舞台の外の者たち
これで、今回の章は終わりです。
アヴィリナイト側の話になります。
聖フォルソーン教会チェスコバローン聖堂の敷地内にある小さな建物。限られた人間のみが出入りするその小さな建物は一般では知られる事の無い施設である。
日は完全に沈み、闇の中に映える月が辺りを仄かに照らす。
その月明かりを頼りに一人の人物がその施設の中へと入っていった。
あまり大きくないが頑丈な扉を潜るとすぐに地下へと続く階段が現れ、その人物は足音を立てる事なく静かに下りていくと鉄格子が見えてきた。
教会に反意ある者を捕らえる場所…この小さな施設は教会専用の地下牢である。
しかし、それも今は昔の話。現在は不真面目な修道士などあくまでも教会に属する者たちに反省を促すための説教部屋として存在する場所である。表向きは。
目的の牢の前に静かに佇み、暫く待つとふと中にいる人物が気づいたらしく、慌てて鉄格子から距離をとり…、ほぅっとため息をついた。
「……なんだよ、旦那か…。脅かすなよ。」
地下牢の中には、昼下がり国境付近の荒野にて≪奇蹟の人≫たちに囚われたアヴィリナイトのシディがいた。
警戒を解き、鉄格子の方へと歩みながら、牢の前に立つ人物に話しかける。
「驚かされたのはこちらの方だ。まさか仕事を頼んで早々にこうもアッサリ捕まるなんてな。」
シディのいる牢の前にゆるりと気だるげに立ち、相手の男が軽口を叩くとシディは「うッ!」と痛いところを突かれたといった顔をした。
「……一応は奴ら以外にも何人かの前であの漆黒の華の格好して名乗ったぞ。」
気まずそうなシディの言葉に男は大した感情も込めずに、
「そうか。それはご苦労様だな。」
皮肉気な労いの言葉を口にした。随分と軽い物言いにシディは不満げな顔で睨む。そんなシディの様子に軽く肩を竦め、「そう怒りなさんな。」とからかうように言いながら、牢の鍵を開ける。
「さぁ、出ろ。既に話はつけた。」
そうアッサリと告げ、キィと軋んだような音を鳴らして鉄格子が開き、どうぞと気取った仕草で男は外へ出るよう促した。
「旦那…世話をかけたな。」
どことなくばつの悪い表情で礼を言うシディに男は鞘に収まった長剣を渡す。捕まった時に没収されたシディの剣だ。シディもそのまま受けとるが、あるべきモノがそこにはない。
「おい…、アレは!?」
焦るシディに男は唇の端を上げ、
「悪いが、コイツは借りておく。」
そう悪戯っ子のような笑みを浮かべ、エレスを見せつけるように軽く揺らす。
「…そんな話は聞いていない。」
重要な魔道具をそんな一言だけで渡すわけには行かないと、シディは殺気を放ちながら鋭く睨み付ける。
「怖い怖い。そんな怖い顔をするなよ。色男が台無しだぞ?」
おどけた様子で両手を上げ、参ったと降参のポーズを取る相手に殺気こそ抑えたものの苛つきを隠さず睨み続けると今度は呆れたように大きなため息をつかれる。
「だから、そう怒りなさんな。彼の了承は得ているんだ。」
やれやれ、と軽く首を横に振る男に対し、疑いの目を向ける。
再度ため息をつき、「疑り深いのは結構だがな。」と呟き、男は真面目な表情をシディに向けた。
「…彼がとりあえずは知りたい内容は既に伝えてある。お前さんがおねんねしている間に、な。」
そう嫌味を含んで言えば、シディは苦虫を嚙んだような顔をする。
「今回、彼の調べたい情報の…この大陸で言う≪異形≫の内容はエレスが持ってる。漆黒の華の件については、正体が"カナン"という青年、劇場で警備をしている。外見的特徴と名前の音から南の群島諸国の人間。年齢が20前後。彼の懸念していた事柄に関わる人物である可能性が極めて高い。…以上。」
「……こんな短時間でよくそこまで調べられたな…。」
驚きと感心の入り交じえて呟けば、相手は「それが仕事だからな。」と肩を竦める。
「…何者なんだ、あの男。」
教会に捕まるキッカケを作った相手、カナンに対し、シディの疑問は幾つもあった。
「…彼に聞いた方が確実だろうな。エレスの集めた情報を閲覧できる手段は彼しか知り得ないのだから。」
「…ソイツを渡したらその情報が見れないんじゃないのかよ?」
シディの疑問に男は呆れた目をシディへ返す。思わず怯みながらもシディはなんだよと聞けば、
「講釈好きな彼なら説明してると思ったがな…、どうせ長くて聞いてなかったか、忘れたかしたのだろうな。……エレスがなくてもその情報は確認出来る、そういう話だ。」
もう行けと追い払うように男は手をふる。そんな男に再度警戒するようにシディはキツく睨み付け、
「……裏切ったら只じゃ済まさねぇぞ。ジャスパー。」
低い声で警告し、出口へと静かに駆け出した。
「………勿論、裏切らんさ。」
消え行くシディの背に向けて、ジャスパーは静かに呟いた。
「クン、ジャスパーから連絡があった。」
宿屋の一室のドアを開き、淡い水色の髪の女性、セレスが報告を上げた。
報告を受けた男…クンは一瞬彼女の方にチラリと視線を向けたが、すぐに元々向けていた窓の外へと視線を戻す。
「エレスの情報が更新されたのは私の方でも確認が取れた。しかし、最後の更新状況が不自然に終わっている。」
目には見えないナニかを見ているのか、クンの視線は窓の外に固定されているが、そこにはただ暗い空が広がっているだけだ。
「……やはり、ここでは遠くて視えないようだ。」
そう呟くと、クンは軽くため息をつき目を閉じた。そのまま何かを思案するように黙り、そして何かを決意したように目を開いた。
「……やはり、行くしかないか…。聖者の工房…いや、創造の学舎跡地へ―――。」




