遇だったと知っていたけど、こんな感じに聞かされてたんだったかと思い出す。
口調は明るいが紫色の花を眺める彼女の表情は彼女はどことなく悲しく見えた。
「お父さんと結婚したばかりの時は優しかったけど…、赤ちゃんが出来たら、ほんとの子じゃない私は"要らない子"になっちゃった。」
「……ハンナ、」
子供の俺は、明るくなんでもないような声で話をする彼女の…ハンナの名前を呼ぶだけしか出来なかった。
「…この教会に来たばかりの頃はなんで私だけこんな辛い目に合うのかな?私は捨てられなきゃならない位悪い子だったかな?って……色々思って泣いてたの。」
俺がいた教会は行き場のない子供を保護する、孤児院のような場所だった。
保護者は牧師の爺さんで、時たま教会に通う大人たちが面倒を見てくれた。師匠もその中の一人だった。
「お父さんにここに置いてかれた日から、ずっと泣いてて…、元のうちでも居場所はななかったけど、でもここじゃ知ってる人なんて誰もいないからそれよりもっと辛くて……いつもこの花壇の前で座ってた。」
教会の裏口は立て付けが悪いからか、あまりここを使う奴はいなかったと思い出す。人目を避けてここで過ごしていたのか…。
不思議なもんだ。当時の俺が気づいてないことを夢の中で理解するとは。
「そんな時にね、牧師のお爺ちゃんがね、この花の事を私に教えてくれたの。」
悲しげな顔は気のせいだったと思える位にハンナはニッコリと笑う。
「この教会にいる子たちはそれぞれの事情があって、様々な過去を持っている。だけど苦しい事や悲しいことだけを見つめないでその日その日の幸せを集めていけば、きっと笑って生きていけるって。この"幸福"の花はみんなの幸せが集まって咲いているんだって。」
俺は何も言わずにただハンナの顔を見つめていた。
「私は今は幸せだって思ってる。このまま皆と一緒に大きくなって…、牧師のお爺ちゃんみたく私たちみたいな子どもが幸せを集めて笑って生きていける場所を守りたい。」
「例え騎士になんかなれなくてもね、皆を守る事は出きると思うんだ。」
俺とハンナの年はそう変わらなかったと思ったが、彼女の方が随分と大人だったんだなと、今なら思う。
「……。」
口を尖らし俯く俺に彼女は続けた。
「だからね、騎士にならなくてもいいから、私や皆の幸せを守ってね。カナン。」
拗ねた俺に優しくハンナはお願いした。バカな俺は妥協してやるかのように頷きながら、
「仕方ないから、…守ってやる。」
そんな出来もしない約束をした。
過去の無責任な事を請け負う馬鹿なガキを見ていられず、思わず目をそらし―――
―― ッ!? ――
視線を逸らした先にハンナが立っていた。
いつの間にか周りは暗闇に包まれ、今の俺と、子供のハンナだけしかいない。
目の前に立つハンナは先程の明るく幸せそうな笑顔などなく、恨めしそうに俺を見つめている。瞳は光をも吸い込みそうな程に深い闇を孕んでいた。
「……ぁ…」
何かを言わなきゃいけないと思うが、俺の口からは何も言葉は出てこず、ただ彼女の責めるような視線を受け止めるしか出来ない。
ハンナの身体が、闇の中へとゆっくり沈んでいく。
よく見たら地面には不気味な細長い蔦のようなものが彼女の身体に絡み、闇の沼へと引き摺り込んでいる。
―― ハンナ!! ――
俺は手を伸ばそうとするが、全く身体が動かない。手を伸ばそうとしているのにまるで石にでもなってしまったかの様に身動きが取れない。
懸命に踠き動こうとする俺に、ハンナは静かに瞳を向けて――
「うそつき。」
幸福とは程遠い表情で、俺を責める言葉を吐きながら闇に沈んだ。




